19 至りて、解る
興覇・儁乂と疾駆する中、僅かな違和感を感知。
(…何だ?)
氣の探知精度は距離により変わるのは仕方無い。
1km圏内なら“動作”まで把握しようと思えば可能。
5km圏内なら感情や氣質のある程度の判別が…
10km圏内なら人か否…
それ以上は数の把握が精々といった所。
20kmを越えると、余程の大きさか異質でない限りは探知も困難。
今回は数と大体の場所から賊と推測しただけだ。
勿論、近付けばより明確に感知出来る為、常に感知し確認をしている。
其処に引っ掛かった。
「……まさか、捕虜が?」
有り得ない事ではない。
相手が賊なら尚更に。
「興覇!、儁乂!
このまま真っ直ぐ進め!
俺は先に行く!」
「飛影様っ!?」
「何か有りましたか?!」
突然の指示に儁乂は驚くが興覇は冷静に訊いてきた。
「まだ憶測だが捕虜が居る可能性が有る!」
「なっ!?」
儁乂は目を見開き、興覇は納得した様に頷く。
ただ、興覇の気配が冷たく研ぎ澄まされていく。
「捕虜が居た場合は其方の回収を優先する!
お前達は組んで掃討を!
但し、深追いはするな!
単独行動も慎め!」
「判りました!」
「御武運を!」
二人の返事を聞き、強化を引き上げ、一気に加速。
移動時は常に背にしている翼槍を右手に掴む。
(──っ!?、くそっ!
やはり捕虜が居たかっ!)
探知の感度が上がった事で二つの感情を捉えた。
一つは憤怒。
賊と思しき連中の中に有り急速に強まる。
そして、もう一つ。
その直ぐ近くに有る恐怖。
置かれた“状況”は最悪を想定すれば容易に判る。
自然と奥歯を噛み締める。
──憤怒。
沸き上がる感情は賊でなく“己”に対し。
(平和惚けしたかっ!?
お前が生きてきた世界は、そんなに生温かったかっ!?
違うだろっ!?
思い出せっ!!)
もし、気付かずに乗り込み万が一にも、二人を危険に晒していたら──
そんな事は許さない。
けれど、絶対は無い。
故に、常に最悪を想定し、備える事を怠らない。
そうやって、幾多の死線を潜り抜けてきた。
(“今”を悪くないと思う事に善悪は無い…
だが、それを理由にしては言い訳だ
どんな状況であれ、命には“代わり”は無い…
だからこそ“生きる”事は“戦い”だ!
もう一度、刻み込めっ!!)
自分に喝を入れ、駆ける。
戦場へと。
気配は勿論、視界に標的を捉えた。
翼槍を右斜め後方に構え、氣を与え炎を纏わす。
同時に四肢を更に強化し、曲剣が生む幻霧で身を包み姿を隠す。
「穿て」
静かな声と共に、賊の居る砦の板壁を貫通。
接触した瞬間に灰塵と化し道を開けた。
そのまま開いた穴から周辺へと炎が燃え広がる。
「な、何だっ!?」
「敵かっ!?」
「それより火だっ!
水だ水っ!
