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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
24/913

20 収穫は…


砦から外に出た。

其処に広がっていたのは、綺麗な花園──ではなく、死屍累々の惨状と血の海。



「また派手にやったね…」



苦笑しながら“後始末”をしている二人の元に行く。


目敏く俺に気付く儁乂。

ぱあっ…と顔に花が咲く。



「飛影様!」



小走りに此方へ駆け寄る。

その姿は宛ら仔犬…いや、忠犬に見える。



「二人共、お疲れ様

“掃除”は無さそうだし、深追いするまでも無かったみたいだね」



興覇も“穴”を掘っていた手を止め、此方へ来る。

ただ、表情が暗い。

というか、凹んでいる。



「…飛影様…その…」



歯切れの悪い興覇。

だが、察しは付く。


幸いにも、二人の女性とは距離が有る。

憚る事はない。



「感情に任せて戦うと後で虚しくなる…

しかし、感情無く戦う事は“戦い”ではない」



俯く興覇を抱き締め右手で頭を優しく撫でる。



「…だからこそ、戦う者に大切なのは…“覚悟”だ」


「…命を背負う、覚悟…」



興覇が呟き、顔を上げる。

目を見詰め、笑みを浮かべ頷いて見せる。


それは、初めて逢った日。

彼女を助けた、あの夜。


“復讐”に走り掛けた彼女へと言った言葉。


あの時は説教だと思われたかもしれない。

しかし、こうして彼女から聞く事で判る。


ちゃんと、彼女の糧に…

血肉となっている事が。


そして、その成長は自分にとって嬉しい事だ。

その“未来”が下らない、つまらない事で穢れる様な可能性は低くなる。


彼女の頭を少し強めに撫で身を離す。


照れ臭さそうな興覇。

少し拗ねている儁乂。


二人を見詰めながら笑み、静かに想いを馳せる。


“蕾”が花開く、その時を待ち焦がれて。



「………あ、あの〜?」



遠慮勝ちに掛けられた声に彼女達の事を思い出す。



「申し訳ありません…

此方が私の連れの者達です

紹介したい所ですが…

先ず、後片付けをしないとなりませんので…」



そう言って周囲を見回し、比較的“被害”の少ない所を見付ける。



「あの辺りで、休んで居て頂けますか?」



一角を右手で指して言うと二人は顔を見合わせる。



「そういう事なら、私達も御手伝いします」


「そうね

その方が早く済むでしょ」


「いえ、これは私達の役目

命を奪った者の責務です」



尤もな提案。

だが、即座に断る。


軍属でもない以上…

彼女達には無関係な事だ。




 other side──


それは長安に戻る途中の事だった。


山から突然現れた男達。

直ぐに賊の類いだと判断し応戦した。


だが、多勢に無勢。

私達は捕まってしまった。


しかし、大人しくする気は微塵も無かった。


二年前、村の自警団に居た父が盗賊に殺された。

以来、私の中に燻り続ける暗い感情。

それは、賊の類いに対する嫌悪・侮蔑・憤怒・殺意…

そして何より──憎怨。


だから、私は暴れた。

手を縛られた程度で攻撃に支障は出ない。


だが、結局は抑え込まれ、手に加え足も縛られ猿轡を噛まされた。


その上、此方が動けないと判っているから、遠慮無く殴る、蹴る、罵倒するはと好き放題にやってくれた。


だが、それでも私は連中に屈する気は無い。


しかし、状況が変わる。


連中が泉里(せんり)を無理矢理に犯そうとする。


私は何も出来なかった。

声すら出せず…

見ている事しか。


ただそれも直ぐに終わる。


普段から物静かで、冷静な彼女が顕かに怯えた。


その姿に私は目を逸らす。


居た堪れないからではなく自分の愚かさに気付いた為だった。


自分が無闇矢鱈に抵抗していなければ少なくとも彼女一人が酷い目に遇う事には為らなかった筈だ。


彼女の後は自分も同じ目に遇うとしても…

結果的に同じであるより、一緒の方が良かった。


だからかもしれない。



(お願い…お願いよ…

誰でもいいから…お願い…誰か泉里を助けてーっ!!)



