8 蠢く闇
other side──
「…はぁ…今日の実入りも今一つだったわね…」
街の食堂の卓を囲みながら夕餉を採っていると末妹の張梁──人和ちゃんが呟き溜め息を漏らす。
「あーぁ…こんな調子で、私達本当に大陸一の旅芸人になれるのかなぁ…」
それに続き上の妹・二女の張宝──地和ちゃんもまた弱気になって愚痴る。
「ほら、二人共、そんなに気にしないの
明日になればきっと、良い事有るって〜」
此処は姉である私の出番と思い二人を励ます。
「はぁ〜…姉さんは気楽で良いわねぇ…
明日明後日には行き倒れるかもしれないのに」
「えー…れんほーちゃん、ちーちゃんってば酷いとは思わないー?」
「それより何か新しい手を考えないと…このままじゃ私達本当に行き倒れよ?
もうお金もあまりないし…
やっぱり地方の方が…」
「ちょっと人和!?
それ本気で言ってるの!?
折角、こんな大きな街まで来たのにまた田舎回りとか絶対ヤだからね!」
「私だって嫌よ…
だけど、もっと大きな都で有名にならないと集客数も高が知れてるもの」
ちょっと巫山戯てみたりと雰囲気を明るくしようにも二人が悪い方向にばっかり考えて聞いてないし。
「もぅ…二人共お姉ちゃん無視して辛気臭いなぁ…
お姉ちゃん、ちょっと外の空気吸ってくるからねー」
「はいはい、どうぞ〜
あーあ、後援者とか付いてそれで大陸中回ったりとか出来無いかなー」
「それなら、今よりもっと有名にならないと──」
現実的なのか、非現実的かよく判らない妹達の会話を背中にお店の外に出る。
ちょっと肌寒いけど私達の生まれ育った地に比べたら大した事はない。
ぐぐーっ…と背伸びをして深呼吸すると冷たい空気が火照った身体に心地好い。
「んん〜…あーっ、空気がおいしー♪」
思考を切り替えたいけど、浮かぶのは妹達の表情。
まったくもぅ〜。
人生まだまだ長いんだから二人共もっと自由に楽しくやれないのかなぁ。
今、私達が居るのは兌州の東郡・濮陽県の街。
今までに回って来た中では一番大きな街。
どんなに大きな夢を持っていたとしても身の丈程度は判っているから地方を回り自信と実力を付けて来た。
まあ、現実はそんなに甘くなかったんだけどね。
女性だけの旅芸人って事で最初は目を引くんだけど、私達の歌が悪いのか或いは伴奏が悪いのか。
最後まで聞いてくれているお客さんは少なかった。
でも、それはまだ私達には足りない事が有って成長が出来るって事だって考えて頑張らないとね。
「あ、あのっ!」
不意に声を掛けられて振り向いて見ると一人の男性が立って居た。
歳は若くても二十代後半、見た目通りなら三十代後半になるかな。
痩せ形の長身に無精髭。
こう言っては失礼だけど、野盗みたいな風貌。
「もしかして…張三姉妹の張角さんですよね!?」
“張三姉妹”という名前は私達の旅芸人としての物。
その名を知ってるって事は私達の歌を聞いてくれてた人なのかもしれない。
そうだとしたら嫌な顔とか変な態度はしちゃ駄目。
たった一人でもお客さんは大事にしないとね。
「そうですけどー」
「あ、あの!、俺、実は…張角さんの歌、すごく好きなんです!
だ、だから!、これからも頑張ってください!」
緊張しているのか辿々しい喋り方だけど気持ちだけはしっかりと伝わる。
素直に嬉しいなぁ。
「え?、ホントに?
応援してくれてありがとうございますー♪」
「あと…よかったらこれ、貰ってください!
よく知らないけど、なんか貴重な本らしいですから、売ったら多分、ちょっとはお金になると思います!
活動資金の足しにでもしてください!」
そう言って、男性は懐から黄色い包みを取り出して、私に両手で差し出したので断るのも悪いし、本当なら凄く助かるので遠慮せずに受け取る。
「え?、いいんですかー?
