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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
186/915

        陸


雷華の偽者との戦闘を始め幾つかの敵を倒した。


確か昔“ゴーレム”だとか雷華が言っていた土造りの巨人が居たり、中身の無い全身が鎧だけの動く兵士、巨大な顎と牙を持つ植物、紙で出来た蜂の大群…

到底自然には存在しないと思われる物ばかり。

唯一植物だけが可能性的に有り得る位だと思う。

その間間には御丁寧に罠が用意して有った。


氣・体力の消耗は少なくはなかった。

また二時間程休息をとって回復を試みたが、予想より体力が戻らなかった。

多分、理由としては戦闘を行った事で私の身体自体が活性化している為。

精神的には落ち着いても、熱を帯びた身体は簡単には冷めないもの。

悪く言えば溜まった鬱憤を晴らす事が出来る事に対し気分が高揚しているから。


それでも普段の八割程度は残っているから十分。

動きに支障は出ない。

ただ、懸念としては戦闘が長引いてしまう場合。

今の所、どの敵も物理的に攻撃して倒せたし、無駄に体力も使う事は無かった。

寧ろ体力は罠で削られたと言っても良いだろう。

忌々しい事だわ。


ここまでの道程を振り返り思う事は有る。

出来るだけ気にしない様にしているのだけれど。


何時まで続くのか。

何れだけ試練が有るのか。

その限りは見えない。

全容や目的を暗示する様な手掛かりも無い。



「向こうではどうしているのかしらね…」



今頃は別の空間・別の道を進んでいるだろう雷華なら多少は予想が付いているのかもしれない。

或いは手掛かりが無い事を是としているか。

その場合は多分、私と同様気にしない方向で居る筈。

気にしたら切りが無いし。



「…というか、本物の妖もこの程度なの?」



雷華から教わっている氣の使い方をする事は此処まで一度も無かった。

単純な強化や発勁の一撃で事足りている。

しかし、そんな筈はない。

でなければ、雷華が私達に教える事はしない。

雷華は私達が“其方ら”に関わる事を望んではいないのだから。

備えなければ後手に回る…いや、取り返しのつかない事態・状況になると考えた末の結論だった筈。



「…想定域が違う?」



もし、この試練の施行者と雷華の想定する敵の強さに大きな誤差が有るとすれば対抗に必要とする力量にも差が生じる。

その可能性は有り得る。



「…まあ、推測はどうあれ結局は最後まで行かないと何も確証は得られない事に変わりはないわね」



考えずには居られないのは性分だけど、今は考えても始まらない。

必要なのは進み続ける事。

ただそれだけよ。




長い通路の先。

暗闇の中に点として見えた光は近付く程に大きくなり出口である事を示す。

ただ、これまでは必ず扉が有ったが今回は無いらしく少しだけ疑問に思う。

もしかしたら終わりが近い事の表れかもしれない。


暗闇から踏み入れた瞬間、その眩しさに視界が白へと一瞬染まる。



「…これは…」



戻った視界に映った景色は今までと雰囲気が違った。

横幅は20m、高さ5m、奥行きは凡そ50mは有る縦長の大きな部屋。

奥へ導く様に室内の両側に直径が1m程度の石造りの円柱が十三本ずつ立ち並び最奥には見た目祭壇の様な物が窺える。

神聖とか、厳かとか…

そういう雰囲気が部屋全体から感じられる。


ふと、違和感の様な感覚に振り返って見ると今通って来た筈の道が消えており、全く継ぎ目の無い壁だけが最初から其処に有った様に存在していた。



「最後、という事かしら」



これ見よがしな祭壇とかもそう受け取れる。

どの道進むしか無いのだし私の勘違いだったとしたらそれだけの話。


祭壇へ向かって歩く。

一歩、一歩、また一歩、と足を進める中で此処までの道程が脳裏に浮かぶ。

それは“走馬灯”の様で、少しだけ縁起が悪い。

…まあ、漸く最終目的地に着いた事に対して感慨深く感じているとも言える。

正直に言って微妙よね。

