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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
25/914

21 巣食う闇


今、目の前には大きな橋が深い谷間に架かっている。


張飛の仁王立ち。

そう、あの長坂橋だ。


曹操軍に追い付かれた時、劉備軍の殿を自ら引き受け見事に抑えきった。

尚且つ、橋を落とした事で追撃も未然に防いだ。

ある意味で、劉備の命運を分けた場所だ。


そんな場所に自分は立って居ると思うと…

実に感慨深い。



(まあ…この世界ではまだ何も起きてないから関係の無い、ただの要所だけど)



感慨に浸る質では無い己に苦笑が漏れる。

現実主義者(リアリスト)な故の弊害だろう。



「ひ、飛影様ぁー…」



涙声で呼ぶのは義封。

──というか、泣いてる。


“やれやれ…”と現実逃避から現状に目を戻す。


…仕方が無い事だ。

現実主義者でも逃避したくなる時も有る。



「私…ど、どうしたら…」


「どうもするな

大人しくしていろ」



狼狽える義封に呆れながらきっぱりと言う公瑾。

幼馴染みだけに容赦無い。


さて、現状だが…


此処は長坂坡。

長坂橋で有名な地だ。

今は山道と吊り橋だけだが通行の要所ではある。


そんな場所で──

興覇と徐晃が対峙中。


しかも、試合じゃない。

真剣勝負。


賊狩りから一夜が明けた。

別段、問題も無く此処まで来る事が出来た。


事の発端は義封。


此処で昼食を摂りながら、他愛のない会話をしていた時に興覇の字を呼んだ。


あんな目に遇ったのが昨日だから過敏に反応しても、それは仕方が無い。


それで、義封が口を滑らせ興覇の素性がバレた。

まあ、それだけなら事情を話せば済む。


所が、運が悪いと言うか、間が悪いと言うか…


徐晃は賊嫌い。

しかも、父親を盗賊に殺害された過去から強い憎悪を抱いていた。


興覇の事を知った時にした過剰な反応も頷けた。


だが、その後が問題だ。


徐晃は一緒に旅は出来ないと言い出した。

それは判らないでもない。


司馬懿も、徐晃の気持ちが判るからか危なくなっても巳むを得ない。

そういう表情だった。


しかし、徐晃が俺に対して侮蔑する様な言葉を言ったものだから、さあ大変。


興覇に儁乂・義封が激怒。

口論から一足飛びに乱闘に発展する。

取り敢えず俺が殺気で止め後を漢升と公瑾、司馬懿で四人を宥めた。


此方の三人は俺を怒らせた事に怯んだが…

徐晃が問題だった。

司馬懿の言葉にも耳を貸す様子もなし。


其処で、俺が提案した。





「…申し訳有りません…」



俺の隣に居る司馬懿が深く頭を下げる。

恩人に対する非礼。

察しが良い分、司馬懿には俺が“高位”に思える所が有るのだろう。


こうして謝罪しなければ、徐晃の身が危ない。

そう、考えて。



「別に、彼女の発言云々は気にしていませんよ」


「ですが…」


「“恩人に対し…”という考えも判ります

貴女は聡い…

彼女の“未来”を案じての言動でしょう」



その言葉に司馬懿は黙る。

図星だろうが、此処で沈黙は宜しくない。

経験の浅さ、だろう。



「ですが、私が提案をした理由は違います

寧ろ、彼女の為に、です」


「…どういう事ですか?」



神妙な面持ちで、見詰める司馬懿に笑みを返し徐晃へ視線を向ける。



「私が見る限りでも彼女の抱える“闇”は深い…

今の世を見れば賊を憎む事自体は珍しく有りません

しかし、このままでは心は“闇”に囚われたまま…

いつか必ず彼女は憎しみに喰い殺されるでしょう

自分ですら、抑え切れない深い深い…心の“闇”に」



そう言うと司馬懿は驚き、徐晃を見詰めた後、俯く。


その両手を強く握り締め、小さく身体を震わす。


彼女の問題だから。

そう考えて、口を出さずに居たのだろう。

しかし、それは逆に彼女を誤った道へ進ませた。


その事に気付いた。

気付いてしまえば、自分を責めずに居られない。


それが司馬懿の今の思い。

苦しく、辛いだろう。



「だからこそ、良い機会と私は思います」


「良い…機会?」


「彼女が“闇”を克服する方法は二つ…

一つは自分自身で乗り越え“闇”に勝る“光”を自ら見出だす事

そして、もう一つ…」


「…それは?」



言葉を切った事に司馬懿は息を飲みながら訊ねる。


そんな彼女に笑顔を見せ、クスッ…と笑う。



「気の済むまで己の全てを晒け出し、打付ける事」


「…………え?

