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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
316/915

10 詰攻の対駒 壱


互いの距離は約3m。

お互いに擦れ違い、得物を振り抜いたままの姿勢で、動きを止める。


小さな金属音を上げながら地面へと落ちる破片。

砕け散ったのは方天戟。

呂布の膝が崩れて、身体がゆっくりと前に倒れる。



「──と、危ない危ない」



中々に良い一撃を貰って、少しだけ余韻を楽しむ間に気絶していた彼女の身体を正面に回り込み左腕で抱き止めて、安堵する。

死にはしないだろうけど、折れた方天戟や破片等での怪我の可能性は有るし。

何と言うか…小柄だな。

先程までの戦い振りが嘘の様に思える位に。



(にしても、天然物だな)



左腕に抱えるは金剛。

その原石だと言える程に、まだ手付かずの状態。


まさか遣った事も無いのに“俺に合わせて”その場で闘気の制御を熟すとは。

正直、予想以上だった。

闘気を消す事は一定以上の資質や経験が有れば誰でも身に付けられる事。

しかし、内に収束させつつ恰も消えたかの様に錯覚を起こさせる程の“隠行”は実は結構な難易度。

如何に彼女が野生を経ても即座には出来無い事。

それを可能にしたのは偏に生来の素直さと直向きさに他ならない。

ただ“俺だけを”見詰め、今の自身に出来得る全てを傾けた結果、だろう。


磨き甲斐が有る。

しかし、同時に慎重に遣る必要性も理解出来た。

純粋過ぎるからこそ彼女は非常に危うい。

本の僅かな過ちで消えず、直せない“歪み”を刻んでしまうだろうから。

まあ、だからと言って必要以上に過敏にはならない。

“腫れ物”扱いはしない。

稀有では有るが、特別には扱いもしない。



「…尤も、先ずは常識から教えないとな…」



そう呟きながら苦笑する。

隠密衆の報告や忠潁の話に聞いた限り、世間知らずは箱入り娘以上らしいし。

間違っても脳筋猪になんてしたくはないからな。

その心配は無いとは思うが一般的な価値観は必要だ。

自分の主観とは別に。


──と、考えていると背に向かって迫って来た気配を右手に握る大剣を振るって撃ち払う。



「おっと、動いたな」



音も無く地面に落ちたのは縦に両断された七本の矢。

手出しは禁止。

それは一騎打ちに於いての暗黙の了解。

だが、絶対ではない。

一騎打ちでは有るが自軍の軍将が窮地・敗北となれば少なからず行動を起こして状況を変える輩が出る。

末端の一兵卒に至るまで、完全な統制が取れていない限りは絶対にはならない。


そして、その出現は此方が意図した物であり、戦況を動かし、決める一手。

ここからは俺は傍観者へと戻るんだけどな。

まあ、楽しませて貰おう。




 賈駆side──


飛将軍──恋の敗北。

それは予想し難い結果。

でも、相手の力量を見れば想像出来無いという訳ではなかったと言える。

それ程迄に漆黒の全身鎧の武将の実力は高いと私でも理解出来た。


視線の先に有る結果。

それを静かに受け入れると目を閉じ僅かに俯きながら小さく息を吐く。

そっと胸元に当てた右手を自然と握り締める。


ただ、心の何処かで安心をしている私が居る。

恋が敗けて良かった、と。

これでもう、無意味に兵が命を失う事はない。

そう思うからこそ。

これでもう、無用な戦いを強いらなくて済む。

取り敢えず、軍としてでの戦いは終わったのだと。



(…後は月を探し出して、助け出さないと…)



そう意識を切り替える。

ある意味では、此処からが私達の本番だと言える。

本当の戦いが始まる。

上手く“交渉”し、諸侯の理解と協力を得なければ。

そうでなければ不可能。

そして、軍師としての私の出来に懸かっている。



「──なっ!?、誰やっ?!」



──静寂を撃ち破ったのは霞の驚きと怒りの声。

反射的に目蓋を開き、顔を上げて彼女の方を向く。

視界に映ったのは城壁上に並んだ兵達を見ている霞の後ろ姿だった。

一瞬、状況が把握出来ずに困惑する。

一体僅かな間に何が起きたというのか。



「戦場の方だ」



静かに掛けられた声。

それは華雄の物。

声に従う様に振り抜き──現実を見て、固まる。


漆黒の全身鎧の武将の側に落ちている矢が有った。

当然だが味方から射られた矢ではない。

明らかに此方側から彼処に射られた物だった。

其処で漸く霞の言葉が頭で結び付き、理解する。


一騎打ちの結果を受けて、誰かが相手を狙撃した。

そういう事だろう。



(一体“誰”が──なんて考えるまでもないわ!)



