9 静かに過ぎて 壱
Extra side──
/小野寺
此方に来てから一週間。
色々と有った。
ただ、正直に言うと予想と違っていた。
原作だと、目覚めた日には袁術からの呼び出しが有り黄巾党の討伐に向かうが、実際には雪蓮に袁術からの呼び出しは来ていない。
──と言うよりも黄巾党が世に存在していない。
…まあ、まだ表に出てないだけかもしれないが。
可能な範囲内で情報を集め判った事が有る。
先ず、孫家の現状と戦力。
現状に関して言えば原作と大差無いのだろう。
南陽郡の太守・袁術の城が有る宛県の街の一角に館は建っている。
客将──という名の雑用係──な辺りも。
しかし、原作では詳細まで描写されていなかった為、推測に過ぎないが。
次に戦力に関してなんだが此方は原作とは違う。
大きく三ヶ所に分断されて封じられている状態。
先ずは此処、宛県組。
雪蓮を筆頭として祭さんと穏が居る。
次に郡南部の随県組。
小蓮──孫尚香と教育係の張昭・張紘の三人。
最後に二県の間に位置する湖陽県には明命──周泰が居るそうだ。
軍師の穏からの情報なので先ず間違いは無い。
原作と歴史。
何方ら寄りなのか自分には判断出来無い。
それ程歴史に詳しいという訳ではないからだ。
ただ、周瑜・甘寧の不在は呉にとって大きい。
そして何より──孫権。
彼女は確かに居たらしいが己の意志で“仕える主”の元へと言ったらしい。
原作も歴史も無いだろ。
(誰だって言うんだ…)
周瑜・甘寧に関しては元々無関係の様だ。
流石に歴史的な話をすると影響が怖いので名前を出しピンポイントで訊いたりはしていないが。
しかし、雪蓮の話によると孫家の現状は孫権が離れる際に置き土産として残した策謀の結果だそうだ。
言い換えると、孫権が家を離れた事に因って現状──原作に近い状況が生まれた事になる。
そう考えると“何方ら”が正しいのかは判らない。
それから原作とは明らかに違う事がもう一つ──いや二つ有る。
それは曹操に関しての事。
確かに原作でも彼女は他の二人──劉備・孫策よりも早い段階で地位・領地共に有している。
しかしだ、“泱州”なんて名前の州は無い。
旧豫州と揚州の江北の領を併合した新しい州。
その州牧が曹操。
まだ黄巾の乱も起きてない時点での立身出世は早い。
あまりにも早過ぎる。
原作を知っているからこそ恐怖を──異常だと感じるのかもしれないが。
原作──と考えない方が、良いのかもしれない。
まあ、そう簡単には考えを変えられないんだが。
(…原作かぁ…)
原作──この場合で言うと“真”になる訳だが…
全てのルート(漢も含む)を遣り終えてみれば一度位は疑問に思うだろう。
“何故、魏ルートに限って“天の御遣い”は世界から消え去ったのか?”と。
原作の魏ルート内で二人は“史実からの逸脱”により消えた──弾き出されたと考えている。
しかし、それは可笑しい。
未完の漢ルートは除くが、最も史実から外れた結末を迎えたのは呉ルートだ。
何しろ“天下二分”という有り得ない結果だからな。
しかし、“天の御遣い”は生存・存続している。
唯一、子供も居るし。
蜀ルートは最も大団円での天下三分に終わった。
魏ルートでは曹操によって天下統一こそ果たされたが結果的に呉・蜀は存続。
蜀ルート同様に天下三分に落ち着いている。
にも関わらず、消えたのは何故かと聞かれれば大体が“死ぬ筈の運命を変えた”事を想像するだろう。
しかし、それは蜀ルートが最も遣っている事だ。
逆に、史実に最も近いのが呉ルート、次いで魏ルートになってくる。
しかし、此方でも呉ルートと同様に“天の御遣い”は存続している。
では、二人の仮定していた“物語の起点”という点で見たならどうか。
実はこれも矛盾する。
何故なら、どのルートでも“天の御遣い”を利用する方向で迎えている。
その後の過程を経て各々に惹かれ、愛し合う。
