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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
306/915

9 攻謀の戦場 壱


──十月二日。


泗水関突破から一夜が明け虎牢関へ向けて出立する。


とは言っても、泗水関から虎牢関までは並の軍隊でも普及で全力で駆け続ければ半日有れば到着する距離。

宅が普通に進軍をすれば、三時間も有れば十分。

しかし、他所が一緒な以上それは出来無い。

と言うか遣らない。



「私達先陣は道を途中まで進んで夜営してから明日、虎牢関を攻める

袁紹達中軍以降は明日まで動かず、明日の夜明け前に進軍を開始しする

改めて思うけど…

よくもまあ、了承するわ」



呆れ声で呟く華琳。

まあ、普通は距離的に近い場面とは言っても簡単には了承出来無い内容。

勿論、巧妙──でもないが上手い事言って納得させて承諾を得ている。


此方としては袁紹達が後に陣取ると動き辛い。

それは戦闘面だけでなく、政治面も含めての事。

まあ、宅も孫策・公孫賛も“一番抜け”になんか全く興味が無いから戦闘後には虎牢関に入らず、袁紹達を待つ事にしている。

袁紹達の軍でも夜明け前に進軍を開始すれば、半日と掛からず着く筈だ。

午前五時に出立すれば夕方──午後三時〜四時辺りになるだろうか。

此方が午後二時〜三時位に戦闘を終了させる様にして調整すれば最大で二時間。

事後処理をしていれば十分時間は潰せると思う。

そう考えての作戦だ。



「扱い易くて助かるんだ

文句は無いだろ」


「それはそうだけど…

私としては、多少なりとも複雑な部分が有るのよ」



主に華琳のプライド的に、なんだろうけどな。

その気持ちは判らないでもないから苦笑してしまう。



「はぁ…まあ、いいわ

それよりも洛陽の方は予定通り進んでいるのよね?」


「ああ、問題無い

元々、洛陽の民にとっては董卓は“善政者”だ

其処らの官吏に対してとは信頼が雲泥の差だからな

すんなりと避難誘導に従い洛陽を脱出してくれたよ」


「人徳の差が出たわね

まさか戦争の前触れを察し各家に引き籠っていた筈の洛陽の民達が揃って忽然と姿を消すとは“向こう”も思わなかったでしょうね」



と言うか、連合が動くまで何も仕掛けなかったから、油断してくれた訳だが。

また洛陽の民は船を使って魏に運び込んだからな。

手を出される心配も無いし“向こう”の仕込みも特に無かった様だ。

残っているのは張譲の息の掛かった部下だけだから、どうなっても構わないし。



「これで後は虎牢関に居る約十万の董卓軍だけね」


「ああ、そうなるな」



尤も、それが中々に難しい所では有るんだけどな。

さて、どうなるか。




 Extra side──

  /小野寺


特に急ぐ訳でもなく進軍は思ったよりも緩やか。

まあ、今夜は虎牢関よりも手前の場所で夜営をして、明日が決戦となるのだから当然と言えば当然か。

ただ、奇襲に対してだけは警戒をして置く。

夜襲という前例も有るし。


因みに、現在も一般兵への擬装は継続している。

曹操達にはバレているし、劉備達も居なくなったから止めても良いんだが下手に注目されて詮索されたりはしたくないから。

此処で失態を晒して後事に影響を残したくはないから徹底して貫いておく。

遣り損は有っても害になる事は無いしな。



「…ねぇ、祐哉」



不意に雪蓮に呼ばれて顔を上げて、左隣に居る馬上の彼女を見上げる。

その視線は俺の頭上を通り此方の軍勢の右前方を進む曹操軍を見詰めていた。



「どうかした?」


「う〜ん…ちょっとね

気になるなぁ〜…って」



そう言って小さく溜め息を吐いて視線を外すと此方を向いて眉根を顰める。

“腑に落ちない”って顔に書いてあるな。

若干拗ね気味の表情を見て思わず“可愛い”と感じた事は内緒だ。

不謹慎だしな。

平静を装い訊ね返す。



「…何が?」


「今回の作戦、かな?」



いや、“かな?”って俺に訊かれても困るから。

俺の疑問じゃないし。

たまに雪蓮って無茶振りを超えた“無理振り”をして来るよなぁ。

飽く迄も会話レベルだからいいんだけどさ。



「ん〜…ほら、結局の所、劉備達の取った作戦ってば祐哉達の予想通りだった訳でしょ?

