肆
次に呼んだのは令明。
普段、地味・普通と言って自信が持てない感じだから妙に期待しているな。
まあ、変わった武具を扱うというのも個性だが…
物に頼るのは止めなさい。
後で虚しくなるから。
「子和様には無個性の者の苦悩が判らないんですよ」
「無個性って…何処を見て無個性と言うんだ?
確かに、俺や華琳を筆頭に個性的だとは思うが…
お前だってその一人だろ」
「それじゃあ子和様は私の何処が個性的だと?」
一向に譲らない令明。
こういう変に頑固な所とか十分に個性だと思うんだが言ったら駄目だよな。
「有り触れた言葉で言うと庶民的とか家庭的だな
華琳達が家庭的ではないと言う訳じゃないけどさ
“家庭的”という表現って庶民的な家庭の妻や母親を思い浮かべるだろ?
庶民的ってのは普通だけど没個性じゃない
それは有り触れた個性かもしれないけど、悪い意味や変な意味じゃない
普通が有るから特別・特異という存在を認識出来る
普通とは言わば基礎だ
大事な基礎を蔑ろにしたらどうなるか判るだろ?」
そう言って笑みを浮かべて右手で令明の頭を撫でる。
惚けた様な表情をしていたけれど“誤魔化された”と思ったのか、ちょっとだけ拗ねた様に見上げてくる。
「と、取り敢えず納得した事にはしますけど…
で、でもっ!
私もちょっと個性的に成る事は諦めませんから!」
“判った、判った”と頭をぽんぽんっ…として右手を白い布へと掛けて外す。
さっさと進めないと令明の背後で睨んでるからな。
「これ…槍…ですか?」
「分類的にはな」
其処に有るのは淡い橙色を基調として黒と深緑で蔓の装飾が施された物。
柄は1m、笠状の鍔を持ち1m程の円錐形の槍頭。
所謂、ランスである。
鍔元で直径5cmと細長く、かなり小ぶりだが。
特徴的なのは刃を持たず、刺突が主体となる事。
歩兵・騎馬の何方らにでも運用出来るのも強み。
「一応、突槍と呼んでる
備える機能は二つ
一つは伸縮と膨大化だ
柄は最長で8m、槍頭部は最長で3m、計11m
身幅は最大の直径1mまで5cm毎に変えられる」
「意外に細かいんですね」
「まあな、もう一つの機能と連動してる為だ
で、そのもう一つが──」
そう言って右手で掴み取り氣を込めると、槍頭の先端から鍔元に向けて螺旋状の溝が三本現れ、槍頭部分が鍔から10cm程先端側へとスライドした。
分離はしていないので中の柄が見えている。
変化した突槍の姿。
それは言わば、もう一つの“漢のロマン”だ。
「刮目して見よっ!
これが噂の螺旋衝槍っ!!」
グッ!、と左拳を握り締め右手の突槍を高々と掲げて高らかに叫ぶ。
──が、シーン…と静まり返っている。
…な、何故だ。
「…だから、私達は女よ
判る訳ないでし──」
「──な、何アレっ!
ねえ!、泉里見て見てっ!
アレ格好良いよねっ!?」
呆れた様に否定し掛けたが声を遮りハイテンションで興奮しているのは公明。
判るか!、流石だ公明。
気圧されて唖然としている仲達には悪いけどな。
「…もういいわ」
“判る娘も居るのね…”と言う様に右手をヒラヒラとさせて話を進める様に促し溜め息を吐く華琳。
フフフッ…驚くが良い。
その威力に。
先ずパフォーマンスの為に“影”から切り取って来た巨大な岩石を出す。
それは一辺2mの立方体。
砕いたり、斬るだけならば氣を使えば楽勝。
だがしかぁーしっ!
