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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
331/915

        捌


スッ…と静かに視線を切り僅かに俯く格好を取って、態と左慈を視界から消す。



「──っ!?」



その行動に対して、左慈は小さく息を飲んだ。

静寂と緊張の支配する中に僅かな嚥下の音は響く。

視界から外れてはいるが、言動や表情に出さない様に抑えている事だろう。

それは警戒心は勿論だが、経験から来る行動。

だが、氣の揺れがはっきり“動揺”しているという事を物語ってくれる。

それも無理は無いだろう。


敵の姿を視界から外す。

敵と対峙する最中。

そんな真似をすれば命取りでしかない。

戦闘中に敵を見失うだけで致命的になる。

勿論、視覚だけに頼りきり他四覚や勘や気配察知等を使わなければ、だが。

それでも、動物という物は視覚情報に強い影響を受け僅かなりとも反射的に反応してしまう。

それが無意識・無自覚な物だとしてもだ。


また、視界から敵を外せば得られる情報も減る。

それは敵の行動の予測等に大体の場合は実害を齎す。

例外として、敵の誘導等に引っ掛からない為、という場合も有るけれど。


左慈は今、過去に経験した事が無い程に困惑している事だろう。

小さくない思考の混乱。

その原因は俺の行動だが、実際には小さな切っ掛けに過ぎなかったりする。

現状、左慈を惑わせている最大の要因とは左慈自身の持つ“経験と常識”だ。


戦闘の経験を積めば積む程“経験則による条件反射”での行動が増える。

それは時に攻撃に防御にと生死勝敗を左右する。

思考と感覚。

武の道は二つを突き詰める事により高みへと続く。

“考えるな、感じろ”から“感じたままに流されず、考えて動かせ”の様にだ。


当然、左慈も例に漏れず、その“途上”に在る。

ただ、今現在の自分が居る“領域(たかみ)”を正確に理解していない。

それ故に生じてしまうのが己が内の“常識”という、自身が造る落とし穴だ。


そして、もう一つ。

その困惑に伴って生じる、小さな隙が有る。

“非常識”な行動を前に、左慈は警戒している。

同時に頭の中では交錯する疑問と常識の混乱の中でも答えを得ようと思考。

その為に、ある失念が己に生じる事に気付かない。


解を導こうとする思考と、強く高める警戒心。

だが、その何方らも意識を必要とする。

故に──僅かな油断。


無意識に縛り付けるのは、自身の経験と常識。

俯いたままで居る間は俺が“動かない”という左慈の勝手な確証等は存在しない“確信(おもいこみ)”だ。




氣も気配も、闘気も殺気も呼吸さえ変えず、ただただ静かに佇む。


今、左慈には俺が不気味に見えて仕方無いだろう。

何を考えているのか。

何をしてくるのか。

突如予想の出来無い状況に置かれ、混乱している。

自分では集中し、冷静だと思ってはいても現実は全く逆だったりする。

今の左慈は正常ではない。

故に全てが不完全。

全てが、命取り。



「…………っ…」



左慈が緊張に息を飲んだ。

その一瞬に仕掛ける。


呼吸は動物にとって何より生命活動をする上で重要な行動だったりする。

古武術等にも呼吸の方法が存在する様に行動自体にも大きく影響する。

息を吸う、息を吐く。

その瞬間や最中でも行動に違いは生じてくる。

息を飲む──その瞬間は、一秒にも満たない程僅かな弛緩と硬直が有る。

誤飲を避ける為の本能的な反射行動かもしれないが、反応が確かに遅れる。

それを見逃さない。


一切の予備動作を行わず、左慈の真正面に──懐へと入り込む。

余計な行動を削ぎ落として最短距離で仕留める為に。



「──っ!?」



見ていた筈の俺の姿。

それが前触れも無く眼前に移動して現れれば吃驚する程度は当然だろう。

ただ、その僅かな驚きでも心身に硬直を生む。


一つ一つは極僅かな物だ。

しかし、それらが上手い事重なり合えば、十分な程の隙へと変化する。

