表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
177/915

         肆


 喬惺side──


──十二月十八日。


曹家に迎えられて四日目。

今日も仕事の為に執務室へ向かって行く。


今の私にとって一日一日が驚きと発見に満ちている。

私も御祖母様や御母様から色々と教わって来たけれど本当に此処は凄い。

外から見ていると厳しいと感じる部分の多い泱州内の制度・政策ですが、内側に入って見て初めて判る。

その厳しさが泱州の領民に平穏と活気を与えていて、維持と繁栄を並行して進め実現している事が。


一目惚れ、と言ってもいい理由から仕官した。

勿論、御祖母様の孫娘でも特別扱いはされない。

先ずは巨高様──華琳様の御母様の側近として仕え、経験を積む事になった。

最初こそ“直ぐ一人前に”なんて考えていたけれど、今は己自身の身の丈を弁え一歩一歩進む事が大切だと理解している。

尚、華琳様と数名の方から真名を呼ぶ事を許されたのだけれど…少し緊張する。

巨高様には“合格点”へと達した時に真名を呼ぶ事を許される事になっている。

判り易い形の結果なので、その瞬間が待ち遠しい。



『…ぁ…』



巨高様の執務室へと向かう廊下の手前、曲がる場所で反対側から歩いて来たのは甄佑──真名は藤菜。

灰白色の髪は少し癖毛で、ふわふわしている。

肩よりも少し長めだけれど伸ばしているらしい。

濃い黒茶色の瞳と垂れ目が穏和な印象を持たせる。

同い年で、同じ立場。

そして、何より同じ男性を慕っている者同士。

今の私の一番の恋敵。

因みに、私の字は公佐で、彼女の字は公悟。

共に子和様に頂いた。

…意図的、なのでしょうがちょっと複雑です。



「御早う御座います

瀞良(せいら)さん」


「ええ、御早う、藤菜」



御互いに笑顔で挨拶すると我先にと廊下に進む。

態と、と言っても間違いと否定が出来無い感じで私の右肩と藤菜の左肩が当たり互いに軽く押され合う。

しかし、それを気にしたりせずに先を急ぐ様に進む。

負けまいとする意識から、次第に早足になる。

だからと言って走る真似は絶対にしない。

只、御互いを意識し過ぎて前方不注意になっていた為思いっきり打つかった。

──子和様に。



「切磋琢磨するのは良いが時と場所は考えてな?」


『はい…』



二人して注意をされて──一緒に頭を撫でられながら恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなる。

でも、まだ私達は“妹”分扱いなのだと感じる。

絶対にっ!、振り向かせてみせますからねっ!

覚悟していて下さい。



──side out



 喬玄side──


“人の縁”という物は実に不思議な物です。


曾て、私が国政を担う事に成るだろうと思った才器を持った一人の少女。

祖父母と両親に官吏を持つ名氏と言える家柄と血筋。

何より、一目見て感じ得た強く真っ直ぐな意志。

“この娘は国の未来”だと私は確信した。



「尤も、私の想像を越える才器だった訳ですけど…」


「それは母親の私にしても言える事です

幼い頃から卓越した才能を感じさせてはいましたが…ふふっ…彼と出逢った事でその可能性を遥かに大きく成長させた様です

…いえ、まだ途上ですね」


「成る程…」



誇らしい様に微笑みながら困った様に苦笑する。

その気持ちはよく判る。

既に自分の予想の遥か先を歩いているのだろう。


華奈殿と彼女の執務室にて御茶を頂きながら瀞良達が来るのを待って、何気無く世間話をしていたら何時の間にかそんな話に。


確かに彼は異彩を放つ。

私達とは違う存在感。

しかし、彼は遥かな高みに在りながら他を見下す様な真似は絶対にしない。

寧ろ、対等な視線で相手を見詰めていると初対面でも感じられた。

老若男女問わず惹き付ける魅力を持ちながら、異常に身持ちが固いそうで臣下の娘達は苦労しているらしく“先達としての経験談”を聞かせて欲しいと頼まれた事には驚きましたね。

