10 試す事で成る 壱
──十二月十日。
「六道の試練?」
左腕のリハビリの為に軽くマッサージして貰いながら両陣営の動向調査と平行し探索して術と術者の痕跡の経過報告をする。
…医者は居ないのか?
これも夫婦の戯れ合い──痛い痛いっ!?
「下らない事考えてないで話を続けなさい」
判ったから腕極めないで。
地味に痛いんだから。
「さっき言った様に泰山に術の痕跡が有った
その術の全容までは流石に把握出来無かったがな
何しろ、発動後十年以上は経過していたからな」
「…十年?、それって私が“願い石”を手にした頃に術を施行した訳?」
「そうなるな
しかし、召喚と強制認識の術とは施行した時期が違う気がする
その二つの術の痕跡は全く無かったしな…」
恐らくは術式場も違う。
今回泰山で見付けた術式も以前の俺なら見落とす位に微細な物だったし。
…龍族の力に触れたからか感覚が高まってるしな。
或いは“目醒めた”か。
「それで術の目的は何?
そんなにも前から施行して持続する物なの?」
「施行は十年以上前でも、起動は別だからな
“天の御遣い”の召喚術に呼応する形式なら問題無く作動出来る
で、肝心の目的だが恐らく“天の御遣い”に対しての試練だろうな」
「それが六道とどんな風に繋がる訳?」
「術式の痕跡に六道思想が見えたから、そう名付けた──ま、待ってっ!?
六道に関係有るかは兎も角六つの試練等が有る事には間違いないからっ!」
「…次、下らない話したら紫苑に変わるわよ?」
「二度としません!」
だから漢升は止めて。
絶対に喰われるから。
呆れた様に一息吐くと力を抜いてくれる華琳。
緩んだ雰囲気を元に戻す。
…緩くても良いのに。
「それで、その六つの試練という物には、少なからず見当は付いているの?」
「六道思想そのままだとは思ってないが…
天上道・人間道・修羅道・畜生道・地獄道・餓鬼道に見合う内容だと思う
その内の二つ…
修羅道は力の探求・渇望で“華佗から氣を学ぶ”事…
餓鬼道は欲の誘惑・衝動で“清契と腥契”だろう」
「…修羅道の事は判るけど餓鬼道は何なの?」
具体的な内容が無かった為想像し難かったのか華琳が不満そうに訊く。
勿体振ってるって訳じゃあないから極めないで。
ちゃんと言いますから。
「人の三欲の中で生活上で一番必要性が薄い物…
それは“性欲”だ」
“性欲”って言ったからか沈黙しないで欲しいな。
言った方が恥ずかしくなるだろうが。
「…それは、以前言ってた“王”との契りに関係する事なのかしら?」
「多分、だけどな
強制認識とは別に試練には幾らかの思考誘導が有って“天の御遣い”を誘惑する仕組みになってる可能性が高いと思う
北郷の娼館の件も単に利用価値からだけだと不自然な部分が有るからな
多分、小野寺の周囲は今も渦中に有る筈だ」
「…貴男の場合も?」
不安そうな声。
“意識を誘導されて…”と考えているんだろうな。
気持ちは判る。
「俺は術の起動以前に皆と出逢い──まあ、想われる関係になってるからな
有るとしたら積極性が増す位だと思う
尤も、それも俺の場合には無かった可能性が高いな
既に華琳と夫婦に成ってる訳なんだから」
「…それもそうね」
冷静に考えてみれば術等に詳しくなくても判る。
順序・条件的に有り得ない事なのだから。
何よりも、既に俺は条件を満たした状態なんだ。
試練の影響を受ける状況は考え難いしな。
「“清契”は“王”で有り自身を望んだ相手と純潔を交わし契る事…
対して“腥契”は欲に負け“王”以外と関係を持った場合と思ってくれ」
「…それは相手が家臣でも“腥契”になるの?」
「正直、微妙な所だが…
それを許容すると試練的に緩くなるだろ?」
「…まあ、そうよね」
試練である以上は厳しいと思うしな。
じゃないと無意味だ。
「他の四つは?」
「…これは飽く迄も推測
俺が術者だとしたら課すと思う内容になるが…
畜生道は生物としての理で“血染め”だろう
人間道はこの世界の一人の人間として生きる事の意で“洗名”とでも言うか…
平たく言えば“彼方”との決別の意での改名だな
今の俺みたいにな
で、最後に“天の御遣い”としての存在の否定だ
ただ、これは天上道なのか地獄道なのか微妙だけど」
「残る一つは貴男の中でも不明な訳?」
「いや、不明と言うよりは“天の御遣い”の否定…
これをどう取るかだ」
「どうとは?」
「強制認識と利用価値から先ず初対面の時点で条件を提示して保護するだろ?