“小さな力も結束すれば”というのと同じ事。


今、左慈は反応しなくてはならない。

視認・理解・思考・判断・行動の五つが主な事。

実際には視認→判断→理解→思考→判断→行動。

それら全てを一瞬で行う。

反射的に動く場合には中の判断〜判断が経験則により省略されるが、今はそれは不可能な状態。

意識を強く持ち過ぎていた事が反射行動を妨げた。


右の拳が鳩尾を捉える。

氣を纏い、体内に浸透する一撃が決まり左慈の意識を狩り取る。



「──っぐぁ、はっ…」



薄れ行く意識とは関係無く肺内に溜まっていた空気が弛緩により苦痛の声と共に外へと漏れ出す。

前のめりになる左慈の身を受け止めながら、一息吐き左慈の姿を見る。


もし仮に、左慈が性格通り戦っていれば違っていたのかもしれない。

もし仮に、思考を放棄して警戒だけに徹していたなら結果的には同じ事になったとしても、時間が掛かったかもしれない。

何か一つが要因ではない。

俺自身の失態も含め全てが噛み合った結果。


まあ、“終わり良ければ”なんだけどな。




意識を失った左慈を床へと寝かせると念の為に室内と周辺に改めて探知を掛けて確認しておく。



「……特には無し、か」



予想に反して何の仕込みも仕掛けも無い。

その事に対し僅かに疑念を持たない訳ではない。

だが、その主観や考え方を変えてみれば、思い浮かぶ可能性は有る。


近くにも、宮殿の中にも、于吉の存在は感じない。

というよりかは、上手い事隠れているのだろう。

本気で探索すれば見付ける事は出来るだろうが、多分相手にも察知される。

そして、それが左慈の──否、于吉の狙いだろう。

仮に左慈が倒された場合、俺が索敵すれば引っ掛かる程度の隠行にする事により逆探知を行う為。

その理由は俺の位置の把握ではなくて、左慈の敗北を知る為だろうけどな。

まあ、此方としても現状で左慈の敗北を知られる事は避けておきたい。

だから不用意に探索範囲を広げる事や、感知の精度を上げる事はしない。



「しかし、時間稼ぎか…」



脳裏に浮かんだ可能性から瞬時に可否を判断して選り分けていく。

そうやって残った可能性は詳細こそ異なるが三つまで絞り込む事が出来た。


先ず一つ目に援軍。

これは単純に左慈達と同じ存在の仲間から、利害関係によっての協力関係に有る諸侯という可能性まで。

ただ、都合“二度”の俺の戦闘を見ている。

その上で、対峙出来る程の力量を持つ“手駒”が居るとしたら、最初から洛陽に配置していると思う。

という訳で、0ではないが可能性は低いと思う。

二つ目に“望映鏡書”等と同じ“負の遺産”の存在。

残存している数は僅か。

未だに所在は不明。

左慈達の手中に有っても、可笑しくはない。

ただ、それなら洛陽よりも泗水関・虎牢関で仕掛けた方が意味が有ると思う。

援軍よりは可能性は高いと思うが確率は低いな。

となると、三つ目。

何かしらの術を使う為か。

内容までは判断出来無いがその準備だろうな。

傀儡の術が使える位だ。

手札の中には“切り札”を持っている筈。

此処が使い時だからな。

切ってくるだろう。



「さて、そうなってくると時間も惜しいし、さっさと始めるかな…」



考えを纏めると切り替え、床に寝かせた左慈の傍らに右膝を付いて屈む。

一応、保険として小規模の結界を張り、隠蔽。

左慈の額に右手を置くと、目を閉じて意識を集中。

その精神へと──潜る。




“此方”に来てからはまだ“澱”以外に使用した事は無かったが、今回は特別。

使用する相手が相手だし、求めている情報が情報。

躊躇する理由は無い。


身体から精神が抜け出して空中を落下している様な、上昇していく様な不思議な感覚が暫くの間続いて──ザブンッ!、とプール等の水の深い場所に飛び込んだ様な感覚が襲う。

それが対象の精神の中へと到達した証拠。

記憶・意識──即ち膨大な情報の海へ。


水泡の様に浮かぶ水晶玉を思わせる大小の球体。

それらは対象の持つ情報を何かしらの形で纏めている謂わば“本”の様な物。

いや、DVDやBD等だと言った方が判り易いか。

それに触れれば情報を見る事が出来る。


