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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
309/915

        肆


──徹底した情報の秘匿。

そう考えれば一応頷く事は出来無くはない。


この戦いは曹操にとっては茶番劇でしかない。

いや、群雄割拠を見据えた上での“仕込み”の意味は存在しているだろう。

そうでもなければ曹操には参加する意義が薄い。

如何に身内──同じ男性を夫とする妻に皇女が言ても既に“他人事”なのだ。

無関心・不干渉を貫く事は大した難しくはない。


しかし、それならば此処で態々“手の内”を明かす、その意味が判らない。

まあだけど、知られた所でどうこう出来る程、甘くはないとは思う。

深く考え過ぎて見るべきを見失ってしまう事も有るし程々で落としておこう。

多分、幾ら考えたとしても正しい答えは出ないし。



「………動かへんな」


「………そうだな」



警戒と緊張を高めながらも冷静の手綱を手離さぬ様に自分を御す霞と華雄。

ただ、微動だにしない敵に困惑は隠せないらしい。

どうしていいか判らない。

それが今の二人の本音だと何と無く察する。


──と、無言のまま私達の側に遣って来た者が居た。



「恋、起きたの?」



そう問い掛けるが恋は何も言わないまま、真っ直ぐに件の漆黒の武人を見詰めて佇んでいる。

普段なら寝ぼけ眼を擦り、時には欠伸をしている様なのんびり屋の性格。

彼女が俊敏なのは戦闘時と食事時だけだ。

…いや、お腹が空き過ぎて動く事も億劫そうにする事すら有ったりする。

そんな彼女なのだが…

いつもとは明らかに異なる彼女の雰囲気に息を飲む。

見た目には静かだ。

しかし、燃え盛る炎の様な“熱”を裡に感じる。

闘志、と呼ぶのが正しいのかもしれない。



「恋の目を覚ますんか…

いよいよ本物やなぁ…」


「情報が少ないとは言え、よく今まで隠れ続けていたものだな」



二人は恋の登場や様子には全く驚いてはいない。

寧ろ予期していたかの様に納得している感じだ。

そして、嬉しそうだ。

その様子を見る限りでは、武人同士の感覚だろう。

ただただ何処までも純粋に強者との戦いを望む。

そんな雰囲気を三者三様に纏っているのだから。



「……行く」



唐突に呟いた恋の一言。

一瞬、意味が判らず思考が停止してしまう。

しかし直ぐに思い至る。



「だ、駄目よっ!

