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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
173/915

          弐


ゆっくりとしていた感覚が一瞬で正常な状況に戻り、まるで世界が加速した様に錯覚する。


弾かれる様に開いた視界に映ったのは暗い森の中でもはっきりと判る濃い黒衣と対照的に陽光の様な輝きの白金の長い髪。

その幻想的な色彩に思わず見惚れてしまう。

同時に、目の前に居る人は私達を助けてくれたという事を理解する。



「だ、誰だ手前ぇっ!?」


「んー…今一、3点

もう少し表現力と観察力を磨きましょう」


「はあ!?、何を──」



男の声が急に途切れたかと思ったら──ドサッ…と、何かが落ちた音が響く。

身体を少し横へとズラしてその人の脇から覗くと──首から上を失っている男の身体が仰向けに倒れている光景が映った。

其処へ思い出した様に頭が落下し、地面に転がった。


御母様という身近に強者が居たからか、私の中の武の基準は高い。

そんな私が一目見ただけで格が違うと感じた。

それ程までの業の冴え。



「さて、と…」



そう呟き此方に振り向いたその人の双眸は深く美しい真紅をしていた。

心も、命も、魂さえも吸い込まれてしまいそう。

そんな風に考えていたら、右手で頭を小突かれた。

大した痛みではなかったが反射的に両手で頭を押さえ意味が判らない状況き軽い混乱を起こす。

その人は何処か怒った様な真剣な眼差しで、私の事を見詰めている。



「さっき、自分の死を受け入れただろ?」



そう言われて思い出す。

確かに、その通り。

だけど、仕方が無かった。

考えての行動ではなかったのだから。



「で、でも、あれは──」


「死は全ての終わり

己が死とは、自らの世界の終焉を意味する

死を受け入れる事は強さや覚悟ではない

それは只の諦めと逃げ…

どんなに辛く、苦しくとも生きているからこそ世界は意味を持つ

その事を忘れるな」



言い訳を遮られて言われた言葉は私の心に深く、深く響き渡り、刻まれる。



「そして、同じ様に誰かを“守りたい”と思う勇気も忘れない様にな」



一転して、穏やかな優しい微笑みを浮かべると右手で頭を撫でられた。



「怖かっただろ?