これに対し無条件で飲むと“腥約”で、自らの意志を示して交渉する“清約”…
また“天の御遣い”である事を肯定とする“腥道”と否定する“清道”…
この二つに分けて考えるかどうかって事」
「数としては揃うけど…
“洗名”と“清道と腥道”が被る気もするわよ?」
「それも悩み所なんだけど“油断させてから…”って考えられるしな〜」
俺なら似た様な内容だが、違う意味で仕掛けるな。
まあ、実際問題として何を“天の御遣い”達に求めるかで変わるんだが。
「でも、その場合になると貴男は現時点で全て終えた状態になるわよね?
何か変化は有るの?」
「無いな」
そう即答したら、背中から溜め息が聞こえた。
極められなくて良かった。
──と、思ってたら華琳の重みと柔らかさが背中へと伝わって来て──喉元にも違う温もりが伝わる。
「十分に期待させて置いてそれは無いんじゃない?」
「ば、ばで…ぐ、ぐびっ、じば、じばっでぶがば…」
「“己の首を締める”って言葉を知らないの?」
知ってる。
知ってるけど、使い方とか使い所が違う気がする。
というか、ヤバい。
俺も人間なんだから酸欠は普通に危険なんです。
あ、ほら、ブラックアウトしてきた。
「──っ、はっ、はあーーーーー…げほっ、ごほっ…ぅうっ…は、はぁ〜…」
落ちる寸前の所を見切って首を解放する辺りに無駄に技量が窺える。
「貴男の推測で仮定すると現段階で孫策の方が二つ、劉備の方は三つが終わった事になるわよね?
残りの試練に“期限”とか発生条件は有るの?」
「…発生条件は判らないが期限としては一ヶ月…
つまり、十二月末──今年一杯までだと思う」
「…成る程ね、月としても年としても“黎明”を迎え全てが新生する…
そういう思想とも符合する状況になるわね」
流石、と言うか本当に良く学習・理解し、成長してる奥様ですよ。
「まあ、それ以上の何かが起きるとしても十日前から一週間前だろうしな
その間は両陣営から情報を収集して推測を確かな物にしていくよ」
「…それはいいのよ
ねえ、雷華?
貴男は自分がこの世界へと喚ばれた意味を…
此処に在る事の理由を知る事が出来たの?」
冗談っぽく、軽い言い方で終わらせ様とした所に対し不意打ちの一閃。
そう言えば真相に関してはまだ話してなかったな。
…話し辛い事だが。
「雷華、私は──」
「大丈夫、心配無い
確かに“役目”は有る
でも、俺が此処に在るのはお前達と共に生きる為…
それだけは断言出来る」
無言のまま背中に寄り添い抱き着いて来る華琳。
言葉は無くても伝わる。
“独りにしたら赦さない”
そう叫ぶ想いが。
曹操side──
──十二月十一日。
今、葵・彩音・螢と一緒に魯郡・魯県の都に居る。
珍しくない視察では有るが面子としては珍しい。
仕事としてもそうだけれど私的にも一緒に居る機会が少ない面子だったりする。
葵は基本的に雷華最優先。
螢は人見知り──と言うか馴れた者の所に行きたがる傾向が強い。
彩音は当初に比べると皆と接しているけれど一人では街等には出掛けない。
所謂、出不精ね。
そんな面子と一緒な事には理由が有る。
それは昨夜の事。
珍しく雷華が私達を集めて会議を開いた。
議題は単純。
曹家内部の意志疎通能力の向上の為の関係構築。
長々と遠回しに説明せず、スパッと率直に言う辺りは流石と言うべきか。
ああまで軽く、あっさりと言われたら重苦しくなれと言う方が難しい。
で、その具体策が普段から接点の少ない面々と一緒に一日行動する、という物。
仕事でも休暇でも構わないとか言いながら発表すれば雷華の周到さが窺えた。
