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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
189/915

        玖


不意に私を包んだ熱。


しかし、血特有の温かさもヌルリとした感触も無い。

それは人肌の温かさ。

抱き締められている感覚。

でも、雷華とは違う。

今までに感じた事の無い、でも知っている感じ。

矛盾した不思議な感覚。


死に際し、反射的に閉じた目蓋の向こう側には確かに誰かの気配が在る。


ゆっくりと開いた目蓋。

そして、双眸に映ったのは意外過ぎる姿。



「…わ、私?」



それは良く知る私自身。

瞳の色も確かに私の物。

正直、訳が解らないけれど私を助け、守った。

それだけは確かな事。

私を左腕に抱き締めながら右手で大鎌の刃を掴み取り止めている。

その大鎌を持つ彼女ですら何が起きているのか解らず只茫然としている。



「──今、諦めたな?」


「──っ!?」



有り得ない筈の事。

その声は確かに私の物。

けれど、その口調──否、言葉は“雷華”の物。

私が死を享受した事に対し咎める者は唯一人だけ。

だから、間違い無い。

状況的には全く判らないがそれだけは断言出来る。



「な、なんで…

一体どういう事なのっ!?

どうして貴男が此処にっ!?

それも私の身体でっ!」



動揺しているのは彼女も。

敵に説明を求めるなんて、普通では考えられない。

手の内をペラペラ喋るのは余程頭の緩い者か、或いは絶対の自信を持つ者。

または、その情報が虚偽や“撒き餌”の場合。

そうと頭では判っていても訊いてしまうのはある意味仕方が無い事。

相手が雷華なのだし。

尤も、私の方は驚きよりも別の理由により冷静になり落ち着きを取り戻した。



「刃と鞘が対で有り揃いて初めて剣と成り得る様に、魂魄もまた然り…

引き合っても不思議は無い事だと思うが?」


「そうだとして、どうして“貴男”がその身体を使い此処に居るのよっ!?

可笑しいでしょっ!?」



その疑問に対しては激しく同意するわ。

…ただ、出来ればこのまま先程の件を有耶無耶にしてしまいたい。

だって、絶対“お説教”と特別補習が有るもの。

何方らも遠慮したいわ。


そんな私の心境を他所に、話は進んでゆく。



「有り得ないよな?

でもな、それ以前に絶対に有り得ない事が有ったら?

そして、それ故に別たれた魂魄が引き合ったとしたらどうだろうな?」


「だからそれは──」


「もう一つ、此処には在る筈なんだがな?」


「──っ!?」



バッと敵を前に隙だらけで彼女は振り向いた。

祭壇の上──雷華の身体を封じた結晶へと。




別たれた魂魄。

それは確かに二組在る。

私と雷華の物だ。

故に、各々が引き合っても理屈としては判る。

まあ、そんな事が起きたりしない様に創られていた筈なのでしょうけど。



「で、でも!、それだけで貴男が私の身体を使える事にはならないわ!」



そうよね、全くだわ。

どういう事なのかしら。



「言ったろ?

