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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
310/915

        伍


 呂布side──


ぼんやりとした感覚。

けれど、意識はしっかりと自分である事を認識。

視界は色褪せた景色を映し雑踏の様な声が耳に響く。


──ああ…“夢”だ。


そう理解するまでに要した時間は僅かだった。

夢だと理解した事で意識は急速に冷めてゆく。

別に夢を見る事が嫌いだと言う訳ではない。

ただ、今見ている情景──夢の景色は古い記憶。

思い出したくもない過去。

大嫌いな──始まり。


自分の中で最も古い記憶は多分、三〜四歳位の頃。

大人の男女と数人の歳上の子供達、年老いた老人。

大人の女の腕には産まれて間も無い赤子が居る。

共通している事は誰しもが“顔”が無い事。



「──この“化け物”が」


「──お前が居るからだ

お前の所為で私達は──」


「──お前さえ居なければ私達は──」



幾度となく繰り返され続け聞き飽きた言葉が響く。

皆、“顔”が無い筈なのに喋っていて視線も感じる。

不思議な感覚。

ただ、決して心地好いとは微塵も感じない。

寧ろ、嫌な感じ。

けど、それが当たり前。

それが幼い頃の日常。


そう認識すと情景は一変。

色褪せていた筈の景色は、鮮やかに染まる。

赤・朱・緋・紅・赫──、濃淡は有れど見渡す限りの全てが染め上げられる。

その情景の中を彼方此方へ行き交う無数の人影。

それが何なのか。

実態はどうでも良かった。


ただただ、その景色を見て“綺麗”だと思った。


生まれて初めて感じる色。

生きてきて初めて見る色。

鮮烈とも言える色彩に対し瞳も心も奪われた。


見たい、もっと見たい。

ずっと見ていたい。

そんな単純な欲求。

けれど、初めての欲求。

その望みを叶える為には、どうすれば良いのか。

何をしたら良いのか。

導かれる様に──刃を手に命を屠る事を覚えた。

腹を空かせた獣が、生きる為に狩りをする様に。

己が“生”を実感する為に身を朱に染め続けた。


姓名は呂布、真名を恋。

歳は四歳の小さな童。

親も家も故郷も持たぬ獣。

ただただ只管に刃を閃かせ死を振り撒く災厄。

手の付けられぬ餓鬼。

ただ(ぬくもり)に飢えた哀れな一匹の幼子(おに)


世に“朱天童子”と呼ばれ怖れられた“化け物”の、始まりの物語。

決して語られぬ物語。

決して継がれぬ物語。

決して続かない物語。


軈て、その時が来る。

物語の定番と同様。

鬼は討たれ、消え去る物。


その宿命は因果応報なのか予定調和なのか。

答えは孰れ出るのか。

獣には判らない。





「──こんにちは」



縄張りに迷い込んだ獲物。

まだ幼い人間の女。

見た目はとても弱そうで、其処らに居る山鳥や野兎の方が逞しく見えた。

それに、今まで一度として見た事の無い“顔”をして此方を見ていた。

浮かんだ感情は威嚇でも、絶望でも、恐怖でもなく、悲哀でもない。

感じた事の無い感情。

全く知らない感情。

けれど、嫌な感じはしない不思議な感覚。

それは木漏れ日を思わせる心地好さを感じた。


だからなのだろうか。

その女に話し掛けられると警戒をするでもなく答え、自分が“朱天童子”と巷で呼ばれている事も認めた。

別に隠す事でもなかったが特に話す事でもない。

訊かれたから答えた。

ただそれだけの事。


それなのに、誰かと話す事自体が久し振りだった為か気分が良かった。

心が軽くなった気がした。

胸の奥が温かくなった。


だからなのだろう。



「──行きましょう」



そう言って差し伸べられた可愛らしい小さな掌。

僅かに戸惑いながらも──“私”は掴んだ。


十二年の孤独(まいにち)は実に意外な程にあっさりと終わりを迎えた。


転機、と言うべきだろう。

その“出逢い”は滑稽で、けれど冷えきった獣の心を優しく温めた。

その出逢いは居場所をくれ仲間(かぞく)をくれた。



「──ん?、誰や自分?

