弐
Extra side──
/北郷
公孫賛こと白蓮の元に無事到着して客将として麾下に迎えられて早六日。
同じ客将には趙雲。
因みに二人も女性。
しかも美人。
まあ、二人共頭が良さそうだから下手な事をして俺が微妙な存在と思われる事は避けないとな。
正直、この世界に来た時は訳が判らなかった。
いきなり“天の御遣い”と呼ばれても困ったし。
ただ、その肩書きが此処で生きていく為には必要で、大きな“力”になる。
学校の制服にも感謝だ。
これを着てなかったら俺が“天の御遣い”だと誰にも思われないだろうからな。
ポリエステル様々です。
歴史的には三国時代だとは思うんだが…有名な人物やシーンしか思い出せない。
というか未だに、どうして自分が異世界に居るのかも判っていない。
非常にリアルな夢。
そんな可能性だって無くはないと思う。
ただそれならそれで夢想を楽しむ事は出来る。
まあ、思い通りにならない時点で夢じゃないよな。
だから、嬉しいんだけど。
「あっ、御主人様!
おはよう〜♪」
声のした方に振り向けば、劉備──桃香と関羽さん。
満面の笑顔の桃香に対して関羽さんは静かに睨む様な視線で会釈する。
桃香や張飛──鈴々と違い俺を担ぐ事には反対らしく会話も殆ど無い。
変に刺激したり言い訳して機嫌は損ねたくない。
あっさり殺されると思える位に彼女達は強いから。
「ああ、桃香、関羽さん
二人共、おはよー」
「御主人様は今日は?」
そう桃香に訊かれて心臓がドキッ!?と跳ねる。
後ろめたさから背中に嫌な汗が滲んでくる。
「ああ、ほら、俺ってまだ此方の事よく知らないから色々見てみないと桃香達の力に成れないだろ?
散歩も兼ねて街中を歩いて来るつもり」
そう尤もらしい事を言ってどうにか誤魔化す。
ただ、言ってから気付く。
桃香に同行されたら駄目、アウトだと。
でも、目の前の感動してる桃香には嘘が言えそうにはないから困る。
「…御主人様…」
「と、桃香も仕事有るとは思うけど頑張ってな?」
「うん、ありがとー♪」
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃーい♪」
嘘は言えないが話を逸らし逃げる事は出来た。
二人から離れて通路の角を曲がった所で壁に凭れて、大きく安堵の息を吐く。
流石に桃香達を連れて行く場所ではないからな。
「さて、今日も彼処の皆に“天の御遣い”から恩恵をあげないとな〜♪」
想像しただけで自然と俺の足取りは弾んだ。
──side out
劉備side──
御主人様と出逢い、私達はお友達の白蓮ちゃんの所で客将をする事になった。
顔合わせの時、御主人様の事を怪しまれたけど一緒に居た趙雲さんの字を見事に言い当てた事で二人からも少なからず“天の御遣い”として見られる様になり、私としても一安心。
此処で否定されたら折角の御主人様の御厚意が無駄になる所だったもんね。
良かったよ〜。
そんなこんなで数日が経ち私は白蓮ちゃんの手伝い、愛紗ちゃん・鈴々ちゃんは趙雲さんと一緒に巡回とか訓練をしている。
御主人様は最初の数日こそ色々と勉強していたけど、此処二日程街の方にも出て行ってるみたい。
──なんて、考えていたら御主人様とばったり。
挨拶を交わして今日の事を訊いてみたら、吃驚。
私達の勝手な理由を聞いて嫌な顔もせず御輿役を引き受けてくれた御主人様。
それだけでも感謝するのに積極的に世界の現状を知り私達の力になってくれ様としてくれている。
私は御主人様に出逢えて、本当に良かったと思う。
──だけど、そう思わない人も居るのは確か。
立ち去った御主人様の姿が消えてから振り向く。
其処には難しい表情をした愛紗ちゃんが居た。
「…やっぱり、御主人様を愛紗ちゃんは認められないのかな?」
「…すみません」
「あ、ううん!
別に愛紗ちゃんが悪いって訳じゃないから!
