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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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1 此処は何処?


風が吹き抜ける。


掬い上げる様に白金の髪を宙に踊らせた。


青い空と白い雲。

其処に加わる白金。


“晴天”を表すには十分な色彩だと言える。


太陽には暑さを感じるが、生い茂る木々の葉が日傘の代わりとなり、風が清涼剤となって心地好い。


風に揺れる草木の音色も、程好く心を和ませる。


更に草の香と独特の感触が横たえた身体を包む。


目蓋を閉じれば直ぐにでも眠りに落ちれそうだ。


しかし、今は無理だ。

何故なら──



「……此処は…何処だ?」



視界を染める空。


だが、それを見ている事に覚えがない。

何故、自分は仰向けで空を見上げているのか。


現実逃避を止めて考える。



「確か…昨夜は…」



記憶を辿り“昨夜”の行動を振り返る。


思い出したのは“仕事”を終えて部屋に戻った。


疲れから、珍しく着替えも汗も流さずベットに身体を横たえた。


其処で記憶は途切れる。



(記憶が確かなら、部屋に居る筈だが…ふむ…)



眼で見て、両手で触れて、自分の状態を確かめる。


“記憶”を信じるなら己が身に“何か”が起きた事になる訳だが…



(…“絳鷹(こうおう)”が顕在したまま、か…

なら、記憶は確かだな)



“絳鷹”は“浄化の秘力”を宿している為、装纏者の心身を浄め護ってくれる。


つまり、“記憶の改竄”の類いの“効果”は無効。


知らない間に記憶を弄られ放置されたという可能性は此れで消えた。


だが、同時に疑問に矛盾が生じる。



(“転移”の類いも自分の術以外は基本的には無効になる筈だったよな?

“無害と認識”していれば別だが、睡眠中には無理が有るだろうし…)



誰かの何等かの手段による“強制転移術”の可能性も極めて低くなる。


結果、有力な可能性が消え思考が行き詰まる。



(…兎に角、今の現在地を確認するか…)



そう考えて右手を伸ばし、人差し指を虚空に向けた。


──と、其処で違和感。


右手を開き掌を見詰める。



「……術が使えない?」



今、行おうとしたのは宙に魔方陣を描き、自分の居る位置を知る事が出来る術を施行しようとした。


しかし、術を使う所か…

指先には魔方陣を描く為に必要な“魔力”が生じず、使う以前の問題だった。



「……マジ?……」



ぼそっと呟いた一言。


しかし、それに応える者は此処には居なかった。




右手を羽織るコートの内に入れると、三枚の紙切れを取り出す。


紙切れ──“呪符”に対し“霊力”を込める。


だが、何も起きない。



「……此れも駄目か」



本来なら、この“呪符”は“式神”達の“依り代”となって姿を顕現させる。


しかし、“呪符”は効果を発揮しなかった。



(……いや、違うな

“霊力”は確かに“在る”

無いのは──)



