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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
324/915

12 闇蠢く落都 壱


──十月五日。


虎牢関での戦いが終わり、袁紹達が合流すると直ぐに華琳達は連合軍からの離脱と撤退の旨を話した。

多少は揉めるかと思ったが華琳達も袁紹等の扱い方が上手くなっていた事も有りすんなりと承諾。

三陣営はさっさと虎牢関を後にして、自領へと向けて行軍を開始した。


途中まで華琳達を見送り、単身洛陽へと向かったのが今朝の事。

途中、袁紹達の様子を見て洛陽周辺の様子を調査し、少し前に漸く終えた。


空を仰げば黄昏が深まり、陽は地平へと沈みつつあり間も無く夜が訪れる。

視界の中には洛陽。



「皇帝の居都、か…」



自分で呟いておきながら、説得力の無い言葉だった。


人気の消えた街というのは一目で判ってしまう。

例えるなら空き家だ。

人が住まなくなったは家は信じられない程あっさりと廃墟と化してしまう。

荒れ果て、朽ち、崩れる。

抑、家という物は“主”が有って意味を成す。

“主”の居ない家は家とは呼べない。

故に、それは家の“死”と同義だと言える訳だ。


そして、それは都や街にも同じ様に言える事。

住民の消えた洛陽は全くの別物と化していた。

閑散を通り越し、静寂すら生温いと言える無音。

生命の僅かな息遣いでさえ感じる事は出来無い。

虫の一匹も居ない。

薄暗く、それでいて異様に綺麗なままに立ち並ぶ街の建物が不気味さを煽る。


人工物なのは間違い無い。

それなのに全く温もり等の面影を残さない。

自然と脳裏に思い浮かんだ言葉は──墓。

しかも、供養の意思の無い打ち捨てられ、忘れられた朽ち果てた墓地。

ホラー映画の撮影に使えば確実に“何か”が映り込み被害が出そうな。

そういう感じが、ぴったり当て填まる雰囲気。


色濃く“死”を連想させる今の洛陽を見詰めながら、その象徴的な建物を静かに視界に映す。

漢王朝最後の皇帝が逝き、共に国も都も死んだ。

この光景を見ながら言えば誰もが頷けるだろう。


最終的に住民を避難させた宅が造った光景と言えない事もないのだが。

それは蛇足だろう。

宅が手を加えずとも結果は大差無かったと思う。

漢王朝は彼の皇帝と共に、死んだのだから。



「…其の都は時代を刻む

戦争と盛衰の歴史を知りて永き時を渡る語り部…

然れど、永遠は無い

王無くして国とは呼べず、移ろい果てて滅び逝く…

けれど、無意に帰せず

正しく志を受け継ぐならば王も国も死ぬ事は無し…

我、彼の夫妻の志を刻み、伝え継ぐ者也──」



誰に言うでもなく、己に。

今一度、誓いを刻む。

未来永劫、絶やす事無き、“灯火(いし)”を。




洛陽の街へと続く門扉。

その何れも固く閉ざされて壁と化している。

拳で打ち砕く事も斬る事も容易い事ではある。

だが、態々道を開けてやる必要は無い。

という訳で──俺は城壁を飛び越えて内側へと入り、静かに着地する。


“城壁”と言っても日本や西洋の城壁とは違う。

この時代、中国においての城とは“都城”と呼ばれる都市全体を城壁で取り囲む造りをしている。

古くは殷王朝の時代にまで遡る建造様式だ。


“城壁”は文字通り洛陽を守護する壁として存在し、役目を果たしている。

まあ、住民が居ない以上は出入りし放題なんだが。

それでも、自らの最低限の使命を全うする姿は何処か儚く、悲哀を抱かせる。


──“何”を守る為に?


