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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
184/915

        肆


山を下り、森を進み続けて凡そ二時間。

漸く目的地に到着した。

疲れなど、この程度で出る柔な鍛えられ方をされてはいないわ。


道中の“妖擬き”の襲撃で倒した数は優に百体を越え数えるのも面倒になったが恐らくは三百近い。

しかし、氣を使う必要性は一度も無く、単なる異形の動物と言った感じ。

意味が有ったのか不明。


森自体は普通だったし。

特別注目する様な点は無く良く生い茂っている程度に思っただけ。


ただ、それも今は思考から排除されている。

その理由は一つ。

目の前に聳え立つ存在。


見た感じ、高さは10m、横幅は20m程。

外観の造りも私の記憶内の物とも合致する。

但し──



「………どうしてかしら?

神々しい筈なのに“下品”だと感じてしまうのは…」



そう言って見詰める前には鬱陶しいばかりに輝く金。

金ぴかのピラミッド。

見た目通りに総金造りならとてつもない富を生む。

仮に外観──外壁部分だけだとしてもだ。


それなのに…どうしてか、私の中では価値観が大幅に下がっている。

…いえ、判ってはいる。

判ってはいるのだけれど…認識したくない。

考えたくない。

連想・想像したくない。

それが正直な気持ち。



「……悪趣味ね」



別に総金造りが悪趣味だと言う訳ではない。

いえ、個人的には悪趣味と思うのだけれど。

“誰か”の事を思わせて、非常に不快になる。

今直ぐにでも、粉々にして消し去りたい。

…遣っても良いかしら。 ああ、でも私の心理を読み仕掛けられた罠の可能性も無い事はない。

“自分を写す”のだから、当然と言えば当然。

そうやって誘発させる事も十分に有り得る。



「……ふぅ〜〜〜………」



取り敢えず、深呼吸。

一旦、思考と胸中の中から溜まった邪念を吐き出す。

今は制止してくれる雷華が居ないのだから自制。

此処で我を見失うようでは並び立つなど夢のまた夢。

何より、足を引っ張る事になってしまう。

それは絶対に嫌。

妻として、恋人として──何より“私”として。

決して赦せない。



「…さてと、立って居ても仕方が無いし、中に入って見ましょうか」



鬼が出るか、蛇が出るか。

不安や恐怖という気持ちは好奇心に飲み込まれる。

自然と口許に笑みが浮かび“未知”へと対する歓喜が心身を高揚させる。


目の前に有る金色の扉へと両手を伸ばし、触れたまま中へと押し開いていく。




古い建物──その中でも、長年に渡り密閉されていた場所の様に、扉を開けると内側から外へと流れ出した空気が年月を感じさせる。

冷たく湿った黴臭い風。

思わず、右手の袖口で鼻と口を被う。

向かい風になっているが、目はしっかりと正面へ向け注意を怠らない。

其処までは大きな気圧差がなかったのか、一分もせず空気の流れは止む。

或いは正面入り口の部屋の空気だけが、入れ替わったという事だろう。



「無駄に凝ってるわね…」



しかし、“此処”は創造し用意された空間。

“長年の密閉”なんて先ず可笑しい。

単なる演出なのか、或いは何かしら意味が有るのか。

または、そう思わせる事で思考を誘導する気か。

現時点では断定出来無い。


扉を潜り、先へと進む。

3m程中に入った所で扉がキキィィー…と音を立ててゆっくりと閉じた。

開けた時は無音だったのに何故閉まる時は木製または錆び付いた金属製の扉風に音を出すのか。

訳が判らない。

…考えるだけ無駄なのかもしれないわね。


一息吐いて気を取り直し、周囲を見回してみる。

縦横15m、高さ5m程の広さの石造りの部屋。

柱等は無く、特別目を引く物も無い。

外観との比較から考えると同じ階に他の部屋は無い。

有るとすれば上か下。



「──の筈だけど…」



階段は愚か、扉も無い。

念の為に入って来た扉へと近付いて確かめてみるが、開く様子は無い。

というか、扉自体内開きで内側には取っ手も無い。

完全な一方通行。



「…閉じ込められた──は無いわね」



現状だけを見ればそうだが閉じ込める理由が無い。

