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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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2 …行き倒れ?


密林ではないが、土地勘の無い山を宛も無く歩く事に危機感が無い訳ではない。


迷子にはならないにしても最低限の地理は欲しい。



──なんて考えながら山を下っていた時だった。


“それ”を見付けたのは。



「……行き倒れ?」



竹籠を背負ったまま俯せに倒れている“人間”。


どうやら、この世界にも、人類は存在する様だ。

取り敢えず、一安心。



「──っと、安心している場合じゃないか」



倒れている人に近付く。


稍癖の有る赤い髪。

両肩から二の腕に掛けてのがっしりした筋肉。

多分、男性だろう。


此処までは良い。


ガウンとマントを足して、袖を引いた様な白い上着。

黒のタンクトップらしき、シャツが覗く。


二の腕から手首に掛けては白い腕貫き。

掌には黒のグローブ。


足下はプロレスラーが履く様なデザインの白を基調に赤を組み合わせたブーツ。


しかし、尤も不思議なのは左手に装備されている白いガントレット。



(ファンタジーのテイスト満載だな…)



ゲーム風に言えばフラグかエンカウントだろうか。


正直、関わりたくない。

しかし──



(背に腹は代えられない)



折角遭遇した現地人(?)をスルー出来る程、自分には余裕がなかった。


例えそれが、何とも言えぬかなりの個性的なコスプレ風味の者だとしてもだ。



(外見での判断は軽率だ

実は、これは民族衣装とか何かの罰ゲームで着ているのかもしれないしな)



自分を騙し──言い聞かせ男性の傍らに屈む。


右手の中指と人差し指を、首筋に当てて脈を取る。


稍弱い感じだが、死に直結する程ではない。


後頭部を触るが外傷らしき痕跡はない。


背負っている竹籠を外し、仰向けにする。


整った顔立ちの青年。

歳は二十代半ば位か。

童顔なのか幼さが残る。


手足、腹部を中心に衣服に隠れている部分を触診。


特に異常は見当たらないず血色も問題無い。


しかし、地面や指先、服に“苦痛”を感じてもがいた様子はない。



(となると…)



脳梗塞が有力か。


元の世界でならば“術”で治療、最低でも応急・延命処置が出来たのだが…

“此処”では打つ手無し。


無力だった。



「…だからって、見す見す死なせられる訳ないだろ」



そう言いながら青年の腕を取って背負う。


それと同時だった。


ぐるるるるるぅ〜っ!、と獣の様な唸りが響いた。




山の上では小川と言っても大して深さもなかったが、下るにつれて、川と呼べる深さが見て取れた。


この山には他の水場はないのか鹿や狐の姿が有った。


見知った動物達の姿は心に安心感を生む。


少なくとも全てが“未知”ではない、という事。



(…まあ、熊や虎なんかの猛獣の類は御免だが…)



水辺に残る足跡を見付けた時は肝を冷やした。


そして、今は其処で獲った魚を木の枝を串にして刺し火を起こして炙っている。



(…何をやってるんだか)



魚の焼け具合を確かめつつ傍らに寝かせている青年へ視線を向ける。


未だ意識は戻っていない。


しかし、“腹の虫”により原因は判明した。



(山中で空腹で気絶って、どんな状況だ…)



青年の背負っていた竹籠の中には薬草が入っていた。


全てではないが、一部には見覚えがあったので薬草と判断出来た。



(薬草が判るなら、食用の植物も判るだろ…)



最悪、それらを探し出して食べれば空腹は避けられる可能性が高い。


しかし、青年は空腹により気絶した訳だ。

病的・外的要因を考えない方が無理だろう。


とは言え、答えは青年から聞くしかないのだが。



(それにしても…

“向こう”の知識が此処で通用するという事は…

“パラレル・ワールド”の可能性が高いか…)



パラレル・ワールド──

俗に言う“平行世界”。

異なる可能性の世界であり似て非なる現実。



(ゲームや漫画なんかだと珍しくない設定だが…)



まさか、自分自身が其処へ来る事になるとは。



(いや、まだそうだと確定した訳ではないか…)



過去や未来という可能性も無い訳ではない。


“世界”が“閉じていた”可能性の有る過去──


“世界”が“閉じた”後の再構成された未来──


その何方らも有り得る。


仮に幾つかの“共通点”が有ったとしても“世界”の在り様が違うのなら其処は“異世界”に違いない。



(しかし…この“閉じた”状況で何をしたら“召喚”なんて事が出来るんだ?)



