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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
29/920

25 黄昏の響雨 壱


 other side──


コトンッ…と手にしていた筆を置く。


読み返し、間違いが無いか確かめる。

……良し、無い様だ。



「……ふぅ…これで今日の分は終わりね…」



漸く片付いた仕事。

今、書き終えた竹簡の墨が乾けば巻いて完了。

後は持っていくだけだ。



「…んっ、ん〜〜……っ」



両手を頭の上で組み背伸びをして身体の筋を解す。

ぐぐーっ…と目一杯に伸び同時に息を吐く。



「──っ、はぁー………」


そして、大きくゆっくりと息をする。

疲れと共に身体に溜まった陰鬱な気持ちを吐き出す。

実際に消える訳ではないが気分的には楽になる。


右手で左肩と首筋を揉み、小さく首を回す。


何気無く向けた視線の先に有ったのは窓。

晴れ渡る青空と白雲。

揺れている木々の葉の音が何処か心地好い。


ふと、脳裏に浮かんだのは幼い日の記憶。


大切な──母との思い出。



(…そうね

たまには遠乗りに出るのも悪くないわ…)



幸い、夜になるまで十分な時間が有る。

私に宛がわれた分の仕事も済ませた事だ。


誰に気兼ねする事も無し、羽根を伸ばそうと決めた。




出来上がった竹簡を文官に渡し、愛馬の居る厩舎へと向かって廊下を歩く。



(あの子も元気かしら…)



──と廊下の角を曲がった先に人が居た。

見知った四十前半の男。

会いたくない顔だ。


肩口程の濃い橙色の髪と、胸元に届く長い髭。

一見すると温厚そうに思う灰色の目だが、その奥には私利私欲が渦巻く。

背は六尺よりは低い程度、腹回りに付いた厚い贅肉が忌々しく見える。



「おや、何方らへ?」


「袁嗣…」



白々しい、愛想笑いを張り付けながら近付く男。


この新野の県令・袁嗣。


南陽郡太守・袁術の家臣。


“私達”にとっては仇敵に等しい相手。

しかし、現状は“対等”の扱いと言っても“立場”的には向こうが上。


だからと言って機嫌を取るつもりは無いが。



「…久しく街を出ていないのでな、遠乗りに行こうと思っていた所だ

ただの散歩だ

護衛は必要ない

夜までには戻る

何か、問題は有るか?」



軽く威圧しながら、皮肉を込めて答える。

まあ、反対される理由など大して無いだろうが。



「そうですか…

最近、夜は物騒ですので…

お気を付けて──孫権殿」



袁嗣の言葉に返事はせず、私は歩き去った。



──side out



 周瑜side──


泉里と灯璃が加わってから早三日。

襄陽は一泊した翌日に発ち新野を目指した。


普通なら四〜五日は掛かる道程を僅か三日──

いや、実質的には二日か。

発った日から三日だ。


その三日目の今日…

つまり、今、私達は新野に着いている。


飛影様“以外”が。



「…飛影様の頑固者ー…」


「何よ、けちぃ…

別に連れてってくれたって良いじゃないのよ…」


「親父、もう一本追加だ」


「飛影様の〜…馬鹿ー…」



珀花、灯璃、思春、葵…

同行を拒否された面々は、自棄酒と自棄食いの最中。



「後で飛影様に叱られても知りませんから…」



呆れた様に見ている泉里。

但し、手元には“多め”の甘味が並んでいる。


溜め息を吐く私の隣に座る紫苑は苦笑している。



「しかし、飛影様の技には驚かされたわね

まさか、あの子達や馬車を氣で強化してしまうなんて普通は考えないもの…」


「確かにな…」



所要時間の短縮の要因。

それは紫苑が言った様に、飛影様の技だ。


まあ、気持ち良く疾走する茶紋達を見てしまうと…

止めるに止められなかった私達にも責任は有るが。


途中ですれ違った襄陽へと向かう行商と思しき一団は何事かと思っただろう。



「少しすれば襄陽では噂になるのでしょうね…

街道を疾走する馬車が…」



様子を想像したのか泉里が溜め息を吐きながら呟く。


苦笑するしか無いが…

笑えない話だ。




「おや、孫権様!

