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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
19/907

        弐


笑顔で二人に提案する。



「私が彼女の身体を調べ、髪飾りの有無を確かめる

そうすれば、はっきりするでしょう」


「な、何を馬鹿なっ!

やっぱ一緒に持って逃げるつもりなんだろうがっ!?」


「貴男こそ馬鹿ですか?

見知らぬ男に肌を晒す様な真似を強要出来ると?」


「だ、だからっ!

その女が盗った──」


「証拠を調べる為ですよ?

それとも──」



其処で周囲を見回す。



「この中に何方らかの言を肯定或いは証明出来る方は居らっしゃいますか?」



我関せずの野次馬は互いに顔を見合わせる。

だが、誰も動かない。



「つまり、貴男の言葉にも正統性は有りません」


「ぐっ…」



男は苦虫を噛み潰した様に顔を顰める。



「それに、これだけの人が証人です

逃げるのは不可能では?」



周囲から“確かに…”等の肯定の声が上がる。

これで男に逃げ場は無い。



「さて、最後に一つ決めて置きましょうか?」


「あ?、何を?」


「代償です

もし彼女が髪飾りを持っていれば、彼女には然るべき処罰が必要でしょう

ですが、持っていなければ貴男は彼女の名誉を貶めた事になります

当然、貴男には彼女に対し“償い”が生じます

犯人が誰かは別として

ああ、それから…

もし彼女が犯人だった時は私も同罪で構いませんよ」



男は思案する。

だが、今更全てを撤回する事は出来無い。

まあ、“必ず”受けるが。



「…成る程

確かに、その通りだ

で、俺は何を?」


「そうですね…

では、貴男の商品を一つ、彼女に差し上げる…

という事では?」


「……いいだろう」



男が承諾したのを見て女性へと振り向く。



「では、彼方の建物の影に行きましょうか」


「判りました」



素直に従う女性。

進み掛けた所で足を止め、男の方へ振り返る。



「ああ、そうでした

大事な事を忘れる所でした

申し訳有りませんが此方へ来て頂けますか?」



思い出した様に言い、男を手招きする。



「はぁ?、何の用だ?」



男は訳も判らないままに、無防備に此方へ。

それがカウントダウンとは知らずに。



「其処で構いません

あと、其処から動かないで下さいね」


「何のつもり──」


「──死にたくなければ」



男の言葉を遮ると同時に、右手で腰の後ろに有る柄を掴み、逆手に持った曲剣を外套の下から振り抜いた。




 other side──


ヒュンッ…小さく風が鳴り目の前の女性が曲剣を振り抜いていた。


辺りから喧騒が消え静寂が包み込む。


トサッ…と小さく響く音。


誰もが、静寂の中に現れた“それ”に注視する。



「さて…“それ”は?」



女性は男に問う。


男は足下に落ちた物…

無くなった筈の髪飾りへと視線を向け口籠る。



「金銀に翡翠をあしらった蝶と花の髪飾り、ですね」



そう、間違いない。

そして、それは男の左袖の中から落ちた。

女性に切られた所から。


その瞬間、理解した。

自分が騙されていた事を。



「覚悟は宜しいですか?」



沸き起こる憤怒を抑えつつ私は腰に佩く剣の柄に右手を置いて男に近寄る。



「ひぃっ…ま、待てっ!

待ってくれっ!

ち、違うっ!

こ、これは……そ、その…そ、そうだっ!

た、確か騒ぎが起きた時、慌てて仕舞ったんだっ!

いやー、忘れてたなー!

は、はははははっ!」



態とらしい誤魔化し。

二度も騙される訳が無い。


“殺す!”と明確な殺意を以て剣を抜き放つ。



「成る程、そうですか

忘れていましたか

まあ、人間誰しも間違いは有る事です

仕方有りませんね」



──事は出来ず。

女性の左手が、私の右手を抑えていた。



「だ、だよな?