早く消せっ!」
慌てふためく男達。
その脇を見られる事も無く悠々と通り過ぎる。
そして、捕虜となった者の居る所まで“直進”。
邪魔な存在は全て“焼滅”させて行く。
そして、見付ける。
傷付きながらも叫ぶ女性と今にも襲い掛かられそうになっている女性を。
それを見た瞬間。
急速に冷める思考。
冷静、ではなく、冷酷に。
幻霧を解き、霞の中から、姿を露にする。
「はい、其処まで♪」
もし、端から見ていたなら自分でも驚くだろう。
恐らく自分は“愛らしい”微笑みを浮かべながら…
魂さえ凍てつく様な殺気を撒き散らしている。
「な、なん──」
女性に覆い被さる様にしていた男が立ち上がり、振り向いた瞬間──
翼槍を一振り。
声を斬り、首を刎ねる。
回りに居た十数人の男達も“認識”するよりも速く、首を刎ね飛ばす。
転がる頭。
“無い”事に気付いた様に身体が遅れて倒れる。
そして噴き出す鮮血が床を辺りを赤く染める。
「さてと…」
一応、残り滓が居ないかを確認して女性達を見る。
猿轡をされた女性は現実を受け入れられない様子。
しかし、もう一人は意外に速く状況を理解した様で、最初こそ驚いていたが今は探る様な視線を向ける。
「自力で動けるかな?」
「…拘束が無ければ…」
「ん、それで十分」
そう笑顔で返事しながら、もう一人の方へ。
猿轡を斬り落とす。
「貴女は?」
「…う、動くだけなら…」
まだ戸惑っている様子。
そのまま、彼女の両手足を縛っていた縄を斬る。
次いで先程の彼女の縄も。
「一応、念の為に…
他に捕まってる人は?」
「人は居ませんが…
私達の愛馬が何処かに…」
言い難そうなのは仕方無い事だろう。
自力達の身も危険な状況で馬の命を心配するなんて、普通は有り得ない。
「毛色は?」
「え?」
まあ、それが“誰の”普通かは知らないが。
甘寧side──
“捕虜”──その言葉に、私の中で怒りが沸く。
義賊とは言っても“賊”に違いはなく…
かつては自分達も其の中に“分類”されていた。
だからこそ守り抜き続けた矜持が有った。
襲撃する相手は必ず調査し確証を得て動いた。
どんなに苦しい時も決して無辜の民には手を出さずに生きてきた。
遣っている事は悪事でも、人の道を外れはしない。
故に、赦せない。
(誇りも何も無い下衆め…
この手で必ず討ち滅ぼす…
首を洗って待っていろ…)
冷たい刃を心に忍ばす。
飛影様が先行して間も無く前方に立ち昇る煙。
並走する葵と顔を見合わせ互いに頷く。
飛影様による強化は今暫く大丈夫だろう。
何となくだが、判る。
葵と共に剣を抜き放って、砦へ突入する。
最初に目にしたのは消火に勤しむ男達。
だが、そんな事は今の場に関係無い。
此処は“戦場”であり──“狩り場”だ。
私は擦れ違い様に一閃。
男の首を切り裂く。
足を止めると同時に背後で咲く赤き花。
訪れるの静寂。
しかし、その間にも私達は次の行動へと移る。
相手が“認識”する前に、茫然とする隙に個々の武で数を減らす。
「──て、敵襲ーーっ!!」
一番最初に我に返った男が叫びを上げる。
こういう場面での男の様な行動は必然では有るが…
真っ先に死を招く。
何故なら、相手側にとって最も早く“対応”した事になるからだ。
そういう存在は早々に退場して貰うに限る。
私は人混みの中を縫う様に走り抜け、男の前に。
「ひぃっ!?、あぐぁ──」
怯えた悲鳴。
首を一撃で貫く。
くぐもった断末魔。
「──か、囲めっ!
相手はたった二人だっ!」
「そ、そうだっ!
此方の方が多いんだっ!
負ける訳がねえっ!」
一人が発した声。
それが賊徒共の恐怖を少しだけ拭う。
偶然か、必然か…
只の“強がり”が功を奏し勢いを生む。
だが、相手が悪い。
……チリンッ…
「な、何だ?」
「…鈴?」
「鈴の…音?」
「…ま、まさか…」
「す、鈴の音だっ!