そして、共に生きる未来を心から望んでいる。
それなのに魏ルートだけは“あの結末”だ。
勿論、制作側の何かしらの意図は有るだろう。
有る意味では最も未完結の物語だとも言える。
“続き”を知りたくなるし期待してしまう。
“想像”もしてしまう。
最もコンセプト的に続編を作り易い“フラグ”だ。
(…まあ、それよりも今は俺が“天の御遣い”で有りどうなるか、だよな…)
もし仮に、魏ルートの様に消え去るとするなら…
“どの程度”でなのか。
既に原作・史実とも異なる点が生じている。
勿論、俺の所為ではない。
曹操の元に“天の御遣い”──“北郷一刀”が居て、動いている可能性は有る。
原作での曹操のままだとも限らないしな。
向こうに帰れる保証なんて何処にも無い。
下手したら消滅だ。
取り敢えず、下手に動いて先が読めなくなる様な真似だけは避けないとな。
一息吐いて、頭から彼是と考えていた事を消す。
「──痛っ!?」
それと同時だった。
バチンッ!、と快音が響き僅かに遅れて痛みが走る。
「何じゃ何じゃ全く…
良い若い者が真っ昼間から溜め息なんぞ吐いてからに
そんな暇が有るなら穏でも口説いたらどうじゃ?」
じんわりと叩かれた背中に痛みと熱が広がる。
それを堪えながら声の方へ振り向いたら祭さんが居て呆れた顔をしている。
…いや、呆れたと言うより情けなさそうな、だ。
「暇が有るから口説くのも可笑しいでしょ?」
背中のど真ん中を叩かれた為に手で擦る事も出来ず、我慢するしかない事に対しちょっとだけ苛立つ。
…でも、魏ルートより増しなんだよな…これでも。
だって、彼方は大剣時々鎌稀に弓矢だもんな。
「ならば鍛練でもせい!
いざという時動けぬ様では己が身も守れんぞ」
…確かに。
“ゲームの世界”だなんて今は思ってはいない。
これは現実だ。
時代的にも、原作的にも、戦乱は必至。
正直、戦場──殺し合いの場に立てる自信は無い。
武力・知力云々ではない。
命の殺り獲り。
人の生き死に。
それらと向き合う覚悟が、まだ出来ていない。
「…祭さんの言う通りだ
俺だって死にたくはないし出来る事はしないとな」
「良い心掛けじゃな♪
良し!、早速儂が──」
「──た・だ・し!
仕事中、真っ昼間から酒を飲んでる人に教わりたくはないからなっ!」
「なんじゃとっ!?」
吃驚する所じゃない。
そして、右手に持っている酒瓶を後ろに隠すな。
取り上げはしないから。
…というか、酒臭い。
“抑え役”が居ない事から無法地帯かと思ったけど、意外に居ないから自粛する心掛けが窺えた。
但し、飽く迄も原作の中と比べての話で、だ。
雪蓮にしても同様。
でも、これで悪酔いしたり仕事に支障が出てないから強くは言えない。
現代社会のモラルなんて、此処では通じないんだ。
「祭さんが飲んでない時に教えて欲しい
今日はラン二──走ったり軽く身体を慣らす程度かな
…信じてるからね?」
「む〜…仕方無いのぅ…
儂は飲んでいようが一向に構わんのだが…」
俺が構うから。
ちゃんと手加減出来無いと下手したら死ぬから。
「まあ良い、お主の意志を尊重してやろう
明日から楽しみじゃな♪」
「…御手柔らかに」
明日からは筋肉痛生活か。
これも生きる為だ。
頑張れ、俺。
祭さんと別れて庭──館の壁の内側に沿って走る。
昔は陸上部だったが大学に入ってから大して運動してなかったから鈍ってる。
息も上がるのが早い。
(以前位まで戻すだけでも大変そうだな…)
正に継続は力。
ローマは一日にして成らず──は違うな。
千里の道も一歩から。
──って事でラスト一周。
最後は全速力で走った。
開始地点──祭さんと話をしていた中庭に戻り地面に大の字に寝転ぶ。
因みに、今着ている服装は此方の世界の物。
普段から自前の服着てると色々目立つし。
雪蓮──孫家としては今は衆目──特に袁術等の関心・興味を集めたくはないと考えて提案した。