雷華と一緒に居る場合や、時間制限が明確に有るなら意味は有るけれど。

少なくとも、そういう事は有り得ないと思える。



「となると…」



もう一度、今度は壁際まで近付いて確認して行く。

指先で壁に触れ、足の裏で床を叩き、目を凝らす。

触覚・聴覚・視覚で細かく注意深く観察する。

本の僅かな見落としさえも無い様に集中して。



「──?」



──と、指先に違和感。

足を止めて違和感の有った箇所を見詰める。

見た目には判り難い。

しかし、本の1〜2mmだが凹みが有る。

ゆっくりと、慎重に指先で凹みをなぞり全体像を探り把握していく。



「…これは…龍かしら?」



少し簡略化された感じだが蛇の様な身体に四つの脚、頭の角、背鰭らしき部分を確認する事が出来た。




今、自分の居る位置は壁の四分の一程の所。

そして、この壁面には今は目の前の凹みだけ。



「…四神かしら?」



干支だと一面に三体は姿が刻印されている筈。

なら、四方の壁と数的にも合致する四神の方が有力と言えるだろう。

尤も、一通り確認してから結論は出すけれど。


そのまま壁を調べて行き、一周したら次は足下を順に調べて行く。

大体、一時間程だろうか。

予定した範囲は調べ終えて最初に見付けた凹みの前に立っていた。



「可笑しいわね…」



調べた結果、見付けられた意味が有りそうな部分──というか、他とは異なった部分は此れ一つだけ。

干支でも四神でもない。

別の何かだろうか。



「…氣を流して見るのが、手っ取り早いけど…」



雷華とは違って、私自身はこういう事には不慣れ。

経験値に差が有り過ぎる。

罠の有無や起こり得る事に対しての判断が劣る。

故に、普段──これまでは雷華に任せてきた。



「失敗も、してみなければ経験には成らない」



良い結果ばかりを求めても成長に繋がるとは限らず、悪い結果から省み学び取り成長する事は多い。

向上を持つ事は大切。

けれど、良い結果ばかりを望んで行動する事は本意を見失う事になる。

故に恐れず踏み出す勇気を持って臨む事が大事。



「出たとこ勝負ね」



偶にはそういう選択をする事も悪くは無い。

今は王でも当主でもなく、只の曹孟徳なのだから。


凹みに右の掌を重ね合わせ氣を流して行く。

凹みを埋めるかの様に氣が溜まっていくのを感じて、仕掛けとしては正しい事を理解する。

この結果がどう出るのかはまだ判らないけれど。


容器が一杯になった様な、そんな感じで凹みへと流し込んでいた氣が溢れた。

其処で氣を止めて一歩だけ後ろへと下がる。



「……………?」



しかし、五分待ってみても凹みの周囲や室内に変化は見られない。

視覚的にも、氣的にも。

まあ、氣の方は雷華の様な精度の域にはまだまだ修練しないと無理だけれど。



「…もしかして、まだ何か必要なのかしら?」



こういった仕掛けや操作が一つだけだとは限らないし複数の複合の可能性も十分考えられる。



「…凹みはそのままね」



状態を維持している事から考えると、それ自体は良いという事でしょう。

だとすれば、追加で何かを遣る必要が有る筈。



「…妥当なのは、押し込む事かしらね」



そう呟きながら再度近付き右手で凹みの有る所を奥に押し込む様に押した。




重い、抵抗を感じるけれど同時に僅かにズレた事にも気付き、更に力を込める。

──と、急に軽くなって、5cm程沈んで止まった。


──ォン、ガゴンッ!


壁の奥の方から響いて来る音に数歩後退りした。



「──え?」



──と、足場が急に消えて身体が後ろへと倒れる。

僅かに右へとズラした目の端にぽっかりと床に空いた縦穴が映る。

即座に捕まろうとするが、時既に遅し。

手の届く範囲には掴む様な場所は無かった。

雷華みたいに空中を蹴って移動する技量は無い。



「…ああ、そう言えば確か言ってたわね

“遺跡の凹みは落とし穴”だって…失念してたわ」



落下するままに身を任せ、静かに呟く。

こういうのを“御約束”と称する事も思い出す。



「…その他大勢と一纏めにされるのは癪だけど…

この有り様で何を言っても負け惜しみにしかならないのよねぇ…」



小さく溜め息を吐きながら全身へ氣を巡らせて強化し落下の衝撃に備える。



──ィイイ…ズザザンッ!!


