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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
31/913

        参


ある程度の成果が見えて、昼食を摂りながらの休憩。


両足を水中へ投げ出して、瞼を閉じて空を仰ぐ。


森の中とは言え夏の暑さが肌に絡み付く。

しかし、滝壺という天然の冷房が周囲の気温を下げてくれているので快適だ。



「以前は術や絳鷹に頼って快適化してたしなぁ…」



術者の悪癖とも言える。

まあ、科学技術の発展した“現代”ではクーラー等が有るのが普通。

それらを使う事も。


だから偶に自然の涼しさに触れると感動するし…

心が洗われる様に感じるのだと思う。


科学文明の中で生まれ育ち死んで行くが故に。


自然を──

生命の在るべき“場所”を感じて。


頬を撫でる微風。

風が奏でる木の葉歌。

流れ落ちる水音。


自然の成すアンサンブルに静かに身を委ねる。



「………ん?」



不意に耳に入った雑音。

不快に思い瞼を開く。


その次の瞬間だった。


一際高い嘶きと共に──

滝の上から馬が飛んだ。



「まさか──ペガサス!?」



蒼天に陽光を浴びて生じた影が射す。

思わず下から凝視。


影翼を広げ、飛翔する。


飛翔す──る?。



「………………落ちる?」



影は引力に逆らう事無く、降下し始める。



「まあ…そうだよなぁ…」



ペガサスなんて“此方”に居る筈がない。

というか、“向こう”でも見た事が無い。



(いや…“キメラ”物なら一度だけ見たな…)



見たと言うか狩った。

かなり凶暴な奴だったのをよく覚えている。

“天馬”と呼べる程可愛くも神々しくもなかった。



「──って、んな場合じゃないな」



我に返って氣で強化すると空中に居る馬へと向かって大きく跳躍。

体当たりにならない様に、バタバタと脚を動かす馬の横から真下に入り、四脚を取って肩に担ぐ。


此方に気付いた馬が驚いた様子で凝視する。

お互い様だって。



「今は信頼してくれ」



そう言うと馬は四脚を脱力させて大人しくなる。

かなり賢い子の様だ。


着地の衝撃に備え強化──ではなく、足裏から足首・膝・腰へと氣を纏わせて、衝撃に備える。


そして、接地。


自重に加え、馬の体重。

更に重力の影響。


上下から来る衝撃を全身を使って往なす。



「…ふぅ…無事着地っと」



馬の四脚を地面に着かせ、身体を抜く。


馬への衝撃を零にしようとするとこれしかなかったが成功して良かった。




一安心して息を吐く。

馬は感謝する様に頭を擦り寄せて来た。

その額をコリコリと掻いてやると嬉しそうにする。


観察すると河原毛の牝馬。

怪我等は無い。

背には革製の鞍と腹帯。

どちらも、上質且つ見事な造りをしている。

時代錯誤な点は今更だ。



「お前の御主人様は?

一人じゃないんだろ?」



そう言うと馬がピタッ!と動きを止め、大切な何かを思い出した様に俺の上着を噛んで引っ張る。



「大丈夫、逃げやしないよ

だから、落ち着いて…」



そう言いながら鼻筋を撫で冷静さを取り戻させる。


で、氣による通訳技の出番となる訳だ。


人との観点や価値観の違いとかは仕方無いが…



「取り敢えず、お前の主が危ないってのは判った

必ず連れて戻って来るから此処で待ってられるな?」



そう訊くと少し悩んでからしっかりと頷く。

本当は主の元へ直ぐにでも駆け付けたいのだろう。

実に良い子だ。

そして、慕われる主も。



「それじゃ、行ってくる」



そう言うと滝の脇の岩壁を駆け上がり、上の森へ。

氣の感知範囲を広げる。


直ぐに、それらしい反応を見付けた。

距離的には6km程か。


数は三十…いや、二十…

数が減っている所を見ると腕の立つ主人の様だ。


三分と経たない間に現場へ到着する。


人数は十八人。

その内、一人が女性。

彼女があの子の主人か。


加勢しても良いが…

無闇に実力を晒すのは賢い選択ではない。


なので、暫し観戦する。


彼女は二十歳位か。

膝元に届く桃色の髪。

海を思わせる深い青の眼。

興覇や公瑾と同じ、日焼けした褐色の肌。

江東縁の血統だろう。


赤い服を纏い、直剣を使い賊徒と思しき男達を葬る。


その姿を見詰める。

戦況は彼女に優勢。

しかし、何処か彼女の姿に違和感を感じる。

まだはっきり“何が”とは言えないが。



(……ん?)