何気に私達の勤務の予定を把握・調節していたらしく異論は挟めなかった。
まあ、反対する理由も無い事なのだけどね。
そんな感じで今日は朝から三人と一緒に行動中。
ただ、予想以上に三人共に喋らないのよね。
「…貴女達、普段の仕事もこんな感じなの?」
「こんな感じとは?」
呆れた様に訊いた私に葵は首を傾げながら訊き返す。
これは判って無いわね。
というか、雷華も雷華よ。
昨夜、結果として一番望む方向性を訊いたのだけど、“好きにすれば良い”って何なのよ。
言いたい事は判るけど。
私が感じて、考えて行う事自体に意味が有る。
そういう事だから。
「もう少し貴女達の方から積極的に話し掛けたりする事はしないのかという事よ
どうなの?」
「…無いですね」
「右に同じです」
「ひ、左に同じ、です…」
悪びれも無い将二人に対し軽い頭痛を覚える。
螢は…まあ、仕方が無いと言ってもいいわ。
本当は要改善だけど直ぐに出来無いし、急かして更に悪化したら元も子もない。
葵に関して言えば古参組で冷静沈着な印象が強い。
けれど、改めて考えてみて只単に“騒がしい”面子と対照的過ぎて、そんな風に私が勝手に思い込んだ事を思い知らされる。
それは彩音にも言える事。
尤も、だから雷華は三人を私と組ませたのでしょう。
自覚させる為に、ね。
──side out
周瑜side──
淮南郡・歴陽県の都。
私にしてみれば幼馴染みと過ごした場所の一つ。
多少なりとも土地勘は有り懐かしさも覚える。
ただ、一人ではない。
私の他に三人居る。
子和様の方策自体に異論は無いのだが…この面子には少々異を唱えたい。
「流琉は任地だっけ?」
「一応、ですが…
私自身は此方に来たのは、今回が初めてです」
「では、土地勘が有るのは冥琳さんだけですか」
鈴萌の言葉を聞き翠と流琉──三人が私を見る。
そう、この面子だ。
別段問題児という訳でも、仲が悪い訳でも無い。
公私を通じて私自身は皆と良い関係を築けているとは思っている。
まあ、珀花や旅時代からの面子とは幾分親しさも深い事だとは思うが。
子和様の方策から考えても私と三人、三人各々の間に問題点は見当たらない。
(一体何なのだろうか…)
昨夜も、今日に影響しない程度に考えてみたが一向に答えが見えない。
(……まさか、単に余った面子なのだろうか?)
可能性としては有り得る。
しかし、それなら子和様がそう仰有る筈だが──
「おーいっ、冥ー琳っ!」
「──っ!?」
耳許で響く翠の声に意識が現実へと引き戻される。
“やれやれだな…”と翠は呆れているし、鈴萌は何か珍しい物を見る様な表情、流琉は不安そう…と言うか心配そうにしている。
考えに没頭していた様で、申し訳無く思う。
同時に、この三人に意見を訊いてみようと思った。
「…済まないな
考え込んでいた様だ」
「軍師の性分って事か?」
「まあ…そうだな」
翠の指摘には思わず苦笑。
考えずには居られないのが軍師という生き物だ。
もし、例外が有るとしたら恋愛関連だろうか。
考えても“正解”が出ては来ない事故に。
「お前達は今回の一件で、この面子をどう思う?」
そう訊ねると、三人は顔を見合わせて此方を向く。
「冥琳の石頭?」
「冥琳さんの眉間の皺?」
「冥琳さんの…その〜…」
「ああ、もう良いぞ流琉
無理に探さなくても十分に判ったからな…」
示し合わせた様な意見。
だが、はっきりした。
この面子の課題は私自身が“肩の力を抜く”事。
そういう狙いなのだと。
子和様も人が悪いな。
──side out。