原作でも気になってたし。
「うわっ、凄い汗〜
喉乾いたでしょ、飲む?」
不意に影が射したと思えばそう言って顔を覗き込んで来た雪蓮が居た。
左手に持つ白い小瓶を見せ訊ねてくる。
息が乱れたままなので話す事が億劫だが、黙ってると無理矢理飲まされそうだ。
「…はぁ…普通は…はぁ…水、だと…はぁ…思う…」
「そう?、私や祭はお酒の方が嬉しいけど…」
そう言いいながら小瓶──酒瓶の栓を抜き口に運ぶ。
これでアル中じゃないとかどんだけなんだか。
二人はあれか、水分よりも酒分の方が多いのか。
…いや、無いけどさ。
あと、はぁはぁ…言ってるけど変な意味は無いから。
「もし体調悪いなら華佗に診て貰う?」
「…華佗?…」
大分、呼吸が落ち着く。
雪蓮の言葉に赤い髪をした熱血医を思い出す。
「旅の神医・華佗
“治せぬ病は無い”とまで言われてる人よ
何でも今、街に居るって話だから呼んでみる?」
…華佗、か。
氣を扱える様になれば今後役立つだろうし、もし俺に使えなくても華佗に伝手が出来るのは大きい。
ただ、今直ぐ接触するのは流れ的に危ない気もする。
「……いや、大丈夫
ああでも、雪蓮と祭さんの酒癖を治せるなら──」
「今の話は無しね」
都合が悪くなった途端話を終わらせる雪蓮。
こういう子供っぽい部分がギャップなんだよな。
綺麗なのに可愛いとかさ…反則過ぎるよな。
「それじゃ、また後でね
ちゃんと汗拭くのよ?」
「了解〜」
そう言って立ち去る雪蓮に右手を振る。
もう少し休んだら着替えに戻らないとな。
風邪は引きたくないし。
──side out
孫策side──
仕事も終わって休憩をしに最近気に入った白酒を持ち中庭に向かう途中、やけに上機嫌な祭が居た。
どうしたのか訊いてみたら祐哉と鍛練の約束をしたと楽しそうに答える祭。
祐哉はお人好しって言うか真面目そうだから口説くの苦手かと思ってたんだけど意外に遣るわね。
まあ、祭は面倒見も良いし単に新しい“遊び相手”が出来て嬉しいのかもね。
(私も参加しよっかな?)
祭との手合わせも此処暫くしていないし。
袁術の客将になってからは大した戦闘も無い。
平和なのは良い事だけど、実際には私達の飼い殺しを企んでいるから。
でもまあ、そういう謀略は珍しくもないし仕方無い。
それより赦せないとしたら連中の身勝手の所為で民が犠牲になっている事だ。
とは言え、今の私には何の力も無いのが事実。
悔しいけど今の私は静かに“時”が来るのを待つしか出来無い。
(そして、その時が孫家の悲願への一歩…ん?)
そんな事を考えていたら、視界の端に何かが動く影を捉えて振り向く。
見れば祐哉が汗だくになり走っていた。
祭の話だと中庭から始めたみたいだから終わりも多分中庭だろう。
そう考えて先回りする。
祐哉には悪いけど私の方が足も早く、敷地内も熟知し楽に勝てる。
中庭に着くと祐哉から見て死角になる場所に潜む。
──と、丁度祐哉が中庭に来て──今まで以上に早く走り出した。
多分、最後の一周。
そして私の予想したよりも少しだけ早く戻って来た。
祭が気に入る筈だ。
見た目に因らず根性も有り努力家らしい。
まあ、今は鈍っている様に見えるけど。
驚かそうと静かに近付いていきなり声を掛けたけど…
息が乱れ過ぎてるからか、反応が薄い。
揶揄い半分で華佗を呼んで診て貰うか訊いたら私達の酒癖を治すとか言うし。
断固反対よ。
「………綺麗なのに可愛いとかさ反則過ぎるよな…」
「──っ!?」
不意に祐哉の漏らした声に心臓がドクンッ!と驚いた様に跳ねた。
本人は声に出している事に気付いていないみたい。
平静を装い、直前の会話を利用して足早に離れた。
「…何なのよ…」
祐哉から十分に離れてから呟いた一言。
自分でも訳が判らない。
やけに心臓の音が喧しい。
知らず知らず右手が衣服の胸元の握り締めていた。
──side out。




