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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
156/915

         弐


御婆さんから竹篭を預かり背負うと、少し後ろを歩く形で付いて行く。



「優しい娘だねぇ…

お嬢ちゃんは恋人や旦那は居るのかい?」


「今は居ませんよ」


「おやまあ、勿体無い…

宅の孫が後十大きかったらお嫁に欲しい所だよ」


「有り難う御座います」



笑顔で相槌を打つ。

しかし、誉めてくれるのは嬉しいが男だと言いたい。

御婆さんに悪気は無いし、騙しているのは此方だから言うに言えない。

…選択ミスったなぁ…。


村の入り口から最奥に向け斜面になっている高低差は大体10mといった所。

御婆さんの向かう先は村の中程で横に逸れた為、道は其処まで負担ではない。

それでも、老人の足腰には幾らか辛いだろうが。



「ああ、ほら、其処の先に見えるのが宅だよ」



御婆さんが指差した先には小さな村の民家としてなら大きな方だろう一軒家。

一見して村の中でも大きい家だと言える。

もしかしたらだが村長とかなのだろうか。

大体、村や集落等の場合は一番権力が高い者や名士の家系が一番大きな家に住み力を示す事が多い。

御婆さんの人柄には直結はしない事だから判り難い。

偶々なのか、必然的なのか他の村人との接触は無くて御婆さんの情報は少ない。

まあ、接触が無いだけで、他の村人は居たが。

畑を耕したりしてる最中で距離も離れていた事も有り此方に気付いたかも微妙な所ではあったけど。

変に詮索はしたくないが、習性・性分は仕方無い。



(…認識されている時点で普通に異常なんだけどな)



この世界の中で俺の存在は“イレギュラー”だ。

しかし、影響力・干渉力はエキストラ以下だろう。


此処は具現化された過去。

既に時の流れの確定された仮初めの世界。

俺は直に体感しているが、傍観者であり部外者。

関わる事は許されない。

過去へのタイムスリップや時空間転移ではない。

飽く迄も追体験。

この御婆さんの様に関わる事が出来る相手──存在は風景と同じ。

全て忠実に“再現”された仮想現実という事。

だから、エキストラに対し接触しても問題は無い。

世の価値観・思想・言動の全てが定められた世界。

謂わば、巨大な劇舞台。



(術の類いじゃあないな…

何かしらの“力”か意志が起こしている現象…)



何の為に?、と訊かれれば俺に見せる為だろう。

どういう意図かまでは今は断定出来無いが。

ただ、龍族絡みな事だけは確かだと言える。




家に着くと御婆さんは開け放たれている戸を気にせず中へと入って行く。

こういう無用心な所は大体田舎に多く見られる。

まあ、逆に言うと空き巣を働く輩が極めて少ない事の証でも有るけれど。

現代の防犯意識の必要性はそのまま人心の腐敗を現し犯罪の増加を意味する。



(世の文明・技術・知識が進歩・繁栄すればする程に犯罪は凶悪化する…

全く、皮肉な物だよな…)