城壁に上って身を乗り出し下を見れば有り得ない事が起きている。



「ちょっ──詠っ!?」


「おいっ!?、何を──」



飛び降りる、と勘違いした霞と華雄が私の身体を掴み引き上げ様とする。



「あんの馬鹿あぁあっ!!」



でも、それより私の意識は事態の引き起こした犯人に対する怒りに染まる。

何て事をしてくれたのか。

そう言いたいが、今は先ず動かなくてはならない。




霞と華雄に引き上げられて心配と怒りを浮かべた顔で二人が私を見て──即座に表情を引き吊らせた。

今、私がどんな顔かなんて気にする余裕も無い。

だけど、先ずは──



『──っ!?』



──バチンッ!、と両手で顔を挟む様にして己が頬を思いっきり叩いた。

頭に上った血を、怒りを、思考を狂わせ得る原因を、無理矢理に取り除く。

多分、端から見ていたなら突飛な行動に驚くと思う。

まあ、そういう事を冷静に考えられる状態なのは良い事だと言える。



「門扉が開いているわ

矢を射ったのも間違い無く音々音でしょう」


「あんの阿呆がぁ…

恋の窮地を見てから勝手な真似しよってからに…」



直ぐに下に向かおうとする霞の右手を掴んで止める。

振り向いた霞は私が止めた事に対して眉根を顰める。

“何で、止めるんや?”と眼差しが訴える。



「もう、止められないわ

恋が命懸けで作ってくれた最良の敗北は壊された…

でも、まだ無駄じゃないわ

戦いは避けられないけど、無駄死には避けられる」



私の真意を理解したらしく霞が身体を此方に向ける。

華雄も私の側に来る。



「…ねねはどうするんや?

自業自得で見殺しか?」


「あの娘は曲がりなりにも軍師の端くれよ

自分の責任は取れるわ

だから、貴女達は戦っても命を投げ出さず、投降する様に兵達に言い聞かせて

生きてさえいれば…」



其処で一度、目蓋を閉じて両手を強く握り締める。

今、それが誰よりも難しい月の事を思う。

それでも、彼女なら兵達を無駄死にさせる真似だけは絶対に望まない。

させないと確信する。



「そうだな…また会える」



華雄が私の言葉を受け取り続けてくれた。

正直、私自身で言う事には抵抗が有ったから。

月を諦めてしまいそうで。

だから、感謝する。

目蓋を開き、華雄を見て、霞を見詰める。

ただ静かに。



「…はぁ〜…判った」



大きく息を吐き、霞もまた胸中に有る感情を吐き出し冷静さを取り戻す。

此処で感情に任せて動けば被害が大きくなる事を霞は理解しているから。



「取り敢えず連合の前衛を霞が抑えて頂戴

華雄は次に動く部隊を

但し、曹操の陣営とだけは可能な限り避けてね」


「恋の事も有るしな…」


「…何処に投降するのか、或いは戦場を離脱するかは各々に任せるわ」


「…詠、華雄

生きて必ず会おうで」


「ああ、その時は霞に酒を奢って貰おう」


「ええ、そうね」



三人で静かに笑い合う。

これを最後にはしない。

そう、胸の中に誓う。



──side out



 陳宮side──


静かに戦いを見守りながら彼女が敗けている姿なんて全く想像しなかった。

“天下無双”を体現出来る唯一無二の武の申し子。

世に名を轟かせる曹操とて一騎打ちをすれば彼女には絶対に敵わない。

そう信じて疑わなかった。

私にとって彼女──恋殿は理想であり、憧れ。

私の全てだと言える。


だから、目の前で起こった結果が信じられなかった。

名前も判らぬ、正体不明の真っ黒な奴に──敗けた。



(…こ、こん、こんなの…何かの間違いなのです!