ふと、同じ様に彼女を見る存在に気付く。

向こうは此方に気付いてはいない様だ。



(…氣の感じだと敵か

実力的には彼女の方が上…

心配は無いだろうが…)



絶対は無い。

まあ、いざとなれば彼女を助けに出るが。


そんな事を考えている間に彼女が賊徒を掃討し終え、呼吸を整え様とする。


其処へ姿を現した男。

動きを見た時、“裏側”の人間だと判った。



(暗殺の類いか…

本当に“こういう事”との遭遇率が高いよなぁ…)




心で溜め息を吐きながらも視線は外さない。

二人を観察する。


窺い知れたのは──

暗殺、依頼、親子、因縁、欲望、陰謀。

とは言え、逆恨みの可能性が高そうだが。


戦いは五分五分。

心理的に揺さぶろうとする男に対し、彼女は冷静さを失わずに戦う。


結果、流れは彼女が優勢。


そして彼女が勝負を決めに行った瞬間。

敗北を確信する。



(詰めが甘い…と言うか、流れを掴んだが故に決着を急ぎ、注意を怠ったな…)



立場が逆転した男が彼女の右足を踏み付ける。

判ってはいたが、その後の言動が琴線に触れる。


男が彼女に覆い被さろうとした瞬間に動く。



「はい、其処まで〜♪」



場違いな明るい声と笑顔で男の眉間に翼槍の鋒を突き付ける。



「だ、誰だ手前ぇっ!?」


「ん〜?、必要有る〜?

無いよね〜?

これから死ぬんだし〜♪」



そう言って、腕に力を入れ鋒を刺し込む。

笑顔で死を宣告する事で、男の恐怖感を煽る。



「ま、待てっ!

待ってくれっ!!

俺は頼まれただけだっ!」



容易く釣れる男。

“裏”と言っても、所詮は三下に過ぎない様だ。



「そんな事判ってるよ〜

“同業者”みたいだし〜」


「な、なら…」


「でもね〜、此方は生存が条件なんだ〜

まあ〜…“それ以外”には何も無いんだけどね〜

だから〜、判るよね〜?」


暗殺とは真逆の依頼。

しかし、生存させる理由を明確に言わない事で相手に“自己解釈”させる。

そうやって誤解を生む。



「……なら、取り引きだ

此処に、依頼主の袁嗣から貰った千両が有る…」



男は右手で懐から両銭束を取り出して地面に置く。



「…見逃せと〜?」


「俺の依頼は諦める

だが、其方は生存してれば良いんだろ?」



面白い様に、筋書き通りに動いてくれる男。

だが、張り合いが無いのも事実で気力が萎える。



「拘るね〜…復讐〜?」


「…そうだ

此方側の奴なら昔の経歴も似た様な物だろ?

なら、あの女──孫文台に対する俺の気持ちも少しは判んだろ?」



“孫文台”──その名から彼女が“姉妹”の誰かだと断定出来る。

そして、完全に“逆恨み”による執着である事も。



「ああ〜、成る程ね〜

“そういう事”か〜」


「な?、判んだろ?

だから──」


「──死ね」



翼槍を一振り。

理解を得たと緊張を解いた男の首を刎ねた。




 孫権side──


窮地に際し現れた何者か。

それによって右足から男の足が離れた。

捻った訳ではない。

しかし、鈍い痛みが絶えず暫く歩けそうにない。


肩越しに振り返れば白金の長い髪が揺れている。

声からすれば女性か。


二人の会話から“同業者”だと知れた。

逃げ様と思えば逃げられる可能性は有る。

だが、彼女の実力は私より上だろう。


今は大人しく状況を静観。

それしかない。


すると男の口から依頼主の名が告げられた。



(袁嗣…やはり貴様か…)



それは予想通りの相手。

遠乗りに出る際の奴の言葉からも窺い知れる。



(偶然、ではないな…

暗殺は元々計画されていた可能性が高い…

私が遠乗りに出た事も有り賊に襲われた事として処理する腹積もりか…)



悔しさと己の無力に奥歯を噛み締める。


その間も二人の話し合いに耳を傾け、情報を集める。


ふと、彼女の発言に対して違和感を覚えた。



(私の“生存”が条件?

