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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
321/915

11 棋譜の開明 壱


 賈駆side──


恋と霞が倒され、捕縛。

その部隊も投降した。

そうする様に霞には頼んだ事も有り、負傷者は出ても死者は出た様子は無い。

命令が理由というだけではないだろう。

恋達の行った一騎打ちにはそれ程に大きな意味と価値が有った証拠だ。


で、現在の戦況はと言えば音々音は気付いたら何処に居るのか判らなかった。

まあ、あの娘を慕っていた兵も少なくなかった事だし無事だとは思うけど。

で、残るは私と──



「──詠、無事か?」



そう声を掛けてきた華雄の二人だけとなった。

その華雄も公孫賛を相手に完全に足止めされた感じが遠目にも判った。

尤も、投降をしない時点で公孫賛には華雄を倒す力も意志も無かった様だけど。

多分、お互いに戦う理由が“時間稼ぎ”だと判っての交戦だったんでしょう。

華雄の直属の部隊が無事な事から考えてもね。


戦場で主導権を握っていた陣営は曹操ではない。

恐らくは…孫策。

まあ、曹操としては進んで主体になる事はしないし、望まないだろう。

これは“漢”の連合軍。

“漢”の内乱なのだから。



「ええ、お陰様でね」



今、この場に居る連合軍の三陣営からは私達に対する敵意や殺意を感じない。

それは単純に無益な殺生を嫌っているからなのか。

或いは私達の置かれている状況や事情を理解している為なのかもしれない。

…後者は私の希望的意見が強い事は否めないけど。



「私は部隊を率いて此処を離脱するつもりだが…

お前はどうする気だ?」



少し言い難そうに言う辺り彼女の真っ直ぐな性格等が良く表れている。

逃げる事よりも私達の事を心配しているのだから。

この先、私達各々の人生や立場が如何なる物になるか全く判らない。

それでも、いつか必ず皆で集まり、笑い合いたい。

そう心から思う。

だから──私は進む。



「私は孫策に降るわ」



そう告げると、華雄は少し複雑そうに苦笑した。

…ああ、そう言えば華雄は母親の孫堅と昔戦った事が有った筈だったわね。

だったら複雑よね。



「月を助ける為には投降し私達の事情を話して協力を仰ぐしかないわ」


「ならば、曹操の方が良いと思うのだが?」


「判ってて訊かないでよ

曹操は“魏”国の王よ

私達の様な将師なら捕虜で処理をすれば、どうにでも出来るけど…

月の立場では難しいわ…

“漢”の国賊だもの…

まあ、霞も居るし後の事は心配しなくても大丈夫よ」


「…また、必ず会おう」


「ええ、必ずね」



そう笑顔で誓い──互いに背を向けて、歩き去る。

その誓いを果たす為に。




華雄が虎牢関を抜け終え、姿が見えなくなった時点で兵達に投降を命じた。

戦闘中に味方が捕縛される姿を見ていた事も有ってか皆大人しく従った。

虎牢関の戦いは先程までの喧騒が嘘の様に静かになり終結を迎えた。


今は戦場だった野の一角に張られた天幕の中に居る。

両手を縛る荒縄。

私は捕虜なのだから当然と言えば当然だが、その腕は身体の前に有る。

足は縛られていない。

将師ならば、これが捕虜に対する物ではない事なんて説明する必要も無い。

要は“見せ掛け”だ。


さて、では一体誰に対して行っているのか。

曹操は勿論、同じ戦場にて戦う公孫賛も違う。

これは連合軍の後続軍──発起人の袁紹達に対しての誤魔化しだろう。



(…利害の一致だけで動く連中とは思っていたけど…

やっぱり、孫策達の行動は“全て”を判っていて…

そうとしか思えないわ)



静かに目を閉じ、手にした情報を組み合わせた果てに浮かんだ可能性。

それが確信へと変わる。



「よ〜、詠、無事か〜?」


「何言ってるのよ、私より貴女の方こそ無事なの?

素人目に見ても判る位には良い一撃だったわよ?」



暢気な声で話し掛けられ、目蓋を開くと溜め息を吐き呆れながら振り向く。

其処には、いつも見ていた変わらぬ笑顔の霞。

両手を縛られてはいるが、彼女も私と同じ。

腕はそれなりに自由が利き足は全く問題無い。

動きに支障が少ない以上、逃げようと思えば逃げ出す事も不可能ではない。

尤も、お互いにそんな気は微塵も無いけど。



「おお、あれやろ?