そう問い掛けたくなる。

そんな気持ちになった。



「…感傷的になってる場合じゃあないんだけどな…」



自分の思考・感情ながら、場違いだと思い苦笑。

ただ、静かに呟いた一言で意識を切り替える。


改めて周囲を見渡す。

整然と並ぶ家や店舗。

その戸は全て閉ざされて、開く気配は無い。

紙切れも落ちていない道。

まるで“誰か”が掃除したみたいに綺麗だ。

街並みに傷付いた様子等は全く見られない。

住民を避難させた後、中に賊徒が入った痕跡も無い。

本当に、綺麗なままだ。

それこそ映画の撮影に使う大規模なセットの様に。


風景だけを見れば、誰もが寝静まった深夜の街並みと言えなくはない。

灯り一つ無い、闇と静寂の支配する世界。

現実とは似て非なる世界。

常人が居るべきではない、何処か破綻した世界。

其処に存在する都市。



(──で、棲んでいるのは人ならざる存在…

或いは、自己を失い彷徨う亡者の類いか…とかな)



“有り得ない”と笑おうとしながら、ふと気付く。

そんな事はない。

十分に“有り得た”事だ。

嘗て、そんな世界の都市に引き摺り込まれて、死闘を繰り広げた事が有る。

あまり面白い話でもないし思い出したくはない。


この“閉じた世界”では、有り得ない事では有るが。



「…さて、何が出るか」



吐きと共に小さく息を吐き足を踏み出す。

恐らくは居るであろう敵が待ち受ける場所。

この都の“主”の在処。

今は亡き皇帝達の暮らした宮殿へと向かって。




癖、と言えば、そうかも。

歩いては居るのに足音一つ立てないのは此処が敵地で有る事を認識している為の無意識に取っている行動に違いない。

別に悪い事ではない。


ただ、足音一つもしないと向こうが気付いてくれないのではないかと、少しだけ心配になってしまう。

それ程に、何も起きない。



「…焦らしてくれるな」



洛陽全体を覆う様に結界が展開されている。

しかし、この結界は内外を隔てる物ではない。

何しろ、こう遣って簡単に中に入る事が出来ている訳なのだから。

また中から出られない様にする為でもない。

通過する前に一応調べてはいるのだから。


では、その結界は何の為に展開されているのか。

それは洛陽を支配領域──術者の“舞台”とする為。

ゴーレムとか、スカル等を操る事を得意とする術者が好んで用いる方法。

この結界内では術者の技を存分に発揮出来る訳だ。



(ったく、面倒な事だ…)



スカル等の単なる操作系の術者なら楽だ。

だが、ゴーレム系の方だと結界内の物質全てを跡形も無く消滅させるまで延々と続く可能性が有る。

質の悪い場合、術者自身が地下深くに潜って別に張る結界の中で操って仕掛けて来たりもする。

術者が、ガス欠になるまで破壊し続けても何かしらの手段で補給されたら無意味でしかない。

そういう意味でも面倒臭い状況だと言える。


ただ、今の所は何も起きず実に静かな物だ。

その静けさが“嵐の前”、というのは御約束か。



「──来たか…」



足を止め前方を見据える。

暗闇の中、ぼんやりとした白い人影が現れる。

パッと見で言えば幽霊的な印象だろうか。

但し、実際の幽霊ではなく一般的に想像される類いの比喩的な幽霊だが。


目の前に現れた人影は幽霊よりも質は悪いだろう。

その証拠に気配が無い。

つい先程まで存在している事すら感知出来無かった。

先ず、生きてはいない。

正常な生き物ではない為に氣は通っていない。

この状況から考えて洗脳等ではないく傀儡だろう。



(…やっぱり、厄介だな)



“仕掛け(たね)”は有る。

だが、それを感知させない役割を結界が担う。

水を張った容器等の中へと透明なガラスのコップ等を入れると見えなくなる事が有るのと同じ。

直接触れない限り、見破る事は難しい。

簡単にさせてくれる奴とは思わないけどな。

先に結界を破りたい所だが“核”は遠いだろう。


ただ、一つだけ判る。

相手は“遊んでいる”気で事を運んでいると。




正面に姿を見せたと同時に左右や後方にも物音がし、此方を取り囲む様に次々と人影が現れてくる。

気配は感知出来無いけど、判らない訳ではない。

正面に七、左右に八ずつ、後ろにも七…か。

足音からして約三十。

“性能”が判らない以上、多いのか少ないかは判断が難しい所だ。


正面と左右に視線を向けて確認してみれば、皆一様に白いローブに身を包む。

というか、全身白尽くめ。

術者は余程の潔癖症か。

或いは“死に装束”の意で着させているのか。

まあ、闇夜では目立つから此方は構わないが。



(さて、滅っしても問題は無いんだけど…

どうしようかねぇ…)