目蓋を閉じて意識を自身の“外”へと向けて広げる。


けれど、“術者”にとって“在るべき筈の存在”が、全く感じられない。


暫し、根気良く感覚を研ぎ澄まして探ってみる。


しかし、結果は変わらないままに終わった。



「…“精霊”も“マナ”も存在しない、か…」



目蓋を開け、青空を見詰めながら呟く。




“精霊”は“世界”を構成する一部で有り、“力”の塊と言える存在。

多岐に渡る種類が存在し、“精霊術”を用いる術者にとっては必要不可欠。

意志を持っているが自己を顕示する程ではない。

上位に在る者は、より強い意志を有するが“世界”の一部としての役割を決して放棄する事はしない。



“マナ”は“精霊”と同じ“力”の塊だが意志は無く密度も遥かに劣る。

しかし、“精霊”と違って“力”が固定されておらず純粋な“力”故に扱い易く汎用性に長けている。

主に“魔術”や“法術”、“神術”等に必要とされる“魔法力”を生成する為に必要不可欠な存在だ。


“魔法力”とは“魔力”や“神力”とも称される。

この“魔法力”の生成には“マナ”と──

“エーテル”とも呼ばれる精神エネルギーが必須で、“術者”は器となる自身の内に“マナ”を取り込み、二つを融合させる事により生成する。


“魔術”や“法術”の源は同じ“魔法力”なのだが、使う術の形式により分類・体系化されているだけ。


例えるなら──

卵という食材が源であり、どう調理するかが術式で、出来た料理が術だ。



また“霊力”と“妖力”は熱エネルギーに似ていて、陰か陽──+か−の違いが有るだけで根源は同じで、古くは“盡通理鬼”と云い今は“神通力”と称する。



つまり、術は“源”により大きく三つに大別出来る。


今、“精霊”と“マナ”が存在しない為、二つの術の体系が使用不能なのは言うまでもない。


では、“霊力”が存るのに何故“呪符”が効果を発揮しないのか──


その答えは術式に因る。




“呪符”を用い“式神”を使役する術──陰陽術。


術に使う“霊力”の純粋な状態である“神通力”とは全ての“生在る命”が持つ霊的要素とされる。


“エーテル”が精神力なら“神通力”は“魂の力”と言えるだろう。


精神は肉体でも、魂でも、何方らかでも無く…

“魂魄”が揃っているから生じ、存在する。

ただ“エーテル”単体では何の意味も成さない。


対して、魂は魄──肉体が失われても存在する。

悪霊や妖怪などの持つ力は“神通力”に分類される。


今、“神通力”は在る。

しかし、術が使えないのは二つの理由による。


一つは“式神”は“霊”を召喚・憑依させた存在だと言う事。


此処で言う“霊”は人間や生命の“霊魂”ではなく、“精霊”と同じ“世界”を構成する存在を指す。


“精霊”と異なる存在ではあるが、現に喚べない以上“霊”も不在なのだろう。


そして、もう一つ──

此れは有る意味“術者”にとって悪夢に等しい。


それは──



「“世界”が閉じている」



言葉通りに考えると──

“世界”という国が鎖国をしている様に思える。


しかし、強ち間違っている訳ではなかったりする。


“世界”が閉じているとは“世界”が“精霊”等の、自らを構成する存在を全て“不必要”として排除し、主に“人間”に対して何も“力”を貸さない状態だと言う事になる。



「とは言え…昨日の今日で“閉じる”か?」



冷静なって、少し考えれば無理が有る。


“世界”が“閉じる”事は“世界”の在り方その物が変わる事だ。


人類は愚か、全ての存在が“リセット”される。

何一つの例外も無く、だ。


そんな事を“世界”が望むとは思えないし──

仮に、そうだったとしたら何故“自分達”は今もまだ存在しているのか。


自分も、草木も、大地も。



「…しっくり来る答えは…

“異世界”と“召喚”か」



“世界”が“閉じた”ではなくて──

この“閉じている世界”へ“何等かの要因”によって“召喚”された、と。


まあ、そう考えれば色々と納得出来る訳だが…



(“絳鷹”は“召喚”には無反応なのか?)



“召喚”した事は有っても“召喚”された経験なんて一度も無い。


それに“召喚”とは一種の“強制転移”だ。

それなら“絳鷹”が反応し無効化する筈。


勿論、結果として現状から“召喚”が濃厚な訳だから否めないが。




“召喚”は“契約”が有り初めて成り立つ術だ。


また“召喚”は“世界”が同じで有る事も重要。


“悪魔”だの“天使”だの“幻獣”だの──

彼等が存在する“次元”や“空間”が人間と異なるに過ぎず、全てが“世界”の内包する存在故に“契約”により、彼等の“召喚”が可能となる。


人間や“同位相の存在”も確かに可能では有る。

“契約”さえ有れば。


また、邪法ではあるが…

“刻印”による“隷属”で“召喚”する事も可能だ。

自分には無縁の話だが。



(“絳鷹”と“神通力”が存在しているという事は、“個体”が有する能力等は有効な訳か…)



