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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
170/915

         弐


 孫権side──


汝南郡・陽安県の都。

交流が少ない相手、という事だったのだけれど私的に思い浮かぶ相手は居ない。

なので、今一緒に居る二人──雪那と灯璃とも関係は良好だと言える。

その二人の関係はと言えば長姉と末妹だろうか。

私の姉とは違って見習える模範的な姉だが。

妹の方は………ま、まあ、彼処まで我が儘言ったりはしないだけ増しよね。

子和様の影響なのか呆れる事の方が印象が強い。

それだけって訳じゃないのだけれどね。

つまりは私達の間に問題は無いという事になる。



「汝南郡って袁家の威光が強いんだっけ?」


「強かった、でしょうね

現袁家は南北二派分かれて睨み合っていますから…

此処の事は放ったらかしで領民の支持・信頼は疾うの昔に失われています

私達──曹家としてみれば政策を楽に運べますので、その点では感謝ですね」



“その愚かさに”と辛辣な言葉が続く様に聞こえたが私の気のせいだろうか。

…多分、気のせいではないのでしょうね。

雪那からしてみれば領民を蔑ろにしている時点で既に領主としては失格であり、愚者なのでしょうから。



「蓮華はどう思うの?」


「そうね…」



──汝南袁氏。

司徒・袁安を筆頭にして、三公を輩出した名門。

それは事実であり、領民も敬意を持っていただろう。

しかし、如何に優れている人材を多く輩出していても一族の者全てが優秀だとは限らない。

そして、その典型と言える“勘違いした者達”が今の袁家だろう。

あの袁術を見れば、如何に一族の所縁の地とは言え、領民の支持は得難い。

子和様──華琳様を領民が主と定める事は必然だ。



「“元”孫家の一人として言うのなら、こんな馬鹿な相手でも頼らざるを得ない状況に追い込まれた私達の非力が嘆かわしいわ

でも、曹家の一員としては有難い事だわ」


「へぇ〜」


「…何よ、その反応は?」


意外そうな灯璃。

…もしかして、私が孫家に未練を持ってると思ってるとか考えてるのかしら。



「いや、ほら、私も過去に色々遇ったから…

簡単には割り切れないし、切り替えられない…

だから意外に吹っ切れてる蓮華が凄いなって」



…ああ、そういう事ね。

灯璃の言葉を聞いて、漸く子和様の意図が判った。

灯璃は勿論、雪那も平気な振りをしているだけ。

未だ心の奥には小さな膿が溜まっている。

そしてそれは子和様達では取り除き難い類いの物。

だから、私なのだろう。

大変な役目だけど、全ては大切な仲間・家族の為。

頑張りましょうか。



──side out



 甘寧side──


沛郡・沛県。

その都──ではなく曹家の別邸──寧ろ本家か──が有る街に来ている。

私達の予定は全員休日で、どうするかと相談して決め此処に来る事にした。


集束都市化している中で、数少ない非開発地域。

非開発と言っても必要上の整備や設備設置は行われ、無闇矢鱈な事はしていないという話だ。



「彼処みたいですね」



そう言ったのは斗詩。

彼女の視線の先に有る館が件の曹家の屋敷だろう。

ただ、パッと見だと田舎の隠居屋敷の様だ。

別に悪い意味ではない。

都の豪気な権力者の屋敷と比べての印象だ。

それに如何に曹家の本家で子和様が自ら手を入れたと言っても外見を大きく変更してはいないそうなので、深山を思わせる佇まい等は元々からという事。

素晴らしい造りだ。



「御聞きしては居ましたが長閑な場所ですね」


「静養地・保養地と称する華琳様の言葉に納得です」



屋敷に向かって歩きながら街並みを見回していれのは結と稟の二人。

元・江賊に、第一皇女に、元・捕虜二人。

正直、何と言うか共通点の見えない面子だな。


別段、問題の無い面子だと思うのは私だけだろうか。

というか、軍師二人はどう考えているのだろうか。

微妙に訊き辛いが。



「あ、そう言えば稟さん

私達って、どんな点が問題なんでしょうか?」



そう考えている側で斗詩がさらっと訊ねた。

こういう時、天然な存在は貴重だと思い知るな。