でも、もう大丈夫…

良く頑張ったな」


「…ぁ…」



それは私の緊張を奪い去り只の子供に戻すには十分。

思い出した様に様々な物が思考を、心を、掻き乱して感情を溢れさせる。


そっと抱き締められた胸に縋り付く様にして私は心を解き放った。



──side out



呉県に戻り、改めて商人に会いに行き追っ手の有無を確認した。

金に物を言わせて人を雇い探し出して捕まえ様とする可能性を見落としていた。

まあ、杞憂に終わったが。

男の執着心が其処までではなくて良かった。

一種の賞金首化していたら面倒な状況だっただろう。


その後、呉県を出て南へと向かいながら情報収集。

街では何も得られなかった訳だが、村や邑では三人の目撃情報が有った。

やはり可能な限り、人目を避けて移動しているらしく中々に慎重な動きだった。


商人に見付かる事を危惧し動いているのだろう。

ただ、そのお陰で俺の方も探すのに手間取っている。

それでも、少しずつだが、確実に追い付いて行く。


──その途中だった。

雨が降る中の事。

進路的に次になる村に行く道から外れた山中に多数の人間の氣の反応。

大方、山賊辺りだろう。

特に変わった点が無ければ後回しにしようと思ったがやけに殺気立った氣を感じ“獲物”を追っている所と判断した。

同時に嫌な予感がした。

連中の狙いが喬玄達という可能性が出て来た。

いや、かなり高いだろう。

此処迄の道程の移動速度や位置関係から考えても。


範囲を少し狭めて、感度を上げて探索すると動かない気配が二つ有った。

三人ではないから別人かも知れないが、見付けた以上放置も出来無い。

幸いにも二人に気付いてはいない様なので先に敵数を減らしに掛かる。


五分程で山中に散らばった賊徒を粗狩り終えた。

残るは最後の一人。

その一人が二人に近付き、見付けた様で即座に向かい助け様とした。

だが、二人──少女を見て少し様子を見る事にした。


仲謀達、三姉妹の髪よりも淡い白桜色の髪。

エメラルドの様な双眸。

まだ幼さが残るが美少女と言える整った容姿。

彼女が大喬──喬惺と見て間違いないだろう。


敢えて様子を見ようとした理由は二人が何かしら策を持っていると感じた為。

勿論、本気で危なくなった場合には即座に助けるが。

傷付けられるのもそうだがもし殺されたら本末転倒、何しに来たのか判らない。


まあ、結果としては喬惺の心の有り様を見られた。

ちょっと危なっかしいが、将来性は高い。

曹家次代──かは微妙だが中核を担える才器。

その“才花”が花開く時が楽しみになる。


胸に抱き付き小さな身体を震わせて泣いている喬惺の頭を右手で撫でながら空を見上げれば、何時の間にか雨は止んでいた。




 喬惺side──


暫くして、私はその人から離れて態度を改める。

恩人に対する態度としては礼節に欠けるから。


“我を忘れて”と言ってもいい位に泣いた。

こんなに泣いたのは、一体何時以来だろう。

…少なくとも私は御母様が亡くなってからは泣いた事なんて無かったと思う。


恥ずかしいと思う一方で、目の前の人から視線を外す事が出来無いで居る。

この人を見ているだけで、胸の奥が熱くなり、鼓動が大きく、速く鳴り響く。

多分、これが“恋”という物なのだろう。


その人は御祖母様に近寄り屈むと右手で挫いた左足に優しく触れた。

簡単に怪我の確認をするとその右手が淡く輝いた。

その光景は以前に一度だけ見た記憶が有った。

“放浪の神医”華佗の使う氣と針を用いた治療方法。

それに酷似していた。


輝きが収まると御祖母様はゆっくりと立ち上がる。

その動作に無理をしている様子は無い事から治ったと見て良いのだろう。

本当に良かった。



「有難う御座います」


「どう致しまして

それよりも貴女方ですが、喬玄殿と孫娘の喬惺さんとお見受けします」



そう言われ、反射的に身を強張らせてしまう。

恩人──でもそれは自分の利の為に私達を助けた。

そんな考えが一瞬だけでも過ってしまった。

そんな自分が嫌になる。

“初恋”の人に対して懐く罪悪感の様な苦い感情。

思わず両手を握り締める。



「孟徳殿の旦那さんね?」



御祖母様の言葉に我に返りその人を見ると驚いた様に御祖母様を見ていた。

それより、今の孟徳って…あの曹孟徳なのだろうか。

…なのだろう。

何となく、そう思う。



「彼女に聞いていた通り、本当に素敵な方の様ね」



そう御祖母様が言うと首を少し傾げて苦笑される。

…照れ隠しなのだろうか。

或いは“何を言ったのか”判らないけど、過大評価と考えての反応か。

何れにしても、言葉の通り信頼しても良い様で。

そう思って安堵する。

…私は一体、何方らに対し安堵したのだろう。



「孟徳の夫、曹子和です

孟徳の依頼で貴女方を探し保護しに参りました」


「…そうですか

御迷惑を御掛けします」



そう言い静かに頭を下げる御祖母様に私も倣う。