錦帆賊の“鈴の音”っ!」
その声が驚愕、そして悲鳴へと変わって行く。
右手の剣を逆手に持ち半身となって構える。
「鈴の音は、黄泉路へ誘う標と知れ…」
静かに告げ──駆ける。
──side out
儁乂side──
飛影様が突然“先行する”と言われ驚く。
しかし“捕虜”と聞いて、納得した。
ただ、僅か十日とは言え、長く共に居た思春は冷静に訊ねていた。
飛影様の行動には何かしら“理由”が有る。
それを理解しているから。
(…拙いですね)
自分の中に有る感情。
それは──嫉妬。
思春に対する羨望。
主従として確と理解し合う二人の姿が羨ましい。
飛影様を見送った後も頭に浮かぶ愚考。
心を掻き乱す。
(飛影様は決して、私達を比べたりしない…
それは私達が“一人”しか居ないから…)
そう、私は知っている。
「誰もが一度は感じる事、考える事だ
憧憬も、尊敬も、理想も、目標も、模倣も、羨望も、嫉妬も、探求も…
それは間違いではない
しかし、決して“誰か”になる事は出来無い
そして、“自分”になれるのは自分だけだ
だからこそ、“己”を知り彼を知る事は“高み”へと続く“道標”になる」
そう、飛影様は言われた。
もしも“私”が“誰か”になったのならば…
“私”は誰なのか。
“私”は何処に在るのか。
それを考えさせられた。
人は同じではない。
違って然り。
故に“存在”を比較する事など出来はしない。
その“存在”は──
“私”は唯一人だから。
(…そう、私は“私”だ
思春の在り方は羨ましい
だが、私には私の在り方が必ず有る…
私は私として飛影様に…)
其処で気付く。
何故、飛影様は答えに近い“言い回し”をしたのか。
(…“己”を知る事とは、“闇”から目を逸らさずに向き合う事…
受け入れる事なのですね)
それは、どれだけ誰かから言われても不可能。
“自分自身”でしか答えを見い出せず、理解する事も出来無い。
そして、その“在り方”は千差万別、人其々。
故に“正しい”解は無い。
(本当に…
貴男は何処まで“高み”に至っているのですか…)
今はまだ、見えない。
けれど、いつかきっと。
私として、その隣に。
並び立てる様に。
(先ずは、この一戦から)
視界に捉えた煙。
思春と視線を交わし首肯。
剣を抜き、意志を忍ばす。
遥か“高み”へ至る為。
私が私へ至る為。
「その生命、我が糧に!」
対峙した賊徒に対し左手の剣を振り抜く。
剣閃に咲く赤い花。
それは死者への手向け。
──side out
母を訪ねて──ではなく、馬を探して砦を歩く。
青薄墨毛──と聞いて直ぐ判る者は何れ位か。
薄墨色と芦毛の違いですら素人目には難しい。
「──おっ、居た居た♪」
しかし、氣は関係無い。
完全個別、完全識別可能。
おまけに位置まで判る。
DNA検査より優秀だ。
目の前には柱に縄で適当に繋がれた薄墨色の馬。
他に居ないから、見付けるのは簡単だった。
「景雅っ!」
そう言って駆け寄るのは、襲われていた方の女性。
少女と形容したいが、実は歳上だった。
氣である程度は読めるから直接聞いてはいないが。
背は自分よりも少し低く、腰まで有る赤紫色の髪は、ツインテールに。
円らな眼は藍色で、可愛さと知性を持つ。
後は…気になるとすれば、小柄な割りに“大きい”事だろうか。
…仕方無いでしょ。
男の子だもん。
もう一人、怪我人の女性は背は自分と同じ位。
腰程の長さの薄橙色の髪を三つ編みにした上でポニーテールに。
“何方かで良くない?”と思っても口にはしない。
緑色の瞳は凛々しさを感じさせるが…“若気”も。
未熟さでは義封と同等か。
今は治療はしていないが、傷痕は残らない様に治せる程度だから心配無い。
「怪我は無さそうだね」
景雅と呼ばれた馬の鼻面を右手で撫でながら言うと、自分から頭を手に押し付け甘えてくる。
うむ、愛い奴よ。
「これからどうするの?
さっきより外は数が多いし気付かれたでしょ?」
「それは判りませんよ?」
怪我人の彼女が訊ねると、もう一人が答える。
内心、感心する。
「どういう事?」
「“彼女”が侵入した事に気付いたのなら、既に此処には人が溢れといる筈…
ですが、人気は無い
寧ろ、閑散としています
外を塞いで“誘っている”可能性は有りますが…」
得た僅かな情報から的確な考察と推測。
油断も無く、常に“最悪”を想定している。
「心配は要らないかな」
「それは?」
「連れが二人、外で存分に暴れてるからね」
そう笑顔で言い、外に向け歩き出す。
氣を“視る”限り…
二人で無双状態。
(深追いするなと言ったが出番は無さそうだな…)
ストレスの捌け口を失い、がっかりする。
二人に気付かれない様に、小さく溜め息を吐いた。




