参
念の為、自身と華琳を氣で診てみるが異常・変化した様子は見当たらない。
周囲にも残滓は無し、か。
「…“王”の意識・認識が皆に反映される術の類いの可能性は?」
「無いとは言えないが…
必要性が見えないな
今回の件の意図する内容が解らないし…」
「それもそうね…」
アレは何だったのか。
情報が少な過ぎて判断する所まで至れない。
「もし、これが試練の一つだとしたら他の二組の所に同じ様に、あの木版が存在している可能性が有る
今から行ってみて確認して来ようと思う」
「…大丈夫なの?」
巻き込まれる可能性を考え心配そうに訊ねる華琳。
自分達の場合には光だけで済んでいるのが現状だが、それだけとは限らない。
“六道の試練”とは違って“王”が直接関わってくる形式である以上、第三者に影響が全く無いとは断言は出来無いだろう。
「出来る限り近寄らないで観察はする
それに…既に終わっている可能性も有るしな」
「…はぁ……何を言っても無駄でしょうね
貴男の立場でなら私だって同じ様にするわ
大切な伴侶にどんな影響が出るのか判らないままでは気が気ではないし…
完全な解明は不可能でも、何らかの影響の有無だけは確信が出来るだけの情報を集めないと落ち着かないし納得出来無いわ」
止めても無駄。
似た者同士だから判るし、理解もし合える。
さらっと惚気が混じる辺り本気で心配している事にも気付いてしまうが。
嬉し恥ずかし、だな。
「それで、何方に先に行くつもりなの?」
「当然、孫策の方だな
劉備の方は寧ろ“失敗例”としての情報を期待してる
俺達と状況・状態が違えばその可能性が高いからな」
「自業自得ね…」
そういう風に悪い意味での評価を確定される事に対し華琳の辛辣な一言。
まあ、事実だから悪いのは劉備と北郷だし、困るのも基本的に二人なんだが。
他人事では有るが、情報を得られるという点では是非役に立って欲しい物だ。
「出掛けてる間に皆の事を気を付けて置いてくれ
出来れば皆に…そうだな…“何か変わった事は?”と然り気無く振って、訊いてみてくれると助かる」
「貴男が戻るまでに全員は難しいでしょうけど…
出来る限りの範囲で上手く遣ってみるわ」
「十分だ、頼むな」
「気を付けてね」
そう言う華琳に見送られて部屋を後にし、屋根の上に跳び乗ると荊州に向かって疾駆した。
孫策side──
あの賊退治以降、袁術からくだらない用件を言われる事も無く平穏な日々が続き少しだけ退屈している。
良い事なんだけどね。
賊退治と言えば祐哉。
ささっと賊を倒して二人の所に駆け付けて見れば──祐哉が場を指揮していた。
ちょっと離れた所の斜面を恐る恐る下ってる穏の姿が見えたから間違い無い。
アレには正直驚いた。
私よりも少し遅れて遣って来た祭も驚いていた。
だって、加勢する必要とか無い位の一人前の指揮。
しかも殆んど終局寸前。
邪魔するのも不粋だと思い終わってから合流。
──した途端、私達を見て気が緩んだのか気絶した。
反射的に抱き止めたから、怪我は無かったけど。
それから丸二日眠って──今朝漸く目を覚ました。
尤も、人生で初めての戦、そして“殺人”に因る心の戸惑いに嘔吐した。
仕方無いわよね。
祐哉の住んでいた世界では其処まで身近な事じゃないみたいだし。
それより最後まで心を奮い立たせて皆を指揮していた事の方が評価出来る。
…格好良かったしね。
まあ、病み上がりって程の事じゃないけど気分転換になればと思って、現在街に連れ出していた。
「──手前ぇ等其処を動くんじゃねえっ!!
一歩でも動いてみろ!