まだ痛いんやけどな…」



そう言いながら側に近付き他の者には聞こえない様に私の耳許に口を寄せる。

…ちょっと、息が当たって擽ったいわね。



「──立場上、っちゅう事だけやなしにや…

取り敢えず、此処の大将に会わんとあかんやろ?」


「っ…気付いてたの?」


「ウチと華雄は色々と経験してきとるからな〜」



霞の言葉に驚きながら訊ね返すと霞は苦笑する。

まあ、意外という事は無く素直に納得は出来る。

その“色々”を聞きたいと思ってしまうのは軍師か、或いは女としての性か。

それは置いておくとして、これで音々音さえ理解して行動していれば…と、つい思ってしまう。

もう終わった事だけど。


──と、誰かが天幕の中に入って来た。




入って来た者は三人。

女性が二人に男が一人。

一人は私と対峙をしていた緑色の髪の女性。

雰囲気的にも軍師だろう。

多分、陸遜だと思う。


もう一人の桃色の髪をした女性は情報が間違ってない限りは孫策だろう。

明らかに“特別”な気配を身に纏っているしね。


男は兵士の様だから二人の護衛役かしら。

普通なら将が付く所だけど事後処理の最中だしね。

仕方無いのかも。

でも、右腕を怪我しているみたいね。

平静を装ってはいるけど、動きがぎこちないし。

人手が足りないのかしら。


私達の前に椅子を置くと、警戒心も見せずに座る。

此方が暴れるとは思ってはいないのでしょうね。


──などと、考えていたら孫策だと思しき女性と目が合ってしまった。

一瞬、どう反応しようかと悩んでしまう。



「そんなに緊張しなくても大丈夫よ──“賈駆”」


「──っ!」



私は名乗っては居ない。

加えて、旗を上げないまま戦場に出ていた。

私の素性がバレてしまえば“希望”が潰えるから。


でも、彼女ははっきり私を見て賈駆と断言した。

余程優秀な間者達を放って情報収集したのだろう。

だが、それなら話は早い。

信じて貰えるだろうから。



「取り敢えず、確認ね

自己紹介して貰える?」


「賈駆、字は文和です」


「張遼、字は文遠や」



それでも気は緩めずに必要最小限の自己紹介。

自ら情報を与える事なんて考えられないし。



「私は孫策、此方が軍師の陸遜で──」



予想通り、と納得しながら孫策が自然に顔を動かした事に釣られて残った男へと顔を向けた。

瞬間、“何で?”と疑問が頭に浮かんだ。



「──此方は、私達の夫の小野寺祐哉よ」


『…………は?』



霞と一緒に間の抜けた声を出しながら固まる。

何度か瞬きすると孫策へと顔を向けて無言で問う。



「まだ祝言とか挙げてない状態だから事実上の、よ」



そう言う孫策は勿論だが、右隣に立った陸遜も右手を頬に手を当てて顔を赤くし態度で肯定している。

その様子に事実かと思って男を見れば、苦笑を浮かべ頭を掻こうとしてか右手を動かして──顔を歪めるとその場に蹲った。

やっぱり。

怪我してるんじゃない。

…まあ、そんな状態なのにどうして此処に居るのか。

その理由は判った。

色々と複雑だけどね。




二人に心配されながらも、どうにか仕切り直した様で三人は揃って咳払いをして気持ちを切り替える。


因みにだが、怪我している事に気付いた霞に私の方で想像した理由を教えた。

一騎打ちをして霞が倒れた後に一騎打ちした相手──夏侯惇に流れ矢が飛んで、それを身を呈して庇った為だろうという事を。

それを聞いていたらしく、彼は涙を浮かべながら苦笑していた。



「え〜っと…取り敢えず、貴女達の扱いからね

一応、今は捕虜なんだけど私に仕える気はない?」


「率直やなぁ…」



孫策の言い回しもしない、真っ向からの勧誘に対して霞も呆れていた。

ただ、悪い気はしない。

それだけ彼女は私達の事を評価してくれている。

そう感じるから。



「そう?、彼是言ったり、長々と駆け引きをした方が良かった?」


「いんや、正直に言うたらウチは話が早うて良えよ