い、いやー、疑っちまって悪かったな

約束通り、好きなの持って行ってくれ」



男は“それで終わりだ”と言わんばかりだ。

あの髪飾り以外には大した物は無い。

正直、全部貰うよりも男の首を切り落としたい。



「どれにします?」


「………お任せします」


「そうですか?、では…」



女性に訊かれ私は無愛想に答えた。

女性は悪くない。

恩こそ有れ、腹を立てる等お門違いも甚だしい。



「それを頂きましょうか」


「…………は?」



女性に例の髪飾りを指され男が呆然とする。



「ちょ、ちょっと待てっ!

これは売り物じゃあ──」


「貴男は言いましたよ?

“この女が俺の大事な商品を盗んだんだっ!”…と」


「そ、それは…」


「それに私は訊きましたよ

“商品が無くなった…

これは確かですね?”と

貴男は“間違いねえよ”と答えました

そうですよね、皆さん?」



女性の問いに周囲が頷く。

男に逃げ場は無かった。



「では、そういう事で」



女性は男の手から髪飾りを取り上げると、そのまま私の髪に付けてくれた。




あの後、男は広げた商品を片付け人目を避けて逃げる様に消えて行った。



「助けて頂きまして本当にありがとうございました」



私は女性に頭を下げる。


今は女性に誘われお茶屋に入っている。

まだ御礼も言っていないと気付いた時には慌てた。



「無事で何よりですよ」



そう言って微笑む女性。

同性で在りながらも思わず見惚れてしまう。

しかし、抱いた疑問が直ぐ我に返す。



「無事で、というのは?」


「あの手の輩の目的は金銭では有りません

“身体”ですよ」


「から…ええっ!?」



思わず声を上げてしまい、周囲の視線を感じる。

多分、顔も真っ赤だろう。

二重に恥ずかしい。



「あの様に揉めてしまえば女性は引っ込みが着かなくなります

その上で、女性が荒立てる事を嫌えば其処で…

持っていないと言い張れば身体を調べる振りをして、持っていた“商品”を然も見付けた様に出す

そうすれば女性は断る事が出来無くなりますから」



淡々と話す女性。

言われてみれば納得だが、当事者となれば必死な為に考えている余裕は無い。

改めて、彼女が居てくれて良かったと思った。



「まあ“同性”としても、あの手の輩は赦せないので胸がすく思いです」


「そうですね」



彼女と一緒に、お茶を飲み笑い合う。

折角だし、昼食に誘うのも良いかもしれない。



「あの、お昼は?