私は心の中で叫んだ。


そして──それは叶う。


唐突に現れた女性。

彼女は赤い槍を振るい賊を瞬く間に葬る。


その姿はまるで歌妓。

剣舞でも舞っている様。


思わず魅せられ──

ただただ、見惚れる。


その後、助けてくれた女性と共に脱出。

景雅も見付けてくれた。


外に出ると絶句。

其処に有ったのは屍の山。


隅に地面を掘っている女性が二人。

彼女達が倒したのだろう。


私達を助けてくれた彼女といい凄い人達だ。

彼女なんて凄い綺麗な娘でまるでお人形さんみたいな感じなのに。


彼女の姿を見付けると直ぐ駆け寄る二人。

“様”付けしていた辺り、彼女は相応の立場なのか。


しかし、連れの一人を抱き締め何かを話していた。


とても良い雰囲気。


ただ、自分達が忘れられていそうだった。


声を掛けると案の定。

よく判らない人達だ。



──side out



 other side──


──恐怖。


私を支配した感情。

生まれて初めて感じる種の感覚だった。


しかし、それ以上に戸惑う事が起きた。


場違いな明るい声。

場に不釣り合いな可憐さ。

同性で有りながら、思わず見惚れてしまう姿。


そして、自然で有りながら不自然にも感じる武。


ただ、その疑問が我に返る切っ掛けになった。


私達を助けた女性。

彼女は男達を苦も無く葬り私に話し掛けた。


全てを見透かす様な眼差しには思わず警戒。


それを感じてか、怪我人を優先したのか…

彼女は灯璃(あかり)を先に解放した。


彼女は私達以外に捕まった人が居ないか訊いた。

“人”は居ない。

ただ、私の愛馬・景雅が、何処かに居る筈。


正直、彼女に呆れられるか怒られるかと思った。

でも、景雅を見捨てられる訳が無かった。

一人残ってでも探し出して連れ帰る覚悟だった。



「毛色は?」


「──え?」



だから、彼女の言葉に私に驚いた。

予期せぬ反応。



「普通、馬は捨て置く…

そう思ってるでしょ?」


「…はい」



彼女の言う通りだ。

しかし、彼女は笑う。



「それが“誰”の普通か、私には判らない

けど、私は見捨てない

それが、私の普通だから」



その言葉は衝撃だった。


“普通”や“常識”…

其れらは幼少の頃から常に私の側に有った。


多くの知識や書物を理解し対話を重ねる程に其れらは私の中で当然になる。


本の少しの違い…

本の僅かな異なり…


それだけで、異質・異常・非常識・異端とされる。


考えが違えば…

価値観が違えば…

見方が違えば…


それなのに…彼女は。



「違って当然

考えも、価値観も、見方も何もかも全部、人其々…

だから、戦争や対立して、悲哀や憤怒が生まれる

だから、仲間や同志と共に苦楽を分かち合える

皆が皆、全く同じ世界には進化や進歩は存在しない

人は、生命は、戦い生きる事で前へ進む存在だから」



それを怖れる所か、堂々と口にする。


直ぐに受け入れるには心の準備が出来ていない。


けれど、彼女の言う通り。


“違い”こそが可能性。


それは理解出来る。


私の中で既に芽生えた未だ小さな可能性。

これがどうなるのか…

私自身にすら判らない。


だけど、きっと…


それは“未来”にしか存在していない。


だから、進もう。

未だ見ぬ先へ。



──side out



助けた二人を休ませる間、せっせと穴を掘る。



「しかし、保険のつもりで長めに持続させたが…

此処まで差が出たか…」



ざっと見ただけでも戦況は一方的だったと判る。

まあ、雑兵以下の存在相手なら当然かもしれないが。



「…遣り過ぎでしたか?」



儁乂が不安気に訊く。

興覇も身を強張らせる。



「怒ってる訳じゃない

単に俺の思っていた以上にお前達の動きが良かった、という事だ

まあ、俺の分まで無くなるとは思わなかったけどな」



そう言って肩を竦める。

言葉を“正しく”理解して二人が苦笑する。

まあ、誉められた部分では嬉しそうだったが。



(尤も、意外な“副産物”が有った様だけどな…)