このガキを殺すっ!」
「ひぅっ!?」
──んだけどね。
何でこうなるのよ。
目の前に居るのは商人風の剣を持った男と人質にされ喉元に剣を突き付けられた薄い桃色の髪をした少女。
成り行きとしては──
二人で街に出る。
二人きりなので少し嬉しく気分も上々。
ちょっとだけ、お酒を飲み更に楽しくなる。
露店を覗いていたら少女が祐哉に打付かった。
助けを求められ、人拐いと奴隷商の根城に踏み込み、一網打尽にする。
其処へ戻ってきた人拐いの頭目が少女を人質に取って逃げ出す。
追い詰めて、料理店に逃げ込んで立て籠る。
──で、現在私が対峙中。
少し下がった位置に兵達も控えている。
勿論、孫家の兵達がね。
(手っ取り早く殺したいんだけど人質の娘が邪魔だし危険なのよね〜
まあ、祐哉には何か考えが有るみたいだから待ってる訳なんだけど…
そろそろ我慢の限界よ?)
「待ちなさい!」
そう声を上げて兵達の間を通って顔を出した祐哉。
しかし、その格好は町人と変わらない庶民的な服。
防具も武器も身に付けずに無防備な事この上無い。
一体、どうするつもりなのかしらね。
「何だ手前ぇは!?」
「私は孫策様に仕えている文官の一人です
今日は非番の為、この様な格好ですが立場的には私は上から数えた方が早い、と言って置きましょう」
仕えてはいないし文官でもないけれど、立場的な点は間違ってはいない。
表向きには存在しないが、内部では確かに上の立場。
だから、まるっきり虚言を吐いてはいない。
「だからなんだっ!?
妙な真似したら──」
「──私の方が人質として価値が有ります
ですから、その娘と交換に私が人質になりましょう」
そう言って両手を挙げるとその場でゆっくりと回り、丸腰だと男に見せる。
その際、祐哉が此方を向き目が合った瞬間だ。
それだけで理解した。
態々服を着替えて来ている祐哉の狙いを。
「………良いだろう
だが、其奴等を下がらせろ
誰も近付けるな」
「判りました」
祐哉が此方を向き頷くと、私は兵達に右手を動かして下がらせる。
同時に、自分も下がりつつ祐哉の背後に移動する。
男の“死角”へ。
「ゆっくり歩いて来い」
男の指示に従って、両手を挙げたまま祐哉はゆっくり近付いて行く。
狙うは一瞬。
私は右手を兵士から借りた直剣の柄へと置く。
「そこで止まれ!
そのまま後ろを向いてろ!
絶対に動くなよ!?」
用心深い男だ。
しかし、人質を二人も取る真似は出来無い。
なら、必ず少女を手放し、祐哉を捕まえる為に行動を取る必要が有る。
その僅かな隙が好機。
男が祐哉に近付いて行き、右手の剣を少女から退かし左腕に捕まえていた少女を此方に向けて突き出した。
──今だ!
右足で地面を蹴って前へ。
祐哉は私を見て倒れ込んだ少女を守る様に覆い被さり同時に私の道を空ける。
祐哉の背を足場に低く跳び右手で直剣を抜き放つ。
「っ──っぉごぅ…」
男が声を上げる前に直剣の鋒が男の喉を貫いた。
僅かに苦しむが、だらりと両腕が下がり右手から剣が滑り落ち、頭を垂れる。
男の死が剣から伝わる。
「ふぅ…祐哉、無事?」
「ああ、大丈夫…
怪我はしてな…い?」
起き上がりながら、庇った少女にそう訊ねる祐哉だが表情が驚きに変わる。
はだけた服から覗く胸元は見事な真っ平ら。
「は、はい…あ、あの…
“僕”、喬婉と言います…
有難う御座います」
少女じゃなくて少年、ね。
見た目だけだと誰が見ても間違えそうな位だわ。
世の中広いわね〜。
助けて保護をした喬婉──真名は孝汰──に事情を聞いて、取り敢えず穏に任せた。
祭は子供に好かれるけど、接し方が難しいから嫌だと言って断ったし。
まあ、その気持ちは私にも判らなくはない。
「──で、これは?」
「孝汰が御礼にってくれた
何でも山賊達から逃げてる途中で拾った物だってさ
自分が持ってるよりはって言ってたよ」
「ふ〜ん…」
私は机の上に置かれている汚れも無い木箱を見る。
あの男達に捕まっても特に持ち物を調べられたりしてなかったのね。
敵が間抜けなのか、孝汰が運が良いのか。
「取り敢えず開けたら?」
「俺が?」
「だって、これって祐哉が貰ったんだし」
「…まあ、雪蓮が良いなら開けるけど…」
そう言うと祐哉が蓋を開け中身が露になった。
有ったのは何か奇妙な絵が彫られた木版。
「…何これ?」
「いや、俺に訊かれても…
こういう古美術品とか昔の文化遺産的なのって、俺は価値とか判んないし…
雪蓮は当主、良家の姫でも有るんだから俺よりは多少詳しいんじゃないの?」
「私もさっぱりよ」
姉妹の中なら…蓮華かな。
祭も無理だろうし。
穏は良家の出身なんだけど特殊な体質だしね〜。
宅の面子には不向きね。
「ん〜…この真ん中のってウロボロスだよなぁ…」
「?、それって何?