訊かれた稟と結はお互いに顔を見合わせて苦笑する。



「斗詩、今日私達が此処に要るのは何故ですか?」


「?、何故って…子和様の方策で、ですよね?」



そう答える斗詩だが質問の意味が判らない様で小首を傾げている。

正直、私も判らない。



「確かに子和様の方策にて私達は今日一日一緒に居る事になっています

ですが、此方でなくても、良い事ですよね?」


『……ああ、成る程』



期せずして斗詩と声が被り互いに見合い──笑う。

結と稟も笑みを浮かべる。

確かに私達が一番陥り易い問題かもしれない。



「つまり、私達に課された問題というのは判れば実に他愛の無い事です」


「ですが、日々の仕事等で忙殺され、忘却してしまい勝ちな大切な事…」


「当たり前の事ですけど、中々に難しい事で…」


「こうして実際にしてみて改めて実感させられるな」



同じ目的を持ち、共に歩み“楽しむ”事の歓喜。

それは子供達の遊ぶ約束や計画を練る感覚と同じ。


仕事だけの関係にならない様にという暗黙の苦言だ。



──side out



 紀霊side──


廬江郡・臨湖県の都。

普段は馴染みの薄い相手と今日一日一緒に居るという子和様の方策。

意図としては言葉通り。

でも、あの方がそれだけで済ませるとは思わない。

ただ、一緒に居る二人──



「ちょっ、珀花っ!

アンタ馬鹿な振りするなら甘味抜くわよっ!?」


「な、なんですとーっ!?

それは私に対しての聖戦の布告なんですねっ!?

良いでしょうっ!

表に出なさい猫耳軍師!」


「もう表でしょうが!

これ以上何処に出るのよ!

この甘味馬鹿!

丸々と醜く肥え太れっ!」


「ふふーんっ♪

残念でしたーっ♪

私は食べても太らないの♪

あっ、でも〜、胸だけは〜大きくなって困るな〜♪」


「きぃいいいぃーーーっ!!

この脂肪塊がーっ!!」



天下の往来で人目も憚らず口論している桂花と珀花が同行者という事です。

子和様、これは新手の虐めなのでしょうか?

まあ、この二人の口論──というよりは各々の言動は領民に浸透し過ぎていて、“ああ、またですか?”や“大変ですね…”と民から苦笑や同情を貰う始末。

子供達は面白がりながらも変に煽ったりしない辺りに曹家の道徳的意識の教育の成果が見られますね。

出来れば別の形が良かったですけれど。



「ほら、二人共、それ位で次に行きますよ」


『えぇーっ!?』



…どうして其処でお互いに息が合うのか不思議です。

つい今さっきまで貴女達は喧嘩していたでしょうに。



「犬も食わないって奴?」


「私は子和様以外に娶って貰う気は無いわよ?」


「…頑張れー」


「何処に向かって応援してくれてるのかしら!?」



キャイキャイと子供の様にまたはしゃぎ出す二人。


ふと、違和感に気付く。

桂花の毒舌なら怖がられて嫌煙されても可笑しくないだろう。

しかし、周りの民にそんな様子は見られない。



(…そういう事ですか)



子和様の意図を理解した。

私や殆どの将師達は規律を重んじている。

それは悪くはない。

しかし、時には砕ける事で“緩和”を生む事も有る。

目の前の珀花の様に。


紫苑程ではないにしても、私達年長組は精神的余裕を持たなくては下の者達まで余裕を無くしてしまう。


私達は大樹を支える根。

若葉を育む根幹。

その事を忘れずに。



──side out



 黄忠side──


潁川郡・長社県の都。

私は泉里・秋蘭と稍高めの料理店に居る。

午前11時過ぎと食事には少々早い時間。

しかし、既に今日の予定の仕事は終了。

所謂、半休という事ね。

子和様の方策で、という訳ではなくて元々から。

まあ、その元々も子和様の計略でしょうけれど。

で、今は何をしているかと訊かれれば──



「私達なんて、要らない子なんですよ…」


「何が私には足りない?」



軽〜く、お酒が入ったまま愚痴ってます。

私は違いますけど。


事の発端は組分けした後、子和様から仕事の有る組は指示が出たのだけど…



「あ、お前達は居残り組ね

長社の視察宜しくな」



──なんて、言われたから落ち込んじゃったのよね。

でも、子和様も意地悪。

二人は“勘違い”したまま気付いてないけど。



(二人共に“思い込み”が強いのよねぇ…)