二人は気付いていないが、戦闘の終盤には俺の施した効果は切れていた。


だが、最後まで強化された状態で二人は戦った。


それが物語る事実は一つ。



(俺の氣に引っ張られて、強化の仕方を模倣…

無意識にだろうから自覚は無いし、今は使えない

ただ、潜在的に“覚えた”事には間違いないな…)



そう考えると“裏技”的な方法とも言える。

普通では有り得ない。

しかし、“普通”ではない自分が関与した結果として可能になった。



(都合の良い解釈だが…

頷く事も出来る、か…)



あまり誉められた方法ではない事は確かだ。


努力や積み重ね無くして、得た“力”は危うい。

“力”の本質を、意味を、責任を見失う事になる。


“力”を軽んじた者…

“力”に溺れた者…


そんな者の末路など…

誰が言わずとも想像に難くないだろう。


勿論、彼女達をそんな者にする気は無い。

しっかりと教えていく。



(それに誰にでも可能って訳じゃないだろうしな…)



資質・才能・経験・知識…

他にも相性や心理的要素と様々な要因が有る筈。


彼女達は偶々。

それらが揃った結果として可能だっただけ。

今はそれでいい。



(検証するには時間が要るだろうからな…

ある程度、彼女達が自制が出来る様になったら話して試してみるか

やってみる価値は有るし)



全てを伝える訳ではないが“疑似体験”をさせる事で感覚を理解出来る筈だ。

遣り様によっては広範囲の応用も利きそうだ。


──と、考え苦笑。

自分の技術屋思考は悪癖と言えなくもない。


余計な事は隅に置き…

今は“処理”に集中する。




“後片付け”を終え、砦を破壊して山を下った。


聞けば彼女達は長安へ帰る途中だったらしく、それは此方としても好都合。

同じ襄陽を目指す為だ。


半刻程で漢升達とも合流。

元々北進させ、途中で合流する予定だった。

“後片付け”を土葬にした分だけ時間は掛かったが、結果として合流場所は近くなったので良しとする。


興覇達だけなら帰りも強化するつもりで居たが二人の手前しなかった。

尤も、怪我をした彼女には治癒を施したが。

当人達には驚かれ、興味を持たれた様だった。


驚きと興味は此方にも。

自己紹介をした際に判った彼女達の名。


景雅の主が司馬仲達。

もう一人は徐公明。


司馬懿と徐晃だった。


二人は従姉妹だそうだ。

司馬懿は改名したらしく、以前は徐庶、字は元直だと徐晃が教えてくれた。



(今度は従姉妹と来たか)



それが率直な感想。


もう、何でも有りだ。

歴史家が居たら卒倒してる所だろう。



「──では、そういう事で宜しいかな?」


「はい、問題有りません

宜しくお願いします」



軽い現実逃避の間に公瑾と司馬懿の話が終わった。


公瑾は主人と仲間の為に、司馬懿は自分達の為。

警戒して慎重になるが故に話し合いを設けた。


徐晃の方は道すがら興覇達と打ち解けていた。

人懐っこい感じはしていたが少しは警戒しような。


因みに景雅の方は栗花達と鬣を噛み合う仲。

心配要らない様子。



「お待たせしました」


「どうなった?」


「基本的には私達の生活に合わせて貰う形です

食事は提供しますが準備は手伝って貰います」


「まあ、当然だね

働かざる者食うべからず

襄陽には一緒に?」


「はい、彼女達も現状では心許ないと」



それも当然か。

別れて下手に南下するより襄陽に向かう自分達に便乗した方が安全だ。


徐晃も戦えるだろうが…

一人では高が知れている。


それを考えれば、自分達の戦力は群を抜いて見えた事だろう。



「道中の鍛練は手合い中心に変える

練氣は瞑想を装って、な

お前達も俺に“合わせて”くれると助かる」


「判りました」



俺の意図を理解して公瑾が苦笑する。

経験者だけに“驚く”様が判ったのだろう。



「それじゃあ、行こうか」


「はい」



新たに旅の同行者を加え、目指すは襄陽。


平静か、波乱か。


何方らにしろ──

退屈はしないだろう。




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