天の世界の生き物?」
「生き物って言えば生き物ではあるけど…
想像上の生き物だから実在してはいないよ
“無限蛇”とか呼ばれてるゲームや小説・漫画とかに出て来る怪物だな」
「…これが怪物、ねぇ〜…
私には単なる蛇の絵にしか見えないんだけど」
何方かって言うと、祐哉の言ってる事の方が好奇心と興味を引くのよね。
暫くの間、木版を見詰めて祐哉は考え込んでいる。
待っている方としては暇で仕方無いんだけど。
「何を考えてる訳?」
「…意味の判らない絵だと思って何なのかなって…」
「裏に何か有るかもよ?」
そう言いながら手を伸ばし木版を持ち上げて裏返す。
──前にバラバラになる。
「………えぇ〜っと…」
「あ〜…見た目以上に古い物だったみたいだな…」
そう言って、木版の破片を摘まみ軽く力を入れ砕ける様子を見せる。
「雪蓮の所為じゃないから気にするなって」
「ん…ありがと、祐哉」
取り敢えず、片付けないと仕事も出来無いわね。
──side out
「──という感じで木版は崩れて終わったな」
「劉備の方は?」
「行った時には既に残骸が捨てられてたよ
因みに劉備の方のを回収し調べてみたんだが…
単なる木片というか木屑、塵芥に等しい物だったな」
「…どういう事?」
両手を上に向け肩を竦めて“さっぱりだ”と示す。
氣も術も痕跡は無し。
“失敗”だとすれば当然と言えるのかもしれないが。
「結局の所、今回の一件は意味不明のままだな」
「…解る時が来るのかしら
正直このまま判らないのは気分が悪いのよね」
その気持ちはよく判る。
尤も此方から解明する事は不可能だろうけど。
「これが“予備段階”なら適切な時が来れば、な」
「…それもそうね」
そう言って一息吐き思考を切り替える華琳。
「で、喬婉の事は?
本人や孫策陣営への接触は出来無いでしょうけど…
二人には伝えたの?」
「ああ、喬婉が無事な事と孫家に保護された事はな
しかし、聞いてはいたけど本当に見た目には女の子で吃驚したな
…他人事とは思えないのが複雑な所だけどさ…」
「将来は女誑しね」
“それはどういう意味だ”と異を唱えたいが、否定が出来無いので飲み込む。
でもな、その一人目は誰か先に考えような。
「今は仲謀もそうだけど、下手に繋がりを悟られたり出来無いからな
理解し我慢して貰うさ」
「…まあ、仕方無いわね
今はまだ大事の前…
“枷”は邪魔だもの」
「そういう事だ」
これから起きるであろう、“黄巾の乱”には。
その時に要らぬ“不安”を抱き込む訳にはいかない。
故に余計な要因は排除して備えないとな。
「──ところで、雷華?
孫策陣営・劉備陣営も含め曹家以外に氣を扱える者は何れ位居るの?
試練には失敗しているから両陣営共に少ないって事は判るのだけど…」
「宅以外だと俺が知ってる使用者は華佗だけだな
氣を扱えると感じる存在は今の所居ないな」
というか、多分一般人には華佗以外には居ない。
氣の技は龍族から伝授され継承・伝承されている。
華佗の所は一子相伝。
それ以外の系譜は大多数が絶えているし。
他に居るとすれば、須らく特殊な存在だ。
“天の御遣い”とかな。




