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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
311/915

        陸


 呂布side──


ゆっくりと開く門扉。

逸る気持ちと高鳴る鼓動を抑えて冷静さを保つ。

“まだ早い”、そう自分に言い聞かせながら歩を進め“男”へと近付く。


但し、顔は俯き加減に。

直視しない様に気を付けて向かってゆく。

見なくても向けられている闘気で位置は判る。

だから、見ない。

見てしまえば我慢出来ずに斬り掛かってしまう。

襲い掛かってしまう。

それが判っているから。


何より──始めてしまえば会話なんて出来無い。

だから、その前にちゃんと話をして置きたい。

確認したい事も有る。

伝えたい事も有る。


──三歩。

右手に握る方天戟を構え、地を踏み締めて動き出せば“男”に届く距離。

其処で、立ち止まる。

顔は上げず、一つ息を吐き再度気持ちを落ち着ける。



「…“月”は無事?」



唐突且つ脈絡の無い言葉。

それは有り得ない質問。

到底、正面だとは思えない事だと言える。

“月”──董卓の真名。

それを知っている者なんて極僅かだと言える。

私達も知っている者だけの場合にしか呼ばない。

だから、目の前に存在する男が知っている筈は無い。

もし、此処に詠達が居れば“何を言ってる訳?”等と思うに違い無い。

けれど、それでも私は男に同じ様に訊ねるだろう。

何故なら男は敵では有れど害悪ではないから。

そう私の“勘”が告げる。

そして、感じる。

この男が月を救った、と。


僅かに逡巡している気配。

暫くすると小さく溜め息を吐き男は雰囲気を変えた。

何処か呆れた様な、けれど納得している様な。

そんな不思議な雰囲気に。



「…ああ、無事だ

ただ“今は”会わせる事は出来無いがな」



そう話す声は穏やか。

普通なら信じる事も変かもしれないけど、大丈夫。

無条件で信じられる。

其処に嘘や偽りは無い。

と言うか、言っても意味が無いと思う。

だから、問題無い。



「…ん…判った…

…月の事、助けてくれて…ありがとう…」


「気にするな

“利”が有っての事だ」



その言葉も本当だと思う。

でも、嫌な感じはしない。

それは人柄というよりも、本質なんだと思う。



「…それと…」



そして、もう一つ。

大事な言葉を伝える。



「…ずっと、待ってた」



そう言いながら、ゆっくり右手に握った方天戟の鋒を男へと向ける。



「…さあ、始めよう──」



心逝くまで、命の限り。

終焉と破滅の武踏。

刃と死の──魂の舞を。



──side out



毒気を抜かれる様な発言に正直に言って戸惑う。

ちょ〜っとばかし本気でのお説教モードに入っていただけに肩透かし。

何と言うか…掴めない。

…いや、素直過ぎるのか。


普段、謀略事が当たり前の時代の中で、こんなに己の感性に正直な者は珍しい。

他人の視線や評価等を全く気にしない訳ではないが、縛られてはいない。

だから、感じ取れるのか。

隠していても、本質を。



(やれやれ…颯と出逢った時を思い出すな…)



あんな事は滅多に無い事と思っていたんだがな。

有る時には有る物だ。

二人が違うとすれば理屈の上の理解か、本能か。

その点だろう。

勿論、颯は理屈の上でだ。

…女としては本能的だったかもしれないけどな。



(…しかし、仲潁の真名を躊躇わずに言うか…)



客観的に見れば今の呂布の言動は危なっかしい。

勿論、俺と二人きりだから言ったのだろうが。

…いや、“身内”が居ても言ってそうだな。

信頼有っての事なんだが、拙さを禁じ得ない。



(とは言え、直感的にでも俺が仲潁を救ったと確信を持つ辺りには驚愕するな)



“どう遣って”なんて全く理解していないだろうし、理解する気も無いだろう。

そんな事、だろうから。

要は“仲潁を助けた”事が重要なのだから。


少し逡巡はしたが、呂布に肯定の言葉を返す。

序でに“餌”も撒く。

もし、食い付く様なら少し“苛めて”みるつもりで。


まあ、結果は予想通り。

完全に無視されたけどな。

これが賈駆だったら絶対に食い付いただろうに。

残念では有るが、面白い。

そう思った。


素直に感謝を口にするが、無表情なのは残念。

感情の起伏が無いという事ではないのは判る。

先程の笑みも有るしな。

今は自分を抑えている。

そんな所だろう。


──などと、考えていたら意外な言葉が来た。



(…え?、何?、告白?)