風切り音の後、着地。

その際の衝撃により空中に土煙が舞い上がった。


大体、十分程だったか。

長い落下だった。

その割りに接地した衝撃が小さかったのは造り上げた者の意図に因ってなのか、或いは“これ”の所為か。



「絶っ…対にっ!

この試練の施行者は此方を馬鹿にしているわよね!?」



怒鳴っても誰が応える事も無いと判っていても兎に角言わないと気が済まない。



「あーっ、もうっ!!

砂塗れじゃないのっ!」



身体中がジャリジャリして気持ち悪いし鬱陶しい。

こんな事で氣を無駄に使う事になるのは嫌だけれど、我慢出来る事でもない。

身体と衣服等から砂だけを氣を使い弾き落とす。


そう、辺り一面に存在する砂漠の様な砂こそが衝撃を吸収し、緩衝材になった。

しかし、だ。

硬い地面や甃の方が増しと思ってしまう。

だって、どんな衝撃にでも耐える自信は有る。

氣を使っての攻防でもない限りは、ね。


残る砂と埃を叩き落として蟻地獄の様に成った底から抜け出す。


周囲を確認して見る。

頭上には暗がりの中にだが確かに天井が見える。

落ちてきた穴は見当たらず扉の様な場所も無い。

これも術の効果だろう。

円筒型の部屋は石の外壁と砂ばかり。

その一角、少し砂より高い場所に小窓の様な感じで、通路が有った。




見付けた通路へと登って、その中を進んで行く。



「妙に回りくどいわね…」



率直に、という印象は全く感じられない。

もし、自分がそういう風に仕掛けるとしたら、理由は一つしかない。

単純に対象を試しているのではなくて、自分の求める域にまで至らせる。

その為の内容になる。



「災厄、ね…」



それは、それ程の存在だと暗に語っている。

雷華の言う“歴史”上での二つの大きな波。

それとは無関係だと現時点では言えない。

けれど、其処で何かしらの動きは有る。

そう感じている。

多分、雷華も同じ様に。



「…だからこそ、私達にも氣の使い方を教えている」



確証が無いからと動かずに後手に回る、後悔する事は私も雷華も良しとはしないからこそ動く。

備え有れば憂い無し。



「秘密主義も大概ね…」



それでも、何らかの情報を握っているからこそ雷華は“最適な対処方法”を教え身に付けさせている。

想定している事態が脳裏に存在するからこそ、ね。



「…っと、着いたわね」



考え事をしている間にも、次の部屋へと到着する。

入った部屋は今までの造りとは違っていた。

私の良く知る建築様式。

──いえ、知っている程度ではない。



「洛陽で使っていた曹家の屋敷の…私の部屋?」



そう、確かに私の部屋。

けれど、有り得ない。

何故なら洛陽の屋敷は現在曹家傘下の商家で働く者が下宿する僚になっている。

僚にした際に内装は勿論、一部の間取りを変えた。

その中に私の部屋も有る。



「…私を“写す”とは言えこれは悪趣味だわ」



部屋自体を再現した事には思う事は無い。

しかし、この頃の私自身を思い出させる事に対しては苛立ちを禁じ得ない。



「…本当にね…人の神経を逆撫でするのが上手いわ」



沸き起こる衝動。

目の前の全てを破壊して、施行者を殺したい。


──己を律してこそ。


脳裏に浮かぶ雷華の姿。

大きく息を吸い込んで止めゆっくりと長く吐き出す。

頭に上った血と熱を下げ、冷静さを取り戻す。



「取り敢えずは目の前ね」



でも、機会が有れば絶対に施行者に教えてあげるわ。

誰に喧嘩を売ったのか。

その代価が如何程なのか。

たっぷりと、ね。




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