伍
泣いた烏は何処へやら。
女性は縁星を引き摺って、居住区の東側に有る他より頭一つ大きな屋敷へ入って一室にて説教を始めた。
長い長い…本当に長く実に五時間近い説教だった。
お陰で終わった頃には外は夜になっていた。
因みに、もう一人の女性は屋敷に着いた時点で別れて何処かへ消えた。
あれは“知っている”者の対応に間違い無いな。
自分の部屋だろう場所へと重い足取りで向かう縁星に同情しながら同行する。
道中、思考は御説教の際に得られた情報を整理。
先ず、“龍”という存在は二種類有るという事。
一つは言わずもがな龍族。
もう一つは、動物としての龍という種族。
日本人的に言えばゲームや小説・漫画・アニメ等にも登場する東洋龍──蛇龍の姿をした龍の事。
此方は“龍種”と呼ばれて区別されている。
龍種は華佗が所有していた秘薬の調合書に材料として書かれている龍でも有り、龍族とは似て非なる存在。
ただ、高い知性や生命力・特殊な能力等を有する為に混同されるのも無理は無い様でも有るが。
数も少ないが、人間の前に姿を見せる事も滅多に無く幻獣扱いも当然らしい。
で、本題の龍族はというと“聖龍”と“邪龍”という二種が存在する。
基本的に聖地に居る龍族、産まれて来る龍族は全てが“聖龍”だそうだ。
龍の姿の際は霊体に近く、物理的な干渉は不可能。
人間の氣では掠り傷程度が精々という、有る意味では不死身的な存在。
しかし、人型の際は接触が可能らしい。
まあ、だからと言って人が殺せるという事ではない。
問題は“穢れ”だ。
“穢れ”とは聖龍が人間や他生物との接触したりした影響により堕ちる事。
定義されている“穢れ”は憎悪・嫌悪・悲哀等の心、血等の身体的な物とが有り中々にシビアな様子。
また龍族は異種族間交配は不可能な存在らしい。
その為か、人間との恋愛は禁忌中の禁忌。
語っていた女性の様子だと“前例”が有るのだろう。
悲恋か、悲劇か…
何れにしても龍族が堕ちた要因になった事が。
そして、堕ちた龍族こそが“邪龍”である。
“邪龍”となった龍族には三つの特徴が有る。
一つ、人化が不可能になり龍の姿でしか居られない。
二つ、龍型でも物理干渉を受ける様になる。
これは本来の神聖さを失い受肉したと考えられる。
三つ、堕ちた要因に直結の感情・思考・衝動のみ残し自我・理性は失われる。
そして残された本能のまま暴れ回るらしい。
つまり、名の通り“害悪”その物と成り果てる。
縁星は自室に着くと寝台に真っ直ぐ向かって、身体を布団の上に投げ出す。
ボフッ…と音を立て俯せに倒れたまま数秒。
身動きせずに居た。
「…何が悪いんだろ…」
くぐもった声が響く。
“何が”…か。
一言で言うのなら異種族に生まれてしまった事。
或いは彼が龍族に生まれた事になってしまう。
しかし、それは完全な外の者としての言葉。
本質的な解決にはならない他人事の回答。
「…僕は…これから先を…どうしたいんだろ…」
その言葉に対して返す事は誰も──如何なる存在でも不可能な事だろう。
その答えは、自身意外には出せない事。
老若男女種族問わず共通の命題だとも言える。
「その答えを見付けた時、自らの生きる意味を得る」
静かに、寝息を立て始めた幼い苦悩者には聞こえない言葉を手向ける。
判っていても、願わずには居られない。
未来に幸せが有る事を。
──次の瞬間、再び景色は歪み色彩が混じり合う。
(…どうしてだ?
