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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
17/913

15 縁の行方


 other side──


頭に響く音。

耳障りではないが、意識を揺さ振るには十分。



「──」



はっきりとは判らないが、話し声だ。

だが、一体誰の物だろう。

自分には心当たりが無い。



「…で…ら……い…す…」



声は女性の物。

それも複数。


意識が覚醒するにつれて、より鮮明になる。

身体の感覚から寝台に寝ている様に思う。



「怪我等は有りませんが…

一歩間違えば人拐いです

もう少し自嘲して下さい」


「全くだ」



共に呆れた感じの声色。

“三人目”が居る様子。



「それから──貴様もだ

盗み聞きは感心せん」



そう言う二人目の声の主。

指摘され私は目蓋を開く。



「自分が置かれた状況なら警戒するのは当然だと思うのだが?」



そう返しながら、ゆっくり身体を起こす。

其処に居たのは三人の女。


年長と思しき、紫色の髪の女性は此方を見て苦笑。


年少と思しき二藍色の髪の少女は此方を睨む。

今の言葉は彼女だろう。


最後に白金の髪の少女。

彼女を見た瞬間、記憶の海から甦る光景。



「あの化け物はっ!?」



私は身を乗り出し叫ぶ。

だが、思う様に身体に力が入らず寝台から落ちる。



「──っと、危ない」



──事はなく、白金の髪の少女に受け止められた。

一番離れた位置に居た筈が一瞬で目の前に。

その事にも驚くが、彼女の戦う姿を思い出すと頷ける気がした。



「化け物?、何の話だ?」



二藍色の髪の少女は白金の髪の少女に問う。



「幻覚を見たのだと…」


「幻覚…」


「貴女が倒れて居た近くに斑草岩茸が有りました

この茸の胞子を吸い込むと発熱や意識の混濁、錯乱や幻覚の症状が出ます

また胞子は非常に微細で、まず人の目には見えません

吸い込んでも気付かない事も珍しく、必ずしも症状が出る訳でも有りません」



少女の説明を聞いてみれば思い当たる節も有る。


しかし、簡単に納得出来る事ではない。

記憶を手繰り考えてみる。

衣服や身体を確認しても、痕跡は無い。

だが、一つだけ。

剣が無くなっている。



「剣は此方に…

幻覚を見て、錯乱した際に振り回し岩か何かに当てて折れた様です」



此方の心を見透かす様に、布に包まれた二つに折れた剣を見せる。

もう使い物にはならないと一目で判る。


真偽は判らない。

しかし、少女に助けられた事は事実だ。



──side out



助けた亀に連れられて──ではなく、彼女を連れ宿へ戻ったら黄忠にも溜め息を吐かれた。


人拐いの可能性も肯定。

でも、仕方無い。

拾ったんだもん。


そうこうしていると彼女が目覚めた。

甘寧とは互いに警戒し合い少しピリピリしている。


“澱”の件は正直悩んだ。

全てを説明しても理解する事は出来無いだろう。

何より面倒臭い。


なので、甘寧に話した里の真相を利用した。

甘寧が素直に信じたからか彼女も納得してくれた。


平静を装っているが本心は安堵よりガッツポーズ。

さっさと話を逸らす。



「まあ、兎に角無事な様で何よりです

私は飛影、旅の者です

服装からすると貴女も?」



営業スマイルで空気を変え別の話題を放り込む。



「ええ、そうです

申し遅れました

私は張任、字を儁乂

此度は、危ない所を助けて頂き何と御礼をすれば…」


「合縁奇縁と言いますし、お気になさらずに」



笑顔で躱す。

というか、襤褸が出る前に話を終えたい。



「ですが、それでは…

何か…私に出来る事は?」



張任は申し訳無さそうに、幼子が縋り付く様な表情で訊いてくる。

嗜虐心を擽られるが此処は我慢する所だ。



「貴女が無事で在るなら、それが何よりです

もし、気が済まないと言うのであれば…

私が貴女に手を差し伸べた様に、貴女も“誰か”へと手を差し伸べて下さい

恩は返すより報いるもの…

私はそう思います」



聖母の如き穏やかな微笑みで諭す様に言う。

我ながら歯が浮く台詞。

詭弁もいい所だ。

だが、彼女には効果が有るだろう。

見た限りでは相手の意志を尊重するタイプ。

これで断れない筈だ。



「………………見付けた」


「…え?」



呆然としていた張任だが、唐突にそう呟く。

子供の様に瞳を輝かせて。



「漸く見付けました!

貴女こそ、私が生涯を捧げ仕える主君たる御方っ!

どうか!

どうか私を御側にっ!」



その場に方膝を着き身体の前で左の掌に右の拳を当て頭を垂れる──抱拳礼。

だが、この時代に於いては相手に対する忠誠を示す。


それを今、張任は目の前で自分に対し行っている。



(……あれ?