──とか、軽い錯乱。

うん、脈絡が無さ過ぎてて吃驚するしかないよね。


これが再会した時の華琳に言われてたんだったら皆の目も関係無しに抱き締めて愛を囁いていたかもね。

…まあ、あの頃はお互いに素直な様で素直じゃない、複雑な感じだったしな。

偶には二人きりで思うままイチャつくのも有りか。

暇が出来たら遣ろう。


──さて、現実逃避は程々にして、熱烈な“指名”に応えましょうかね。


背中に背負う大剣の柄へと右手を上げ、掴む。

ゆっくりと正面へと構え、その鋒を呂布へと向けた。




 呂布side──


背負っていた大剣を抜く。

たったそれだけの動作。

それなのに掌が汗ばむ。

首筋を一筋の汗が伝う。


今、目の前に居る。

私が待ち続けた存在が。

“私”を解き放ってくれる可能性を持つ存在が。

それが、凄く、嬉しい。


互いに向け合う刃の鋒。

鎧兜に隠れていて視線しか感じられない。

でも、私を見ている。

それだけは感じられる。


どう攻めるか。

どう防ぐか。

頭の中で思い描きつつ──ふと、気付いた。



(…合図、どうしよう…)



普段だったら誰かが合図の声を掛けてくれる。

賊相手だったら合図なんて必要も無い。

でも、これは一騎打ち。

しかも私が先に武器を構え戦意を示した。

こういう場合は私の方から合図を出すべき。

…だったと思う。

正直、そういう遣り取りはあんまり覚えていない。

興味も無かったから。


でも、今更“合図をして”なんて相手に頼めない。

そんな事をしたら一騎打ちその物が台無し。

無くなるかもしれない。

それだけは駄目。

絶対に嫌。



「…………ん、行く」



彼是考えるのは止めにして静かに呟いた。

腰を落とし前傾姿勢になり同時に右足を前に。

グッ…と踏み込み地を蹴り突進する。


元々、ギリギリの間合い。

互いに踏み込めば一瞬にて距離は詰まる。


──ガギンッ!

突き出していた方天戟へと大剣が打付かる。

繰り出すのは互いに突き。

だけど、本気の刺突と違い“挨拶”の意味が強い。

互いの力量を知る為。

だから、普通は此処で手を抜いて様子見をする。

でも、私達には無用。

最初から本気で行く。

それでも、その一撃は共に必殺には程遠い。

その理由は一つ。


──これが本当の開戦。


方天戟と大剣は弾き合わず刃を鳴らし、火花を散らし擦れ違う。


互いに位置を入れ替えて、振り向いて静かに佇む。

方天戟に左手を掛け握る。

左足を前に出し半身に構え少しだけ腰を落とす。


男も大剣の柄を両手で握り右足を前に正眼に構える。

隙は…無くはない。

でも、其処は危険。

隙だと見える様に作られた罠でしかない。

ただ、それを私が判らないなんて思われてはいない。

判り易い、撹乱。


隙というのは戦いに於いて決定的な要因になる。

だからこそ、隠す事が多く簡単には見せない。

易々とは作らない。

一つの隙が勝敗に直結し、生死を分けるのだから。




私に“視えて”いる隙は、とても…怖い。


其処を突けば死が見える。

でも、避けたとしても先が見えなくなる。

判らない、じゃない。

唐突に闇に呑まれる。

全く想像する事が出来ず、ただただ恐怖が募る。


──恐怖、している。


不意に気付いた事だった。

気付いてしまえば何故だか考えずには居られない。



(…いつ、だったかな…)