御出掛けですか?」


「ああ、遠乗りにな」


「護衛も無しにですか?

最近、夜は物騒だって噂になってますよ?」


「大丈夫だ、夜には戻る

また寄らせて貰う」


「はい、御待ちしてます」




ふと、耳に入った会話。

店先に居た男の店員の声と毅然とした女性の声だ



「孫権…孫文台の娘か…」


「気になる事でも?」



私の呟きを聞き取った様で紫苑が訊ねる。



「大した事ではない

ただ、孫家は江東の者には“特別”だからな…」


「…そうでしたね」



彼女にも思う所が有るのか言葉の意味を察した紫苑が目を細めて頷く。


逆に対面の泉里は目付きが険しい。



「…“次”はその方を?」


「…どうかしら…」


「…飛影様なら有り得ない話ではないがな…」



泉里の言葉に苦笑しつつも否定は出来なかった。



──side out



 other side──


新野にある商家の一室。

締め切られた薄暗い部屋に光が射す。



「どうぞ、此方です」



初老の男──此処の家主が戸を開け、誰かを室内へと案内する。


尤も、誰かも何も無い。

今回の“依頼人”だ。


家主の態度から察するに、それなりに高位の相手だと考えられる。



「名を訊いても?」


「俺達の仕事に名前は必要有るのか?」


「き、貴様!

口の聞き方に──」


「なに、構わんよ

彼の言う通り、必要は無い

だが、此方は名乗って置くのが礼儀だろう

私は県令の袁嗣だ」



此方の無礼な態度に対し、腹を立てた家主を宥めつつ名乗った。


かなりの大物だ。

正直、警戒するなと言う方が無理だ。


それでも平静を装い強気な態度を崩さない。

足元を見られれば捨て駒にされるだけだ。



「…んで?

県令様が態々、俺みたいな“裏側”の人間に依頼してまで消したい相手ってのは何処の何奴だ?」



まあ、普通に考えて同僚か抗争相手だろうが。



「“江東の虎”と呼ばれし亡き英雄・孫文台の遺児

三姉妹の次女・孫仲謀…」


「……何?」



その名を聞いて騒つく心をどうにか抑える。



「本来ならば屋敷に盗賊を装って侵入して貰うつもりだったが…

都合が良い事に先程一人で遠乗りに出掛けてな…

勿論、護衛は居らん

一応、監視は付けて居る故居場所は判るだろう」


「…其処を襲えと?」


「最近は夜は物騒だと街で噂が立つ位だ…

運悪く賊に襲われる事など“よく有る事”だ

そうは思わんか?、ん?」



まるで児戯の様に殺す事を軽く言う袁嗣。

その笑顔に寒気がしたのは家主も同じだろう。



「金は前払いで千両だ

用意して有るのか?」


「ほれ…此処に有る」



そう訊くと、家主が傍らに有った包みから束になった両銭を取り出す。

…確かに、有る様だ。



「殺しさえすれば遣り方は好きにして構わん

どう“扱おう”とな…」



そう言って嗤う袁嗣。

殺す事さえ果たせれば他は気にもしない。

つまり、相手に何をしても構わない訳だ。



「確かに請け負った」



金を受け取り部屋を出る。

身体を焼く様な“熱”が、自分を狂わせる。



「…手前ぇの娘だ

手前ぇの代わりに思う存分愉しませて貰うぜ

なあ…孫文台よぉ…」



笑いを堪えながら狩り場へ向かった。



──side out



 袁嗣side──


男が立ち去った部屋の中で北叟笑む。



「宜しかったので?」


「ん?、ああ、名の事か…

構わんさ

どの道、奴は最後には退場する捨て駒だ

それまで使えれば十分だ」



そう、所詮は道化。

金で動く奴等程、使い勝手が良い者は居ない。

しかも、大抵が賤しい身分故に“身代わり”に使う事も出来る。

実に有用な存在だ。



「しかし…くくっ…

奴の顔を見たか?