無闇に出て行ったら──」


「一騎打ちやで、詠?」


「──っ!?」


「どの道、あれと遣り合う事になれば私達の何れかが一騎打ちをするしかない

兵達が居る野戦では被害は甚大になるだろう…

それを月様が望むか?」


「…っ…」



霞と華雄の言葉に私は黙る事しか出来無かった。




頭では理解している。

確かに三人の言う通りだ。

野戦・乱戦になった場合は此方は確実に不利だ。

曹操の元に軍将が一人──後一人居たら敗北は必至。

…いえ、曹操自身が動けば確実な物になる。


その点一騎打ちなら被害は最小限に抑えられる。

仮に──本当に仮にだけど恋が敗けた場合には此方は全面降伏も出来る。

その時には士気は失われ、戦う事は出来無い筈。

無用な死傷者を出さなくて済む事は確かだ。


しかし──恋を疑う訳ではないのだけれど、どうにも不安が消えない。

──応じてはいけない。

そう、私の頭の中で何度も警告が繰り返される。

軍師としての胸騒ぎとでも言えばいいのだろうか。

ただ、一方で納得している自分が居るのも確かだ。

それ故に逡巡する。



「…詠…大丈夫」


「……恋……」



決断出来ずに苦悩する私の右肩に右手を掛けながら、恋が真っ直ぐ私を見詰めて“心配ないから”と背中を押してくれる。

…全く、何奴も此奴も人の仕事を奪ってくれるわ。



「…絶対に、勝ちなさい」


「…ん」



私の決意に、言葉少なくもしっかりと頷く恋。

恋が私を信じてくれる様に私も恋を信じる。



「判っとるやろうけど…

油断したらあかんで?」


「鎧を砕けば軽くなる…

決して侮るなよ?」



霞と華雄の言葉にも頷き、普段通りの足取りで下へと階段を降りて行く。



「霞、恋の部隊と音々音に一騎打ちの事を教えた上で大人しくしている様にって言って置いて頂戴」


「難儀やなぁ…」


「文句を言わないで」


「判っとるよ

一騎打ちを邪魔する真似は絶対にさせへんて

ほな、行ってくるわ〜」



右手を上げ、ヒラヒラさせながら歩き去る霞。

普段通りだが、彼女もまた一人の武人であり軍将。

その言葉や態度とは逆に、この一騎打ちの持つ意味をしっかりと理解している。



「華雄、遊軍の中から弓の腕が良い者達を出来る限り選んで城壁の上に配置して待機させて置いて」


「万が一に備えて、か」


「相手が曹操だけに無いと思うけどね…」


「他は判らんからな」



そう返すと華雄もまた下に降りて行った。

一人だけになり、眼下にて佇む漆黒の武人を見詰め、静かに溜め息を吐く。


出来るならば勝ちたい。

しかし、勝てないとしても可能な限り死者は出さない様にしたいと思う。

月の為だけではなくて。




霞と華雄が戻って来てから間も無くの事だった。

固く閉ざされたままの筈の虎牢関の門扉が開く。


城壁の上から見下ろせば、愛用の方天戟を手に持った恋が静かに歩み出て来る。

馬には乗っていない。

この点に関しては音々音が霞と揉めたらしい。

確かに“見栄え”的な点で徒歩では劣るとは思う。

しかし、強者が威風堂々と闊歩する様は騎馬によって登場するよりも印象深いと霞が説得したそうだ。

まあ、間違ってもいないし恋なら様になると思う。


とは言え、出陣の際に馬を使えなかった理由は単純。

向こう側の様に乗っていた馬を遠ざける──自陣へと戻す場合には此方は門扉を開けたままにしていないとならないからだ。

流石に開けっ放しという訳にはいかない。

万が一にも攻め込まれたら目も当てられないし。


ゆっくりと恋は歩いて行き漆黒の武人と対峙する。

改めて状況を整理する。

連合軍の側には動く気配は未だ微塵も感じない。

“この一騎打ちが全て”と言わんばかりの態度。

同じく漆黒の武人も密かに小細工をする様な仕草等は一切見せていない。

正直、感心してしまう。

“正々堂々”を正に体現し佇んでいるのだから。

軍師としては如何なる策を用いても結果が全て。

だからこそ、そういう戦を出来る彼女達を、時として羨ましく思う事も有る。

まあ、私に武闘は無理だと判ってはいるけれど。


戦場となる場所は荒野。

多少なりとも凹凸は有るが騎馬でない以上は然程には気にならないだろう。

勿論、足を取られて──は有り得る事だが。

個人的に間の抜けた決着は無いとは思う。


二人の立つ位置は連合軍と虎牢関との間──ではなく虎牢関の方が近い。

ただ、当然と言えば当然。

彼方は此方が矢を射た時、届くか届かないか、というギリギリの場所に居たので自然と位置は虎牢関寄りになってしまう。

寧ろ、舌戦や宣戦の類いもしないまま、ただ佇み続け一騎打ちの意図を此方側が察するのを待つなんて事は非効率的でしかない。

普通では考えられない事。


それでも結果として見れば何方ら側にも一滴の血すら流す事無く実現させた。

ただ一言も発する事が無い以上は、華雄が泗水関にて受けた挑発──実際の所は侮辱の類いだろうけれど、そういう行為は一切行わず互いの誇りを尊重し合って成されている。

