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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
307/915

        弐


 賈駆side──


──十月三日。


泗水関の陥落から二日。

予想に反して──と言うと少々語弊が有るのだけれど連合軍は一日間を置いた。

直ぐ様攻め込んで来る、と予想していたのに。

けれど、それは総大将たる袁紹の性格を考慮して。

あの馬鹿なら考えも無しに攻撃を提案する筈だから。


でも、改めて冷静になって考えてみれば当然かも。

曹操が“前”に来る時点で袁紹に指揮権は無い。

曹操が主権を握る。

だとすれば簡単に攻め込む真似はしないだろう。


仮に、袁紹が作戦に焦れて自ら突っ込んで来てくれるとしたら、楽に返り討ちに出来たのに。

そう思うと残念。



「……はぁ……」



思わず漏れた溜め息。

そう、袁紹が主導だったらどんなに良かったか。

今更ながらに思う。


──僅か一日。

けれど、その一日の沈黙が“怖い”と感じた。

こんな事は初めての事だ。

そして、その理由こそが、魏王・曹操の存在。

彼女が敵に回ってしまった時点で、こうなる可能性は十二分に予想出来た筈。

それでも、今まで考えずに居たのは確か。

──考えたくない。

それが私の正直な本音。

軍師の性と言うべき思考を彼女を相手に対してのみ、私は放棄した。

それ程までに絶望的で──否、絶望だけしか浮かばず目を逸らした。

“絶対に勝てない”と既に私は結論を出したから。

“勝てる可能性”が全くと言っていい程に出ない。

そんな戦いを前にして一体どうすれば良いのか。

それすらも判らなかった。


こうして目の前に迫っても今尚何も浮かばない。

抑、曹操の陣営に関しては情報が少な過ぎる。

それ程まで徹底されている情報の秘匿と管理。

強烈なまでに魏の組織力を思い知らされる。



(…こんな事になるんなら月を皇帝になんて考えずに曹操に泣き付いていた方が増しだったわね…)



後悔先に立たず。

正にその通りだと思う。

身に過ぎた野心や理想は、破滅しか招かない。

私の個人的な──いいえ、自分勝手な“形”を求めた結果が“これ”だ。

月にも、皆にも、民にも、本当に申し訳が無い。


ただ、一言で良かった。

ただ、一度で良かった。


自分一人で考えて動かず、月に、皆に相談していれば“状況(いま)”は違う形に成っていたかもしれない。


もし、同じ結果だとしても今の様に月と離れ離れには成らなかった筈。

そうすれば月を逃がして、私が全てを引き受けられた筈なのだから。

それだけで救われるのに。

それすらも出来無い。


情けなくて──悔しい。






「──っと、居ったか」



不意に室内に響く声。

気が付くと俯いたままで、膝の上で衣服を握り締めた両手は硬くなっていた。

それこそ、直ぐには両手を開く事が出来無い程に強く握り締められている。


部屋の戸が開けられた事も気付いていなかったけど、その声だけで顔を見ずとも誰なのかは判る。

だから困ってしまう。

どう誤魔化そうかと悩む。

しかし、その僅かな逡巡は霞の様な相手には致命的と言っても間違い無い。


“はぁ〜…”と、溜め息をあからさまに吐かれ、既に手遅れだと理解する。



「…詠、自分一人で背負うんやないで?

