15 新たな一片 壱
曹操side──
今日は一月一日。
新たな年の始まり。
新たな時代への夜明け。
今年は昨年以上に忙しく、大変な一年になるわね。
…まあ、誰かさんの所為で年明け早々大変だったのは過ぎた事だけど。
私にも非が有ったから強く怒れないし。
しかし、我ながら…いえ、思い出すのは止めね。
色々と影響が出そうだわ。
「改めて、新年明けましておめでとう」
そう言って笑う雷華。
今は私邸の地下鍛練場にて全員集まっての日課である鍛練──の前の話。
別に三賀日は休んでもいいのだけれど今は備える為に時間を使うべき。
尤も、鍛練は各々に合わせ質・量を雷華が最適な物に調整しているから効果的で効率的になっている。
無闇に時間や体力等を消費したり疲労を溜めたりする事は基本的に無い。
「皆も感じているだろうが今年は時代が動く
古き時代は過ぎ去り逝き、新たな時代が産声を上げる
当然、曹家は後者になる」
其処で一旦言葉を切って、皆を見回す。
全員に気を引き締めさせる意味も有るが、例の災厄に備えての説明の為。
「しかしだ、動乱・戦争が起こる時には得てして闇が生まれ蠢く物だ
それは暗躍する人間達の事だけではない…
妖等の人外や怪異の類いの事でもある」
「……子和様は…其れ等が動くと御考えで?」
「そうだ、必ず動く」
質問した冥琳の言葉に対し雷華は断言した。
それを聞き私と雷華以外の全員が息を飲む。
まあ、無理も無い事よね。
私だって“実物”は未だに見た事は無いし。
雷華が言う以上、冗談話の類いではない事は皆も良く理解している。
だからこそ、実在する事に緊張しているのよ。
尤も例の災厄だけではなく他にも気になる事が有って言ってるのかもしれない。
結局、肝心な部分は訊けずはぐらかされたまま。
下手に情報を与えて私達に妙な態度を取らせない為の配慮なのでしょうけど。
「…あの、子和様?
私が助けて頂いた時に見た“アレ”はもしかして…」
「ああ、怪異の一種だ
尤も、アレの同類は現在は存在しないけどな」
恐る恐る手を上げて訊ねた葵には心当たりが有る様で顔を青くしていた。
雷華が安心させる様に言い落ち着かせたけど簡単には払拭出来無いわよね。
その為に対処法を教えたりしているのだから。
それと話の対象。
多分だけど、“澱”という存在なのでしょうね。
雷華が全て滅したから既に脅威は無いとしても脳裏に浮かぶ可能性は私を身震いさせるには十分だった。
──side out
あの時は儁乂を騙したが、今回は素直に肯定。
今更隠す必要も無いしな。
まあ、だからと言って態々知らなくて良い事を話しはしないけど。
漢升は記憶に無いんだし。
「人外・怪異の類いに対し最も有効な対処法は氣だ
勿論、基礎的な技法の範疇では厳しいんだが…
今のお前達ならある程度は対応出来るだろう」
「華琳様は御存知で?」
「話としてはね…
実際に見た事は無いから、存在だけは、という所よ
でも、可能性が有る以上は早めに対処法を身に付けて置くべきだとは思っていた事は確かね
だから、雷華があの時点で私達に指導し始めた事には少なからず驚いたわ」
仲達の問いに華琳は小さく息を吐いて答える。
最後の試練で創られた物を相手にはしたみたいだが、本物とは違うからな。
華琳自身も判っているからそう言ったんだろうし。
それに加えて当時の心境を交える事で自分への非難を上手く避けたな。
事実だけに俺としても何も言えないし。
此処は進めた方が良いな。
「数としては極めて少なく滅多に遭遇する事は無い
ただ、人々の負の感情──悲哀・憎悪・怨恨・憤怒…
そういった物が多くなれば引き寄せられたり…
或いは生まれてくる
其れ等はそういう存在だ
其れ等に善悪は無く…
ただ、存在としての意味が違う為に衝突する」
「だからと言って何もせず蹂躙される訳にはいかないからこそ──戦うのよ」
俺の意を汲み、華琳が後の言葉を継ぐ。
それは王として、主として意志を示す華琳の役目。
皆にとって師という立場の俺ではなく、だ。
