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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
185/915

        伍


さて、態々私の過去の中で何故“この部屋”なのか。

私の部屋にしても沛の家、下積み時代の僚、現私邸を建てる前の城内の部屋…

他にも幾つか有る。

その中で、これを選んだ。

当然理由が有るだろう。



「まあ、一つとして私への嫌がらせ──心理・精神的揺さ振りでしょうけど…」



その意味では効果覿面だと言っても良い。

…認めるのは悔しいけど。

それだけが目的なら実物を偽物でも用意すれば良い。

その方がより確実な罠。

そうしていない事から見て下手に破壊したりすれば、手掛かりを失うのだろう。

つまり、これは謎解き。



「…記憶から再現するなら“間違い探し”と言った所かしらね…」



それなら“彼処”で雷華に散々遣らされた。

瞬間記憶・複合情報処理・並列思考等々…技能開発の一環としてね。

そのお陰で身に付けた事は本当に役立っている。


部屋の中を一通り見回して記憶に無い物が有るのかを確認して行く。


結果としては全て記憶内に合致している。

但し──



「これは時期が違うわ」



そう言って右手を伸ばした先に有るのは一組の茶杯。

それは祖母から譲り受けた形見とも呼べる品。

手にした時に、確かに私は洛陽に居た。

けれど既に孝廉に上がった頃で屋敷は商家の僚にした後の事になる。

つまり、この部屋の中には存在しない筈の存在。


右手が茶杯に触れた瞬間、茶杯は光の塊となって弾け部屋の中から消え去る。

少し遅れて、地震が起きた様に室内が揺れた。

だが、周囲に存在する筈の品々からは物音一つしない事から異質だと判断。

軽く身構えていると寝台が天井に向かって床ごと迫り上がっていく。



「…無駄な程に手が込んだ演出だわ」



迫り上がった寝台の下には地下へと続く階段。

山を下り、縦穴を落下し、更に地下へ。

ずっと下がりっぱなし。

気を付けないと無意識内に“正解の道=下り”と錯覚してしまいそうね。



「…もし、間違っていたら何処が動いたのかしら?」



それは何気無い疑問。

そして知的好奇心。

怖い物見たさだと言っても間違いではない。

逆に天井の一部が下がって上りの階段が現れたのか。

或いは壁の一部が倒れたり割れたりして階段や通路が現れたりしたのか。

想像は膨らむ。



「雷華なら…造れそうね」



終わったら訊いてみよう。

それに上手く言──いえ、運用すれば訓練になるし、ちょっとした名所にしたり出来そうだもの。

“遊園地”とか言う名前の遊技場が有るそうだし。

そういうのも有りよね。





「…くっ…こんな形で氣を消費させられるなんて…」



壁に背中を預けて座り込み休息を取る。

自慢では無いが宅の中では雷華と結を除けば総氣量は一番だったりする。

制御の為の修練以外では、疲弊する事は無かった。

それなのに、こうも容易く消耗した自分が情けない。

そんなつもりはなかったが何処かで慢心していた。

そういう事なのだろう。



「…それを自覚出来た事は良かったけれど…」



そうなった要因が嫌だ。


昔の私の部屋を抜けた後、地下へと延びる螺旋階段を降りて辿り着いた部屋には大小・形・色が様々な石が溢れており、中央に台座が一つ存在していた。

台座には“我、望むは石”とだけ刻まれていた。

これは石と意志とを掛けた私への“問い”で石は別にどれでも良かった。

重要なのは石に氣と意志を込めて台座に置く事。

そうして壁の一部が下がり開いた下りの階段。


それを進んで行くと突然、段差が消えた。

足下に存在していた石段は凹凸の無い斜面に変化。

前のめりに倒れ掛けたが、両足の裏に集約させた氣で張り付く事で難を逃れた。

──と、一息吐き安心したのも束の間、背後で何かが落下した様な轟音。

そして近付いてくる音。