まあ、左慈の場合は水中を思わせる景色だが、内界は此処によって異なる。

広大な大自然の者も居れば宇宙空間や銀河を思わせる者も居る。

逆に慣れた自室だったり、学校とかだったりする者も居たりするから面白い。

好き好んで他人の内界には潜らないけどね。

プライバシーの侵害って、レベルじゃないから。


ただ、一つだけ共通なのは内界は必ず“時間逆行”の形式だという事。

つまり、最初に出た場所は対象の一番新しい“過去”の近くだって事だ。

遡れば遡る程に時系列的に乱れが出てくる。

それは記憶と同じ。

明確に覚えていて時系列がはっきりしていて連なった物も有れば、曖昧になって適当な所を漂っている物も少なくはない。

記憶が古く、曖昧な物程、探すのに苦労する訳だ。



(──ん?、これは洛陽の宮殿の中からか?)



直ぐ側に有った水泡に映る風景に目が止まる。

内界と外界の時間の感覚は差が有るので無駄な時間は費やせない。

それでも、内界の体感より外界は短いのだが。



(…少し気になるな…)



そう思い水泡に触れる。

唐突な景色の変化はまるでテレビを付けた時に適当に表示された映像の様だ。

其処に映ったのは夜空。

そして、左慈の独白。

それは五分にも満たなくてCMの様に過ぎ去る。


元の水中に戻って来たが、正直に言って困った。

何と表現したらいいのか。

左慈は性根から腐っている奴だとは思ってはいないが敵として認識している。

けれど、左慈の“素顔”を垣間見た事で揺らぐ。



(…“あの御方”か…)



今の断片からでは得られる情報は存在だけ。

もっと古い“過去”に接触しなければ判らない。

その情報が鮮明な水泡に。




水泡の群の中を泳ぐ様に、或いは海底を無重力状態で跳ぶ様にしながら進む。


最初の水泡の有った所から然程離れていない所に有る水泡を見て、左慈の行動が時間稼ぎだったと確定。

予想通り“切り札”となる“術式”の準備の為である事もだ。

そして、于吉の情報。

容姿や口調は勿論なんだが左慈に気がある様だ。

…まあ、恋愛は自由だし、俺には関係無いから特には構わないんだけどね。

左慈には気の毒だけど。



(にしても…妙だな…)



先──“過去”へ向かって進みながら周囲の水泡にも視線を巡らせている。

一々覗く必要の無い水泡は無視しているし、断片でも十分に読み取れる物も有り無駄な時間の省略が出来て助かっている。

現状、此処までで得られた情報は左慈達が袁紹の元で身を隠していた事。

張譲を利用していた事。

“望映鏡書”を世に放ち、“黄巾の乱”を引き起こし俺を誘き出した事。

俺・小野寺・北郷の三人を特定した呪具の存在。

“新生”によって左慈達の使用していた──と言うか授かっていた呪具の大半が使い物にならなくなった為棄てている事。

勿論、後から回収する為にそれを棄てた場所の事も。


それだけの情報を得ながら未だに“あの御方”の事に辿り着けないでいた。

いや、それだけではない。

左慈達──左慈の内界だが大体于吉も一緒に居るので一纏めにしている──が、行動をしている時期は既に“黎明”よりも前に入る。

それは意外な事だった。


存在の感じが貂蝉達と違う事から疑問は有った。

貂蝉達の行動を見る限り、北郷の側に付いた時期から然程離れていない辺りでの“目覚め”だっただろうと推測している。

先ず、大きく誤差は無いと自信を持ってもいる。


左慈達の方が先だった事は“望映鏡書”の存在も有り確信していた。

だから驚きはしない。

ただそれでも左慈達が動き始めた時期は年明けからと推測していた。

“目覚めた”のも同じ位の時期だとも。



(…去年から動いていた?

そうだとしたら、何故俺の存在に気付かなかった?)



泱州に関する件は外しても“澱”の存在に気付かない程鈍いとは思えない。

つまり、その辺りに隠れた“何か”が有る事になる。

恐らくは“あの御方”にも繋がっている筈。

そう、長年の経験が語る。

答えは先に有る、と。




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