まあ、結果は予想を超えて華雄の勝ちって言えるけど泗水関は落とせたんだから痛み分けでしょうね」



言葉としては“痛み分け”なんだろうけど実質的には“痛手”を受けたのって、劉備達なんだよね。

華雄──董卓軍の側として見れば泗水関を放棄しても戦力には影響が無い。

寧ろ、虎牢関と洛陽。

二つでの戦いに総力を注ぐ事が出来るのだから決して悪くはない結果だ。


尤も、洛陽で戦う可能性は極めて低いと思う。

“原作”では必ず洛陽まで進軍しているが、現状では洛陽に籠る理由が無い。

張譲が全ての黒幕な以上、賈駆達は虎牢関が勝負。

董卓が魏に居ても続く以上賈駆達は何も知らない。

ただ、洛陽には居ない事は確信している筈だ。

なら、負けた場合を考慮し連合の諸侯の何処かに降り真実を伝える可能性は十分考えられる事。


そう考えれば虎牢関こそが真の決戦地と言える。




じぃー…と、見詰められる視線に気付くと雪蓮と目が合って我に返る。

雪蓮の言葉を聞いて逸れた思考を元に戻す。



「でね、華雄が戻ったから何が有ったかは少なからず他の面々にも伝わるわ

まあ、内容の詳細は華雄が省いたとしてもね」


「まあ…そうだろうな」



“ほう・れん・そう”は、組織では重要だからね。

こういう事を蔑ろにしたら組織ってのは崩壊するし、戦争は敗北してしまう。

圧倒的な力の差が無い限り組織力が要なんだから。



「だとしたらよ?