ああ、確か月の言うとった新しい“家族”やな

ウチは張遼、真名は霞や

宜しゅうな、ちびちゃん」



当時、まだ同い年の子供と比べても二〜三歳位は背の小さかった事も有って頭をぐりぐりと撫でられながら子供扱いされた。

だけど、その掌は温かくて擽ったかった。



「──ほら、此処はこう…

ちょっ!?、ああもうっ…

ほら、じっとしてなさい

今、墨を拭くから…」



厳しいし難しいから勉強は好きじゃなかった。

けど、口煩く言う割りには面倒見の良い掌は優しく、ちょっぴり意地悪。



「──おおっ!?

今のは良かったぞっ!

よしっ、もう一度だっ!」



武術を教わるのは楽しくて夢中になった。

真っ正面から打付かり合い真っ直ぐ手を引いてくれる掌は力強く、頼もしい。


得て、初めて理解した。

“顔”の無い人々。

其処に自分が求めながらも与えられなかった物に。

ずっと、探し続けた物を。


幼子(おに)が憧れ、望んだ情景は実に平凡な物。

ただ、笑顔(あい)を求め、(ぬくもり)を浴びる事で誤魔化していたのだと。


生まれて初めて流した雨は“太陽(よろこび)”と共に身体に命を宿す。

漸く“私”は生まれた。

その産声を響かせて。




──しかし、人の“欲”は無情であり、不粋だ。

それが“本能”であって、本質でも有る事に違い無く変えようも出来無い事。


雨が降り、潤った大地も、平穏な日々の中で陽の光に照らされていれば軈て必ず干上がってしまう。

適度に雨が降る事で大地は良好な状態を保つ。

それは人も同じだった。

満たされた日々。

望み続けた物を手にして、不幸と思う事は無い。

けれど、“不満”は次第に積もり積もってゆく。


それは“渇き”に他ならず新たに望み、求める。


決して皆の事を嫌いという訳ではない。

好き、という事が正しくは理解出来無いけど、一緒に居て心地好い事は確かで。

その温もりを大切に思う。


それでも止まぬ渇望。

決して皆では叶えられない不可能な望み。


“全力”で戦いたい。


最初から私に武術を教えてくれていた華雄も、後から手合わせをしてくれる様になった霞も、気が付いたら追い越していた。

一緒に手合わせをしても、私は本気では出来無い。

本気で遣れば二人を簡単に殺してしまうから。

だから出来無かった。


その内に、不満な気持ちを知られたのか変化が有って用兵術とか、戦術とか…

そういう物を教わる時間が必然的に増えていった。

月や詠も私が一人前の将に成る事を期待している。

そう感じていた。

だから嫌じゃなかったし、それはそれで面白かった。

違う“強さ”を知った。


──でも、物足りない。

私の中の“獣”が唸る。

囂然なままに本能に従い、求めて止まない。

血が、肉が、心が、魂が、煮え滾る程の“熱”を。

欲し、欲し、欲し、欲す。


気が付いたら、昔の自分が其処に立っていた。

感情の無い、虚ろな双眸が静かに私を見詰める。



「獣は、人には成れない」



そう“私”が言った。

“そんな事は無い”と言い返したかった。

だけど、私は言葉が、声が出なかった。


私自身が理解していた。

私は人として生まれてきたかもしれない。

でも、獣として生きてきて育ってしまった。

もし私が人に成るとしたら獣としての私が死んだ時。

それしか無いのだと。


あの日、小さな掌がくれた温もりは忘れない。

だけど、私の中の“獣”を殺す事は出来無かった。

ただ少しの間、檻の中へと閉じ込めただけ。


そして“獣”は渇望する。

己を満たし、焼き尽くす、苛烈な(ひかり)を。




──ドクンッ!