簡単には認められないのも仕方無いよね!」
つい、私の口から出たのは責める様な言葉。
申し訳無さそうに暗い顔を見せた愛紗ちゃんを見て、私は慌ててそう言った。
そんなつもりではなかったのだけど傷付けてしまったかもしれない。
「…巡回に行ってきます」
「う、うん!
愛紗ちゃんなら大丈夫だと思うけど気を付けてね!」
そう声を掛けると一礼して愛紗ちゃんは背を向けると兵士詰所の方へ歩いてく。
その背中に少なからず陰を感じるのは私の所為。
私の意見で、御主人様には御輿役をして貰う事になり愛紗ちゃんの反対を押して決めた為、不快な気持ちにさせてしまっている。
「…でもね、愛紗ちゃん
きっと、愛紗ちゃんだって御主人様の事をしっかりと見たら判る筈だからね?」
消えて行った背中に静かに微笑みながら語り掛ける。
そんな私を見ていたらしく“…大丈夫か?、熱は?、本当に大丈夫なのか?”と白蓮ちゃんに心配されたり“まあ、桃香だからな”と変に納得されたりしたのは別のお話。
──side out
関羽side──
「………はぁ〜…」
桃香様と別れて兵士詰所に向かう前に一人になる為、滅多に人の来ない裏庭へと足を向けていた。
着いて早々、出てきたのは深く、大きな溜め息。
「何をしているだ私は…」
自問自答の様な、誰かへと訊ねる様な曖昧な呟き。
しかし、それは紛れも無く私の今の本音だった。
桃香様の仰有る様に私達に“御輿”は必要だ。
如何に桃香様が中山靖王・劉勝の末裔で伝来の宝剣を所有していると言っても、その信憑性は低い。
加えて、現皇帝──後漢の血統でない事も有る。
下手に劉勝の名を掲げては桃香様御自身を危険に晒す事に成り兼ねない。
私としても、そんな事態は避けたいと思う。
故に代行となる存在として“天の御遣い”というのも確かに有効だろう。
今や巷で知らぬ者は居ない程に有名な存在だ。
しかしだ、そうは言っても“天の御遣い”の具体的な情報は誰も知らない。
其処を上手く突いて仕立て上げれば誰でも御輿役へと担ぎ上げられるだろう。
信憑性を除いては。
そういう意味では彼奴──北郷は説得力を持つ。
正確には衣装が、だが。
(奴の衣装だけ剥ぎ取って別の者に着させれば済む話ではあるのだが…)
そんな事を桃香様が認めも許しもしないだろう。
そういう方だからこそ私は真名を預け、仕える決意を持ったのだから。
しかし、何故、あの男ではならないのか。
其処が納得出来無い。
先程の、通路で会った時の奴の表情と言動を思い出し余計に苛立つ。
その行き先も、目的にも、私だけは検討が付いており如何に薄っぺらな言葉かを知っている。
(…また“彼処”か)
桃香様に印象の良い言葉を向けてはいたが、その実は場を誤魔化し逃げ出す為の言い訳に過ぎない。
人の良い桃香様は奴の事を信じて疑わない。
それを判っていて騙す奴を認める気にはならない。
あれは一昨日の事だ。
とある女商人が奴に謁見を求めて来たのは。
流石に、公孫賛殿の客分を害する様な真似は無いとは思いつつも、奴が言い様に操られて桃香様の名に傷を付ける事態が起きないとは言えなかった為、私は一人密かに見張っていた。
その内容を聞き呆れ果て、同時に奴を御輿として担ぐ事に反対の意思を固めた。
謁見を求めたのは街外れに店を構えた女主人。
その商いは──娼館。
挨拶を済ませると奴に対し率直に訊ねた。
「さて“天の御遣い”様は色事に興味は御有りで?」
訊ねられた奴も流石に声を失っていたし、聞いていた私も言葉に詰まる。
率直過ぎるのもいい所ではないだろうか。
「え、え〜と…」
「んふふふっ♪
“天の御遣い”様も男性に違いはない様ですね」
年相応、と言うべきなのか奴は顔を赤くし戸惑う。
その様子に微笑む女主人。
その表情が妖艶だと感じた私は正しい筈だ。
恐らくだが、彼女の狙いは桃香様と同じ。