刃と鞘は対存在──陰陽の関係と同じだ

男と女、しかも互いに命を背負い合う関係なら二人の繋がりは深く、強い

何よりも、誰よりも…

俺達は互いを理解している

信頼している

互いを拒む理由など無い

故に可能な訳だ

こういう事がな」


「くっ…」



読みが甘かった。

そんな次元の話ではない。

理由を聞けば納得せざるを得ない気持ちになる。

それは女としての歓喜。

逆らい様の無い本能。

ただ、私とは違って彼女は素直に受け入れられない。

仕方の無い事よね。



「だがまあ、安心しろ

これ以上の手出しはしない

それじゃあ試練の存在が、全てが無意味になる」



そう言うと右手に掴む刃を内側へ軽く捻る。

たったそれだけの動作だが彼女は危険を察知して柄を手放して後ろへ飛び退く。

それは正しい判断。

もし、そのまま握っていた状態だったら右腕は肘から捩じ切られていた。


此処で“何をする”なんて考えたり言ったりするのは思慮が足りない証拠。

雷華は“これ以上は”とは言ったけれど、どの行動が最後かは明言していない。

私を助けた事なのか。

或いは、もう一つ何かして最後なのか。

勝手に判断していたのならそれはその者自信の責任。

浅慮の一言だ。



「さて、俺は本体の中から観させて貰うか…」



そう言い足元に向け右手を振り大鎌の刃を突き刺す。

丁度、柄が掴み安い位置に来ているのは流石ね。



「解ってるとは思うが…

“二度目”は無いからな」


「っ…ええ、解ってるわ」



スッ…と目を細めて静かに怒気を孕んだ視線と声。

嗚呼、やっぱり見逃してはくれなかったわね。

…もう、良いわ。

覚悟を決めて、開き直って逝きましょう。



「──だが、内容如何では相殺も考慮しよう」


「観ていて頂戴っ!

きっちり片を付けるわ!」



“ったく、現金な奴だ”と言う様に苦笑して、左手で私の頭を撫でる。

触れ合い、繋がる温もり。

自分に撫でるという奇妙な体験の後──別たれた私の魂魄は輝きの中で融け合い一つと成った。




──しっくりくる。


その一言が全てを表す様に自分の感覚が確かになる。

仮の器ではなく実の器。

魂魄が揃うだけでこれ程に違うとは思わなかった。


でも、それだけではない。

消耗した筈の体力・氣共に完全に回復している。

肉体の疲労も消えた。



「…身体が変わったから、という事かしらね」



或いは誰かさんのお節介。

ああ言ってても意外な程に過保護な一面が有るし。

愛されている証でもあり、擽ったいけれどね。



「…結局、差が無くなって振り出しに戻ったわね」



消えた──恐らくは結晶の中の自分の身体に戻ったと思われる雷華の存在に動揺していた彼女だが、静かに一息吐いて落ち着いたのか私を見据えて言った。



「振り出し?

それは違うわね」



そう切り返すと彼女は眉を顰めて怪訝そうにする。

ええ、そうでしょうね。

私が彼女の立場だったら、同じ様に思う筈。

体力・氣が完全に回復し、疲労も無くなった。

其処だけを見ればお互いに万全の状態なのだから。

でも、そうではない。



「貴女は私の写し身…

正確には、この部屋の中に入った時点での私の能力や知識・記憶・性格等を基に最善の状態で現れた…

でも、それは闘いの最中で成長した私には劣るわ」



真っ直ぐに見据えながら、断言してみせる。

勿論、自信の有る推測。



「…ふぅ…やっぱり、今の邪魔は痛かったわね

もう少しで貴女を消し去り私が身体を手に入れる事が出来たのに…」



そう言って苦笑する彼女。

しかし、既に無意味。



「もう必要無いわよ」


「…どういう意味かしら?

何が必要無いと?」



不可解そうな体を装うが、私には通じない。

今の私には彼女の思考など手に取る様に判る。



「言ったでしょ?

貴女は“私”なの

“別の世界”の曹孟徳とか言っているだけ…

いえ、そういう“役目”を与えられているから此方を揺さ振る様な言動をして、真実から遠ざけていた」


「面白い仮説ね

でも、確証は有るの?」



挑発的な笑みを浮かべて、そう訊き返してくる。

我が事ながら本当に負けず嫌いな性格をしているわ。

大人しく認めない辺りとかそっくりよね。


でも、そうでなくては。

此処で大人しく引き下がる様では私ではない。

何より──面白くない。

その顔が敗北に染まる所を私は見たいのだから。





「司氣を使えるのに敢えて使わなかったのは“私”が使える事を知る証…

もし、貴女が“別の世界”から来ているのだとすれば私が司氣を使えるか否か…

知る機会は無いわ

だって、私は一度たりとも“此処”では使っていない

仮に、私に関する情報等を読み取れたとしても貴女に出来るとは思えないわ

出来るのなら…あんな風に訊く事も無いわよね?」



雷華との会話。

予期せぬ事だからこそ出た僅かな綻び。

けれど、それは決定的。



「それに随分と子和に対し信を置いていたわね?

