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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
199/915

        玖


想像していた様な事は無く細剣はすんなりと地面から抜けて持ち上がる。

勿論、想像していた事とは悪い方の結果の場合。



「──っ!?」



──と、次の瞬間。

視界が、世界が滲む。

景色が歪み、混ざり合い、流れて行く様に動く。

ただ、その流れが何方らに向かっているのか。

感覚が狂った様に不確かで定まらない。



(…これって…追体験?)



この感じには覚えが有る。

“彼処”で過ごしていた時何度か雷華と記憶の一端を見せ合った際に行った術とよく似ている。

その術は相手の記憶の中に入って擬似的に追体験するという非常識な物だった。術者の力量や見る内容等で所要時間は変化するらしく雷華だと殆んど一瞬。

勿論、誰彼とでも出来る物ではないらしいけど。

色々と条件や制約が有ると言っていたしね。


現状から推測してみる。

これから見る事になるのは多分、細剣の記憶。

そして、私だけではなくて蓮華と翠も同じ筈。



(やってくれるわ…)



本当に我が夫ながら思考を読みきる事が困難ね。

でも、知る事が出来る。

二人の方は判らないけれど細剣は記憶している。

雷華が、私達が、戦うべき“災厄”と同類の存在。

その情報を少しでも得て、戦いに備えなければ。

雷華一人に背負わせる事は絶対にしない。

その為の“力”を得た。

その為に歩いて来た。

その隣に立ち、共に戦場に在る為に。


そう考えている間に視界が白く染まり──見た覚えの無い景色が広がった。

荒れ地と呼ぶのが相応しい惨状は一目で“戦場”だと理解するには十分。



(──っ!?、彼女は…)



頭を動かした先に居たのは自分達に試練を与えていた“龍族”という謎の一族の最後の末裔だった女性。

──と、その肩越しに映る人影に視線は吸い寄せられ見入ってしまう。

雷華より拳一つ分程高く、肩口に届く真っ黒な黒髪と私と同じ──青い瞳。

直感的に理解する。

この人がそうなのだと。



「…御父…様…」



永劫、叶わぬと思っていた在りし日の父の姿。

それが目の前に有る。

着ている服装は雷華が持ち帰った遺体と同じ。

その右手には“現実”にて私が握っている筈の細剣。

間違い無い、と確信。


そして、私を引き戻す様に響き渡った咆哮。

我に返り振り向いた視界に映った異形の獣。

“澱”と呼ばれた存在。

意識を切り替え集中する。

全身に負った傷等から見て相当に疲弊している。

しかし、判る。

判ってしまう。

倒すには至らない、と。





「…ぁ、はあっ…くっ…」



片膝を付き、呼吸を乱し、それでも闘志だけは折れぬ様に気力を振り絞る。

今倒れる訳にはいかない。

が、このまま戦い続けても勝てるとは思えない。

短期決戦でしか自分達には勝ち目がなかった。

結果として今だから言える事ではあるが。



(奴を外には出せない…)