これは出来まい。
氣を与えると槍頭部分──ドリルが回転する。
ゆっくりとした速度から、徐々に速さを増していくとキィーンッ…と空気を裂き大気を震わせる。
「突・貫っ!!」
掛け声と共に岩石に向かい突槍を突き立てる。
チュィイイイーンッ!!、と音を響かせて火花を上げ、岩石に穴を穿ち、進む。
気流に乗り舞い上がるのは非常に細かく粉砕され粉塵となった岩石。
西暦で2000年を越えた現代科学でも実現不可能な回転域と強度により手には抵抗感は殆ど無い。
それこそ豆腐やプリンでも掘っているかの様だ。
そして、槍頭部分が完全に岩石内に入った所で右手を引いて回転を止める。
ゆっくりと突槍を抜けば、10cmより少し大きい位の穴が空いていた。
周囲に罅割れは一切無い。
それは一点に無駄無く力が収束されている証拠。
無駄な破壊は雑な証だ。
「とまあ、こんな感じだ」
振り向いて笑顔を見せると茫然としている面々。
唯一目を輝かせて見ている公明だけは違うけどな。
「…取り敢えず、斗詩」
「……はい」
「私の監督不行き届きよ
御免なさい」
「いえ…大丈夫です
こ、個性的ですから…
あ、あはは…」
令明に対し謝罪する華琳と無理矢理に笑顔を作るから頬を引き攣らせる令明。
お前達、失礼だな。
凄いんだぞ、ドリルは。
色々と使い途も有るし。
突槍と防具を持ち下がった令明と入れ替わりに前へと出て来たのは伯道。
その武具を露にする。
「…棍、ですね」
視線の先に有るのは右手に持った黒い棍。
金の蔓が絡み付く様に装飾されている。
直径は3.5cm。
特に凹凸は無い八角棍。
中央部に30cm程の握りが有るくらいだ。
特徴的なのは、その長さ。
全長は僅かに1m。
棍としては短い。
「この長さから見て機能の一つは伸縮ですね」
「ああ、最長で5mにまで伸ばす事が出来る
また、握りを除いて両側は直径を倍加させられる」
「直径7cmですか…
威力が有りそうですね」
うん、痛いと思うよ。
でも、細くても十分威力は有るだろうけどね。
「他に二つ機能が有る
一つは、握り以外の全面に刺──突起を造れる事」
説明しながら氣を与え面に直径・高さ2cmの円錐形の突起が一定間隔で出現。
見た目は鬼の金棒。
「この刺は変化しないし、発射したりは出来無い」
そう言うと何故か安心した様に一息吐く伯道。
…今から付けるか。
「もう一つは?」
気付いたのか、話を進めて誤魔化そうとする。
此処で追及しても仕方無いから見逃すけどさ。
覚えとくからな。
「棍の八角面を展開する」
そう言って右手に持つ棍を横へ向けると傘を開く様に棍の先端部分を中心として握りから先側の八つの面が展開する。
すると、傘の様に氣の幕が展開した面の間に生じた。
「こんな風になる訳だ
で、この氣の幕は盾として防御する事も、端の部分で斬る事も出来る
加えてもう一つ、展開中は笠状の部分を握りの所まで上下させられる
この笠状の部分は氣を使い回転させられる
また、展開側の先端を下に独楽の様に回転させた時に反対の先端部分は10cmの足場になり、直径は最小で10cm、最大で1mになる
乗って攻撃しながら移動も出来る優れ物だ」
「…もし、地面に穴とかが空いていたら?」
「残念無念、転けます」
そう言うと伯道は苦笑。
仕方無いでしょ。
というか、そういう地形は自分達で判断して使って。
この子達は武器で有って、サポートロボやメカの類いではないのだから。
「…でも、面白いですね
活かすも殺すも私次第…
既存の戦術が通用しない分可能性を感じます」
「そう言って貰えると俺も造り手として光栄だな
楽しみにしてるよ」
伯道に続いたのは仲達。
その武具を見せる。
──が、それと俺の顔とを見て行ったり来たりする。
「…あの、子和様?」
「何だ?」
「その…非常に言い難い事なのですが…
これは手袋、ですよね?」
「靴下に見えるなら先ずは視力検査からだな」
「…ですよね」
そう言って、仲達は静かに自分の“武器”である筈の手袋を見詰める。
手袋とは言っても一般的に想像する物ではない。