栄華の弊害、とでも言えばいいのだろうか。

或いは鼬ごっこか。

暗躍・悪用する輩の方が、常に先んじるのも特徴。

何故、考え得る可能性にも目を向けないのか。

“栄光”に目の眩んだまま満足してしまうのだろう。

一つの結果・成果を得て、終わってしまうから可能性には気付かないのかも。


それは人間らしいと言えば人間らしいのかもしれず、愚かしくも、有り触れた、変哲の無い現実だろう。



「ただいまぁ〜」


「お帰りなさい、お母さん──って、其方らは?」



御婆さんの声と返った声に思考は目の前の事へ向く。

年の頃は二十半ば辺りか。

黒いショートカットの髪の女性が其処に居た。

料理中だったのか前掛けで手を拭きながら此方に歩み寄って来ている。

若干だが警戒が窺える。

仕方無い事だが。



「旅のお嬢ちゃんでねぇ、この村に宿は無いから宅においでって言ったんだよ」



御婆さんの言葉を聞いて、女性は小さく溜め息を吐き右手を腰に当てる。

“もう、お母さんったら…

また勝手な事をして…”と聞こえて来そうな雰囲気。

気持ちは判らなくもないが此処で断られるのは拙い。

何しろ、折角得た情報源を失う事になるのだから。



「突然で申し訳有りません

御迷惑でしたら…」



“遠慮”している体を装い断られても仕方無いという表情を作ってアピール。

僅かな罪悪感を相手に対し抱かせて、折れさせる。

我ながら姑息な演技だ。



「ああ、大丈夫よ

ちょっと驚いただけだから

滅多に他所の人とか来ない村だからね〜

狭い所だけどゆっくりして行って頂戴」


「有り難う御座います

申し遅れましたが、飛影と言います

御世話になります」


「飛影ちゃんだね

アタシは甘舟、此方は娘の甘瑩だよ」



自己紹介をし背負っていた竹篭を下ろして娘さん──甘瑩さんに手渡す。

…というか、姓が甘って…まさか興覇の先祖とか──無いよな。

だったら出来過ぎだ。

どんだけ深い縁なんだか。

過去夢の中にまで影響する縁とか凄過ぎだっての。




甘舟さんに促されて中へと入って驚いた。

家の外観は中国系の物だが内装は和式──日本風で、囲炉裏が有る。


だが、引っ掛かった。

現代のこの村にも各地にも囲炉裏は無かった事。

発展すれば廃れる設備では有るのは確かだが、廃れる程の劇的な発展は後漢までしていない。

寧ろ、普及している場合の方が可能性が高い。

ただまあ、約百年も有れば戦火に因って失われる事は十分に考えられる。



「ささ、御上がり」


「お邪魔します」



──訂正、靴を履いたまま床板の上にって…

全然和風じゃない。

というか、囲炉裏の周りに低めの椅子置いて座ってる時点で違うよね。

日本人的な風情が台無し。

まあ、御年輩や子供等には座り易いかもしれないが。


甘舟さんの対面に置かれた椅子に腰を下ろす。

…どうも足を伸ばさないと座り難いなぁ。

口や態度には出さないが。



「飛影ちゃんは、何処から来たんだい?」



どストレートな質問。

位置的に言えば北から。

時代的に言えば未来から。

先ず、後者を言う訳が無い事だけは確かだな。

とは言っても、時代を特定出来ている訳ではないから正確な事は言えない。



「此処からだとかなり南になりますね」



必然的に暈した返答。

序でに言えば、南側の方が漢代以前なら時代的関与が少ない事も理由。

何らかの形で時代の特定に繋がる情報を得たいな。



「おぉ、それは大変だねぇ

旅をするにも一人だと色々苦労も有るだろぉ?」


「ええ、まあ…

ですが、その苦労も含めて良い経験だと思っています

…地方毎の郷土料理とかも楽しめますしね」


「あははっ、確かにねぇ

若いのにしっかりしてるし将来が楽しみだよ」



…百年以上生きてられたら会えますよ。

まあ、その時は甘舟さんは人間辞めてる筈だけど。



「そうそう、そう言えばね

何でも北の方で新しく都が出来たって話だよ?

確か…名前は…ら、ら〜…ああっ、そうだよ!

洛邑と言ったかねぇ」


「洛邑、ですか…」



御婆さんの言葉に食い付き過ぎ無い様に興味無い体で返事をする。

──ってぇ、洛邑っ!?

って事は今、西周っ!?