何故このタイミングで…)
場面転換をするにしては、理由が思い浮かばない。
縁星──天龍王の事を始め龍族の事も必要最小限しか知る事が出来なかった。
それなのに、先を急ぐ様に流れを進めた。
それはつまり、あの場には必要な情報は無いという事なのかもしれない。
世界が白に染まり弾けた。
瞼を閉じて──数瞬して、開くと視界に映った景色は聖地とは全く違っていた。
「此処は…」
青い空、白い雲。
白と黒のコントラスト。
命が眠る季──冬。
辺り一面を覆い尽くす雪。
澄んだ空は他の季節よりも地上より離れたかの様に、とても高く感じる。
「厄介だな…」
雪──冬は四季の中でも、大きく地形を変える。
他の季節とは違って本来の姿が判り難い。
加えて、現代社会とは違い自然環境の影響も強い。
記憶している地形の情報は役に立たないか。
「…まあ、情報収集出来る可能性位は掴めるか」
目に映る“それ”を目印に歩き出す。
立ち上る一筋の白。
人類に取って切り離せない要素の一つ。
それは人間が使う“火”が其処に有るという証拠。
空に向かう白煙。
進化の過程、文明の叡知、その何方らに於いても火の存在は重大な事だろう。
火の無い所に煙は立たぬ。
人の無い所に火は起きず。
白煙を辿り行き着いたのは深い森に囲まれた村。
周りを丸太の防壁で囲み、内側に住んでる様だ。
猛獣避け──と言うよりは賊避けだろう。
あの時の村もそうだったが治安は良くないらしい。
「まあ、俺には意味の無い物なんだけどな…」
苦笑を浮かべて言いながら通り抜けて中へと入る。
ざっと見回した感じでだが人口は二〜三百程か。
規模としては小さい。
「深蕾ちゃん、待って…
ほらこれ、持ってきな」
その声に慌てて振り向くと歳の頃は四十代位の女性が目の前の女性へと白菜等が入った笊を差し出している姿が有った。
「良いんですか?」
「当たり前だよ
深蕾ちゃんのお陰で私等は助かってるんだ
寧ろ、此方が申し訳無い位なんだからね」
そう女性に言われて彼女は本の少し苦笑を見せる。
しかし、好意を無下にする事は出来ずに受け取る。
「有り難う御座います」
「汁物にして食べとくれ
最近は冷えるからね〜」
「そうします
また何か有った時は言って下さいね」
「ああ、宜しくね」
そう言って互いに一礼して女性は背後の自分のだろう家へと入った。
彼女は降り積もった雪道を踏み鳴らしながら村の中を歩いて行く。
見失わない様に彼女の隣に慌てて駆け寄り並ぶ。
(これは予想外だな…)
目の前に居る彼女。
髪や瞳の色は確かに深蕾と名乗った少女と同じだ。
しかし、決定的に違うのは今の姿はどうみても十代。
平均的に見れば十五〜八歳辺りだろうか。
身長は160cm前後。
幼少時の大人びた雰囲気は洗練されながらも可憐さを同居させる女性へと成長を遂げている。
華琳と出逢っていなかった場合なら一目惚れしていたかもしれない。
当初、あの時点は春〜夏で季節が冬という事から見て経過した時は最短で半年、最長で二〜三年位だろうと考えていた。
しかし、今はどう考えても十年近い事になる。
其処まで時間が跳んだ事に疑問を持たない訳が無い。
──が、ふと思う。
この記憶は一体、“誰の”過去夢なのか。
最初は縁星かと思ったが、それでは現状が不可解。
深蕾としても同様。
では、主観は誰か。
縁星の存在を認識出来て、深蕾の事も知っている。
その上で龍族の聖地の事も知り得る存在。
その答えは一つしかない。
これは“世界”の記憶。
“世界”が俺に見せている過去夢としか考えられず、そう考えると大半の疑問に答えが出る。
ただ、目的──理由だけが逆に雪に埋もれる様にして見えなくなった。
村の外れの方に他の家とは少し距離を置いた形で建つ一軒家に深蕾は入った。
他と離れていると言っても村八分ではない事は先程の女性との遣り取りからでも理解出来る。
では、何故か。
その答えは家の周辺に有る藁を使った傘。
中身は恐らくだが植物──薬草の類いだろう。
その栽培の為の環境として民家から距離を置いている場所に住んでいる。