嬉しいですー♪」
御礼という訳じゃないけど包みを左腕で胸元に抱えて空いた右手で男性の右手を掴んで握手する。
…ちょっと汗ばんでるから気持ち悪いけど我慢我慢。
頑張って笑顔作んないと、折角貰った物も“返せ!”とか言われそうだもんね。
ちーちゃん、人和ちゃん、お姉ちゃん頑張るよー。
「うお…あ、握手まで!
こっちこそ!、ありがとうございます!
この手、俺、もう絶対一生洗いません!」
「あはは♪
でもぉー、厠に行ったら、ちゃーんと洗わなくちゃ、ダメですよぉ?」
それは…不潔過ぎるから、二度と握手したくないって思われちゃうよー。
あと出来れば握手する前にその手を拭く様にした方が良いと思うけどねー。
「は、はい!
それじゃ、失礼しますっ!
頑張ってください!」
そう言うと男性は一礼して走り去って行った。
「…なんでだろ?」
その理由が判らず、一人で小首を傾げて見送った。
「どうかしたの姉さん?
何か、騒がしかったみたいだけど…」
小首を傾げて居ると二人がお店の中から出て来た。
心配気な顔で人和ちゃんが訊ねてくる。
ちーちゃんは辺りを見回し何も無い事に首を捻る。
でも、個人的にはそれよりお会計済ませちゃったから食後の杏仁豆腐食べれない事の方が重要だよぉ。
…食べたかったなぁ…。
「どうなの姉さん?」
「んー…良く分かんない」
どうして走ってったのか、全く検討も付かない。
…急に厠に行きたくなったとかかな。
「…あれ?、姉さん、その黄色い包みって何?」
ちーちゃんが目敏く包みに気付いて訊いてくる。
流石って言うか、ホントに欲張りだよねー。
「んー…なんかねぇー
お姉ちゃん“達”の事をね応援してくるてるって人がくれたのー
これを売ったらお金になるかもってー」
ホントは私の事しか言ってなかったけど。
でも、こう言ったら二人も嬉しいし、やる気になると思うから良いよねー。
「ホント!?
ちょっと姉さん見せて!」
急に目の色を変えて包みを奪おうとするちーちゃんの魔の手から守る様に身体を捻って包みを隠す。
ちーちゃん、お金になると聞いて食い付き過ぎー。
「あーっ!、ダメーっ!
これは、お姉ちゃんにって貰ったんだからね!
だから、絶対お姉ちゃんが開けるのー!」
「はいはい、分かったから早く開けてよ!」
「ちー姉さん、落ち着いて
でも、売ったらお金になるかもって事は、少なくとも買い手が居る様な物よね
あと、商人なら誰が見ても価値が有るとか…」
「金や銀の細工物とか?
もしかしたら、凄く珍しい宝石とかだったり?
あーっ、もうっ!
姉さん早く早く!
気になって仕方無いわ!」
つい慌てたから本当の事を言っちゃったけど、二人共興味は無いみたい。
というかー、包みに興味が行き過ぎてるのかなー?
まっ、いいかー。
でも、ちーちゃん残〜念。
中身は本らしいよー。
言っちゃったら面白くないから言わないけどー。
「えへへー♪
それじゃあ、開けるねー♪
じゃじゃーん!」
二人を前にして左手に持つ黄色い包みを右手で捲ると中から出て来たのは──
『…………………………』
私にしても予想外の物で、三人して言葉を失ったまま“それ”を静かに見詰める事しか出来無かった。
それは本と言うには少し…え、え〜と…うん、かなり無理が有るかなぁ。
だって、本って言うよりは板切れの束だもん。
「…………え?、何これ?
これが…お宝なの?
金銀財宝・宝石は何処!?」
「ちーちゃん、そんな事は誰も言ってないよー?」
「言って無かったとしても少し位は期待するし想像もするでしょ普通は!?