それに最初っから気持ちは決まっとったしな」



揶揄う様な笑みを浮かべた孫策に対し、霞もニッ…と笑みを浮かべて返す。

…と言うか、軍師としては色々と複雑な会話ね。

陸遜も……この娘、意外と読み難いわね。

表情・感情・雰囲気。

その何れもが素直な様で、実際には真意が見えない。

結構な曲者だわ。



「ふぅ〜ん…で?」


「断る理由が有らへんしな

ウチの真名は霞や

これから宜しゅうな」


「ええ、宜しくね」



実にあっさりとした主従の誓いに軽い目眩がする。

こう言ってはなんだけど、此処で仕えると今後ずっと気苦労しそうなんだもの。

…今からでも曹操の陣営に行けないかしらね。

まあ、無理でしょうけど。



「貴女はどうなの?」



スッ…と、少しだけ両目を細目ながら訊ねる孫策。

目付きが“お腹を空かせて獲物を見付けた時の恋”を思わせて身震いする。

私は完全に“獲物”として狙われてる訳ね。



(これは逃げられないわ)



そう、自分に言い聞かせる様に胸中で呟き諦める。

深い溜め息を吐いて覚悟を決めると孫策を見詰める。



「私の真名は詠…

どうぞ、お手柔らかに」


「考えて置くわね♪」



そう言って笑う孫策。

しかし、それよりも陸遜の“新しい道連れ(なかま)が出来たーっ♪”と言う様な嬉々とした眼差しと笑顔。

そして、彼の歓迎しつつも気の毒そうな苦笑混じりの笑顔が気になった。



(…私、早まったかしら)



そう思わずには居られない不安感を覚えた。




孫策達から真名を預かり、彼──小野寺の呼び方等の説明を受けて一段落。


ある意味で私達にとっては此処からが本番。

緊張が否応なしに起きる。



「…孫策様、折り入っての御話が御座います」



主従を誓い、真名を交換。

その直後に改まった態度で話し掛けられれば誰だって不思議に思う事だろう。

しかし、眼前に居る三人は全てを判っているかの様に落ち着いている。

これはもう回りくどい事は言わない方が良いだろう。

霞との遣り取りも見たし。



「御存知かと思いますが、巷で“董卓による悪政”と呼ばれている物は十常侍の張譲による物です」


「………ねえ、詠?」



何処か不機嫌そうな彼女の表情を見て“間違えた?”という考えが過る。

しかし、何が悪かったのか具体的な理由が判らない。

彼女が何を嫌うのか。

彼女が何を尊ぶのか。

そういう部分が、間も無い関係だけに拙い。

それも致命的なまでに。


同時に高まる緊張感。

“駄目かもしれない…”と過った絶望感に対し胸中で“諦めたら駄目よっ!”と自分を叱咤する。

月の救出を諦められない。

あの娘は悪くない。

何も悪い事はしていない。

幸せなる権利が有る。

だから、絶対に助ける。

そう心に強く誓う。


平静を装って、静かに息を整えて口を開く。



「…何でしょうか?」



そう訊ね返しながら今にも気絶しそうな程に、鼓動が早まり煩く響く。

嫌な汗が首筋を伝う。


一度目蓋を閉じて溜め息を吐くと、ゆっくりと目蓋を開けて私を見詰める。

思わずゴクッ…と息を飲み喉が鳴ってしまった。



「こうね…もう少し普通に話せないかしら?」


「……………………え?」



予期しない言葉を聞いて、思考が停止する。

錆び付いた扉を開ける様にギギギッ…と首を動かして霞の方を見る。

“普通に話せない?”って今言ったの?

と、目で訊ねる。


すると、何が面白いのか、霞は腹を抱えて大笑い。

それを見て腹が立つ。

でも、現状は問題の解決が優先だと顔を戻す。

その際、穏と小野寺の顔が困った様になっていた。



「…え〜と…雪蓮様?

それは一体どの様な…」


「だ・か・ら、堅いの!

もっと肩の力を抜いて!

公式の場じゃないんだから砕けて良いのよ」



いや、良くないでしょ。

そう言いたい気持ちを深く飲み込み溜め息を吐いた。




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