そういう事だと思う。
深蕾を追って家の中へ。
しかし、妙に犯罪臭がする入り方なのは精神的に少し憂鬱だったりする。
持ち帰った笊を台所に置き羽織っていた外套を脱ぐと軽く振って、壁の突起へと掛けた。
外套に隠れていた背中には幾つもの小さな引き出しの着いた箪笥の様な木箱──旅の行商人達が好んで使う道具入れが有った。
全体的に小さいのは彼女が女性だからなのか。
そう思いながら様子を窺う目の前で道具入れを下ろし引き出しを抜く。
彼女の傍らに近付いて中を見てみると、煙草のロングタイプの箱位の大きさで、深さは5cm程。
その中に半分の大きさ程の木製の小箱が二つ、前後に並んで入っている。
その内、奥側の小箱の上に付いている紐の輪を掴んで取り出した。
小箱にも引き出しが有り、引き抜いた中に入っていたのは直径1cm程の黒い球。
匂う香からして丸薬か。
「…僅か五日で半分以上を使ってしまうなんて…」
溜め息と共に漏れた言葉。
今の声を字面だけで見ると“勿体無い”と言っている様に聞こえるだろう。
だが、薬術を少しなりとも齧った者なら言葉の意味を理解出来る。
今は冬、草木は枯れ眠る。
つまり薬草の収穫は少なく薬は数に限りが出る。
曹家──俺の様な準備には手が届かない。
“普通”なら、だが。
深蕾が今も縁星と交流し、氣を学んだりしていたなら話は変わってくる。
「明日、森に探しに行ってみないと駄目ね…」
そう言いながら立ち上がり壁際に有る戸棚に向かうと中段左側の引き出しを開け中から救急箱サイズの箱を取り出して戻る。
予備、或いは保存中の薬が入っているのだろう。
箱の中から木を刳り貫いて作ったのだろう、円筒型の蓋付きの壺の様な入れ物を取り出し、蓋を開けた。
中には先程と同じ丸薬。
「残りは…二十人分程…」
静かに呟いた一言に彼女が直面している問題が深刻な状態だと理解する。
どういう類いの物か詳細は判らないが疫病の可能性も有るだろうと。
今までの様子から見る限り彼女は薬師なのだろう。
そして一人暮らし。
両親が亡くなったかどうか情報は無いが家の中に他の人物の生活の痕跡は無い。
まあ、縁星と同棲している可能性は限り無く低いし、当然かもしれないが。
ただ、彼女がフリーならば他の男が放って置かないと思うんだけどね。
だから、今も関係が有ると思えるんだが。
しかし、探れはしないが、深蕾は氣は使えないな。
もし仮に氣が使えるのなら多少なりとも自己栽培して季節に関係無く収穫出来る筈だからな。
──と、考えていると服を脱ぎ出した深蕾。
虚を突かれた事だった為、目を逸らすのが遅れた。
──が、直ぐ様彼女の方に視線を戻した。
決して、厭らしい理由からではない。
視線を向けた先に有るのは晒された彼女の下腹部。
端からは──経験者・医者だったとしても気付くのは難しいだろう。
多分、普通なら本人でさえまだ自覚も無い筈だ。
(…間違い無い、妊娠だ
なら、父親は縁星以外か)
視線を上げ、乳房を見るが妊婦特有の変化が有るのか視覚だけでは判り難い。
ただ、三ヶ月未満だろうと診断は出来る。
「……縁星……」
御腹を両手で優しく抱き、小さく彼の名を口にする。
その姿から深蕾の想いと、二人の関係は伝わる。
着替えを再開した彼女から視線を外して考える。
必然的な疑問が生まれた。
龍族は異種族間での交配は出来無い体質。
その頂点たる天龍王ならば“力”の影響も含めると、先ず無理だと思う。
けれど、子供の父親は──深蕾の愛する相手は縁星に間違いは無いだろう。
他の男に犯された可能性も彼女の様子から見て無いと言っても良い。
(…人間故の可能性?)
ハーフ──混血者の殆どは人間との間に生まれる。
“此方”ではどうか正確な事は言えないが。
考えられる可能性としては十分に有り得るだろう。
(だとすれば、その子供は新たな時代の象徴で有り、同時に旧き時代の災厄でも有ると言えるか…)
二人の出逢いと恋愛に。
生まれて来る命に。
何一つとして罪は無い。
しかし、業は有るだろう。
理不尽・不条理とも言える身勝手で傲慢な業が。