それだけ…ですか?」



呆然とする司馬懿。

思いもよらない答えに口が開いたままだ。



「“闇”は裡に溜まる物

その最たる要因となるのは“誰にも”言えない事…

また其処らの賊では彼女の八つ当たりや憂さ晴らしの相手は愚か、逆に苛立ちや鬱憤が溜まるだけ…

“賊”でありながら彼女の全てを受け止められる者は興覇以外には居ません」



そう言い、司馬懿には目を向けず、佇む興覇と徐晃を静かに見詰める。




 甘寧side──


“元江賊”“賊上がり”…

それは私に貼られた身分。

決して変わらぬ、捨て去る事など出来ない事実。


“穢れた”──過去。


“賊”という身分から立身出世した者は確かに居る。

だが、その殆どが侮蔑され後年に苦しむ事が多い。


飛影様は、その様な扱いは嫌う方だ。

まず有り得ない事だ。

仮に、不遇だったとしても私の想いは変わらない。

私は全てを捧げる。

そう、誓った。


しかし、私の為に飛影様が侮辱されるのは赦せない。

侮辱した相手は勿論だが…

原因となった私自身も。



(私は相応しくないのではないだろうか…)



そう思ってしまった。

それは、忠誠を誓った故に生じた想い。


しかし、そんな私の心など飛影様はお見通し。

あっさり、悩みを見抜かれ白状する事に。



「“賊”という身分、か

まあ、悩む所だな」


「過去は変えられません」



飛影様に話した時点で…

ある意味、私は諦めていたのかもしれない。

どうしようもない事だと。



「そう、変えられない

もし、過去を捨て去る事や消し去る事を望むなら…

それは“現在”の自分をも否定する事だ」



その言葉が私の心を穿つ。



「いいか、興覇

“現在”というのは過去の積み重ねだ

しかし“過去”もまた現在の積み重ねだ

“未来”は現在から続くが決して交わらない

“過去”は現在から続くが決して消え失せない

全ては“現在”より至る

お前は“現在”の自分より都合の良い“幻想”を求め自分を捨てるのか?

俺が、凌統が、皆が望んだ“現在”のお前を」


「──っ!!」



──狡い。

本当に…狡い方だ。


そんな風に言われては気にする私の方が馬鹿馬鹿しく思えてくる。



「錦帆賊はお前の誇りだ

其処で得た経験や知識等は得難い財産…

何より彼等が居たから俺とお前は出逢う事が出来た

思い出は良い物ばかりではなかったかもしれない

痛みも、傷も有った…

だが、その全てが…

お前の糧と成り、力と成る

“賊上がり”?

“賤しい身分”?

だから何だ?