もし宜しければ、ご一緒に如何でしょうか?」


「それは嬉しいですね

ですが、生憎と連れの者と先に合流しないと…」


「それでしたら、お連れの方もご一緒に

この通りの二つ隣の通りに“香旬楼”と言う美味しい料理店が有ります

其処で待ち合わせという事ではどうでしょうか

勿論、私から御馳走させて頂きます」



我ながら、すらすらと案が出て来るのには驚く。

ただ、それ程までに彼女とまだ話をしたい。

彼女の連れにも会いたいし紹介したい人も居る。



「…判りました

貴女のご厚意に甘えさせて頂きます」


「ありがとうございます」



受けてくれた事に感謝。

礑と大事な事を思い出す。



「自己紹介がまだでしたね

私の名は朱然、字を義封と言います」


「私は飛影です」



その後、彼女と別れ、私も自分の“連れ”を探す為に街の中へと歩き出した。


この時、私は私達の運命が変わる事を知らなかった。



──side out



三人の氣を探り辿り着いた宿で事情を話す。

興覇は呆れ、漢升は苦笑、儁乂は称賛という反応。


因みに拾った鷹の雛(雌)は飛雲(ふぇいゆん)と命名。

普段は外套の内ポケットかフード部分に居て氣を使い体温が冷えない様にする。


三人を伴って待ち合わせの店に向かう。



「朱然という名は確か…

呉郡は朱家の一人娘だったと思いますが…

名家の跡取りが一人旅とは驚きですね」


「一人かは判らないが…

かなりの腕前なのは確かだ

俺が止めなかったら、男の首は落ちていた」


「それ程とは…」


「経験不足だけどな」



肩を竦めて答える。


その一方で情報を整理。

漢升の言う事が正しければ“朱桓”の血統になる。


凌兄妹の件にしてみても、色々と相違点が有る。

この程度は些細な事だ。


気になる点は旅の理由。

家や個人に因るか、或いは“他の何か”か。

尤も、今の俺には関係無い疑問だが。



「…綺麗な方ですか?」


「ん?、そうだな…」



不意に儁乂に訊かれ朱然の容姿を思い出す。

背は自分と同じ位。

尻に届く、真っ白な髪。

天然の緩やかなウェーブが只のストレートでも気品を感じさせる。

紺碧の瞳は凛々しいと共に知性を内包していた。



「美人なのは確かだな」


「そうですか…」


「個人の好き嫌いを除いて一般的に見て、だけどな」



そう言って、笑顔で儁乂の頭を右手で撫でる。

身長差で少し不恰好だが。



「食事は楽しく…な?」


「飛影様…はい!」



忠犬の様な儁乂。

興覇は“やれやれ…”と、漢升は微笑ましそうに見て笑みを浮かべる。


他愛のない会話をしながら店の前に来ると既に朱然が待っていた。

その隣には一人の女性。


興覇と同じ日焼けした肌、稍赤味掛かった長い黒髪、朱然との比較から自分より少し背は高いか。

遠目でも光を反射している眼鏡の存在。

佇まいから武の心得が有る事は窺えた。



「お待たせした様ですね

申し訳有りません」


「い、いえ!

私達も着いたばかりです!

そうですよね、冥琳?」



朱然が女性に同意を求め、睨んでいる辺り待っていた事が判る。

本当に申し訳無い。

後ろの三人も苦笑している事だろう。



「此処で話すのもなんだ

中に入ってからにしよう」


「そ、そうですね

ささっ、此方にどうぞ」



連れの女性の言葉で朱然が先導しながら店に入った。




店の奥、個室に通される。

その事から第三者に会話を聞かれたくないないのだと推察出来る。


円卓を囲み席に着く。

席は俺の左に興覇が座り、右に儁乂、その右に漢升。

対面に朱然、その右…興覇の左に連れの女性が座る。



「先ずは御礼を

此度は、私の連れを助けて頂き感謝します」


「無事で良かったですよ」



そう言い頭を下げる女性に笑顔で返す。



「私は周瑜、字を公瑾

此方の朱然とは幼馴染みになります」


「私は飛影

此方から吹雲、黄忠、張任になります」



互いに連れを紹介。


彼女──周瑜は漢升の名を聞いた時、眼鏡の奥に有る知性を感じさせる黄緑色の双眸が鋭くなった。

但し、警戒ではなく此方を見定める様に。


平静を装いながら会話し、彼女の探りを躱しつつ逆に彼女を観察する。



(しかし、周瑜か…

確かに“呉”で繋がってはいるが、幼馴染みとは…

それに“これ”が旅をする理由だろうな…)



ある程度の当たりを付け、会食に意識を戻す。


朱然と漢升・儁乂は会話も弾んでいる。

話題が俺の事なのは無視。

聞かない振りをする。


対して興覇と周瑜は静かに様子を見ている。

敵意こそ無いが、簡単には気を許さない。

なので、仕掛けてみる。



「お二人で旅をされている様ですが、長いので?」



周瑜に話を振る。

朱然に振れば判り易いが、二人の関係を壊すつもりは無いので振らない。



「ああ、もう半年になる」


「それは“凄い”ですね

今でこそ皆が居ますが私は一人でしたので…

少し、羨ましいですね」



敢えて時間を強調する事で此方を“格下”に認識させ油断を誘う。

また先に此方の情報を出す事で無意識に同じ話題への警戒を緩和させる。



「私は見物を広める為に、旅をしているのですが…

お二人は?」


「…私達も同じだ」



そう答える周瑜。

だが、僅かに間が有った。

それは別の理由が有る事を如実に物語る。

戦場ならば陽動の可能性も考慮するが今は不要。

また氣に揺らぎも見えた。

動揺した証拠だ。

故に確信する。



「そうですか…

私はてっきり──」



態とらしく、けれど、然り気無い笑顔を浮かべながら周瑜を見詰める。



「貴女の抱える“病”が、理由と思いましたが?」



そう言った瞬間、周瑜達が驚愕した。

同時に、場が緊張に包まれ空気が凍り付いた。




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