術の絞り込みは既に十分。

もう少し情報を収集すれば対応も問題無いだろう。

ただ、気になる事が一つ。

多分、様子を観ている筈。

どういう遣り方かは兎も角観られているのに此方から手の内を教えるのも癪だ。



「…取り敢えず──」



そう呟きながら動く。

態々氣を使う必要は無い。

古武術で言う“縮地”等の歩方や移動術は氣に頼らぬ遣り方が存在する。

研鑽により会得出来る。

故に察知され難い。


正面に居る一番最初に姿を見せた奴に肉薄。

右の貫手で躊躇う事無く、その心臓を穿つ。

取り敢えず、人型なら先ず心臓と脳の破壊。

或いは、その位置に対して攻撃してみる。

そうする事で“傀儡物”が改造物か創作物か判る。



「“屍器(しき)”傀儡か」



穿った右手を中心に白装が赤黒く染まってゆく。

それは体内に残留する血。

但し、凝固はしていない。


屍──死体を用いる傀儡は大きく三つに別れる。

先ず、グールやゾンビ等を代表格とする物。

腐敗した状態の屍を扱う。

動きは緩慢だが、完全破壊以外では何度でも再起し、術式によっては自動増殖も可能なタイプ。


二つ目に屍から血を抜き、特殊な呪具や薬品等を用い“殺戮人形”に仕立て上げ使役するタイプ。

コストの割りに使い捨ての場合が多い為、術式自体が珍しかったりする。


そして、三つ目。

此方も特殊な呪具や薬品を用いるのだが、素材自体の筋肉や内臓・血液を利用し“脳の抑制”を外して自壊に構わず使役する特攻型。

特に人工物を加えない為、動きが滑らかなのも特徴。

ただ使い捨てである事には変わらないのだが。


この連中は三つ目。

固まっていない血は心臓を使って機能させている事の他ならぬ証拠だ。




“仕掛け(たね)”が判れば話は早い。

潰すべきは心臓のみ。


貫いた一体目から、右手を引き抜くと同時に俺に向け一斉に襲い掛かる傀儡共。

その位置取りから全敵から“三歩”以上掛かる場所へゆっくりと静かに動く。

それだけで十分。


肉体の限界を超えた動きは確かに脅威と言える。

しかし、それは自爆行為。

耐えられる様に強化されて使役されていれば十二分な働きを期待出来るだろう。

だが、そうではない。

その事は一体目を破壊して確信出来た。

これらは全て未強化。

生きていた頃のままだ。


故に、たった一歩。

“全力”で前に踏み込んだだけで膝は砕け、筋は裂け足首は折れ曲がる。

二歩目では反対の足が。

結果、傀儡共は地面に倒れ這い擦る様に両腕を動かし迫ろうとする。

見た目的にはホラー映画でお馴染みのテレビや井戸等から出てくる女性幽霊さんみたいに見えなくもない。

或いは彼の“蜘蛛の糸”に群がる亡者共か。

何方らでも構わないが。


こうなってしまえば簡単。

足が機能しない以上、俺に近付く為に両腕を使う。

そうなると攻防は不可能。

よって、後は這いつくばる傀儡共の心臓を一つ一つ、踏み潰してしまうだけ。

全部を片付けるのに二分も必要とはしなかった。



「やれやれ、術者が低能で助かったな」



普通に話す様に、はっきり声に出して言う。

観ているであろう術者への見え透いた挑発。

そして、警告。

“この程度なら何百何千と用意しても無意味だ”と。

同時に、左手の人差し指で自分の額の左側を叩く。

“せめて、もう少しは頭を使って見せろ”と。

宮殿を見据えながら不敵な笑みを浮かべてみせる。


もし、観ていなかったなら意味は無い。

だが、俺が術者の立場なら必ず観ている筈だ。


それに、こういう事をして“遊ぶ”輩は大概が狂った自信家が多い。

故に、自分の策略を眺めて愉悦に浸りたがる。

だから、観ている。

そして、悔しがっている。

初手とは言え、自分の術をこうも簡単に破られたなら冷静では居られない。

冷静なつもりでも思考には怒りや苛立ちの影響が必ず出てきてしまう。

自信家な術者程脆く容易い相手は居ない。


このまま主導権を握って、一気に行かせて貰おう。

覚悟して待っていろよ。




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