直接的な“術”でなければ“アイテム”関係か…

或いは“不幸な事故”か。



「…はぁ…」



思わず漏れた溜め息。


思考を切り替える様に魚の焼け具合を確かめる。



(…そろそろ大丈夫か)



馬鹿馬鹿しさを覚える程に御人好しな自分に呆れつつ青年を起こす事にした。




青年に言葉──使ったのは日本語──が、通じたかは判らないが…

取り敢えず、青年は目覚め焼き魚を貪っている。



(まあ、“気付いた?”と“取り敢えず、食べて”と言っただけで…

身振り手振りで十分に意志疎通出来るしな)



しかも、挨拶も礼もなしに食らい付いた辺り、空腹で思考が麻痺している状態も考えられる。



(…まあ、今は待つか)



腹を空かせた仔犬が夢中で餌を食べている様で自然と笑みが浮かんだ。






暫くすると青年は焼き魚を全て食べ終えた。

彼が食後にした“合掌”は“御馳走様”だろう。


使用していた串も一ヶ所に纏めて置いてあるし、魚も残さず綺麗に完食。


食べ溢しや食い散らかした様子もない。


礼節は弁えている様だし、育ちが良いのか…

基本的に真面目なのか…

まあ、何方らかだろう。


青年は一息吐くと此方へと向き直る。



「先ずは、礼も言わず魚を食べた非礼を謝りたい

本当に申し訳なかった」



そう言って青年は頭を下げ謝意を示し、頭を上げる。



「そして、焼き魚を貰ってしまって…重ね重ね本当に申し訳ない」



再び頭を下げる。

今度は上げる気配が無い。


食欲には勝てなかったからがっ付いてたんだろうが、気にしていた様だ。



「御気になさらずに

魚は貴方に食べて貰う為に用意した物です

倒れていた貴方を見付けた時は肝を冷やしましたが…

無事で何よりです」



そう言って微笑む。

我ながら実に見事で完璧な営業スマイルだろう。


青年は予想外だったのか、目を丸くしていたが目尻に涙を浮かべ感動している。



「な、何と慈悲深い…

貴女の様な方に助けて頂き俺は本当に幸運だ」



青年は三度頭を下げる。


本人は最後のつもりだとは思うのだが…

もう一度、下げて貰おう。



「因みに、よく間違われる事が多いのですが…

俺は“男”だからな?」



口調を本来の物に戻すと、青年は茫然自失。


まあ、無理もない。

女性からも“普通に”女と思われていた位だ。


今更、一々気にする気にもならない。


寧ろ、利用する位だ。

“犯罪”はしないが。


つい、悪戯が成功した様に口角が上がってしまう。



「──す、すまないっ!」



しかし、直ぐ自分の誤認に気付いて頭を下げた。


どうやら“異世界”でも、自分の容姿は女性に見える事を確認し、苦笑した。




青年を揶揄うのは止めて、本題へ移る事にする。



「気にするな、頭を上げろ

それより籠の中を見た

薬草を採取していた様だが何故空腹で倒れていた?