ウチ等全員の問題なんや

詠だけの責任や有らへん」



そう言いながら座っていた肩を掴まれ引き寄せられ、抱き締められる。

抵抗する気力すら失って、されるがままになる。



「…月の安否が判らん上に張譲からの無茶振りや

何もかんも嫌んなるよなぁ

投げ出しとぉもなる

正直、ウチかて曹操相手に勝てるとは思えへんよ」



何も言わずとも理解出来る理由は霞自身も色々と考え模索した結果だろう。

その結果、絶望しか残らず思考さえも放棄した私。

でも、霞は違う。

前を向いていると判る。

その強さが、羨ましい。



「せやけど、まだ諦めん

まだ、完全には、可能性が消えた訳やない

せやから、ウチは戦うで

詠が無理やっちゅうんなら構わへんよ

それで良ぇんやったらな」



──良い訳が無い。

そう考えたと同時に意識は“外”を認識する。

彼女のふくよかな温もりが顔を包み込んでいる。

ただ、自分には無い女性の象徴に軽く苛つく。

嫉妬だと言ってもいい。



「判ってるわよ」



漸く──と言うか、彼女の気遣いのお陰で力の抜けた両手を解き、彼女の御腹に当てて身体を押し離す。

恥ずかしさから顔を見れず俯きながら右側へと視線を逸らしてから、頭を上げて小さく咳をする。



「…その…ありがとね…」



返る言葉は無い。

その代わり頭に乗せられた掌がくしゃくしゃと乱雑に髪を撫でる。

“気にせんでも良ぇよ”と言外に伝えられる。

この心地好い距離感が私に僅かな勇気をくれる。


嘆いていても始まらない。

今遣るべき事は一つ。

それが“奇跡”だとしても行動しなければ起こす事も出来はしない。

諦めない限り完全に無にはならないのだから。

だから、顔を上げよう。

前を向こう。

“未来”を諦めない為に。




決意を新たに、真っ直ぐに見詰めると笑みを浮かべて霞は小さく頷く。

そして、表情を切り替え、真剣な面持ちになる。

私も倣って思考を切り替え“軍師”に戻る。



「報告や、連合軍の先陣の影が見えたで」


「──っ!、そう…」



“やっぱり来たのね…”と思わずには居られない。

抑、一日なら兎も角として二日以上攻めて来ない事の理由など滅多に無い。

例の賊徒による夜襲なんて偶然も偶然、私達にとって好転しただけの話。

あんな事を二度も期待する様では軍師失格だ。



「旗は確認出来たの?」


「いんや、まだや

と言うかや、連中脚が妙に“遅い”みたいなんよ」


「…遅い?」



霞の言葉に眉根を顰める。

此方が籠城策を取る事など彼方側は百も承知の筈。

時間を費やせば費やす程に此方に有利になる。

それなのに、どうして態々此方に付き合う様に進軍を遅らせているのだろうか。

その意図が見えない。



「…やっぱ、変やろ?」


「…ええ、怪し過ぎるわ」



仮説、という事でいいなら幾つか脳裏に思い付かない訳ではない。

ただその殆んどが仮説から抜け出せるだけの要因等を見出せない。

ただ、その中で一つだけ。

引っ掛かる事が有る。



「でも、もし、連合軍──いえ、聡い者だけだけど、“事件の真実”に気付いているとしたら……ごめん

有り得ないわね…」



自分で言いながら浮かんだ可能性に対し縋りたくなる気持ちを振り払う。

仮に、そうだったとしても月を救う事は厳しい。

月の行方を突き止めるには張譲の口を割らせなければならないのだから。

自分の身が危うくなれば、袁紹等に自ら泣き付く事で月を売るだろうし。

袁紹等にとっては真実などどうでもいい事だから。

可能性としては曹操だけ。

でも、月を救うだけの利を私達は示せない。

上辺の忠誠心など曹操には通用しないでしょうから。



「取り敢えず、城壁に出て私も直に確認するわ

今は些細な事でもいいから情報が欲しい所だしね」


「厳しゅうなるなぁ…」


「ええ、間違い無くね…」



判っていた事とは言っても実際には口にしなかった。

士気に関わる事だから。

特に私達にとっては重い。



「…死ぬんやないで」


「…其方もね」



私達は軍師で、軍将で。

その命は“主君”の為に。

故に、失う事を恐れないが此処ではない。

私達の“死に場所”は。



──side out。



 張遼side──


城壁に立ち、地平の彼方を見詰めていた双眸に僅かに舞い上がる砂塵を捉えた。

多分、自分以外では誰にも視認出来ていないと言える程に微かな物。

それでも、それが確かだと確信出来るのは経験。

幾多の戦場を駆け抜けて、騎馬の速さが“普通”だと感じる程に身に染み込んだ培われた実力が故。


しかし、その砂塵を見詰め奇妙な違和感を感じた。



(どういう事やこれ…)