まるで言動に疑う余地など無いと言う程に…ね

“別の世界”の曹孟徳は、そんなに軽いのかしら?」



実に安い挑発だと自分でも思うけれど効果は有る。

だって“私”だもの。

自分がどんな事に対して、どう反応するか。

良く知っている。



「…はぁ〜……ったく…

締まらないバレ方ね」



大きく溜め息を吐きながら敗北を受け入れる。

これ以上は長引かせるだけ自分が恥を晒す事になると判っているから。

浮かべた苦笑が台無しだと物語っているわね。



「ああ、言って置くけど、貴女が司天を使った時点で私は気付いてたわよ?

貴女だって、そうなる事が判っていたからこそ最後の一度のみにしていた…

そうでしょ?」


「…ええ、その通りよ」



司天は扱える時点で異常と言える技術。

少なくとも雷華と直接的な関係を無くして使えるとは私には思えない。

“異世界”という可能性も否定はしないけれど…

其処まで都合良く私と同じ能力や技を持つ存在を喚び寄せられるとは思えない。

というか、それが出来るのだとしたら試練の施行者は自分自身で選定した上で、喚び寄せているでしょう。

冷静に考えれば意外な程に単純な虚言と誘導。

けれど、それを気付かせず最後の一手寸前まで行った彼女を誉めるべきね。

流石は“私”だわ。



「…なら、もう“真意”に気付いているのよね?」


「…己の限界を超える

でも、それは表向き

本当に必要だった事…

本当に試されていた事…

それは“二人”を信じて、貫き通せる不動不断不滅の“唯一無二の絶対”…

そして、決して生きる事を諦めない強い意志よ」


「…もう話す事は無いわ

さあ、舞いましょう

但し、簡単に勝てるなんて思わないでね?」


「当然よ」



絶対に勝てる、なんて事を言うのは油断であり慢心。

絶対に勝つ。

勝つ為には惜しまない。

必要なのは勝利への渇望と──生への飢え。




氣を練り、高め、纏う。

静かに対峙する中で彼女が右手に掴んだのは大鎌。

…やっぱり、武器は自由に造り出せたのね。

壊されても再度同じ武器を使わなかったのは私に対し“条件”や“拘り”の様に思わせる為でしょう。

その必要が無くなった今、最も得意な武器を選ぶのは当然と言える。



「──哈っ!」



先に仕掛けたのは彼女。

容赦の無い一撃は右斬上で首を狩りに来た。

思考しながらも冷静に刃で受け流し、軽く後ろへ向け上体を反らしつつ、右足を前に滑らせる。

柄を傾け、石突き跳ね上げ突っ込んできた彼女の顎を狙うが、大鎌を振り抜いた勢いと流れに逆らわず右に身体を傾けて回避。

此処から互いに一回転して打ち合う──という展開が脳裏を過る。

多分、彼女も同じ。


でも、私だけは違う行動を起こしていた。



「──っ!?、ぐっ…」



──ドンッ!、と無防備な彼女の背中に対して左膝を打付け流れを断ち、体勢を崩した所に右足の裏の氣で地面に張り付く様に止まり維持した体勢から彼女へと刃を振り下ろす。



「──貫けっ!」



跪く様に崩れ落ちた彼女の足元から幾つもの氷の刃が突き出し──身体を穿つ。



「油断した──っ!?」



振り向き、右肩越しに私を見て彼女が北叟笑む。

しかし、それは次の瞬間に驚愕へと変わる。


氷が貫いた筈の私の身体は全く血を流す事は無く──ユラユラと揺れて霞む。



「──陽炎、或いは蜃気楼と言えば判るでしょ?」


「──っ!?」



そう言うのと同時に彼女は此方へと振り向いた。

──その瞬間、私の右腕が音も無く彼女を貫いた。



「…し、司天の…纏、装…

そう…なの、ね…

…あ、貴…女は…先に…」


「ええ、至ったわ

全ては…貴女のお陰よ

貴女は“私”の複製だけど施行者から付け加えられた役目が有った…

それは既に似て非なる者…

貴女は“私”ではない

でも、仮初めの存在だったとしても貴女は確かに居た一人の“曹孟徳”よ

貴女という存在は消えても私の糧となり生き続ける

貴女に会えて良かったわ」


「……─────……」



消え行く光の中で囁く。

それは私だけに届く想い。

私が刻み込む輝き。


遠くで何かが砕け散る音と白む世界の中で思う。

私は生き抜くと。




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