“異世界”への“召喚”とするならば“絳鷹”の力が及ばない筈。


しかし、顕在している所を見ると飽く迄も“世界”に直結する力だけが使えなくなっている事になる。


試しに“呪符”を取り出し“陰陽術”を使う。


“呪符”は“式神”以外に“火”を生ず“火招符”や“水”を生ず“水招符”、人を遠ざける“人払符”や“結界符”等の多種多様。


“式神”が無理でも他なら可能かもしれない。


しかし、何れも無反応。



(こうなると…

“呪符”に使う“霊水”も対象になってる訳か…)



“呪符”の作製に使用する“霊水”は“マナ”が水に融ける事で生まれる。


基本的には自然界に於いて生じる物で、人工的に造る場合には効力が落ちる。


“霊水”が生じる場所は、“霊場”が多く“龍脈”が関係していると云われる。



(…“解いて”みるか…)



そう考え、意識を“絳鷹”へと傾ける。


“服を脱ぐ”と言うより、“型を解く”イメージ。


“型”を成す“力”…

その“型”を“解き”…

無形の“力”へと還す。


“力”は在るべき場所へ、“魂”へと納まる。


念の為、両腕を上げて確認してみる。


眼に映るのは下に着ていた黒装束の袖。

右足を上げて見ても同様の黒装束の裾が映る。


それを確認すると改めて、“絳鷹”を顕現させる。


“魂”より“力”の導き…

“力”を身に纏わせる。


最初の時とは違い、自らの“力”の在るべき“型”を知っている。


だから、それをイメージし“型”を即座に“固定”。


両腕には深紅の袖。

どうやら“絳鷹”は完全に機能している様だ。


身体を起こして右側へ顔を向ける。


耳に入っていた水音。

その発生源と思しき小川が眼に映った。




立ち上がって小川へ向かい歩いて行く。


軽く身体を動かしてみるが特に異常は見当たらない。


小川の辺りに立つ。

緩やかな流れと澄んだ水面は鏡の様に景色を映す。


水鏡に映る自分の姿。

腰に届く長さの白金の髪、真紅の瞳、見馴れた顔。


黒革のトレンチ・コートを羽織り、“絳鷹”を纏い、下には黒装束。

黒のコンバット・ブーツ。



(…靴下や靴を履いている事を気にしたら負けか?)



寝ている所を“召喚”され足周りが整っているとは、便利と言うか、都合が良いと言うか、何と言うか…



(…まあ、良しとしよう)



有って助かるのも事実。

この際、そんな細かい事は追求しないで置く。


一応、背面も確認して見たけれど異常は無し。


昨夜の“仕事”から帰った時と同じ格好だ。



(冷静に考えたらコートも脱いでた筈か…)



このままだと“粗探し”が終わりそうになかったので思考を切り替える。


改めて周囲を見渡す。


空は青く、雲は白い。

太陽や月が複数有るとかの異常性は無し。


空から視線を滑らせれば、木々の斜面と岩盤。

頂きが見える事から自分はかなり高い所に居る様だが息苦しさはない事から見て標高は然程でもないのかもしれない。


周辺は木々に囲まれているけれど、小川に面する様に開けており、緑が生い茂る草原になっている。

稍傾斜が有るが寝転がると丁度良い位だ。


太陽の位置を見る。

まだ中央には来ていない。

時間としては午前八時半といった所だろう。

時計が無い為、凡そだが。


木々や草木の成長の仕方を見れば、此処が山の西側と判断出来る。

尤も、太陽が東から昇り、西に沈む事が前提でだ。



(まあ…地球かどうかすら判らない訳だけど…)



空気が有るから人類或いは人に近い種族が文明を築き生活している──筈。

取り敢えず意志疎通可能な事を切実に願う。



「現状では此処まで、か

先ずは情報収集して把握に努めるしかないな」



当面の行動目標を決めると麓へ向けて歩き出す。


帰る事が出来るのか。

誰が、何の目的で、自分を“召喚”したのか。


疑問は多々有る。


けれど、今は“答え”へと至る為には進むしかない。


こんな状況で“面白い”と思っている自分に苦笑。

ただ、心は期待する。


“未知”なる世界に。




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