身体の奥で一際大きな音を立てて脈打つ。



「………ん…」



薄らと開けた目蓋。

いつもなら“まだ眠い”と感じてしまう所。

なのに、今は全くと言っていい位にそんな事は無い。

寧ろ、頭ははっきりとして身体に活力を感じる。


その理由は直ぐに判った。

全身に叩き付けられる様に向けられている闘気。

殺気も敵意も含まない。

純粋な闘志と戦意。

それは今までに一度として感じた事の無い感覚。

例えるとしたら──風。

全身を運び去る程に強く、けれど目蓋を閉じる必要は無い程に優しく、清々しい高揚感を齎す。

そんな感じの風。


その正体──持ち主の事が知りたくて特に考える事も無いままに、誘われる様に城壁の上と向かった。

霞が、華雄が、詠が居た。

でも、それさえも気にせず其処に居る者を目指す。



「──っ…」



一目、それだけで十分。

全てを理解した。

“これ”は私達に対しての物ではない。

“私”に対してだ。


視線の先──荒野に一人、威風堂々と佇む漆黒。

見る者によっては恐怖さえ抱くだろう異様な鎧姿。

なのに、私の鼓動は喧しい程に高鳴っている。

久しく忘れていた笑い方。

そんな事を意識する必要も無いかの様に口元が緩む。

堪らなく楽しい。

どうしようもなく嬉しい。

漸く、見付けた。

私が“全力”を出して戦う事が出来る相手を。

(わたし)”を殺す事が出来る相手を。


それでも、今の状況を忘れ勝手な真似はしない。

視線の先の相手は重要。

でも、月の事も大切。

少なくとも今は月を助ける事を優先する時。

だから自分の感情を抑え、昂る気持ちを鎮める。


冷静になって思った。

静かに荒野に佇む“男”は何をしているのだろうか。

見た限りは、まだ連合軍と戦いは始まっていない。

いや、正確には戦闘が。

戦いが武だけではない事は詠達から教わっている。

だからこそ、疑問に思う。


──と、脳裏に閃く。

状況としてみれば“男”は一騎打ちを申し込んでいる様にも見える。

皆が動いていない事から、口上の類い等は無かったのかもしれない。

だけど、私には判る。

向けられた“言葉”が。


私は静かに意志を告げると踵を返して向かう。


待ち望んだ死地へ。

乞い焦がれた戦いへ。

静かに闘志を昂らせて。



──side out



作戦としては至って単純。

先ずは三勢力毎に分かれて布陣して停止。

暫くは何もせずに沈黙。

そうする事で相手側に対し心理的に揺さ振りを掛け、精神的に主導権を握る。


実際、そういう状況になり真っ先に遣る事は一体何が目的か“考える”事。

それはつまり、無意識下で此方を強く意識・認識し、注目している事になる。

自覚の有無は関係無い。

考えた時点で後手。

真意を理解しない限りは、だけどな。


で、注目されている状況で俺が単騎で出陣。

多分、向こう側が真っ先に脳裏に思い浮かべる事は、先の劉備陣営の挑発策。

まあ、ある意味では同じと言ってもいい。

華琳達は嫌がるだろうが。


向こうが手を出せない──出しても容易く回避出来るギリギリの場所までに進み馬を返して、佇む。

因みに烈紅ではない。

毛色は誤魔化せても馬格は誤魔化せないからな。


そして、再びの沈黙。

但し、“判る者”にだけは判る様に──挑発。

闘気を叩き付けてやる。

勿論、本命は呂布なんだが目眩ましの意味でだ。


本人達は判らないだろうが俺達にしてみれば氣で誰が何処に居るかは丸見え。

呂布が動いた事で、作戦の第一段階は成功した。

自信は有ったが一安心。


その呂布なんだが…

城壁の上に移動してから、此方を見て──喜んだ。

明らかに笑ったよ。

彼方は周りに居るのに誰も気付いてないけどさ。



(…あー…確か、呂布って仲潁に拾われるまで山中で生きてたんだったっけ…)



“朱天童子”とか呼ばれて怖れられていたとか。

隠密衆の調べた所、呂布の正確な出身地は不明。

ただ、彼女の年齢と仲潁と出逢う事になった場所。

それらを加味して調べると一時期跋扈していた盗賊が多数の村を滅ぼしていた。

しかし、ある時を境としてぱったりと姿を消す。

仲潁から聞いた話と合わせ彼女が賊を屠った可能性が高いと言えた。

本人は覚えていないらしく仲潁達も彼女の家族の事は調べても判らなかった為、賊徒に殺されたと判断。

気遣って話していないとの事だった。


ただ、先程の笑みを見ると全くの“無傷”という事は無いのだろう。

酷く歪で、暗く翳った。

悲哀を感じさせる笑み。

自分を“無価値”と考える卑屈な笑み。

それを見て、少し変更。

本気で、殺り合おう。




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