「まだまだ氣の技法として上が有る事はお前達自身が理解しているとは思う
溺れずに、振り回されず、御せると信じ──」
言いながら“影”を自分の後方にて横に長く伸ばして展開させる。
ぬぅ…と、その“影”から一つ、また一つと現れ出す白い物体を見て皆が驚き、警戒して一歩下がった。
まあ、仕方無いか──って…華琳、お前もか。
何でちょっと身構えてる。
怯えた仔猫みたいだな。
…撫でたいだろ。
って言うかさ、驚き過ぎな気もするんだが。
単に白い布に包まれているだけなんだけどな。
まるで肝試しに使う即席の幽霊みたいに稚拙なんだが現れ方が不味かったか。
得体が知れないって点では不気味ではあるしな。
背後に並び立つ大小様々な白い布の数は四十二。
それらを華琳を含め全員が見詰めているが、眼差しに宿るのは警戒や恐怖の類いではなく──期待。
「──お前達に与えよう
新たなる“力”の一片を」
その想いに応える様に言い両腕を広げて大袈裟に振る舞って見せる。
花の様に咲き誇る歓喜──ではなく、息を飲み緊張に表情を強張らせる。
…予想してたより力を持つ意味を理解していたか。
嬉しい成長だな。
「華琳と軍将陣は前へ」
ザッ…と足音を揃えて一歩前へと踏み出す面々。
その動きに迷いが無いのは慣れか信頼か。
追及はしないでおこう。
左側に並ぶ小さく白い布を人数分、氣を使って浮かべ近くへと運んでくる。
そして“影”を使い一斉に布を剥ぎ取り中へと仕舞い込んで姿を露にする。
現れたのは十四振りの懐刀──所謂、懐剣。
全長は30cm程。
一つ一つ柄や鞘等の装飾や色が異なっているが各々に合わせている為。
しかし、造りとしては全て同じ寸法になっている。
また、柄尻部分には揃いの紫紺の紐で下げられている真紅の晶珠が有る。
「これは“護り刀”と言う厄払いや魔除けの意味から大切な者に渡す物だ
まあ、主に子供が生まれた時等に造り、贈るけどな」
一瞬、華琳以外の表情には驚きと嬉しさが滲んだが、“…なんだ”と落胆した。
お前達も露骨だな。
「主要な武具としてでなく常時携帯し身に付けておく事を前提にした造りだが、切れ味は保証する
懐中時計と同じ様に各々の氣に同調させてはあるが、鞘から抜き放ちさえすれば身内なら誰でも使える様に造ってある」
「非常時等には氣を込めて使える様にね」
華琳の言葉に首肯。
華琳や軍将達ならこれさえ有れば十分だろうしな。
「万が一“他人”が使った場合には鈍の様に切れ味を自主封印する仕様だ」
「銘は有るのかしら?」
「現在、此処に見えている懐剣型を“娜雫”と銘を付けている」
そう答え、護り刀を各々の担い手へと移動させる。
疑う事無く手を差し出して受け取った。
その瞬間、在るべき者──主の手に収まった事により護り刀達が高く澄んだ鈴の様な美しい音色を奏でた。
氣を使える者だけが聞き、知る事が出来る音色。
それが歓喜の声である事を俺は知っている。
あの子達を世に生み出した創造者として。
それが“産声”だと。
自らが存在する理由を得て初めて“命”は宿る。
正しき“力”として。
護り刀を大切に手に抱えて華琳達が元の位置へ戻る。
「軍師陣、前へ」
俺の声に従い歩み出る。
数名、稍緊張している事が丸判りの面持ちだな。
胸中で苦笑しながら右側の小さい包みを浮かべ傍へと運んで来て、布を取る。
現れたのは所謂、羽扇。
羽扇と言えば丁度この時代“三国志”だろう。
諸葛孔明のトレードマークとすら言える品だ。
尤も、この時代・世界ではどうかは判らないが。
周囲に浮遊している羽扇も各々の毛と柄の色・装飾は異なるが、柄尻には懐剣と同じ紫紺の紐と真紅の晶珠が付いている。
全長は40cm程。
柄は懐剣が10cm程に対し15cmと少し長め。
幅は細めだが。
横幅は最大部で25cm程。
指揮棒的な役割も有る為、ある程度は大きさがないといけないからな。
その内の一つを右手に取り皆に見える様にする。
「見ての通り、羽扇だ」
「…鳥の羽根、ですか?