ですが、彼女達は苦労さえ楽しんでいる。

そう感じられもした。

瀞良達はまだまだ彼の中で“妹”的な立場の様だし、これからでしょうね。

瀞良よりも一ヶ月程早くに華奈殿の下で仕事を始めた藤菜ちゃんも自己評価では“未熟です”と言い切る。

その実力は他所でなら先ず一人前の文官として正式に扱われる位なのに。

それだけ曹家の能力基準や育成・指導の水準が高いと言えるでしょう。

この環境でなら瀞良の才も高く伸ばせる筈。



「──あら?」


「今の声は…」



不意に聞こえたのは瀞良と藤菜ちゃんの声。

二人して立ち上がると戸を開けて揃って顔を覗かせて廊下を見てみると其処には子和殿の前で謝る二人。

耳を澄ませば──成る程と納得出来る内容。



「やれやれ…」


「若さですね〜」



私は呆れて溜め息を吐く。

苦笑する華奈殿も気持ちは似た様な物でしょうね。

但し、多少なりとも状況に慣れている様子が伺える事から考えて、臣下の娘達も最初はこの様な感じの事が有ったのかもしれない。

そう思うと不思議と将来が楽しみに思える。

あの娘がどう成長するか。

もう少しだけ長生きをして見届けたいですね。



──side out



御義母様と公祖さんの所に挨拶と簡単な報告をし終え華琳の所へ向かう途中。

一昔前の恋愛フラグの王道“出会い頭の衝突”×2を朝から体験した。

朝の通学路や学校の廊下と違うが…似た様な物か。

まあ、別にフラグが建った訳でもないしな。


そんな事を考えながら歩き華琳の執務室に入る。

気配を察して居た様で戸の直ぐ側に佇んでいた。



「お帰りなさい、雷華」


「ただいま、華琳」



挨拶と抱擁を交わして──軽く唇を重ねる。

徹夜明けで一晩離れていただけだが…互いに恋しくて強く求めたくなる。

華琳はこれから仕事だからこれ以上はしないが。



「取り敢えず座りなさい」



そう華琳に促され応接用の椅子に腰を下ろす。

用意されていた茶道具へとポット擬き(俺製の保温器)から湯を注ぐ。

コポコポ…と響く音を聞きカップ麺を思い出すのは…日本人の感覚だろうか。

…そんな訳無いか。

只の思い違いだろう。



「はい、どうぞ」


「ん、ありがと」



御茶と一緒に出された皿におにぎりが二つ。

右手で茶杯を取る。

言わなくても、少し熱めで淹れられた御茶を口へ運び一口飲む。

…うん、徹夜しているからこれ位が丁度良いな。

左手で、おにぎりを掴む。

ええ、そうです。

漸く動く様になりました。

尤も日常生活範囲内。

戦闘とかはもう少し掛かる感じだろうな。

年内には戻るとは思うが。

…お?、椎茸の佃煮だ。

海岸──海に面した領地が手に入ったら昆布と鰹節の生産が最優先だな。

今は具無しか梅干し位しか具材が無いしな。

佃煮にしても砂糖の生産が軌道に乗る迄は高級品扱いだからなあ。

時代が違うと如何に普段の生活が充実した環境下での物なのか実感出来るよな。



「先ずは私の方から報告をしておくわね」



食事しながらでも聞く事は出来るので首肯する。

この辺は慣れから来る流れだと言えるだろう。

普段ならしない。

こういう事に関して人一倍厳しく躾られているからか公私問わず厳格だ。

もう少し肩の力を抜いても良いとは思うんだけどな。

悪い事ではないから強くは言えないから困る。


…子供が出来たら少し位は甘くしてくれるかね。

ガッチガチにしたら成長を阻害するからな。

それまでには何とかしたい所だよなぁ。




華琳からの報告等と食事を終えて俺の番になる。



「先ず試練に関してだが、少なくとも以前に予想した六つは存在してる可能性が非常に高いな

唯一“清約と腥約”だけが条件と内容の関係で確認が出来無いが…」


「それは仕方無いわね

けど、他の五つに関しては確認出来たのでしょう?」


「ああ、一応な

“清道と腥道”は数日前、“血染め”は昨日、両方共小野寺の行動で確信した

“洗名”は内容的に考えて自発的な物だけに期限内は常時発生し有るから観察を継続するが…

北郷に関しては見限ってもいいだろうな」


「と言うと?」