しかし、自分には成す術は何一つとしてない。

もう、長くはないだろう。

戦う中で負った傷や疲労、細剣に与えた氣。

それらが積み重なった後、命を削り戦っていた。

文字通り、風前の灯だ。


ただ、それでも一つだけ、可能性は残っている。

此処に居る自分と奴以外のもう一人の存在を見る。

自分や妻と同じか年下だと思える女性。

ただ、容姿に反して彼女の存在感は老獪さを感じる。

不思議な女性だ。



「…何か、手が有るな?」



そう訊ねると彼女は驚きを浮かべて見詰めてきた。

それ程難しい事ではないと思うのだがな。



「少し前から何度か何かを躊躇っている様に見えた

出来る事は有る…

しかし、安易には出来無い理由が有る…違うか?」


「…傷付き弱っている今の奴ならば封印出来ます

しかし、その為には封印を維持する為の楔が必要で…

その役目には対器だけでは足りません

私達“龍族”は死した後、世界へと還ります…

ですから、楔には…」



細かな部分は判らないが、今は必要無い。

要は長期間、その楔として使える存在が不可欠。

そういう事だ。



「その楔は俺でも出来る事なんだな?」


「…人間なら可能です

ですが、封印の楔と成れば貴男は確実に死にます

それでも、ですか?」


「このままでは俺達だけの話ではなくなる

世界を救う、などと大層な理由は無い

唯、愛する者達を守る為に今出来る最善を尽くす」



覚悟を込めて見詰めると、彼女は一つ息を吐く。



「…判りました

貴男の覚悟に私も命懸けで応えましょう」


「ありがとう」



そう言うと彼女は困り顔で苦笑を浮かべる。

彼女はとっては当然の行動なのかもしれないが。

感謝している。



(すまない、華奈…

産まれてくる子を頼む…)



そう思った時、不意に頭に浮かんできたのは身籠った子供が“娘”だと断言した時の彼女の姿。

熟、“女の勘”とは不思議だと思ったものだ。










 






 想いの儘に歩め、華琳






──side out



少し、ヒントを出し過ぎたかもしれないな。

言ってしまった以上下手に訂正は出来無いから何事も無かった様にしたけど。

その証拠に三人共あっさりクリアしたし。


三人が問題無く対器を引き抜いた瞬間、各々が対器の記憶世界へと入った。

そして、戻って来るまでに要した時間は僅か5秒にも満たない。


故に他の者は判らない。

急に崩れ落ち、両腕で槍を抱き締めて人目を憚る事も無いまま号泣し始めた姿に戸惑うばかり。

仲謀も孟起も普段から共に感情・表情豊かではあるが人目も憚らず泣く様な性格ではない。

寧ろ、その真逆。

絶対に見せないタイプだ。

そんな二人の様子を見れば誰だって軽く混乱する。


その中で唯一、冷静なまま此方を見詰める者が居る。


泣き崩れている仲謀と孟起を両脇に置き、佇む。

全てを飲み込み、平然と、いつも通りの姿で。

しかし、その左頬を伝った一筋の輝きは嘘偽りの無い彼女の本音だろう。

本当に意地っ張りだな。

左手の甲で拭い、一つ息を吐いて意識を切り替える。



「…貴男、こうなるって事知ってたわね?」



人前で泣かされる。

その事を屈辱と感じてか、或いは単なる照れ隠しか。

…まあ、何方らも有るか。

“私、怒っているわよ”と言いたげな視線。

それに対し、苦笑を浮かべ肩を竦めて見せる。

別に皆の前で感動で泣いて悪い事は無いのにな。



「ちゃんと言ったろ?

“継承”だって」



誰も対器を武器としてのみ受け継ぐとは言ってない。

“継承”にも様々有る。

ただ、それは千差万別。

各々の思想や価値観に因り大なり小なり異なる。



「意志・信念・希望・夢…

それら全ての“想い”こそ受け継がれるべき物…

そうは思わないか?」



敢えて判りきっている事を揶揄う様な笑みを浮かべて三人に訊ねてやる。

華琳も、泣きながら立って此方を見る仲謀と孟起も、拗ねた様に──



『意地悪』



──と、笑顔で言う。

けれど、真っ直ぐな双眸が何よりも物語っている。

伝えるべき想いは伝わり、意志は受け継がれたと。

“継承”は確と成った。



芽吹いた後、時を積み重ね生い茂る葉を付ける。

しかし、軈て葉は逝く。


葉は枯れ落ち土と成りて、新たな芽を育む。

糧となりて循環する。


然れど、間違う事無かれ。

命の根幹は血ではない。


受け継がれる意志。

尽き絶えぬ想いの系譜。

それこそが命の根幹。




 孫権side──


彼に出逢って、私は母様を本当の意味で知った。


姉様や小蓮ばかり似ていて私は全然似ていない。

そんな風に思っていた。

威風堂々という言葉が実に良く似合う英傑。

“江東の虎”孫文台。

それが私達の知る母様。


でも、本当の母様は私達が知っていた姿とは違った。

母親として悩んでいた。

女性として苦しんでいた。

それでも私達姉妹への愛は揺るがなかった。

とても繊細て、とても強い素晴らしい女性。

だけど、不器用な人。

実に私が一番似ていた。

それは素直に喜べないけど凄く嬉しく思う。


私の経験した苦悩。

それは違いは有れど母様の想いを知る事に繋がった。

そして、そのお陰も有って今の私が在る。


私にとって彼の存在は既にこれ以上無いという位まで尊く大切な存在。

それなのに、こんな事までされたら、私はどうしたら良いか判らなくなる。



(でも、彼の性格からして否定するでしょうけど…)