どういう事だ?)



男は恐怖から冷静な判断が出来なくなっているのか、気付いていない。


私を消す事にならば意味を見出だせる。

しかし、生きたまま連れて行く意味は何だ。



(……人質?

…いや、今の孫家に人質を使う理由が無い…)



仮に、私を人質にして姉に袁術の暗殺を強要。

可能性は有る。

しかし、今の袁術の一派を排除する理由が無い。

寧ろ、その理由を持つのは私達の方だろう。


考えている中、男の口から母の名が出た。

男の発言を聞く限りでは、母に討伐された賊の類いの生き残りか。

逆恨みも甚だしい。


だが、気になるのは彼女の反応の方だ。



(私が“標的”の筈なのに何も知らない?)



彼女の表情は見えない。

しかし、発言からは真意が見えてこない。


それ所か、“敵意”さえも感じられない。



(逆に奴に対する嫌悪感の様な物を感じる気が…

私の気のせい?)



悩む私を他所に二人の話は唐突に終焉を迎えた。



「──死ね」



彼女の冷めた声の一言。

それを聞いた瞬間、全身の肌が粟立つ。


それは、自分に向けられた訳では無い。

しかし、畏怖を抱かずには居られない。


それ程の殺気だった。



──side out



断末魔を上げる暇も与えず理解さえ許さず──

男の頭が地面に転がった。


静寂の中、ドサッ…と音を響かせた骸を無視。

背後の倒れたままの彼女へ向き直る。


此方を窺っていたのだろう彼女と目が合う。


瞳に宿る恐怖と逡巡。

それは我が身の窮地による物ではない。

恐らくは俺が出した殺気に対してだろう。

胸中で苦笑する。



「さてと…動くなよ」



そう言うと返事を待たずに彼女の右足に右手を置き、氣を流し込む。



「…んっ…」



身体に感じる違和感。

それを堪える様に、小さく声を漏らす。

因みに初体験だと擽ったく感じるらしい。


怪我は骨折や捻挫でもなく打撲だった事も有り一分と掛からずに治癒し終わる。



「立てるか?」



そう訊くと彼女はゆっくり身体を起こす。

立ち上がった後、二〜三度右足で地面を踏み締める。



「痛みが…一体何を?」


「秘密だ」



此方へと振り向いて訊ねる彼女に笑顔で答える。

多少は睨まれるかと思っていただけに、彼女の見せた反応は予想外だった。

此方を──否、俺の左手に持った翼槍を見詰めたまま驚愕している。



「どうかしたか?」



気付かない振りをして声を掛けると彼女は我に返り、開いたままの口を閉じた。



「…助けてくれたと思って良いのか?」


「どうしてそう思う?

俺達の話は聞いてたろ?」


「貴方…男だったの?」



“俺”と言ったから彼女は自分の勘違いに気付く。

僅かな思考の混乱。

それを利用して距離を詰め近寄る。



「俺が男なら──

“こういう事”になるとは思わないか?」


「え?──きゃっ…」



そう言って、右手で彼女の腰に回して抱き寄せる。

その際、彼女が上げた声や胸元に感じる膨らみ。

──ではなく、ふわっ…と髪から薫った淡く甘い香に女らしさを感じた。


瞳を覗き込みながら口付けする様に唇を近付ける。



「…殺されるよりは増しだ

今は“生きて戻る”事…

それが何より重要だ」



思ったよりも動揺が少なく嗜虐心も萎える。

もう少し続けても良いが、今は自重しよう。



「生きて“戻る”ね…

俺が受けた依頼を放棄するとでも思ったか?」


「放棄する必要は無い

何故ならそんな依頼は最初から存在しない

仮に依頼を受けていたなら態々男から私の素性を探る必要が無い…違うか?」



正直、驚いた。

あの状況下で冷静に情報を把握している事もだが…

その胆力に。



「私も訊きたい事が有る」


「何だ?」


「“それ”をどうした?」




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