多分、借金の方は支払われ借用書は彼方の手に有る。

孟徳殿の噂・風評は私でも知っている位に有名。

私達を無下に扱う様な事は無いと言えるだろう。




ただ、その夫となる男性は良い噂・風評ではない。

なので、少し戸惑う。

目の前の人は“それら”と符合しない。

でも、御祖母様の言う事が正しいのだとすれば…

あの噂や風評は、意図的に流布されている。

そういう結論になる。



「…所で、三人だと聞いていたんですが…」


「あの子は…喬婉は一昨日山賊に遭遇して逃げた際にはぐれてしまって…」



御祖母様の言葉にあの子の事を思い出す。

多分、もう生きているとは思えないけれど。

それでも、生きている事を願わずにはいられない。



「賊徒達に捕まった様子は無かったですし、此処への道中では見ませんでした

先の村まで行った可能性も無くはないでしょう

取り敢えず、その村に行き確認してみましょう」


「でも、辺りに山賊が…」


「ああ、それならもう全部片付いてるから大丈夫」


「…え?、ぜ、全部?」



少し信じられなくて思わず訊き返した私に笑顔で頷き既に山賊達が居ないという事実を肯定する。

…確かに、この人の技量を以てすれば容易いのかも。

そう考えて納得する。


この御方…子和様に私達は抱き抱えられて空を飛んで──正確には木々を足場に疾駆していた──予定した村に到着した。

非現実的な体験をした後、わりと平気そうに楽しんで笑っていた御祖母様の事が少し恨めしい。

…私?、子和様に抱き付き目を閉じ必死に堪える事で精一杯でしたよ。


そして、村の中であの子を探したり、見ていないかを訊いて回りました。

結論としては、この村には来てないという事。

子和様と御祖母様が話してあの子が村に寄った場合は保護して貰う事に。

子和様も曹家の隠密衆──所謂間諜に当たる人を村に暫く滞在させてくれる事を約束してくれました。


その後の経緯は──あまり思い出したくありません。

何ですか、あれは?

潁川郡の許昌まで一直線に疾駆していくなんて。

子和様って、実は苛めっ子だったりしますか?

そんな無礼な文句を半泣き状態で胸にしがみ付いて、叫んでいた事は私にとって大きな“弱味”です。

御祖母様のニヤけた生温い笑みと視線が嫌でした。

…絶対、生涯に渡って私は揶揄われるでしょう。



「早く曾孫を見せて頂戴」


「気が早過ぎっ!」



取り敢えず、一晩を過ごす客室での遣り取り。

御祖母様にも困った物ね。


それでも、自分の気持ちを否定する事は無かった。

その想いが確かな存在だと理解していたから。



──side out



喬玄・喬惺を連れて戻ると丁度良い所に出会した文挙と伯道に二人を華琳の所に案内する様に頼んだ。


別れて直ぐ、隠密衆を呼び指示を飛ばす。

あの村への滞在と近隣での任務中の者達への伝達。

状況にも因るが目撃・確認したら報告が第一。

“縁”を考えると孫策とも無縁ではないだろうから、保護は絶対ではないが。



「それで?、他に言い訳は無いのかしら?」


「…一言だけ」


「言ってみなさい」


「今日は黒──ぐはっ!?」


「…ったく…」



寝台の上で右腕を取られて腕挫十字固を決められてる状況から右足の踵落としを鳩尾に食らう。

それで気が済んだというか気が殺がれたらしく右腕も無事に解放される。


まあ、二人の事を別の者に任せて離れた俺が悪いから言い訳なんてしない。

事情だけは説明するけど。

でないと、隠密衆の行動も責任問題になるからな。



「まあ、貴男なら自覚して反省しているでしょうし、理由も判るからこれ以上は言わないわ」



少なからず、はぐれている喬婉を心配している二人を安心させる為でも有る事を理解しているから、華琳も強くは否定しない。

何だかんだ言っても人一倍華琳は優しいからな。



「見付かりそう?」


「はぐれた後の二日の間に喬婉がどう行動したのかが判らないからな…

ただ、二人の話からしても自暴自棄な行動をするとは思えないから、生きている可能性は高いと思う」


「そう…兎に角、安否さえ判れば一安心な訳ね

取り敢えず、ご苦労様

ありがとう、雷華…」



そう言って覆い被さる様に身体の上に乗って微笑み、唇を重ねてくる華琳。

華琳なりの感謝の印。


信賞必罰は功罪で相殺。

表向きには只働き。

それでも文句は無い。

自分の責任だからな。



「二人の身の振りは?」


「喬玄様には予定通りよ

その経験等を伝えて貰って曹家の後進の指導・育成を御願いしたわ

喬惺の方は文官志望だから取り敢えず見習いからね

藤奈と一緒に御母様の下で経験を積んで貰うわ」


「そう言えば歳も同じだし良き友、良き好敵手だな」



そう言ったら華琳が呆れた様に溜め息を吐く。

今、変な事言ったか?

……むぅ…解せぬ。




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