雷華と再会したあの日や、結婚式の日なら判るけど。

この件に関して言えば寧ろ始まりなのだから。

全てはまだ、これから。

その為の試練。



「…ん?──っ!?」



近付いた祭壇の上に何かの結晶の様な物を見付けた。

氷か水晶か…その中に影を見付け凝視し──反射的に駆け出していた。


祭壇に駆け上がり、結晶を前にして呼吸は乱れる。

激しく脈打つ動悸は走った事に因る物ではない。

精神的な要因。



「…どういう事よ…」



結晶の中の存在を見詰め、右手を結晶へと触れる。

冷んやりとした感触だが、氷とは違う。

水晶等の鉱物とも違う。

氣を流してみるが結晶には無意味なのか素通りして、中の存在へと向かう。

それにより目の前の存在は確かに“本物”と判った。



「…う、嘘よね?

こんなの…冗談にしたって笑えないわよ?」



そう言ってみるが返る声は無かった。



「…何か言いなさいよ?

ねえ──“雷華”っ?!」



感情のままに結晶に右手を叩き付けた。

結晶の中で眠っている様な雷華は何も言わない。




結晶内に存在しているのは間違い無く“本物”だ。

それは氣を使った識別方法でも証明された。



「そんなに乱暴にしたら、壊れちゃうわよ?」



誰も──私以外には居ない筈の空間に響く声。

注意する様な台詞だけれど声音は揶揄う様に軽い。

そして、軽薄な印象が私を苛立たせる。

聞こえた声の位置からして真後ろに居るのだろう。

ただ下手に氣を使って探る真似はしない。

相手に手の内を晒す事にも繋がるからだ。



「あれ〜?、無視なの〜?

何々、御機嫌斜め〜?」



──ドバゥンッ!!

轟音を響かせ“女”の居た場所が弾け飛び、甃に穴を作った。

我慢出来ず、右手に集めて作った氣塊を振り向き様に投げ付けた結果だ。

…余裕で躱された事からも相手の力量は計れる。

あの偽者の比ではない。

それだけで冷静になる。



「お〜怖、もしかして〜…八つ当たりとか?」


「…取り敢えず黙りなさい

その喋り方、耳障りだわ」



そう言いながら顔を上げ、声の主を睨み付ける。

“やれやれ…”と肩を竦め嘆息する女。

挑発しているつもりなのが今ならはっきりと判る。



(少し…取り乱したわね)



此方も一息吐く。

冷静になった事で目の前の現実を分析し始める。


先ず、結晶の中の雷華。

これは確かに本物。

しかし、中身は無い。

これは雷華の本当の肉体。

当初、私達が現実に在ると考えていた魄。

“魂だけを”抜き取るのは難しいと雷華は言った。

それならば、魂魄を一緒に取り込み一時的分割したと考えれば可能性は上がる。

恐らくは雷華の方には私の魄が囚われている筈。


次に謎の結晶。

氣を無視──完全透過する存在など有り得ない。

意図的に透過したのでない以上は、だけど。

少なくとも自然環境下には存在しない事は確か。

何かしらの術によって生み出された存在だと思う。

“壊れちゃうわよ?”とか言っていたが壊れる事など有り得ないから揶揄う様に喋っていたのだろう。

物理的な破壊は不可能。

氣は通じない。

なら、方法は一つだけ。


最後に目の前に居る女。

これは間違い無く敵。

それも結晶の“鍵”を握る或いは、その物だろう。

つまり、私が倒さなければ雷華の身体を取り返せないという事になる。

此処に来て漸く最高に私を遣る気にさせてくれる。




闘志を胸に秘め静かに女を見据える。

私より黄色味の濃い金髪、深緑色をした双眸。

体躯は蓮華が近いか。

歳は……関係無いわね。

改めて見ても覚えは無い。


すると、そんな私を見詰めスッ…と目を細めた。



「ふ〜ん…その様子だと、もう気付いたんだ?

流石って言うべき?

それとも…“愛の成せる”とかって言われたい?」


「別に何でも良いわよ?

どうせ“他人”には何一つ理解出来無いから」



そう言って女の挑発を軽く往なした上に遣り返す。

ええ、別に何と言われても痛くも痒くも無いわ。

でもね、言われっ放しって私の性分じゃないのよ。

遣られたら倍返し。

或いは倍以上で、ね。



「…可愛くないわね」


「あらそう?