絶対にそうに決まっているのですっ!)



ふと、脳裏に思い浮かんだ事は“毒でも使ったのではないのだろうか?”という可能性だった。

それなら判らなくはない。

如何に恋殿が優れていても毒を受ければ為す術は無く敗れてしまうだろう。



「射撃用意、なのです!」



自分の発した言葉に周囲の兵達から動揺の声が上がり一人が恐る恐る訊ねる。



「よ、宜しいので?」


「恋殿は敵の卑劣な策略で破れたのです!

我々が助けなくて一体誰が助けるのですかっ!」


「わ、判りました!」



苛立ちを声に乗せて叫ぶと兵達は慌てて矢を番える。

それを見ながら他の兵達に向き直る。



「開門準備です!

開いたら直ぐに恋殿の元に向かって救出するです!」


「はっ!」



今、何を躊躇おうか。

恋殿の部隊は自分と同様に彼女を慕って集まっている面々で構成されている。

恋殿の為ならば命を捨てる覚悟が出来ているのだ。



(恋殿!、ねねが今直ぐにお助けするのです!)



逸る気持ちを抑えながら、脳裏に浮かぶのは懐かしい記憶の数々だった。


自分の一番古い記憶。

それは父親と出掛けたまま一人ぼっちになった日。


その日は雨が降っていた。

景色も煙る様な雨。

“直ぐに戻るからな”──そう言って雨の中を一人で走り去っていった父親。

その背中を見送った。

雨宿りをしながら木の下で寒さに震える身体を抱いて只管父親を待ち続けた。

軈て日が暮れ、辺りは闇に包まれていった。

それでも“戻って来る”と信じていた。


もし、その時の私に会えるのだとしたら言いたい。

“お前は捨てられた”と。


そして、その後も、父親が戻る事は無かった。

母の、兄の、姉の、弟の、家族の元に私が戻る事も。




その時の私の歳は八つ。

物事が判らない程に幼くはなかった。

それでも、目の前の事実を受け入れられるかどうかは全くの別問題だった。


父親の言葉を只管に信じて私は数日間待ち続けた。

空腹は野草や木の実等で、喉は近くの湧き水で。

何とか凌ぐ事が出来た。

けれど、待っても待っても父親は戻って来なかった。


だから、私は考えた。

“きっと、怪我をしたから来られなくなったんだ”と“だったら、私が自分から帰れば良い”と。


当時、山奥の小さな集落に家族で住んでいた。

住人達は滅多な事では外に出る事は無かった。

私自身、初めての事。

それでも父親と一緒に歩き進んだ道を覚えていた。


それが、私の不幸だった。


弱った身体だったけれど、四日程を費やし、どうにか集落へと戻った。

でも、私を見る皆の表情は一様に驚きを浮かべた。


その時、皆が視線を逸らし曖昧に笑顔を作った理由は後々に理解した。

どうしたらいいのか判らぬ困惑からの笑顔だ。


家に帰った私は母を見付け泣きながら駆け寄った。

抱き付いた私は母に会えた事が本当に嬉しかった。

心から安心した。

──“私は”、だった。


思い返して見れば単純。

要は“口減らし”だ。

何ら珍しい事ではない。

働き手となれる男子ならば手元に置いておく。

女子でも見目麗しいならば運が良ければ“金”になる事も有るだろう。


でも、私は違っていた。

私は小柄だった。

歳の近い子供達と比べても身体は小さかった。

力仕事なんて出来無い。

かと言って、“貰い手”が見付かる器量でもない。

だから、必然的に要らない私は捨てられた。

ただ、それだけの事。


だけど、その時の私が事の意味を理解出来る筈も無く帰って来てしまった。

集落の者が外へ出ないのは“捨て子”が絶対に集落に帰って来れない様にする。

その為に道を覚えさせない工夫だった。



「どうして帰ってきた?!

もう此処にお前の居場所は無いんだ!

もう二度と帰ってくるな!

此処から出て行けっ!」



泣きながら私を叩き出し、叫び続けた父の姿。

幼かった私はただただ父が恐ろしかった。

だけど、どうしても憎いと思えなかった。

多分、心の何処かで感じていたのかもしれない。

父の、母の、家族の抱えた深い深い悲しみを。




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