漆
伯約と入れ替わり前へ出て来たのは文若。
彼女に与えるのは花杖。
一風変わった物ではあるが文若は花杖の見事な装飾に目を奪われている。
その様子に苦笑すると俺の視線に気付いて赤面。
揶揄いたい所ではあるが、今は説明を優先する。
右手で花杖を掴む。
「追加した機能は二つ
流れ的にも判るとは思うが一つは伸縮だ」
ヒュッ…と一振りすると、2m程に伸びる。
そして、先端にある花蕾が花開くと中心から真っ直ぐ長さ50cm・身幅5cm程の半透明な晶刃が生まれる。
「もう一つは晶刃ですか」
「正確には晶刃と晶鞭だ」
言葉に合わせ、刃は伸びて鞭に変化している。
太さは直径3cm程。
ビシィンッ!、と地を軽く叩いただけで亀裂を入れ、その威力を物語る。
「伸縮は最長で3mまで、晶刃は50cmの型のみだが分離して飛ばせる
晶鞭は長さを3〜6mまで調整する事が出来る
…で、この子の元々の能力はと言うと──」
言いながら、自分の正面に光の壁を生む。
「“光壁”を生む能力だ
この光壁は通過する存在を任意に指定出来る
全てを遮断する光壁を生み出す事も可能だ
但し、相応の氣の量を要し維持の為の消費も多い
逆に条件が緩い物は必要な量も維持消費も減る
結晶化する訳ではない為、物理的な強度は無い点には注意が必要だ」
「…あの、子和様
生み出す光壁には大きさ・形状・数等の制限は有るのですか?」
「特には無い
担い手の氣の量が許す限り大丈夫だが、生み出す際の最大範囲は有る
此方も担い手の力量に因り変わるが上限は有る」
「そうですか…」
使い方・使い所を頭の中で想像してるみたいだな。
この子には理論的な思考が必要不可欠だしな。
良い傾向だ。
「一つ、見せて置こう」
自分を囲んで六枚の光壁を生み出し、それを動かして隙間無く接合させる。
「こんな風にして外からの一切を遮断すれば防御だ
なら──」
花杖を一振りし接合を解き文若を囲む様に移動させて再び接合する。
「──こうして内側からの一切を遮断すると?」
一言で理解して息を飲む。
文若だけでなく、皆が。
そう…一方的な蹂躙。
この子の能力は見た目より狡猾だったりする。
接合を解いて光壁を空中で自在に飛び回らせる事で、操作可能な事を示す。
「基本的には面での生成
腕を上げれば瞬間的に立体形成も可能になる」
「頑張りますっ!」
光壁を解除して差し出した花杖を両手で受け取ると、文若が気合いを入れる。
“程々にな”と苦笑しつつ右手で頭を撫でた。
一息吐いて間を置く。
ある意味、本番はこれからだと言えるか。
「…さて、孟起・仲謀──そして、孟徳」
呼ばれた三人は緊張を見せ華琳以外は“…あれ?”と僅かに首を傾げた。
華琳の事情は知らないから無理も無いが。
そんな中、華琳だけ静かに一歩前に出た。
それを見て二人も倣う。
「今、五人に渡した武具は既存の物であり、その力は卓越していただろう
それもその筈、この子達は怪異と戦う為に生み出され使命としてきた存在だ
しかし、永き時の中で得た己が主の血脈が絶えたり、或いは“見限ったり”して人の手を離れた子も居た」
『──っ!』
息を飲んだのは二人。
華琳の場合は違うからな。
母が手にしていた愛槍。
それが姿を消した理由が、見限られた事だとしたら。
そんな考えが、二人の頭を過っている事だろう。
「今迄の他の子達と違い、この子達の前任の主達には子供が存在している
にも関わらず、この子達は俺の元へと集った…
どうしてだと思う?」
三人──正確には二人に、そう訊ねる。
華琳は無関係ではあるが、きちんと考えている。
後ろに並ぶ皆も。
「…“縁”、でしょうか」
暫しの沈黙の後、そう声を発したのは仲謀。
華琳は静かに目を閉じる。
孟起は仲謀の言葉を聞いて納得する様に頷く。
後ろの皆も似た様な反応。
その中で静かに仲謀の双眸を真っ直ぐに見詰める。