欧州貴族の貴婦人が好んで身に付ける事の多い物。
レースの手袋だ。
長さとしては肘より上──二の腕の半ばに届く程。
とても薄くて、向こう側が透けて見えている。
光の加減で虹色に輝く姿は実に美しい。
しかし、それだけに武器と見るには無理が有る。
「まあ、当然の反応だな」
そう言って苦笑しながら、手袋の片方を取ると右腕の袖を捲り、入れてゆく。
「見た目だと判らないが、主の手の大きさに合わせて自動的に調整される
だから、怪我をしたりして手が腫れてたりしても全く問題にはならない」
そう説明しながら最後まで入れ終える。
すると、手袋はスゥ…と、宛ら腕に同化する様にして姿を消した。
これには流石に全員が全員予想外だったらしく驚きを露にしていた。
その反応を楽しみながら、仲達に右腕を差し出す。
ぱちぱちと瞬きをして俺を見てきたので頷く。
意図を理解した様で右手を俺の腕へと伸ばした。
「…これは…え?…これ…子和様の…肌?」
そっと指先で触れてみたが予想に反して布地の感触がしなくて戸惑う。
しかし、其処は軍師の性。
右手でしっかりと腕を掴み左手も加えて確かめる。
かなり擽ったいな。
「どうだ?、布地の感触は全くしないだろ?」
「はい、全くしません
これは肉体に同化している訳ですか?」
「いや、ただ単に薄過ぎて感じないだけだ
氣を使って確かめてみると存在してるのが判る」
「……確かに…在ります
ですが、これは武器として機能するのでしょうか?」
尤もな疑問だな。
では、説明しますか。
仲達に両手を退ける様にと首を動かして示すと右手を空中で鳥が羽撃く様に軽く動かした。
すると指先から細い虹色に輝く糸が生まれる。
「これは“銀繭絲”という特殊な糸でな
氣を糧として生じる
その直径は最大の1cmから最小は1mmの千分の一まで自在に調節出来る」
右手の指先から伸びている糸を一本指で摘まみ取り、感触を確かめる仲達。
「1mmの千分の一…」
ポツリと呟く。
想像し難いだろうな。
μmは教えてないから。
華琳は知ってるけど。
「ただ、糸の強度は基本は細くなればなる程に弱い
しかし、糸の性質としては蜘蛛の糸と同じだ」
「蜘蛛、ですか…」
「言っておくが自然界では蜘蛛の糸の強度は糸の中で最強だからな
蜘蛛の大きさに合わせると弱く感じるが人の大きさに合わせたら人工的な糸より高性能だと言える」
そう聞いて改めて手に有る糸へと視線を落とす。
実際、1mmサイズの糸ならチタンワイヤーより丈夫で弾力性に優れる。
「…氣での強化を加えれば更に強靭に成りますね…」
ボソッ…と呟く通り。
強靭よりは凶刃だろうが。
「氣と組み合わせれば糸で切り裂く事も出来る
結い合わせれば繭を作って盾の様にも出来る
また、糸は一度に複数でも生成可能で、全てを別々に操る事も不可能ではない」
「切り離してしまうと糸は消えてしまうのですか?」
「直ぐには消えないがな
大体2〜3分は大丈夫だ
糧にする氣の量により糸の強度や持続時間はある程度変化はする
それから生成する糸の数が細く少ない程長く出来る
最長で10km位だ」
それを聞いて考え込むのは既に担い手として最大限に活かす為の行動。
さっきの強度の件にしても其処に思い至るのが早い。
「…子和様、この糸ですが本体の手袋の様に実質的に触れても判らなくする事は可能なのでしょうか?」
「状態を維持する為に氣を消費するが可能だ
ただ、糸自体を細くすればそれだけでも人目に気付き難いだろうけどな
1mmの大きさでも人の目に映り難いし、半透明なのも見難い要因になる
ただまあ、日光や月光等を糸が浴びたりした場合には反射して見付かる事も有る
闇夜や暗闇、森の中とかは先ず見付けられないな」
闇に紛れて、息を潜めて、姿を消して獲物を待つ。
それは正に狩人の技。
「この糸で敵を捕らえて、操り人形の様にする事等は可能でしょうか?」
「…それはお前の氣を扱う技量次第だな」
「そうですか…」
なんて事を考え付くんだ。
可能なだけに恐ろしい。
…あれ?、それ俺に対して使わないよな。
…早まったかな。