食用の物が判らない訳ではないのだろ?」



そう訊ねると青年は苦笑し頭を掻く。



「いや、情けない話だが…

薬草採取に集中し過ぎて、採り終えて気付いた時には動く力も無くてだな…」



どうやら空腹に気付かずに活動した結果らしい。

確かに情けない。



「そう言えば、自己紹介がまだだったな

俺は華佗、字は元化

旅の医者だ」



今度は此方が驚いた。



(日本語が通じてる時点で日本史を筆頭にしたが…

まさか、三国志とは…)



“華佗”──

世界初の麻酔“麻沸散”を用いた事で知られる名医。

確か本名は違った筈だ。



「医者にしては手甲なんて不相応な物を付けてるな」



情報収集と会話誘導の為にガントレットに触れる。



「ああ、これか

これには鍼を収めてるんだ

俺の使う医術“五斗米道”では、鍼と“氣”を用いて治療を行うからな

勿論、必要に応じて薬草も使う事も有るがな」



つまり、籠の薬草は必要な状況に有るか…

有事に備えてという事なのだろう。



「なら、その薬草は?」


「ああ、これは──」



話を振った瞬間、華佗の顔から笑顔が消える。



「すまないっ!

俺は急いで村に──」



華佗が言い終わるより早く立ち上がる。



「急ぐんだろ?」



そう言って籠を背負う。


華佗も此方の意図を理解し力強く頷くと駆け出す。

此方も華佗に続く。



(やれやれ…厄介事に首を突っ込むのは“異世界”に来ても変わらないな)



華佗の背中を追いながら、小さく苦笑する。



(しかし、三国志か…

いや、限定するには情報がまだ少ないな)



取り敢えず、今判っている事は三つ。


一つ、日本語が通じる事。

コミュニケーションを取る上で大きな意味を持つ。

会話は兎も角、公用語かは現時点では不明。

但し、漢字文化の可能性は此方にとって好都合。


二つ、華佗という姓名から中国系の文化圏の可能性が高いという事。

古代中国・三国時代に限定するには情報不足。


三つ、薬草を使用する点を考慮すれば文明のレベルはそれ程高くない可能性。

また“氣”という発言には追究する余地有り。


華佗に同行し話を聞く事が今は何よりも重要だ。




華佗と共に山を駆け下る事凡そ二十分程で村へと辿り着いた。


診療所代わりの家に入ると華佗は直ぐに薬草を調合し始める。


屋内には、横たわる患者と思しき者と付き添う者…

合わせて二十人近く。

恐らく村人達だろう。


患者から見て取れる症状は発熱・嘔吐・咳。

それを見ただけなら風邪が妥当だろう。


ただ、患者の過半数が子供なのが気に掛かる。



「華佗、患者の症状は?」


「見ての通り熱と嘔吐だ

咳をしている者は少ない」


「下痢は?」


「熱が有る上に、殆んどが子供だからな…

身体が弱っている状態なら仕方の無い事だが──」


「してるんだな?」


「あ、ああ…」



華佗は言葉を遮る様にして確かめた事に驚いているが今は些細な事だ。



「二つ、確認したい」


「何だ?」


「一つ、“氣”を用いると言っていたな?

それは患者の身体に自分の“氣”を流して病を治すと思っていいのか?」


「正確に言えば“病魔”を滅するだけだ

後は患者の生命力と気力が生死を分ける

俺自身も、まだ未熟な故に絶対とは言えないが…」



悔しそうにする華佗。

恐らく、自分では治せない患者が居たのだろう。


己の非力・未熟さを知っているのなら華佗はまだ成長出来るだろう。



「二つ、疫病や毒の類いに通用するのか?」



質問の意図を理解したのか華佗の表情が強張る。



「…いや、無理だ」



“診断”が間違っていたと気付き、悔しそうにする。


それは兎も角、華佗の業は“病魔”──つまりは病の原因となる“悪性腫瘍”や“癌細胞”等を“氣”にて攻撃し、消滅させる訳だ。


細菌や毒等に対して効果は望めない様だ。


遣り方にも因るだろうが…

今考える事ではない。



「落ち込むのはまだ早い

村で生活に使っている水はどうしている?」


「近くの小川から汲むか、甕に溜めた物だった筈だ」


「甕の水は見たか?」


「ああ…だが、濁りもなく異常は見られなかった」


「小川で子供達は泳いだりしてないか?」


「確かに泳いだとは…

だが、それだけだぞ?」


「場合によれば十分だ

薬は調合していろ

どの道必要になる」




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