普段なら照れてる筈だが、仲謀は全く動じない。
真摯さが伝わってくる。
「何故、そう思う?」
「私は“此処”に在る
…そういう事では説明にはなりませんか?」
迷いの無い言葉。
とても出逢った当時からは想像出来無い姿。
“強さ”を己が内外に宿し意志を示している。
「いや、十分だ」
そう返しながら自然と顔に笑みが浮かんでくる。
その成長が誇らしい。
理由や経緯は有った。
しかし、今と成ってみれば偶然は必然と言える。
俺が最初に出逢った存在が華佗であり、氣を学んで、翼槍を手にした。
その時、既に数多の未来の中から可能性は絞られた。
至る未来は。
更に辿れば華琳との逢瀬も未来を決めたと言える。
結局の所、俺の問いに対し過去にも未来にも納得する答えは無い。
何故なら俺達は“現在”に生きて在るのだから。
その答えもまた現在にしか存在しない。
それが仲謀の答え。
そして、俺達全員の答えと言って間違い無い。
残る三つの包みを傍らへと移動させ、布を取る。
其処に在る姿は三人が知る物と殆んど変わらない。
「先ず、説明をしておく
翼槍は皆も知っている通り氣を糧に炎を生む
追加能力は二つ
一つは柄の伸縮で最長3m最短で30cmになる
剣として扱える様にだ
もう一つは石突きが分離し鎖が出て来る
最長で10mになる」
「…意外と普通ね」
華琳の言葉に二人も皆も、同意する様に頷く。
その反応に苦笑。
「次に矛槍だが、追加した能力は翼槍と同じだ
元々の能力は氣を糧にして水を生み出す」
「水を?」
「炎が焼く様に水は潤す
飲み水にする事も出来る
まあ、最初は飲める物には成らないだろうけどな」
孟起の疑問に答えると皆も感心したが、オチを聞いて苦笑した。
いや、飲料水がどんなのか理解してないだろ。
水なら何でも飲めるなんて思わないでくれよ。
「最後に細剣だな
追加した能力は二つ
一つは大鎌への変形だ」
「私の適性に合わせてね」
華琳の言葉に頷く。
というか、他の皆は華琳は大鎌を使ってる姿しか見た事無いからな。
細剣には違和感が有るかもしれないな。
「もう一つは鞘の方だ
興覇の曲剣の鞘と基本的に同じ仕様だが、氣その物を高める為の物じゃない」
「…司氣の効果を?」
「今はまだ顕現に消費する氣の量も多いが、慣れれば更に減少出来る
それを加味してだが…
この子の元々の能力の事も関係している」
そう言いながら細剣の鞘を左手で掴んで、右手で柄を握って引き抜くと腕を肩の高さまで上げて氣を与え、顕現させる。
『──っ!?』
バチバチッ!、と生み纏う紫色の閃光に驚く。
それは氣を知ったからこそ理解出来る事。
遥かなる高みの一つ。
「…司天…」
誰が呟いたのか。
俺でさえ判別が難しかった色を失った声。
実際には仲達だったが。
ただ、それ程に心を揺らす事なのは確か。
鞘はこの能力を高める為に司氣寄りに特化してある。
「氣を糧に雷を生み纏う
これがこの子の能力だ」
曹家の宝剣として伝えられ“倚天青紅”と名が付いた事は必然なのだろう。
“名は体を表す”の通り、天を倚くは青と紅を従えた紫色の閃きなのだから。
そして、此処に在る事も。
細剣を鞘に戻すと三歩前に進み出る。
これまで俺が動いていない事も有るからか、皆一様に身を引き締めた。
…そんなに緊張や警戒する必要ないんだけどな。
胸中で苦笑しながら地面に細剣を突き立てる。
一瞬、華琳でさえ疑問符を頭に浮かべていた。
行動の意図を計り兼ねて。
しかし、一人だけ驚きつつ緊張の色を濃くした。
──仲謀である。
彼女の思考を肯定する様に両手に翼槍と矛槍を掴み、クルッ…と一回転させると鋒を地面へと突き刺す。
華琳達三人の正面に。
「さてと…先程も言ったが本来ならば、お前達各々の親が亡くなった時、或いは親から継承する筈だった
しかし、理由は有るにせよ継承は起きなかった」