「“清約と腥約”“華佗”“清契と腥契”“血染め”“清道と腥道”の何れでも“天の御遣い”として動き選択している

だから“洗名”の可能性は殆ど無いだろう

抑、劉備陣営で北郷の事を“御主人様”と呼んでるし本人も満更じゃないしな

今更変える理由が北郷には見当たらない」



そう言うと何とも言えない複雑そうな顔をする華琳。

まあ、無理もないか。

“演義”では主人公の敵役という立場で“悪の象徴”として描かれた。

“歴史”上でも対立し合う関係だった。

そんな相手のパートナーと呼べる存在が期待外れなら落胆もするだろう。

招いた──望んだ事だろう劉備自身に対しても。



「…まあ、事を楽に運べる様に成るのなら、喜ぶべきなのでしょうね…」


「無理するな

気持ちは判るから」


「…そう?、それなら私も正直に言うけど…」



大きく息を吸って間を置き真っ直ぐに目を見詰める。



「殺しても良いかしら?」



…おおぅ………マジか。

袁紹とは違う意味で殺意を懐かれましたか。



「…因みに、理由は?」


「ムカつくから」


「子供の喧嘩か…」



あまりにも中身が薄い事に嘆息しながら呟く。

まあ、国や勢力、権力者や実力者の間の抗争の大半は似た様な物だと言えなくもないのだが。



「一応劉備は曹家にとって最適な外敵なんだが?」


「ええ、判っているわ

でも、何方らか残ってればどうとでもなるでしょ?」



劉備と北郷。

“王”と“天の御遣い”。

確かに象徴として見れば、何方らか一方が居れば国は成り立つだろう。

加えて、片方を殺したなら曹家に対する憎しみが生じ敵対心が強まる。

長く対立するには丁度良い理由にもなる。

ある意味、筋は通るな。




しかしだ、同意する事には利害が微妙過ぎる。



「言いたい事は判ったが、却下だな」


「どうしてよ?」



ムッ…とした様で眉を顰め僅かに頬を膨らませる。

話題が違えば揶揄うのに…実に惜しい事だ。



「憎悪という敵対の要因は生み出し易く、拭い辛く、御し難い物だ

遺恨としては有り触れてるだけに“その果て”が何か言わずとも判るだろ?」


「それは…そうだけど…」



頭・理性では理解出来ても感情・本能では納得出来ず不満そうに拗ねる。

やれやれ…珍しく我が儘を言ったかと思えば、殺人の許可って何なんだか。



「取り敢えず殺害は禁止

代わりと言ってはなんだが劉備や北郷を凹ませる事で手を打ってくれ」


「…どの程度?」


「そうだな…」



自分達に置き換えて見て、想像してみる。

……うん、エグいな。



「少なくとも自分の存在を自分で一度は全否定したくなる程度には、だな」



尤も、それは正面な感性を持っていればの話。

何でもかんでもポジティブシンキングとか、お調子者相手には効果が薄れる。

というか、一時的に凹んで直ぐに復活するだろうな。



「………それ、貴男の主導ででしょ?」


「状況次第だろうな」



俺主導ならどんな状況でも仕掛けられるが華琳主導で遣ろうとすると色々制約や有るし、かなりの下準備が必須になる。

下手な真似は出来無いから演出と筋書きが限られる。

これは華琳の立場的な事も理由に含まれる為だ。



「……はぁ〜…仕方無いわ

それで手を打ちましょう」



どうにか妥協してくれた。

下らない怨恨・遺恨等は、俺達の代で片付ける必要が何よりも大切。

次代や未来──子供や孫に押し付ける事は大失態。

絶対にしてはならない。

その為なら、綺麗さっぱり“根絶やし”にする。

極論では有るけどな。



「まあ、相見えるのはまだ少し先になるでしょうし、楽しみにしておくわ」


「そのまま忘却してくれて構わないからな?」


「そうね、その時は貴男で憂さ張らしするわ

皆で押し倒して──」


「──心血注いで仕込みを頑張らせて頂きますっ!」



ビシッ!、と敬礼。

情けなくても良いです。

それだけは御勘弁を。



「…っとに、いい加減誰か娶ってあげなさいよね」



そう言うジト目の華琳から視線を逸らす。

もう少し時間を下さい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