12 静かに進む刻 壱
Extra side──
/小野寺
「──隙有りっ!」
「──甘いわ!」
ガギンッ!、と音を立てて振り抜いた俺の剣は難無く祭さんの剣に防がれる。
しかも、ちょっと無理して遣ったから体勢が崩れる。
そんな危ない状態で剣とか振り回すな?
大丈夫、俺みたいな素人の剣撃なんて祭さんには全く意味無いから。
一応、刃引きした剣だし。
寧ろ俺の方が危ない。
「──ほれっ♪」
「──っと、うわっ!?」
前のめりになっていた所を軸になっていた左足を軽く蹴り払われて、意図しない前方宙返りをする。
…うん、意図してないから着地は不可能。
取り敢えず危険だって頭が判断して咄嗟に剣を手放し受け身を取りに行く。
無駄だって冷静に考えてる自分が居るけど、瞬間的な反応は思考とは無縁。
真逆の事も有る。
てな訳で──ドカッ!、とお尻から地面に着地。
「〜〜〜〜〜っ!!??」
声にならない痛みに右手でお尻を押さえて悶える。
痛いのに暴れるのってさ、別の事で打ち消したいとか紛らわせたいからだね。
一つ、賢くなったよ俺。
「ふむ…それ程痛むのか…どれ、見せてみぃ」
「──っ!?、い、いや!、大丈夫だか──」
「遠慮しな〜いの〜♪」
「するわっ!?」
背後──というか倒れてる状態だと乗っ掛かられる形になる訳で…あれです。
柔らか〜い、二つの感触が背中にしっかりと当たり、其方に意識が行き掛けるが背筋を走る悪寒に我に返り身体を強引に捩って回転し間一髪で回避する。
「あら、その気に──」
「なってないからっ!?」
結果的に仰向けで腹の上に雪蓮を乗っける格好に。
……あれ?、さっきよりも不利な体勢じゃね?
「むー………えいっ♪」
「ごめんなさいっ!?」
服を脱がされ掛けて即行で謝ってる降伏を示す。
腕で退かせ?、無理です。
雪蓮の両膝が綺麗に肘裏を押さえ付けてるので。
Tシャツとかなら捲る位が精々だけど、柔道や空手の胴着風の服だから帯取ると剥かれるんです。
「えぇ〜…んー、そうね〜
どーしよっかな〜?」
「くっ…この世に救う神は居ないのか…」
見え見えの“要求”を前に屈するしかない状況。
俺は何て無力なんだ。
「やれやれ…
策殿、その辺りで勘弁してやったらどうじゃ?」
“救いの女神居たーっ!!”とか思う、十二月十七日。
今日も無事に生きてます。
雪蓮から無事に解放され、今日の鍛練も終了。
汗を拭いながら一息吐く。
「大分様になったわね」
「そうかな?
正直、自分じゃ才能無いと感じてるんだけど…」
「うん、剣の才は無いわ」
「全く無いのぅ」
誉めて一瞬期待させてから容赦無く突き落とす二人。
なんて酷い事をするんだ。
俺の硝子のハートは簡単に壊れるんだぞ。
「でも、槍は別みたいね」
「…え?、マジで?」
「うむ、剣や無手は大して進歩は見られんが槍だけは確かに上達しておる
まあ、まだまだじゃがな」
それはそうでしょう。
貴女方と比べたら世の中の大多数が格下だろうし。
でも、完全な素人で始めて二人に認められる程度には才能が有るのなら将来性は期待出来るかな。
最低でも一兵卒位にまでは成りたいと思ってる。
(黄巾の乱──“原作”がスタートする迄に少しでも強くならないとな…)
呉ルートだと、来て直ぐに初戦が起こる。
既に黄巾の乱が起きている状態だからだ。
しかし、実際はまだだ。
袁術からの雪蓮への命令も来ていない。
魏ルートは唯一黄巾の乱の前からスタートする。
もし、魏ルートのスタート時期に準拠しているのなら数ヶ月は猶予が有る筈。
飽く迄も仮定の話だけど。
今の自分にとって少しでも時間が有るなら有効利用し生き延びる為の術を得る。
それが最優先になる。
だから、あの時華佗に会うチャンスを棒に振ったのは今更に悔やまれる。
氣の治癒方法って滅茶苦茶重要且つ有用だし。
次に会うチャンスが有れば絶対に習う。