曹操はどうやって敵の将を外に誘い出す訳?」


「あ…」



雪蓮に言われて気付く。

董卓軍が現状でどんな風な立場や状況かは判らない。

だけど、行方不明の董卓の捜索の為の時間を稼ぐなら基本的には籠城戦。

董卓軍が出陣する事なんて先ず有り得ないだろう。

と言うか、俺が賈駆なら、絶対に出陣はしない。

ただただ亀の様に閉じ籠り此方──連合軍が兵糧切れとかで撤退するのを待つ。

只管に粘って粘って粘って粘るだけだ。


其処に思い至ったと同時に右手で顔を覆って俯く。

完全に失念していた。

“原作”では華雄が勝手に出陣してしまう。

名誉挽回・汚名返上の為、功を焦ってだ。


だが、実際には件の華雄がそんな馬鹿で愚かな真似をするとは思えない。

当然ながら二番煎じは通用しないだろう。

つまり、簡単に誘い出せる“餌”は存在しない。

……いや、一つだけ。

ふと、脳裏に浮かんだ。

一つだけ、可能性は有る。

華雄と孫堅の因縁。

“これを利用すれば…”と考えた所で頭を振る。

それは有り得ない。

自分達だけで遣るとしたら手段の一つだとは思う。


しかし、曹操がそんな事を遣るとは考えられない。

あの曹操だ。

“舌戦”は遣っても単なる悪口を大声で言うなんて、想像が出来無い。

…だとすればだ。

曹操達には何かしら手段が有ると考えて間違い無い。

それが何かは、現時点では断定出来無い。

それでも、無策で事を運ぶ事なんて考えられない。


詳しい打ち合わせは今夜、雪蓮が曹操・公孫賛と共に軍議を開いてする予定。

其処で必ず示される筈だ。

それが如何なる物であれ、曹操の性格等から考えても俺達を利用するだけの策は用いないだろう。


苛烈であれど清廉。

それが曹操という英傑だ。



──side out



 公孫賛side──


今夜の夜営地へと向かって進む中で、此方の左前方に居る曹操軍を見詰める。


夜営地を発つ際、曹操軍の人波の中、漆黒の馬の背に跨がった関羽を見付けた。

一瞬、声を掛けようとして──躊躇してしまった。

別に挨拶する位は構わない事だとは思う。

虎牢関では共に先陣を担う“仲間”なのだから。

だが、実際問題今の彼女は“曹魏”の軍将だ。

私の知る実力に今の装束を加味しても間違い無い。


片や栄華を築き上げ始めた新興国・魏の重臣。

片や名ばかりの、亡国一歩手前の漢王朝の官吏。


躊躇うには十分だった。

曾ての様に気安く声を掛け話をするには遠い。

あっと言う間に広がった、互いの間の距離。

一抹の寂しさを感じつつ、私は“悔しい”と思った。


初めて彼女と出逢ったのは桃香が私を訪ねて来た時。

桃香に忠誠を誓う将として彼女は私の前に現れた。

正直、桃香には悪いのだが私としては関羽さえ居れば桃香達の事は実はどうでもよかったりした。

“天の御遣い”なんて単に胡散臭いだけだったしな。


それは正に“一目惚れ”と言うべきだろう。

勿論、恋愛対象ではない。

一人の統率者として。

一族を背負う当主として。

彼女が欲しいと思った。


当時、宅の客将をしていた星に特に不満は無かった。

腕も立ち、指揮も出来る。

まあ、性格には多少問題が有ったのは確かだが…

それも含めて星とは真名を預け合う程には親しくなり信頼もしていた。

けれど、彼女はいつか必ず私の元を去って行く。

そう、判っていた。

彼女が客将としている間に私への忠誠を誓いたくなる様にすれば良い。

そんな事を考えていたのは最初だけだった。

彼女が求める“主君”とは私の事ではない。

そう気付いてしまった。


実際、彼女は私の元からは去ってしまった。

その時には驚きも無ければ喪失感も無かった。

ただ、来るべき別離の時が来たというだけで。

まあ、“寂しくなるな”と多少は思ったけれど。

“良き友”──それが私と星の関係だったから。


その彼女が桃香の元に居る事を知った時には桃香への嫉妬が胸中に渦巻いた。

だが、“仕方無いか…”と案外あっさりと納得出来た事も確かだった。


その理由は他でも無い。

“関羽が仕えているから”という物だった。

それだけ私にとって関羽の存在は大きかった。




桃香が客将として居る間に関羽とは何度も話した。

手合わせも何度もした。

その真っ直ぐで、不器用で力強い“輝き”には何度も目が眩む気がした。


ただ、同時に似た者同士な気もしていた。

それは彼女の“不器用さ”故の感覚かもしれない。

私も関羽の事を言えないが彼女よりは多少は妥協等が出来る質だとは思う。

…寧ろ、関羽とは真逆か。

妥協したり、引いてしまい損をしてしまう。

それが私だと思う。

思ってはいても変える事は簡単には出来無いが。


張飛から関羽が曹操の元に行った事を知った時。

私は桃香に遠慮した自分を後悔した。

しかし、もし仮にだ。

私が桃香に遠慮などせずに関羽を口説いたとして──果たして関羽は私の元へと来てくれただろうか?

答えは──否だ。


関羽もまた星と同じ。

二人共、自身が“王の器”ではない事を判っている。

だからこそ、乱世に自らが立つという事はしないし、考えてもいない。

故に、それが出来る主君を見付けて仕える事を第一に考えていたのだから。


私自身は、自分が一体何処まで行けるのかという事を考えながら遣って来た。

挑戦だと言ってもいい。

己の器を知る意味でもだ。

代々家に仕えてくれている家臣達は信頼している。

しかし、それだけだ。

星にしろ、関羽にしても、私では“力不足”なんだと思い知らされた。


だから、なんだろうな。

関羽が桃香の元を離れて、曹操の元に居ると知っても曹操には嫉妬が湧かない。

“格”が違う。

そう、はっきりと理解して納得出来てしまうから。


では、どうしてなのか。

どうして私は関羽を見て、“悔しい”と思うのか。


その答えは意外に単純。

そう、結局の所、私自身も星や関羽と同じだからだ。

“王の器”ではない。

だからこそ、最高と言える主君を戴く関羽が羨ましく妬ましいのだと思う。


そして、今の地位を捨てて自分の欲求に素直になれぬ自身の立場が恨めしい。



(私は公孫家の当主であり幽州の州牧なんだ…

それを捨て去る事は私には出来無い…

出来る訳が無いんだ…)



その身に背負う物が有る。

それは私の誇りでもあり、“宝”でもある。

私には己の“理想”を追う自由は赦されない。

その相反する感情の葛藤が遣り場の無い事が苦しい。


けれど、今は忘れる。

今だけは“理想”を感じる事が出来るから。



──side out。



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