──というか、もしかして姉さん知ってた!?」
「え、えー…お姉ちゃんも知らなかったもん!」
本当は聞いてたんだけど、全然違ってたんだよー。
お姉ちゃんだって吃驚して訳が分からないんだから。
「これは…古い…竹簡?」
私とちーちゃんが言い合いをしてる横で人和ちゃんは私の左手から板切れの束を取って見ている。
凄く丁寧に扱ってるけど、そうでもしないとボロボロ崩れちゃいそうだよねぇ。
あ、でも、木じゃなくて竹だったんだねー。
「…表題が書いてあるわ
え…と…南、華…老仙?…
…太平…要、術…?」
流石、人和ちゃん。
私達より頭良ーよね。
お姉ちゃんは自慢だよー。
「何それ?、有名な人?
──ってゆーかさ、こんなボロボロの状態でも本当に売り物になるのぉ?」
「…好事家なら内容次第で高く引き取ってくれるとは思うけど…
………ちょっと待って?、これって………」
そう言いながらゆっくりと開いて内容を確認していく人和ちゃん。
「ねえねえ、ちーちゃん
これ売ってお金が出来たらもうちょっと位はこの街に居られるかなぁ?」
「お金も良いんだけどー
何かこう、わたしとしては凄く売れっ子になれる方法とか書いてあったりすると嬉しいんだけどなー」
「……天和姉さん」
そんな感じの事を二人して話してたら、人和ちゃんが真面目な顔をしてた。
…怒らせちゃったかな?
「なぁにー?」
「これ、凄いわ…
私達の思いも付かなかった有名になる為の方法が沢山書いてある…」
「………は?
ちょっと、ホントに!?
さっきの冗談よ!?」
「冗談なんかじゃないわよ
これらを実践して行けば、きっと…大陸を獲れるわ!
私達の歌で!」
「ホントに!?」
「ええ!」
「よ、よく分かんないけど凄いのねー」
「そうよ!、凄いのよ!」
私にはよく分かんないけどこんなに興奮して喋ってる人和ちゃんは凄く珍しいしとっても嬉しそう。
勿論、ちーちゃんも。
何だか分からないんだけど気にしなくても良いかな。
──side out
other side──
深い、深い暗闇。
その中にユラユラと揺れる灯火が有った。
八つの槍の様に長い燭台に囲まれた中心に青白く光る掌程の大きさの球体が宙に浮かんでいる。
其処には白い服を着ている少年の顔が映っていた。
「ふむ…“天の御遣い”は無事に着いた様ですね」
そう言いながら、球体──水晶球の両脇に有る両手を空中で綾取りでもする様に動かしている。
すると今度は別の少年──いや、青年の姿が映る。
黒い髪と瞳、長身の青年は先程の少年と同じ存在。
更に両手を動かす──が、“三人目”は何故か水晶に映って来ない。
「何だよ?、もう既に一人死にやがったのか?」
「おや、早かったですね
どうでした?
無事に“アレ”は、宿主の元へ辿り着きましたか?」
振り返る事などしなくとも誰かは判る。
此処に来られる者は二人。
私と彼だけなのだから。
「簡単過ぎる程にな
というか、あんな面倒臭い事せずに直接連中を殺れば良いだろうが?」
「そうしたくても一ヶ月は“彼女”の術の影響下です
私達には手が出せません」
「一ヶ月以内に“アレ”が使い物になるか判んねぇと思うのは俺だけか?」
小細工等要らない。
真っ向から叩き潰すだけ。
そう言わんばかりに不満が声に篭っていますねぇ。
彼の性格的にこういうのは苦手と言うか、嫌いな方法ですから仕方無いですが。
「別に構いませんよ
それに急いで為損じるより増しですからね」
「随分と弱気だな
ビビってんのか?」
「嘗て“天の御遣い”には痛い目に遇わされてますし警戒もしますよ
過去の轍を踏む様な馬鹿な真似は御免ですからね」
「…ちっ、判ったよ」
苦虫を噛み潰した様な顔で外方を向く姿は親に叱られ拗ねている子供の様。
そういう彼の純粋さが私の好きな所でも有り…
“穢してみたい”と思わす所なんですよね。
「…で、どうするんだ?」
「現時点では“三人目”の有無が判りません
ですが、“アレ”が上手く役に立てば必ず何かしらの情報は得られます
それに“適格者”か否かも判るはずですよ」
「なら、俺は寝てるか」
「添い寝しましょうか?」
「したら、お前から殺す」
…やれやれ、いつもながら連れないですねぇ。
──side out