良くも悪くも、ね。

でも、其処から一段上へと至る事が出来れば将師共に中核を得られる。

そういう意図から子和様も私一人に任せたと思う。

自意識過剰ではなくて。


さて、そろそろ頃合いだし私の“お仕事”を始めるとしましょうか。



「ねぇ、二人共…

今回の子和様の意図は一体何なのかしらね?」



そう訊ねると、二人揃って“何言ってるの?”という視線を向けてくる。

…ふふっ、少しだけ意地悪したくなるわね。



「少なくとも私達三人には人間関係の問題は無い様に思わない?」


「…だから、私達は残って組んでるんですよ?」


「そうかしら?

子和様は“居残り”だとは言ったけど問題が無いとは言ってないわよね?」


「それ、は…」



そう返しただけで二人共に悪酔いから醒めて考える。

この切り替えの早さは正に天賦の才でしょう。

子和様の期待も頷ける。



「…裏の課題?…」


「…なら、態と?…」


「…言葉の誘導…」


「…思考の罠…」



一見すると一人ずつ呟いて考えている様だが聴覚では情報を拾っている。

互いの言葉──思考の欠片から推察と仮定を共有し、同じ絵を描いてゆく。


仮に戦場等で離れていても同じ戦略を状況と情報から描き出せるなら命令伝達を省略し意志疎通出来る事になるでしょう。

その早さは大きな武器。

戦局を二人で支配する事も不可能ではない。




思考の後、二人同時に顔を上げて見合うと頷き合う。

泉里が少し拗ねた様な目で此方を見詰める。



「…紫苑、貴女は最初から気付いていたの?」


「“最初”の定義内容にも因りますけど…

子和様が昨日“あの様に”仰有った時点では気付いていましたよ」



そう答えると二人は揃って深々と溜め息を吐く。

理解の早い娘達ですね。



「つまりだ、紫苑は私達に自分の欠点を教える役で、今の今まで知らない振りをしていた訳だな?」


「子和様なら、教える事と気付かせる事…

何方らを選ぶと、貴女達は思いますか?」



“むぅ〜…”と判りきった問いに眉根を顰める。



「それから秋蘭、子和様も私も“欠点”だと思ったりしていませんよ

飽く迄も“課題”です」



そう言うと再び息を吐く。

しかし、それは思考を切り替える為の物。



「“思い込み”…

子和様が“思考の罠”だと常々仰有っている物ですね

普段の──公務関連ならば私達は陥らない…

でも、感情が介入した事で平常心を失った、と…」


「その通りでしょうね

でもね?、だからと言って感情を殺したり、捨てたり無理に抑制したりするのは大きな間違いよ」



私の言葉に図星を突かれた様で二人の表情が揺れた。

子和様や華琳様だったら、もっと容赦無いわね。



「…では、どうすれば?」



縋る様に訊ねる秋蘭。

子和様も此処から先の事は教える事が前提でしょうし構わないわね。



「それはね──」



そう言いながら瞼を閉じて右手を胸元へと置く。



「有りの侭に受け入れて、全てを己の一部とする事」


「それは…」



思わず呟いたのは泉里。

その声に瞼を開き、二人を真っ直ぐに見詰める。



「そうです、子和様が最も基本とされる泰然自若…

それは武や氣だけの事では有りません

ただ、理論的な思考が強く成り過ぎると、どうしても嵌まってしまいます」


『だからこそ、理論にのみ偏らずに原点へ回帰する

自らの在るべき姿へと』



二人の応答に深く頷いて、表情を綻ばせる。


まだ、直ぐにどうにかなる事ではないでしょう。

けれど今、確かに私の目に見えた気がした。


子和様が楽しみにされる、彼女の“才花”が花開いたその光景を。



──side out。



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