どうして、こうなった?)



表には出さないが戸惑う。

正直、予想外過ぎる反応。

どう対処するか。


限られた僅かな時間の中、思考をフル回転し打開策を模索した。




先ず、正攻法。

普通に断っても無駄。

修行だ、見物を広める為と言っても同じ。

根無し草・風来坊と言ったとしても無意味。

腕試しや知恵試しも却って心酔されそうで逆効果。


次に、虚言。

罪人と騙るのは危険な上に甘寧達にも迷惑。

闇商人も厳しい。

立場を隠し…みたいな話もややこしくするだけ。

女性恐怖症──は無理。


そうなると強行策か。

張任を気絶させ、その隙に夷陵を発つ。

これなら雨が降るのに?

うん、無理。

と言うか、嫌だ。


仕方無い。

甘寧の時の遣り方で何とか凌ぎきるか。



「…本気ですか?」



神妙な空気と表情を造り、張任に確認する。



「はい、私の全てを貴女に捧げます」



顔を上げ、答える張任。

その瞳に嘘も迷いも無い。



「それは──“俺”が男と判っていての言か?」


「──え?」



目を見開き、口を開け呆然とする張任。

その反応で女と思っていた事を確信し、思考させずに一気に畳み掛ける。



「俺に全てを捧げる…

それは“こういう事”にも応じるって訳だな?」



張任の顔を覗き込みながら屈み、右手の指先で彼女の頬を撫で顎を掬う様にして顔を上向かせ、至近距離で見詰める。

勿論、下卑た眼差しで。


甘寧の時と違い“対価”が有る訳ではない。

これで見限るだろう。



「……貴男がお望みならば如何様にも…」



だが、彼女は視線を外す事すらせずに答えた。


逆に此方が驚く。

顔や態度には出さないが、返す言葉が見付からない。


ただ、その瞳を見詰める。


どれ程、そうして居たのか判らないが…長く感じた。


しかし、張任が本気なのは嫌でも理解出来た。

その覚悟の度合いも。



「言って置くが…

先程の恩云々の言い回しは戯言、詭弁だ

俺は恩を売るのなら相手を見極め、選ぶ…

そういう人間だ」


「言葉では如何様にも言う事が出来ます

ですが、瞳は誤魔化す事を致しません

強く、澄んだ貴男の双眸に宿る輝きに…

惹かれ、魅せられました

何度でも申し上げます

私の生涯を、全てを捧げ、御仕え致します

どうか、御側に」



退く気は微塵も無い。

そう理解してしまい…

それを、嬉しく思う自分が嫌になる。



「飛影様の負けですね」



黄忠が微笑みながら言う。


確かに…癪だが根負けしたと言える。



「何を言ってる?

惚れさせたんだ

俺の勝ちだ」



だから、敢えて言った。

不敵な笑みを浮かべて。



 張任side──


“受けた恩には報いよ”と今は亡き母は言った。


母は冀州の元官吏だった。

しかし、宦官を始めとする官吏の腐敗に失望。

官位を棄て俗世から離れた生活を送る様になった。


それが物心付く前から当然だった為、十歳になるまで“外”の事も、母の事も、何も知らなかった。


その後二年程、母と一緒に旅をして色々と知った。


見えたのは人の愚かさ。

聞けば馬鹿げた話だと笑う者が多いだろう。

だが、どれだけの者が今の国に疑問を持つか。


母はその一人だった。

故に世捨て人となった。


母が亡くなり旅に出る時、私は誓った。

自らの生涯を賭して仕える唯一人の主君を見付ける。


旅に出て、一年程経ったが未だに見付からず。


そんな時だった。

透明な蚯蚓の様な化け物に襲われたのは。


茸に因る“幻覚”と言われ納得したが…正直、それはどうでも良かった。

自分を助けてくれた少女に私は興味を持った為だ。


最初は恩が有る事を理由に暫く同行して見極める気で話をしていた。

だが、理解する。

この方が私の主君だと。

理屈ではなく本能で。


性別を間違っていた事には驚くしかなかった。

こんなに美人なのに。


そして、急に態度や口調を変えて私の顔を覗き込み、指先で触れる。


表情は下卑ていた。

だが、その瞳は清澄。

全く濁りが無かった。


戸惑う私に対し考える時を与えない様にしている。

つまりは試されている、と判断した。


ただ、本当に彼に“そう”望まれたなら応えるだけ。

私には拒む理由が無い。

寧ろ、喜ばしい限りだ。

文字通り、私の全てを捧げ尽くす事が出来る。


暫し、彼と見詰め合う。


正直、嬉しくも有る反面、恥ずかしくも有る。

私は恋愛経験は皆無。

ただ、必至に自分を抑え、真摯な想いだけを示す。


そうして居ると彼が静かに自分の価値観を告げた。

それだけを聞けば軽薄だと言う者が多いだろう。


しかし、一度彼の瞳に宿る輝きを知れば違う。

どれだけ言葉で誤魔化せど揺らぐ事は無い。


見計らった様に彼に対して声を掛ける紫の髪の女性。


それに対し彼は不敵に笑いながら返す。



「何を言ってる?