“天の御遣い”という名で店や娼婦に箔を付ける事が目的なのだろう。
「“天の御遣い”様は館の女達に“恩恵”を頂ければ良いのです」
「お、恩恵…ですか?」
「はい、恩恵です
“天の御遣い”様の御寵愛──御慈悲を身を持って、御与え頂く…
それだけで、私達は大きな幸福を頂けます」
…“幸福”、か。
正確には“利益”だろうが私達も立場上、強く非難をする事は出来無いが。
やはり、その名を掲げれば“虫”が寄って来るか。
「で、でも…その…
娼館って事はお金も要ると思うんですが…生憎俺にはそういうお金は…」
「御心配要りません
此方が恩恵を頂く身です
御代を頂く様な真似は絶対致しません」
「そ、それってもしかして只って事ですか?」
訊ねる奴に女主人が頷くと表情があからさまに緩み、ニヤニヤしだす。
…正直、今直ぐにでも斬り捨てて遣りたい。
「もし御都合が宜しければ今から皆を見るだけでも、御願い出来ますか?」
「は、はい!、是非!」
異常な遣る気を見せる奴と己の策略通りに運んだ事を北叟笑む女主人。
何方らも気に食わないな。
「二つ、約束して下さい」
「約束、ですか?」
「はい、約束です
先ず一つ目に一日に恩恵を御与え抱く相手は最大でも三人までにして下さい
“天の御遣い”様の体調も御有りでしょうから無理をされて何か遇っては私共は死罪になりますので…」
“そんな、大袈裟な…”と思っている顔だが、何処か納得した様に頷いた。
「そしてもう一つ…
館の者は“天の御遣い”様を信じて居ります
ですが、世の女達の全てがそうでは有りません
どうか、無理強いをしたり脅迫したりして傷付けたりしないで頂きたいのです」
女主人の言葉に奴に自分の“権力”に気付いたらしく真剣な表情で頷いた。
其処だけを見たなら多少は評価出来るが…それ以降は連日の娼館通いだ。
評価は下がる一方だ。
桃香様には言ってない。
と言うより、言えない。
奴の実態を教える事は楽で私の反対意見の正しい事を証明する事が出来る。
しかし、それは同時に私が桃香様を傷付ける事だ。
出来る訳が無い。
「何故、奴なんだ…」
御輿役としてならば他にも適任者は居るのに。
例えば、放浪の名医として名高い華佗殿。
奇しくも私達が奴を見付け御輿役とした後、此処への道中の村に居ると聞いた。
鈴々の奴が“お兄ちゃんが鈴々達の主なんだから全部決めたら良いのだ〜♪”と言うから逢う事さえせずに此方に直行した。
まあ、一文無しで、空腹、野宿するよりは早く着いた方が良かったのは確かだと私も思うが。
それでも“奴より華佗殿を御輿役に出来ていた方が、人々を助ける為には価値が有ったのでは…”と思う。
今更言っても無駄だがな。
また“天の御遣い”という不確かな存在だが、私自身全く信じていないという訳ではない。
今から半月程前。
私が桃香様と出逢ったのは一人で旅をしていた際に、偶々立ち寄った村が野盗に襲われていた。
野盗は退治した。
しかし、多くの村の人々が亡くなり、生き残ったのは鈴々のみだった。
その時の桃香様の言葉に、意志に私は臣従を決めた。
それ以前の私は故郷の恩人という話の旅人を理想的な主として探していた。
黒衣を纏う、長身の女性。
陽光の様な髪を靡かせて、賊徒を退治した。
それだけではなく華佗殿の様に医術等も心得ていたと聞いていたる。
そんな方ならば今より良い世の中を築いてくれる。
そう考えていた。
結果として、私は桃香様に仕えているのだが。
そして、その方こそが噂の“天の御遣い”なのではと思っていた。
故に奴を認めたくはないのかもしれないな。
「“天の御遣い”か…」
一体何なんだろうな。
そんな風に考えながら私は天を仰いだ。
「御前さんは、その双眸に何を見ておるのかのぉ…」
「──ぇ?」
不意に掛けられた言葉。
多分、女性の──年配だと思われる掠れた声だったが心臓を一突きにされた様な感覚を覚えた。