警戒して身構えていた私が背を向けて走り出したのは仕方無い事でしょう。

雷華が言っていた冒険物の物語の遺跡等に有る王道と呼べる罠。

転がり迫る巨大な岩球。

別に止めたり破壊する事は簡単なのだけど。

それによって“鍵”を失う可能性を考慮し、逃走する事を選んだだけ。

その結果は──正解。

落とし穴という訳ではなくぷっつりと途切れた通路。

そして僅かだが路の下部の幅が狭くなっていた。

破壊していたら氣を使って進まなければないない所。

其処からは岩球の上に乗り進んで行った。

…ただね、ちょっと皆には見せられない姿だったわ。

移動しながら気落ちしない様にするのが大変だった。


その後も罠、罠、罠、罠、罠、罠、罠、罠、罠、罠…

うんざりする程罠だらけの大歓迎を受けながら進み、苛ついて罠を壊したりして無駄に氣を消耗した。

一回二回なら大した事ではないのだけれど。

塵も積もれば山と成る。

地味に、地道に、巧妙に、少しずつ使わされたのだと消耗を自覚して気付いた。

本当、施行者は良い性格をしているわね。




ゆっくりと瞼を開け意識を四肢へと巡らせる。

異常は…無い。

両手両足にもしっかり力が入っている。

二時間程の休息を取る事で消耗した氣は概ね回復。

体力も多少は回復、精神も落ち着きを取り戻した。


氣は残量が多い程回復する速度は早くなる。

仮の肉体と言っても私達に不利には出来ていない様で普段通りに出来た。

体力を回復させる方法等も現実なら有るのだけど…

流石に“此処”では無理。

それでも、回復していないよりは増し。



「さて…行きましょうか」



立ち上がって衣服に付いた埃を払って通路の先へ向け歩き出す。



「それにしても…やっぱり時間制限はないみたいね」



元々無いだろうとは予想を立てていた。

先ず、此処までの道中。

明らかに無駄が多い。

とても時間制限が有るとは考え難い。

次に雷華と別々な事。

それはつまり異なる特殊な空間に居る事になる。

各々の居る空間内の時間が共有・同調しているのならそれを示す何かが有る筈。

何より、個別に試している時点で時間制限が有るなら最初に提示しないと全てが無意味なのだから。


そう結論を出したと同時に通路の先に扉が見えた。



「次はどんな部屋かしら」



ここ数部屋は何れも罠。

正面な試練や仕掛けは無く人を揶揄う様な物ばかり。

そろそろ試練らしい部屋が来そうな気がする。

そんな期待を胸に秘め扉をゆっくりと開けた。



「…広いわね」



扉の先に有ったのは広さが直径20mは有る円筒型の高さ5m程の部屋。

足元は剥き出しの土。

四方の壁には一定の間隔で石柱が立っている。

規模的には宅の方が大きいけれど鍛練場に似ている。



「いえ、何方らかと言えば闘技場かしら…」



“コロッセウス”とか言う古代の奴隷闘士が戦ったと聞いた場所の様だ。

尤も、天井は無かった筈。

雷華の造って見せてくれた物には、だけれど。


中央へ向かって歩いて行く途中、背後で扉が閉まる。

既に慣れてしまっている為危機感は感じ無い。

焦燥感も無い。

ただ、慣れてしまった事に危うさを自覚する。

受け身──後手に回る事を是とし過ぎだと。


──と、部屋の中央辺りに白い煙が立ち籠めた。


周囲に火の気は無い。

風や空気の出入りしている場所も見当たらない。

地面からの噴出でもない。


ならば、これは術の類い。

そう考えて身構えた。




ユラリ…と白煙の中で影が揺れるのを見付ける。

姿は定かでは無いが人型をしている。



「──ゴホッ、ゴホッ…

一体何なんだ…」



その声に思考が止まる。

聞き間違える筈など無い。

私にとっての唯一無二。

私が私で在る為には絶対に必要不可欠な存在。


──何故?

何故、此処に居るの?


陽光を思わせる白金の髪。

血の様に深いのに炎の様に鮮やかな輝きを放つ双眸。

初見では先ず、男だなんて思われない美麗な容姿。

私の大切な半身。


ねえ──“雷華”?