ああ、そう言えば祭さんは氣を使えないらしい。
原作だと使える様な感じで言ってたけど、だとしたら呉勢は皆使えないと変だし当然と言えば当然かな。
というか、この強さに氣が加わるとか…鬼に金棒ってレベルじゃないし。
クラスチェンジだな。
「じゃが、基礎的な鍛練は儂でも教えられる事じゃが実戦経験だけはのぅ…」
そう言い悩む祭さんの声に我に返る。
正直、まだ人を殺す覚悟は出来てません。
出来るならしたくない。
それが現代日本人としての生まれ育った俺の感覚。
「なら丁度良かったわね」
そう言った雪蓮。
その笑顔を見た瞬間に嫌な予感がして寒気を感じた。
多分、それは──フラグ。
それもゲームの中でなら、単なるイベントフラグ。
しかし、現実で起きるなら間違い無く死亡フラグ。
一つの選択が生死を分ける重大な瞬間だ。
「策殿、それはどういう事なのかのぅ?」
「実はついさっき、袁術の使者が来てね
南の山合いの道筋に野盗か山賊が出るらしいのよ」
「成る程のぅ…
それを討てと言って来た、という訳じゃな」
黄巾党ではない様だ。
まあ、それもそうか。
軍令が有ってからの筈だし操り人形に過ぎない袁術に判断出来るとは思えない。
となると──
「大好きな蜂蜜が届かずに苛ついてるとか?」
ふと、思い付いた可能性を口にしたら雪蓮と祭さんが物凄く渋い顔をした。
…マジで?、有りそうって位の発想だったのに。
どんだけ蜂蜜好きなんだ。
「まあ、兎に角退治しない事には民に被害が出るから直ぐに準備して丁度
穏には既に言ってあるから兵糧とかは大丈夫よ」
「了解した」
テキパキとした指示を出し真剣な表情をする雪蓮。
普段の軽さ──と言うか、フランクさが強過ぎて忘れ勝ちになるけど雪蓮は実は優れた当主・先導者だ。
即断即決、慎重になるべき状況の見極めも確か。
あの異常な勘も有るし。
本当は、凄いんだよな。
「で、祐哉、どうする?」
「どうするって…ああ…」
急に呼ばれて思考を戻して直ぐに察する。
一緒に行くか、どうか。
状況的に、喧伝するだけの風評・功績はまだ無い。
黄巾の乱でも無いし留守番してるのが一番かな。
「遅かれ早かれ私達の傍に居る貴男も戦場に出る事になる訳だし…良い機会だと思わない?
まあ、無理強いはしないし祐哉の意志を尊重するわ」
雪蓮の言葉に嘘は無い。
と言うか、こういう事では雪蓮は強引な真似はしない事を理解している。
さて、どうするか。
正直に言ってまだ戦う為の実力も覚悟も無い。
心構えも…まだだ。
一方で、此処で雰囲気だけでも感じて置けば心構えや覚悟に繋がると思う。
戦場の雰囲気に慣れて置く事はメリットだ。
だが、デメリットとしては恐怖心と命の危険性。
常に雪蓮や祭さんの傍には居られない。
二人共最前線で暴れる事を何より好むタイプ。
指揮を取る筈の穏の傍は…安全とは言い難い。
単身でなら穏も強いけど、近くに居たら巻き添え必至なので安全じゃない。
一緒に居て倒される危険が有るんだから。
そうなると、俺も敵と戦う可能性が出てくる。
「…いや、行くよ」
それでも、彼女達と歩むと決めた以上は避けられない事だから進むだけだ。
──side out
孫策side──
祐哉は成長している。
初めて逢った時よりも今は頼もしく感じる。
膂力という事ではなくて、内面的な──心の強さが。
少し前の事になる。
祐哉から“天の御遣い”を名乗る事は構わないけれど私達とは普通の人間として接して行きたい。
そう言われたのは。
それを最初に聞いた時には“何を今更…”と思わない訳ではなかった。
だって祐哉の事を保護する条件の大前提だったし。
でも、祐哉は──
「俺が元の世界に帰れるかどうかなんて判らない…
だったら、この地で歩んで生きていきたい
出来るなら…その…だな…雪蓮達と一緒に…
…一人の──人間として」
──そう、私に言った。
告白にも聞こえる台詞。