本人は隠し通せたつもりで居るのだろうが…

まだまだ若造よのう…」



孫堅の名を聞いただけで、明らかな動揺。

“悔恨”の念が表情の裏で蠢いていた。



「はっ…全くですな

しかし、彼奴と孫文台とはどの様な関係が?」


「ん?、聞きたいか?」



そう言うと家主は戸惑い、躊躇する。

“聞いても大丈夫か?”と考えたのが見て判る。

流石に聡い男だ。



「フフッ…安心せい

口に出来ぬ様な事では無い

なに、単純な関係…

珍しくも無い話だ」


「…と、言いますと?」


「逆恨みだ」


「逆恨み…」


「彼奴はな、約八年程前に孫文台の軍に討伐された

盗賊崩れ、生き残りだ」


「…成る程

確かに、逆恨みですな」


「盗賊なぞ討伐されて当然の連中だからな…

だが、今回ばかりはそれが重要な鍵になる」


「…しかし、そうしますと孫権殿は…」



複雑そうな顔の家主。

まあ、商家にとって孫家は“価値”が有る。

胸中を察せなくはない。

利用出来るなら置いておきたいのだろう。


だが、今回ばかりは事情が違っている。

狙いは孫権ではない。



「小娘一人、どうなろうと知った事ではない

だが、姉の孫策…

彼奴には注意が必要だ

あれは母親に似過ぎている

必ずや、我等の障害となる可能性が高い

だが、並大抵の事では動く事は無い…

だからこそ、餌が重要だ」



そう、これは先を見据えた一端でしかない。



「その餌とは?」


「大切な妹の死…

そして、その仇となる賊の存在に他ならん」


「…では、あの男は…」



ゴクッ…と息を飲む家主。

その顔を汗が伝う。


此方の意図を理解した故に恐怖したのだろう。



「言ったであろう?

最後には退場する、と…

精々、活きの良い“餌”になって貰おう…

くくくっ…ははははっ!!」



思わず、誰に憚る事も無く高笑いをする。

成果を思い描いて。



──side out



街や村は勿論、街道からも離れた森の奥。

隠れる様に存在する滝。

その前に立っている。



「……為せば、成ったな」



物は試し、と皆から離れて単独で修行中。

“行くのなら私もっ!”と手を上げた数名には即答で却下した。

“試技”は危ないから誰も連れて行かないと言っても聞きやしない。

結局、今日の夕飯には街で合流する事で納得。


“お前等は幼児か!”とは突っ込めなかった。

変な方に話が行きそうで。


一人になり試していたのは氣の応用──

“可能性”の一つ。


まあ、術が使えなくなった“喪失感”を補う為だとも言えなくはない。



「…術者の職業病って絶対依存性だよなぁ…」



誰に言うでもなく呟く。


使える事が、使えて当然。


その考え方が、熟練・洗練される程に染み付いている事に気付かない。

失って初めて気付く。



「よく有る話…

“当たり前”だから、か…

今は笑えないけどな」



そう言って苦笑する。

右の掌に氣を集め、放出。

それを固定・球形に留め、同時に増加と圧縮。


僅か1cm程の氣弾。

しかし、エネルギーの量は見た目に反する。


この状態から起爆・散弾、一定範囲内なら遠隔操作も可能では有った。


ただ“澱”相手には効果は期待出来無い。

間接的になら有るが。


其処で、翼槍の炎を自力で再現出来無いか、と考えた事に始まる。

“術式”の様に特殊な事は不可能だろう。

しかし、熱運動による発火程度なら可能な筈。

それから色々と考えてみた結果として、高圧縮化での試技に至った。


その成果が──


掌の氣弾は内部から高熱を発し、眩く輝く。

そして、その周囲の酸素を取り込んで──発火。


掌の中で炎が揺れる。



「…とは言え、未完成

この程度なら、氣を使って発火する必要も無い…」



翼槍を使った方が低燃費で高出力を得られる。


それでも態々開発するのは“澱”を含めた対怪異戦に備えての事。


その場合に、翼槍を守護に回した時の決め手として、必要な“浄化”の力。

それを得る為だ。


よって、此処から更に発展させる必要が有る。


完全な活殺自在。

瞬間的な発現。

そして何より…

氣や魂さえも灼ける性質。



「…考えるのは簡単でも、実際に完成させる事は常に困難なんだけどな…」



小さく溜め息を吐く。

ゼロから何の手掛かりすら無く遣るよりはマシ。


幸いにも“知識と経験”が自分には有る。

あとは──至るだけだ。




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