言わせたい奴には言わせて置けばいい

俺の、仲間のお前に対する信頼は揺るぎはしない」


「──っ、…はいっ…

私は──甘興覇ですっ!」



抑え切れず、溢れ出す涙。


いとも簡単に、私の悩みを打ち砕き、示してくれる。

思い出させてくれる。


何よりも大切なのは──

私が“私”で在る事だと。




二人に私の素性を知られた際に、飛影様の言葉を思い出した。

だから大して感情に変化はなかった。


徐晃の賊に対する憎悪。

それは判らなくもない。


私が賊で有った事も事実。

言い訳する気も無かった。


だが、徐晃は飛影様に対し侮辱の言葉を吐いた。


瞬間、私の──私達の心は憤怒に染まった。


葵・珀花と共に徐晃と乱闘にまで発展。

しかし、飛影様の放たれた殺気に身体が固まる。

血の気が引いた。


その後、紫苑・冥琳に説得──と言うか、呆れながら説明され、反省した。


事の発端となった珀花には冥琳から長い説教が有ったのは余談だ。


そんな中、飛影様が徐晃に私と戦う事を提案された。


正直、負ける要素は無いが真意が判らなかった。

勿論、断りはしないが。



「いきなりで悪いな」


「いえ、私は構いません」


「…徐晃の“闇”はお前も判るな?」


「…はい」



真剣な表情の飛影様。

その言葉も。



「なら、彼女を“闇”から解放してやれ

それが出来るのは…

興覇、お前以外には居ない

彼女に示してやれ

“光”が何かを…

そして、お前の“志”を」


「…っ!、御意に」



成る程、と納得。

私は飛影様に従った。




そして今、徐晃と対峙。

彼女の目に宿る炎。

それは暗く…深い。



「…死んでも恨まないでね

私、手加減出来ないから」


「要らぬ心配だ

貴様では私に傷一つ付ける事すら出来ん」


「…っ、…上等じゃない

なら…覚悟しなさいっ!」



そう叫ぶと共に徐晃は駆け己の得物を振るう。


身の丈程も有る大剣。

それを軽々と振り回す膂力には感心する。



(だが、甘い…)



荒々しく感情任せに振るう乱雑な太刀筋。

駆け引きも、虚実も無く、ただただ振り回すのみ。


飛影様という遥かな高みに在る方を相手にしていれば嫌でも判る様になる。


私は未熟だ。

だが、その私から見ても、彼女は稚拙。


焦れた徐晃が袈裟に構えたのを見て、動く。


飛影様から学んだ捌き方。

逸らす、往なす、外す…

その何れでもない。


降り下ろされた大剣の腹に自分を剣を当てると一瞬の間だけ“受け止め”、前に踏み込む。



「──なっ!?」



驚く徐晃を他所に、身体を懐へ滑り込ませ右肩による体当たり。


仰向けに倒れる徐晃。

彼女を見下ろし思う。


あの方ならきっと“こう”すると。



「この程度か?」



敢えて侮蔑する様に冷めた眼差しと声で言った。



──side out



 徐晃side──


むかつく。

兎に角、むかつく。


体格に差が有り、私の方が大きく有利な筈。

なのに、全く意に介さない様に効果が無い。

それ所か攻め倦ねる始末。


そして──



「この程度か?」



倒れた私を見下し、冷めた眼差しで言った。


…何故?

…何故、通じない?


賊を倒す為に…

賊に負けない為に…

私は強くなったのに。


何故、私は倒れている?



「…っ…」



ギリッ…と噛み締めた奥歯が鈍く鳴る。



「…っ、ああぁあぁああぁあぁあああぁーーーっ!!」



感情を爆発させ叫ぶ。

感情のままに大剣を振る。



「負けないっ!

賊なんかに負けないっ!

負けて──

たまるかあぁあーーっ!!」



それだけは絶対に。

赦されない。



「己の力量も判らないとは

熟、愚かな奴だ…」


「煩いっ!、黙れっ!

あんたに何が解るっ!?

私の何を知ってるのっ!?

偉そうに言うなっ!」



腹が立つ。

無性に腹が立つ。


その言葉が、声が、眼が、強さが、全てが忌々しい。



「何を知っている、か…」



そう呟き、私の上段からの一撃を剣を横にして受け、静かに見詰めてくる。



「なら、お前はどうだ?」


「何がよっ!?」


「お前は私の、私達の…

飛影様の何を知っている?

何を以て、否定した?」


「──っ!?」



彼女の言葉が心を抉る。



「貴様の境遇は恵まれてはいないのは判った…

だが、貴様だけが“特別”ではない

“誰にでも”起き得る…

有り触れた悲劇だ」


「…っ、だから…何?

賊を赦せって言う訳?

私から父さんを、友達を、故郷を奪った奴等をっ!

あんたは赦せってっ!?

あんたは赦せるのっ!?

奪う事しか知らない癖に、巫山戯んじゃないわよっ!

何も知らない癖にっ!!」



私は力任せに大剣を押し、強引に間合いを取る。


彼女は剣を逆手に持ち替え左手を前に半身に構えた。



「…全力で来い

“次”が…最後だ」


「終わるのはあんたの方に決まってるでしょっ!!」



私は叫ぶとそのまま大剣を両手で持ち、突進。


“殺意”を持って繰り出す全力の突き。


私の視界の中、鋒が彼女の姿を分かつと同時に彼女が前に出る。


──決死。


互いに全力の一撃を放ち、刃が搗ち合った。



──side out。



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