面と向かって言われたら、誰だって“そう”感じると思うのは私だけかしら。
だけど、だからこそ祐哉の気持ちを感じられた。
そして同時に気付く。
それは私の出した条件にも関係する事。
軈て産まれて来る事になる孫呉の子供達。
私はその子供達を“道具”として見ていた事に。
確かに民は“天の御遣い”という存在の血を受け継ぐ子供達を畏敬の念を持って認識する事でしょう。
けれど、それは同時に民に“人間”として見られないという事でも有る。
そして私は“そんな”風に見られた事で苦しんだ者を誰よりも知っている。
蓮華──私の大事な妹。
“江東の虎の娘”という、そうとしか見られなかった事による苦悩。
私は知っていた筈なのに、同じ過ちを犯す所だった。
祐哉に対する私の評価。
それは、この瞬間に大きく変わったと言える。
元々は、年下な事も有って“弟”の様な感覚で接し、揶揄ったりもした。
何時だったか祐哉の言った一言にドキッ!とした事も有ったけれど異性としては見ていなかった。
と言うより、私自身が子を成す考えが無かった。
でも、今は違う。
私自身が祐哉との子供達を望んでいる。
ただ、自分で出した条件が微妙に壁に成り邪魔をする事が苛立つ。
実際、祐哉は私“達”と、あの時言った。
独占したいと思ってしまうだけに質が悪い。
でも、言い出した私が今更気が変わったとも言えず、結局は祐哉任せ。
でも、祐哉が私を一人目に選んでくれたら嬉しい。
そう思っている。
でもね、祐哉?
純情・誠実なのも悪い事と思わないけど、女の誘いを断り続けるのも酷いわよ?
其処の所、宜しくね♪
──side out
Extra side──
/小野寺
部屋に戻って出陣の準備をしてたら悪寒がした。
反射的に前後左右に上下と確認したけど誰も居ない。
俺は幽霊とか見えないから何とも言えないけど。
と言うか、これから戦場に行って戦うかもしれない。
そんな状況だと“怨念”が有りそうだし、考えたくはないんだけどな。
「…出来る限り、戦う事は避けないとな…」
多分、一人でも殺したなら戦場で意識を失う可能性も十分に有り得る。
原作での魏・呉ルート内の一刀君の反応は正常。
寧ろ、そんな描写の部分が全く無かった蜀ルートには異常性を感じたものだ。
まあ、非現実だと考えてる限りは有り得るのかもな。
現実として見ない以上。
「──っと、急がないと」
西洋鎧や日本の甲冑なんか存在しない筈の時代だけど原作では多少なりとも有り各勢力毎に異なる。
まあ、各勢力の兵士の事を見分ける為だろう。
モブキャラの設定の為とも言えるけど。
でだ、簡単な防具は普通に存在している。
無骨な形の“お下がり”の胸当てと手脚甲を身に付け部屋を後にした。
「やっと来たか…」
「遅くなりました」
待ち草臥れたと言う様に、祭さんが腕組みして立って此方を見てくる。
その視線が頭から足下へと順に見定めていく。
「…ふむ、着られていると言うのがしっくり来るのぅ
まあ、着ておればその内に馴染むじゃろう」
そう言うがニヤニヤして、目も口元も笑ってる。
一応、気を使ってくれてる事だとは思う。
でもね、祭さん?
逆に傷付くんだよ?
「あのさ…似合わないってはっきり言われた方が俺も納得出来るんだけど?」
「全く似合っとらん」
そう言ったら、大笑いしてはっきり言う祭さん。
其処まであっさりされると怒る気も殺がれる。
…文句や皮肉の一つは言い返すつもりだったのに。
「くくくっ…ま、まあ良い
ほれっ、此奴がお前さんの乗る馬じゃ」
そう言って祭さんの後ろに並んでいる馬の中の一頭の頭を撫でる。
其処で完全に失念していた大事な事に気付いた。
「…………祭さん」
「ん?、何じゃ?」
「俺、乗馬経験無い」
「………本当か?」
しっかりと頷き返す。
『…………』
「…儂か穏か策殿の後ろに一緒に乗るしか無いのぅ」
「すみません…」