視界に上がる砂塵は確かに其処に軍勢が居ると自分に告げてくれている。

しかし、その舞い上がった砂塵の量が可笑しい。

普通、進軍の際に生まれる砂塵は大半が駆け足以上。

或いは、騎馬に因る場合が殆んどだと言っていい。

つまり、砂塵を目にすれば然程も待たずに敵影を目に映す事になる物だ。


しかし、現状は奇妙。

砂塵の量があまりに少なく考えている間も特に大した変化は見られない。



(…こらぁ、かなり進軍が遅いんやなぁ…)



必然的に至る答え。

砂塵が上がっている理由は“白馬長史”と称される程優秀な騎馬軍を従えている公孫賛が居るからだろう。

人の足とは違い、馬ならば群れを成して歩いただけで砂塵を巻き起こすからだ。


だが、重要なのは公孫賛の存在ではない。

いや、別に彼女の事を無視する訳ではないが。

ただ、騎馬も含めて進軍がゆっくりだという事実。



(…これが野戦やったら、奇襲も有るんやけどな…)



向こう側からしてみれば、完璧な攻城戦。

油断させてから勢いを付け突撃・急襲するなんて策は無意味でしかない。

と言うか、遣らない。

遣ったら馬鹿だ。



(…何が狙いや?)



彼是と思考を巡らせるが、結局の所は判らない。

こういう仕事は適材適所。

本職に任せるに限る。


そう結論付けると見張りに砂塵の事を教え、監視する様に命じて城壁を下りる。


詠を探して砦の中を歩き、擦れ違う兵にも訊ねる。


途中──居眠りをしている恋を見付けて苦笑した。

この状況で熟睡出来る程に普段通りには出来無い。

流石の自分でもだ。

そういう意味では大物だと嫌でも納得してしまう。


ただ、その在り方が余計な緊張と力みを消してくれた事は確かだった。



「…やれやれ、ほんま恋は不思議な奴っちゃなぁ…」



そう呟きながら詠の場所に足を向けて行った。




漸く見付けた詠。

ただ、部屋の中で黙って、俯いていた。

考え事をしている、という事だけは判った。

しかも、かなり集中して。

戸を開けた音に気付かない程だから誰にでも判る。


けれど、一声掛けた瞬間に自分の間違いに気付く。

考え事はしていた。

だが、悪い方向にだ。

集中していた訳ではない。

周りの事が判らなくなる程追い込まれていただけ。

そうなる可能性は十二分に有った筈なのに今の今まで気付けなかったのは失態。



(…何て事は無い

詠かて月の事は言えん…)



“一人で背負い込む”点は月よりも詠の方が強い。

月は自分の立場を理解して自分達に相談してくれるが詠は軍師という事も有り、自己判断・自己決着をして勝手に抱え込む。

悪い意味の責任感で。


それを判らせる為に両腕で抱き締めてやる。

そう遣ってみて感じる。

小さな身体だと。

こんなにも小さく弱々しい存在だったのかと。

初めて思った。

しかし、それは体躯だけを指しての事ではない。

まるで今にも砕け散って、消えてしまいそうな儚さ。


月は見た目こそ可憐であり儚い印象を受けるが中身はしっかりとした強さを持つ名君に成れる器だ。

勿論、詠も稀代の軍師へと成れる器だと思う。

普段、自分達を統率して、指示を飛ばす姿は見る者に威圧感を与える程だ。

月が甘い分、説教役とかが多い事も有るのだろうが。


それが今はどうだろう。

微塵も感じられない。



(…当然なんかもな…)



詠は月が居るから強い。

強く在ろうと頑張れる。


しかし、それは“依存”と言う事も出来る。

月と離れた事で──いや、状況が把握しきれなくなり混乱してしまっている。

その結果だろう。



(張譲の生存も有るか…)



詠の言葉を疑う訳ではないのだけれど、胡散臭い。

自分が見た張譲の死体。

それは確かに本物だった。

決して他人の空似と間違う相手でも無い。


明らかに“何か”が洛陽で起きている。

そう、自分の直感が言う。



(酷なんは判っとる…

せやけど、必要なんや…)



腕の中で震える彼女の力が無くては先には進めない。

連合軍との戦いの勝敗には関わらずに。


だから、柄では無い事でも今だけは遣ろう。

それで彼女が戻るなら。

我等の軍師が戻るなら。

迷う理由など無い。



──side out。



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