惚れさせたんだ

俺の勝ちだ」



その通り。

惚れたのは私。

人としても、臣としても…“女”としても。


胸の奥を熱くする想いが、とても心地好い。



──side out



はっきりと口にした以上、訂正は出来無い。

張任を臣下として迎える。

そう決意する。



「では、飛影様

私を惚れさせた“責任”も取って下さいますね?」


「……何?」



笑顔でさらっと爆弾発言をした黄忠は張任の左隣…

俺から見て、右側に屈むと抱拳礼を取る。



「やれやれ…出遅れたか」



そう言いながら甘寧は逆の右隣──左側に移動すると同様に抱拳礼を取る。


その先を確信するが…

認めたくない気もする。

無理だろうが。



「二人は既に知っているが俺は訳有って本名を伏せ、飛影を名乗っている

“願掛け”の意味も有って“時”が来るまでは誰にも言うつもりはない

それでも、構わないか?」



最後の確認。

今、結論を出す必要は無いと言外に含む。

しかし、三人の決意は既に不動の様だ。



「姓名は甘寧、字は興覇

真名は思春…

我が刃は貴男が為に…」


「姓名は黄忠、字は漢升

真名は紫苑…

我が魂魄は貴男が為に…」


「姓名は張任、字は儁乂

真名は(あおい)

我が全ては貴男が為に…」


『我が生命尽き果てるとも

永遠に、貴男と共にっ!』



主従の誓いを立てる三人。

黄忠の言った様に自分には“責任”が有る。

だから、彼女達に答える。



「お前達の“志”…

我が心に確と受け取った」



そう告げ、三人の頭を撫で“洗礼”とする。



「ああ、一つ言っとくが」



立ち上がった三人に対し、思い出した様に言う。



「価値観の相違も有るが…

許し無く真名を呼べば例え皇帝で有っても殺され様と文句は言えない

つまり異性に真名を預けるという事は身も心も委ねる事と同義だと思ってる

だから、俺は“妻”以外の異性から真名を預かる事はしないと決めている

例え主従でもだ

親子・姉妹は除くけどな」



唐突な事実に驚く三人。

同時に複雑な心境が表情に見て取れる。

それを見て溜飲が下がる。



「だから、な…

俺に真名を預けたかったら惚れさせてみろ

俺が自分だけの“もの”にしたいと思う程の…

“良い女”になってな」



そう言って笑う。

聞いた反応は三者三様。


甘寧は“良い女”の部分に戸惑っているし…

黄忠は楽しそうに微笑みを浮かべ…

張任は気合いを入れながら何か呟いている。


出逢った“縁”は寄り添い一つの“絆”を紡いだ。


この“絆”が何を生むのか空に想いを馳せる。





姓名字:甘 寧 興覇

真名:思春

年齢:18歳(登場時)

身長:158cm

愛馬:栗花(りっか)

   尾花栗毛/牝/四歳

備考:

元錦帆賊・頭目。

一党を率いてた為に指揮・統率力は高い。

刀剣を主体に格闘術も使い近距離を得意とする。

元江賊故に水上戦に精通。

亡き親友・凌統(燕)の形見になる銀色の鈴を常に身に付けている。

その事から“鈴の音”との二つ名が付いた。




姓名字:黄 忠 漢升

真名:紫苑

年齢:24歳(登場時)

身長:178cm

愛馬:颶鵬(ぐほう)

   鹿毛/牝/五歳

備考:

元益州・巴郡太守・韓玄に仕えていた武将。

弓の名手であり“蜂穿”の二つ名を持ち、“三弓”と称される一人。

同じく称される黄蓋・厳顔との面識は無い。

将としては経験も含め高い力量を持つ。

弓を主体としながら他器も使い熟す。

ただ、何方らかと言えば、中遠距離型。




姓名字:張 任 儁乂

真名:(あおい)

年齢:19歳(登場時)

身長:177cm

愛馬:邦旋(ほうせん)

   黒鹿毛/牝/四歳

髪:藍色、膝に届く位

  ポニーテール

眼:赤紫

性格:

基本的に真面目で一途。

ただ、稀に冗談を言ったりする事も有る。

努力家で面倒見も良い。


備考:

母は元官吏。

俗世から離れた環境で育ち今の国を憂いている。

己が全て賭して仕える主を探し旅をしていた。

剣を主体とした近距離型。

実力的にはかなり高い。

また母の教えも甲斐有って兵法等にも明るい。

家事全般は一通り熟す。


◆参考容姿

神裂火織【とある魔術】




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