見慣れない形状をしている気がするのですが…」
一番近くで見て居る公瑾が代表する形で訊く。
軍師だから、という訳ではなくて、気付いて当然。
何しろ鳥類の羽根としては形が可笑しいから。
実際には獣毛──狐の尾の様にふわふわのモコモコ。
一本一本が細くバラバラ。
ただ、羽扇の全体像として見ると羽根っぽいだけ。
仮に、鳥の羽根だとしたらどんだけデカイんだって話になるよ。
だって一枚の羽根だし。
少なくとも普通の鳥じゃあない事だけは確かだ。
「羽扇とは言ったが、特に鳥の羽根は使っていない
というか、こんな羽根だと先ず飛べないだろうな」
そう言いながら左手で毛の部分を撫でて見せ、笑う。
手触りは気持ち良いよ。
最高級品質の毛皮のコートみたいだからね。
それを見て軍師陣は苦笑。
後ろの華琳達も呆れたり、苦笑したりしている。
「これも護り刀でな
羽扇型“穂娜”と銘を付けている」
「護り刀…そういう事なら仕込みですか?」
「いや、少し違う」
そう公瑾に返しながら氣を羽扇へと込める。
すると羽根──毛の部分が淡く輝きながら真っ直ぐに集束していく。
『おぉー…』
その様子を見て自然と皆が感嘆の声を漏らす。
こういう反応をされると、造り手としても嬉しいな。
“娜雫”の方は見た目的に普通だったしな。
何かしら特殊機能を付けるべきだったか。
大体、7〜8秒程で輝きは収まって、30cm程の刃の直刀へと変化し終える。
「今は最初って事で実演を兼ねてゆっくり変化させて見せたが、実際には3秒も掛からないからな
慣れれば一瞬で変化させる事も出来る」
そう言って直刀の状態から羽扇へと戻して見せる。
変化させる時に空いている方の手を添えて撫でる様に仕種を加えると錬金術とか神秘的な技にも見えるので実演しておく。
こういうノリも士気を操る小道具になるからな。
「軍師のお前達にとっては懐剣型より此方の方が使い易いと思って変化する様に造ってある
羽扇なら場所・状況問わず携帯出来る
護身用という意味でも手に持っていても怪しまれない物だしな
華琳の分も変化式にするか悩みもしたんだが…」
「その場所・状況が意外と少ないから、ね?」
「そういう事」
俺の考えを理解した華琳の言葉に苦笑しながら頷く。
だって、そんな状況なんて皇帝への謁見くらいだし。
その皇帝は此方側。
仮に懐剣を持っていても、問題にはしない。
それに、いざとなれば俺が“影”に仕舞えば良い。
その場には必ず俺も一緒に居るだろうからな。
「形が変化すると言っても基本的に各々の氣に合わせ調整されているからな
直刀化した後は“娜雫”と同じ仕様と思っていい」
そう言って、羽扇を各々に元へ移動させる。
俺が右手に持っていた分は公瑾の物なので手渡す。
華琳にもしなかった手渡しに対して公瑾を含めて皆が驚き、羨望の眼差しを向け見詰めていた。
公瑾は嬉しそうだったな。
…華琳?、ちょっとだけど妬いていました。
軍師陣が各々の“穂娜”を手にすると“娜雫”同様に“産声”の音色が響く。
何度聞いても良い物だな。
「護り刀は基本的に携帯し万が一に備える物…
逆に言えば、それを戦闘に用いる様な事態を作らず、生まず、陥らずが大事だ
その事を常に忘れない様に心に留めて欲しい」
そう言うと全員──中でも華琳と軍師陣は深く頷き、言葉の意味を噛み締める。
戦場に限らず、政治的にも言える事だからだ。
軍師陣が元の位置へと戻り一息吐いて全員が俺の方に改めて注目する。
先程よりも緊張感も強い。
それは当然の反応。
まだ俺の両側には白い布に包まれた存在が有る。
その意味に気付いた為。
自分達の専用の武具だと。