まあ、私は夫以外に興味は無いし、“百合”の趣味も生憎と無いのよ

他を当たって頂戴」



“しっ、しっ…”と右手で払う様にして“失せろ”と暗に示す。

誰に対して“口で喧嘩”を挑んだのか。

思い知らせてあげるわ。

尤も…受ければ、だけど。



「きぃいぃーーーっ!!!!」



癇癪を起こし地団駄を踏み怒りを露にする女。

その態度を見て先程までの言動を踏まえると私の中で良く似た存在が思い当たり少しだけ気分が悪くなる。



「…いえ、寧ろ好都合ね」



ふと、閃いた。

現実に於いては“アレ”をどうこうするのは雷華から禁止されている。

しかし、“此処”でならば対象外と言っても良い。

幸いにも多少似ているし、そう見ようと思えば何とか見えなくもない。



「…あ、あれれ〜?

な、何か凄〜〜く、背筋が寒いんですけど?」


「そうかしら?

季節外れの真夏日と思える位に私は“熱い”わよ」



ええ、本当に熱いわ。

今も尚、腹の底で煮え滾る尽き果てぬ“想い”が私を駆り立てる。

衝動が、欲求が、感情が、突き動かす。



「今のって絶対“暑い”と違うわよねっ!?

“あつい”違いよねっ!?」


「さあ?

そんな些細な違いなんて、どうでも良いでしょ」


「どうでも良くないっ!

て言うか、アンタその気は無いって言ってよねっ!?

何その漸く獲物を見付けた腹を空かせた猛獣みたいな獰猛な目付きはっ!?」


「言い得て妙ね

だったら…判るわよね?」


「判りたくないけどねっ!?

あーっ、もうっ!

成る様に成れーーっ!!!!」



追い込まれた賊徒の様な、自棄になり突っ込んで来る姿を見て口角を上げる。

さあ、楽しませて頂戴。




戦闘が始まって約五分。

戦況としては私の方が圧倒していると言える。



「くっ…このっ──って、ちょっ、危なっ!?」



一人喚き叫ぶ女を他所に、私は着地して少しだけ女と距離を取った。


右脚の左側頭部への蹴りを躱して反撃仕掛けた所への背面で左脚の踵を振り上げ顎を狙った一撃。

並みの相手なら今の攻撃で仕留めるには十分。

しかし、女は躱した。

それも一度ではない。

攻撃自体を全て防御・回避している訳ではない。

明らかな止め──つまりは“致命傷”だけを女は躱し続けている。



(矛盾しているでしょ?)



女は術により造り出された存在と考えて良い筈。

つまり“生物”では無い。

なのに、生存本能と言うか危機感知能力と言うか。

女は私の必殺の殺気にだけ素早く反応している。

改めて思い出してみれば、一番最初に氣塊を投げた時にも殺気は出ていた。



(殺気を感じ取れる存在は必ず“生きている”…ね)



それは単に生物的な意味の生命活動を指しているだけではなく、対象に自我──心や精神が有る事を言う。

例えそれが造り物の器でも確かな自我が有るのならば“生命”と呼べる。

そう雷華は言った。

だとするのなら、女が私の攻撃を躱す理由になる。



(ちょっと厄介ね…)



心の溜まりに溜まっていた憂さを晴らす為にじっくりいたぶってから殺るつもりだったけど…興醒めね。

というか、八つ当たりでは晴れそうに無いわ。

遣ってみて判った。

やはり根元に対してでしか晴らせない様ね。


一つ、大きく息を吐く。

身体──頭に溜まっていた粗悪な熱を消し去る。

そうする事で、昂っていた神経が冷め、狭窄に陥った思考が正常に戻る。


それを見て感じ取ったのか女は少しだけ安堵する様に大きく息を吐き──身体を僅かに弛緩させた。



「──っ!?」


「──遅いわ」



僅かに生じた隙。

私は懐へと静かに、疾く、音も無く入り込み最小限の動作で右の貫き手で心臓を正面から貫いた。

その僅かな隙を見逃す様な“緩い”鍛えられ方なんてされていないのよ。

戦場では一瞬の気の緩みが致命傷に成る。

その事を実戦形式で何度も嫌と言う程痛感している。

先程までの“駄目”な私と違い過ぎた事が勝因なのは複雑だけれどね。




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