突き放す様な言葉で切り、態と追い込む様にする。
別にただ単に渡すだけでも問題無く出来る。
しかし、これは俺から課す試練ではない。
この子達、各々が内に宿す“遺志”を伝える為。
知る資格が有ると華琳達に示させる為。
故に厳しくする。
「今、此処に有るのは俺の元に、この子達とお前達が集っているから…
ただ、それだけだ」
表情から感情を消し去り、意図を読ませない様にして声の抑揚も無くし、辛辣な言葉を向ける。
この程度で心が折れるならまだ資格は無い。
例え、華琳でもだ。
仲謀も孟起も普段は堂々と振る舞うが精神面は問題を抱えている。
劣等感・罪悪感・喪失感…偉大な母の死が心に翳りを生んでいる。
華琳と仲謀は多少なりとも乗り越えてはいる。
しかし、未だに心の奥底に小さな棘は刺さっている。
それに気付き、抜き去る。
それも自らの意志で。
彼女達に気付かせなければならない。
その為になら、俺は喜んで憎まれ役を引き受けよう。
迷う事無く。
「だからこそ──示せ」
三人の顔を、双眸を順番にゆっくりと見詰める。
その瞳の奥に宿る輝きを、意志を感じ取る。
「この子達に認めさせろ
己が全てを託すに相応しい主は自分である事を
己の意志を、己が存在を、その生を以て」
俺の言葉に三人は息を飲みきゅっ…と唇を固く結ぶ。
その様子を見て後ろ歩きで三歩下がって元の位置へ。
「その手に掴んで見せろ」
最後に挑発する様な笑みを浮かべて言い放つ。
三人は各々の意思で進む。
踏み出すタイミングが全く一緒だったのは偶然か。
或いは必然か。
答えは“其処”に在る。
馬超side──
護り刀を貰い、自分専用の武具を貰える。
その事は素直に嬉しい。
皆の武器や能力には色々と驚きもしたけど。
それでも楽しみだった。
自分の物はどんなのか。
子供がはしゃぐ様な感じで期待を膨らませた。
心を躍らせた。
──けど、一変した。
子和様が残り八人となった所で言った一言で。
浮かれていた気持ちは消え失せて緊張が支配する。
思春達が呼ばれていく中で自分の番が近付く。
その事に対しては期待より恐怖心の方が強い。
──私は大丈夫なのか?
その疑念が消えない。
確かに当時と比べてみても私は強くなった。
でも、それは身体的な方の意味合いで、だ。
精神的には…判らない。
以前よりは随分冷静にして居られる様にはなった。
戦術的にも苦手だった事が出来る様にもなった。
他にも成長したと思う事は幾つも上げられる。
けれど、“強さ”には色々有る事を知ったからこそ、私の中の不安は大きい。
あの時、子和様は言った。
“引き抜く事が出来たなら主と認められた証…
そうでなければ御渡しする事は出来ません”と。
母さんの槍に認められるかどうかは判らない。
というか、“此れだ!”と言える要因が無い。
何を以て認めるのか。
(何を以て、か…)
ふと、考える。
そう言えば、あの時蓮華は“母の意志”を継ぐという話をしていた。
確か…母さんが結婚だ孫だ言っていた事を思い出して訊ねたりもしたっけ。
あの時、私は子和様に対し恩人としては勿論だけど、一人の武人として人として強く惹かれた。
だから、臣従する事に迷う気持ちは全く無かった。
だけど、今になってみると本当は女として惹かれた。
それが一番の理由だろう。
自覚するのは先の事だが。
(判らない物だよなぁ…)
当時の私にしてみれば結婚自体もそうだが、恋愛する自分は想像出来無かった。
それが今はどうだろう。
斗詩の事を“夢見る乙女”だとか思っておいて自分がそうなっている。
文字通り、子和様との事を夢にまで見たりする。
何処かに出掛けていたり、日常の中だったり…その…く、口付け、をしてたり、子供と居たり…等々。
それらを思い出して胸中で苦笑してしまう。
まだ、“そういう事”すら無いのだから。
人の欲、想像は凄いな。