飽く迄も翼槍の意志により行われた事。

そう言うのでしょうね。

でも、私達だって氣を扱い色々と理解している。

何よりも、華琳様が言った一言が決め手になる。

彼は知っていた。

裏を返せば、彼から私達に伝える事も出来た。

でも、そうしなかった。

出来無かった、は一見して正しい様に見えるけれど、彼を介しても可能な筈。


敢えて、翼槍等を介しての遣り方を選んだ理由。

一つは私達を驚かせる為。

彼を介した場合には私達は少なからず構えてしまう。

でも、今回の場合は各々を引き抜いて安堵した一瞬に仕掛けられる。

その心が無防備だからこそより強く感じ、響く。


もう一つは単純。

間接的なのは変わらない。

でも、共に在った存在から伝わる方が真実味が強く、疑う事無く受け入れられるからだろう。


私達の知らない真実。

知らない姿。

そして、託された想い。

それら全てが魂を満たし、刻まれてゆく。



(何処までも狡い人…)



私達の心に深く伝わる様に仕組んでいるのだから。

でも、その事を私達は彼に言う事は無い。

無粋だから、ではない。

言葉ではなく行動で。

受け継いた意志を在り方で示していく。

それが私達の返事。



(だから──覚悟してね)



もう、待てない。

私達にも限界は有る。

いい加減正攻法に拘るのは止めにしよう。

押しても引いても駄目なら押し倒して、押しきる。

華奈様達からの助言通り、行動で示す事に決めた。



──side out



意識が逸れた事に因ってか或いは単に落ち着いたのか仲謀と孟起も涙を拭って、話が出来る状態に戻る。


──が、後ろに控えていた勘の良い数名が貰い泣きし少々時間を要した。

まあ、追体験だとは考えが至らずとも仲謀達の母への想いは皆が知っている。

其方ら関係で、という事の推測だろうが。


そんなこんなで全員が話を聞く体勢が漸く出来た。

因みに、華琳達はその間に元の位置に戻っている。



「さて、全員に武具が渡り説明をし終えた訳だが…

言っておく事が有る」



自然と意識を切り替えて、緊張感を持つ一同。

まあ、此処で浮かれ気分で居ようものなら特別補習に御招待だったがな。



「先ず今後は各々の武具に合わせた鍛練に傾倒する

とは言っても、基礎鍛練は変わらず行うけどな」



肩の力を抜かす意味も有り話し方を明るくする。

皆、今日まで着いて来てる以上は基礎の重要性は今更言う事では無い。

一人一人が自覚・認識して実践・継続出来るだろう。



「次に氣に関してだが…

既に個々の技量は高い

普通の戦争だったら、先ずお前達に負けは無い

それこそ兵も策も不要…

ただ暴れてれば終わる」



誉められた事に嬉々とした表情を浮かべて見せたが、後半を聞き何とも言えない表情に変わった。

いや、事実だからな。



「まあ、そんな形の戦争に価値なんて無い

だからこそ基本的に戦争はお前達の将師としての腕が問われる訳だ

個人の武に走るなよ?」



そう言って孟起を見る。



「──って、私ぃっ!?

此処って灯璃か珀花を見る所だよなっ!?」



思わず口調が素に戻ったが直ぐに気付いた孟起。

まあ、現状で注意されたりしないから良いけどな。

気を抜くなよ。

意図を悟って孟起が僅かに頬を膨らませている。



「最後に大切な事を一つ

いいか、決して間違うな

武具は道具に非ず

己が戦友であり半身だ

使おうとはするな」



此処で“何故?”とか思う者は一人も居ない。

きちんと俺の言葉の意味を理解している。



「各々の刃となる武具には固有の意志が有る

そして──“真名”もだ

各々が名を託された時こそ真に主と認められる時…

その事を忘れず、驕らず、精進する様に、以上だ」





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