果たして自分が戦いの中で“恐怖”を感じたのは一体いつの事だっただろうか。


視線は男を見据えたまま、遠い記憶を何気無く辿る。

少なくとも最近は無い。

黄巾党の時なんて論外。

もっと昔に遡る。

月に出逢い、霞や華雄との鍛練をする様になった頃も違っている。

そう──もっと、昔だ。


あれは私が“獣”になった“あの日”の事。



「…っ…」



辿り着いた答え。

脳裏に過った情景に思わず小さく息を飲む。

同時に沸き起こる不快感を飲み下す様に抑える。

今は考えたくもない。



「──っ!」



──それは一瞬の油断。

不用意な思考により乱れた心が生んだ小さな隙。

けれど、その隙を“死”に変えるのが目の前の男。


突き放たれた大剣の鋒。

それを左後ろに飛びながら躱して距離を取る。

その際、反射的に方天戟を下から振り上げ──ようと動いた身体を抑える。

それは無意識の、身体へと染み着いた反撃だったが、“したら駄目!”と本能が警鐘を鳴らしたからだ。


間合いを取り、意識を男に集中させてゆく。

今は余計な事を考えられる余裕なんてない。

そう自分に言い聞かせる。


構えは先程と同じ。

お互いの距離は私の歩幅で約七歩といった所。

互いに踏み出せば約三歩。

四歩目を踏み込んだ時には撃ち合った後。

斬り合いだったら擦れ違い勝敗が着いていても、何ら可笑しくはない。


一騎打ちをしているからか辺りは異様な迄に静かで、自分自身の息遣いと脈動がはっきりと聞き取れる。

なのに、男の息遣いは全く感じ取れない。

“本当に生きているの?”なんて疑いたくなる。

それ程に洗練された武。


体験した事の無い戦場。

感じた事の無い雰囲気。

恐怖を感じながらも闘志は昂り、血肉が滾る。

不思議な感覚。


“終わり”を求める私と、“続き”を求める私。

何方らも間違いなく私で、嘘偽りの無い欲求。

自分では選ぶ事の出来無い相反する矛盾の願望。




左足を外側へと擦りながら動かして、ゆっくりと横へ回り込む様に動く。

同じ様に動いてくれたなら仕掛け時も計れた。

けど、男はその場から動く事はしなかった。

ただ、此方に合わせながら常に私を正面に捉える様に構えを取り続ける。


──と、脳裏に浮かぶのは“構え”の利害。

元々、私は我流の戦い方で華雄と霞から色々と教わり今の型に至っている。

その過程で、構えの利害も教え込まれてきた。

構えによって利害の内容は異なる物だけど、構えには必ず利害が生じる。

勿論、“上”に在る者程、複数の構えを使い熟す事で害を消す様に戦う。

この男も、そうだと思う。

しかし、構えを取る以上は必ず害が存在する。

その事には変わらない。



(…一手、二手で勝てると思わない…でも…)



意を決して前に踏み出す。

男は動かずに迎え撃つ気か踏み込んでは来ない。

突きと上下斬りは愚策。

往なしたり、逸らされたら“二手目”に繋げるなんて不可能に近くなる。

必然的に選ぶは横払い。

左から右へ、大きく一閃。



「──っ!?」



しかし、搗ち合う筈の刃は虚空を薙いで──空振る。

“しまった!”と思うより早く眼は男の姿を捉えて、何が起きたかを把握する。

本の僅かな──後退。

恐らくは足跡一つ分にすら満たない距離だろう。

それを気付かせる事無く、いつの間にか行った。

恐ろしいまでに然り気無く男は動いていた。

“何処で?”と頭が答えを求め様として瞬時に先程の光景を呼び起こす。

──が、直ぐに破棄。

それは“違う”と判断。

今為すべきは迎撃。


方天戟から左手を離して、左足で地を蹴る。

一瞬、停止し掛けた身体を方天戟を振り抜いた勢いで強引に動かす。

右へ傾きながら右足を軸に回転する顔の側で鋭い光が閃き、突き抜けた。

それが放たれた突きという事は視界の外であっても、経験で察する事が出来た。


“飛び退き、距離を取る”という行動が真っ先に頭に浮かんできた。

恐怖を感じた本能故の物。

しかし、それは結局問題の先送りにしかならない。

今、自分が取るべき行動はそれではない。

攻め続ける事。

それが何より必要だ。


回転を止める事無く回り、巡り来る好機を掴む。

虎口に飛び込み、穿つ。

それは“獣”として暮らし身に付けた紙一重の攻撃。

恐怖の先に在る可能性。




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