この一騎打ちで戦の全てが決着するのであれば私達はその結果が如何様であれ、受け入れる事が出来る。

そう、素直に思う。



──side out



 Extra side──

  /小野寺


“難攻不落”と称される程堅牢な事で有名な虎牢関。

泗水関と連なっている事も一因では有る。

けれど、仮に泗水関が落ち抜かれたとしても虎牢関で防ぎ、押し返す事が出来るという強みも確か。

当然、虎牢関自体も堅固。

砦や周辺の地形は泗水関と大差無いのだが、攻め手を苦しめるのが道幅。

左右両方に広く開けていた泗水関と一番違う点で有り難関とされる最大の要因。

場に展開出来る部隊の数が少なくなれば苦しくなって当然なのだから。

因みに、虎牢関が有るのは成睾県なので、泗水関から隣の県内へと移動した事になるんだよね。

つまり、この二つの関には通常の関所としての役割も有るって訳だ。

うん、当然だよね。



「あと“虎牢”って名称は母様が昔、若い頃に反省の為に牢屋に入れられたって事から来てるのよ♪」


「…え?、マジで?」



確かに“江東の虎”だから由来としては判るんだけど信じ難いよなぁ。

まあ、地名とかって時には耳を疑う様な由来が有るし有りって言えば有りか。

孫文台、恐るべし。



「ち、違います!」


「祐哉さ〜ん、信じちゃ〜駄目ですよ〜?」


「え?、嘘なの?」



得意顔の雪蓮の言葉に対し納得し掛けた所へと雛里と穏からの訂正。

その言葉を聞いて雪蓮へと顔を向ければ“ププッ”と笑い出しそうになっている所を堪えながら顔を背けて両肩を小刻みに震わせる。

…くそぅ、騙された。

何か無茶苦茶恥ずかしくて逃げ出すか、叫びたい。

遣ったら駄目なんだけさ。

出来無いから余計に辛い。


と言うか、雪蓮っ!

それが判ってて態と騙して遊んでただろっ?!



「ち、因みにですが…

この“虎牢”という名前の由来はですね…

昔、この辺りに住んでいた方が虎を生け捕りにして、天子に献上した事に由来し現代の関の名として今へと受け継がれています」


「おお〜、流石雛里先生

判り易くて助かるよ」


「あ、あわわっ…

ありがとうございましゅ…

…雛里先生、だって…」



雛里に御礼を言いながら、雪蓮に対して皮肉を混ぜて言ったら小さく舌を出して楽しそうにする雪蓮。

根っからの悪戯好きめ。

可愛いな、畜生っ!

これ以上怒れない辺りが、男の弱さかもしれないな。



──side out



 孫策side──


曹操から提示された策。

それは突拍子も無い物で、私も公孫賛も思わず互いに顔を見合わせた程。

聞いた時点では成功すると微塵も思えなかった。

けれど、限られた時間内に董卓軍を虎牢関から外へと誘い出して野戦に持ち込む方法は私達には思い付かず実行するしかなかった。


しかし、あの曹操が口にし提案した作戦だ。

簡単に失敗するとは思えず心の何処かでは期待以上に胸を高鳴らせている自分が居る事も確かだった。

徹底的に秘匿された神秘、とでも言うべきだろうか。

連合軍の軍議の話術でさえ感嘆させられた。

この眼で直に曹魏の戦いを見る事が出来る。

群雄割拠で野望や理想等の為に飛躍を目指す諸侯──否、真の傑物達にとっては垂涎の一戦に違い無い。

その戦いを見られるだけで私はこの連合軍に参加した価値が有ると断言出来る。

しかもだ。

その作戦の中核を担うのは祐哉と同じ“天の御遣い”である高順なのだから。

これは絶対に見逃せない。


逸る気持ちを祐哉を揶揄う事で抑えながらも、視線は静かに虎牢関を見詰め続け見逃すまいと集中する。


曹操の提示した策。

それは私達連合軍は十分な距離を取って布陣したまま一切の行動を停止。

連絡を取り合う事も禁止。

特に各軍の前列は微動だにしない事を要求された。


異様と言える不動と沈黙。

その上で自軍の軍将である高順を単騎で突出させて、“呂布”を一騎打ちの場に誘い出すと言う物。

どうやって呂布を、単騎で引っ張り出すのか。

それは明らかにはされずに是非を問われた。

勿論、私達は承諾した。


曹操の陣を出た高順は馬を降りてからは静かに佇み、微動だにしなかった。

多くの者が意味が判らず、けれど緊張していた。

視界の中に在る漆黒の背は不気味な程に巨大に映り、誰もが息を飲んでいた。


その中で、私を含む僅かな“武人”だけは感じ取る。

無言──けれど、猛り迸る“闘気”が虎牢関へ向けて叩き付けられている事を。

真っ向からの挑戦状。

清々しいまでの挑発。

高みを望む者であるならば応じずには居られない。

最高の闘いの招待に。


その固く閉ざされた門扉が物の見事に開かれる。

そして、歩み出て来る。


“飛将軍”──呂奉先が。



──side out。



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