「ゴホッ…ん?、よお」



いつもの飄々とした暢気な自由気質の彼らしい声音と笑顔で右手を上げる。

私もそうだけど“此処”に来た時点で身に付けていた戦装束に身を包む彼。



「…どうして此処に?」



しかし、此処に居る理由が思い当たらない。

だから、訊ねる。

古人曰く、“聞くは一時、聞かぬは一生の恥”と。



「俺にも何が何だか…

煙に巻かれて気が付いたら目の前に華琳が居て…

もしかしたら此処がゴールなのかもな」



そう言いながら歩み寄り、周囲を見回す。

まあ、見回しても目を引く様な物は何も無いけど。



「もしも、そうだとしたら随分と呆気無いわね」



そう言って一息吐く。

その言葉を聞いて苦笑し、私の前で立ち止まる。

そんな彼に対し私は笑みを浮かべる。



「──ああ、そうだったわ

貴方に一つ言っておく事が有ったのよ」


「ん?、何を──っが…」



氣を纏わせた右手の手刀で彼の心臓を貫く。

やはり、血は出ないわね。

本当、良く“出来ている”ものだわ。



「許可無く真名を呼ぶ事は例え皇帝でも、殺されても文句を言えない…

“此方”の世界の住人なら常識な筈よね?

見も知らぬ者が勝手に私の真名を呼んだ罪…

死んで償いなさい」



そう言って右手を抜いて、掌底──とまでは行かずに単に軽く押す。

それだけの事で彼の身体は後ろへとよろける。

たった一撃。

少なくとも本物の雷華ならそんなに弱くはない。

私の不意打ちを貰う真似も有り得ないしね。



「…な、何故…?」



そう訊ねる彼の姿は透けて向こう側が見え隠れする。

どうやら一撃──もしくは致命傷を与えれば終了する仕組みらしい。



「本物なら得体の知れない煙を吸い込む様な初歩的な過ちは犯さないわ

常に注意深く、用心深く、それでいて大胆不敵…

それが私の夫、曹子和よ」



そう答えると納得したのか偽者は笑みを浮かべながら空気に溶ける様に消えた。




偽者を処断して一息吐く。

偽者だとは判ってはいても最愛の者を手に掛ける事は精神的に影響する。

痛みと言うよりは憤怒。

或いは嫌悪や憎悪。

仕掛けた者に対する感情が沸き起こるから。



「…ふぅ……全く、本当に良い趣味をしてるわ」



別に姿を似せただけの者を殺す事に躊躇いは無い。

数百・数千居たとしても、私達は迷わず刃を振るう。

私達は姿で互いを認め合い惹かれている訳ではない。

…まあ、容姿が無関係とは言わないけれど。



「…尤も、雷華なら相手に合わせて十分に遊んでからその者に絶望を味合わせて殺すでしょうね」



残忍・残虐・狡猾なんて、気にもしないでしょう。

私やあの娘達の姿を弄んだ事に対する憤怒が全て。

万死を以て償わせる。



「試練としては最愛の者を手に掛ける覚悟…

或いは真偽を見抜けるか…

そんな所かしらね」



あの咳き込みは意図的。

そうでなければ、何かしら違う形で、真偽を見極める為の鍵を与えた筈。

もし、別の扉から私に少し遅れて入って来ていたなら偽者と判っていても確証を得るのに時間が掛かったと思わなくもない。

実際に成ってみない事には難しい事ではある。

まあ、真名を呼ばれた時に感じた異常な嫌悪感だけで十分だと言えるわね。



「雷華以外の男から真名を呼ばれるなんて最悪ね…」



子供は別にしてもね。

今回は老若男女不明だし、抑実在する者でもないから後には引き摺らないけど。


そんな事を考えていたら、部屋全体が大きく縦に揺れ始める。

一瞬、壁際に移動しようか考えて悩む。

壁を支えにすればある程度良い体勢を保てる。

しかし、壁が崩落する事を考えると微妙。

大した事では無いが。

それなら、このまま立って居ても同じ事。

そう結論を出し、両足には力を入れ過ぎない様に気を付けながら体勢を保つ。


三十秒もしない内に揺れは収まり、身体を──いや、部屋全体を浮遊感が襲う。



「部屋が…浮いてる?」



落下しているなら私自身は天井側に居る筈。

だから、上に向かって上昇していると思う。


五分程して、ガコンッ…と音を立てて部屋は止まり、壁の一角が左右に割れると新たな通路が現れた。




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