洛邑が出来たばかりなら、成王の代か。

西暦的に紀元前千五十年〜紀元前九百五十年の間。

百年所か、千百年以上前の時代に居るって事だよな。

うわぁ…頭痛いな。

予想外も予想外だよ。





「おんやぁ?、あんま興味無いんかねぇ…」


「無くはないですが…

都が出来たからと言っても地方の村や集落の暮らしが良くなる訳では無いですし恩恵が有っても一時的だと思いますから…って、変な事言いましたね

忘れて下さい」



つい、本音が出てしまって甘舟さんも、料理をしつつ耳を傾けていた甘瑩さんも驚いた様で手を止めている事が気配で判る。

この程度は氣の有無は全く関係無く出来るしな。



「…もしかしてなんだけど飛影ちゃんは名士の御家に産まれたのかい?」


「ちょっ、お母さんっ!?」



あまりにも愚直過ぎる質問に対して甘瑩さんの方から責める様な声が上がる。

それに、かなり個人の事に踏み込んだ内容。

だから、甘瑩さんの抗議も判らなくはない。

しかし、それ以上に俺へと“そんな質問”をしてきた甘舟さんに興味が湧く。

甘舟さんはかなりの博識と言っても良さそうだ。

それこそ、一文官レベルの話ではなく一勢力の軍師や重臣クラスだろう。



「そう言う甘舟さんの方も素晴らしい経歴を御持ちと御見受けしますが?」



だから、敢えて質問で返し笑みを浮かべて見せる。

安い挑発。

しかし、こういう場面での腹の探り合いになら意外に効果覿面だったりする。

…まあ、当事者同士でしか理解が出来無い場合が殆どだったりするけれど。


静かに睨み合う俺と母親を見詰める甘瑩さんが困った──って、あらら?

溜め息を吐いたと思ったら呆れた様な表情を浮かべて料理に戻った。

…え?、何?、もしかして甘舟さんって普段から結構“曲者”だったり?

或いは、“引退”してからまだ間も無いとか?

だとしたら、ちょっと早計だったかなぁ。



「…ふぅ…流石に隠居して時が経つと堪えるねぇ…

この緊張感や雰囲気は嫌いじゃあないんだけど…」



一息吐いて、右肩を左手で揉みながら右腕を回す姿は正に“肩が凝った”という仕草なのだが…

素直に鵜呑みにして良いか悩んでしまう。

この人、何気に海千山千の猛者ですよ。

まあ、此処で必要以上には騙す理由は無い──いや、無くはないか。

此処は大巴山脈から程近い山奥の小さな村。

滅多と人が来る事はないが来ない訳でも無い。

しかし、賊等の類いが全く居ない訳では無い。

それなのに何故、この村は“無事”で居られるのか。

答えは単純明解。



「“番人”の任というのも中々に大変な様ですね」





俺の言葉に甘舟さんが身を固くして動きを止めた。

甘瑩さんも此方へ振り向き凝視している事が感じ取る視線で判る。



「…何の事かねぇ?」



しらを切る様に回していた右腕を下ろして、囲炉裏の中央に吊り下げられている自在鉤から鉄瓶を取り外し手元に有る茶壺──急須に湯を注いで行く。

甘舟さんの様子に我に返り甘瑩さんも料理に戻る。

但し、先程以上に此方への集中力は高いだろうが。

気にならない訳が無い。



「この“囲炉裏”は他所で見る事は有りません

これが“彼の者”とを結ぶ何よりの証です

それとも…囲炉裏の出来た由縁を御聞かせ頂ける事と思っても宜しいか?」



言っといて何だが、完全な引っ掛けだ。

俺は、この家以外は何一つ知らないのだから。

因みにだが“彼の者”とは“龍族”の事。

“聖地”の民家には普通に有ったから、大して気にもしなかったけどね。

表情を作る、思考を隠す。

所謂、ポーカーフェイスは慣れた物だ。

通じないのは華琳を筆頭に親い女性陣だけ。

…何でなんだろうねぇ。



「…やれやれだね

アンタは端っから村の事を知ってたって訳かい…」



甘舟さんの諦めた様な声を聞いて、逸れていた思考と意識が元に戻る。

ちょっとだけ罪悪感。

でもね、甘舟さん。

久し振りの騙し合いは中々楽しかったですよ。



「正確には少し違います

囲炉裏や龍族の存在の事は知っていましたが貴女方の存在──任に関しては現に此方に来てから推測したに過ぎませんので」



悪びれる事も無く、淡々と答えると甘舟さんは瞬きし表情を崩して声を上げる。



「あはははははっ♪

こりゃあ参ったね…

今までアタシも色んな者を相手にして来たけどさ

アンタみたいな強かな娘は初めてだよ」


「恐れ入ります」



甘舟さんの誉め言葉を受け頭を下げて礼を示す。

料理をしながら此方の事を窺っていた甘瑩さんも一本取られた様に苦笑している姿が視界の端に映った。

甘舟さんが姿勢を正す。



「では、改めて…

“飛龍の里”の里長にして“巡礼の選定者”甘舟…

旅人・飛影の来訪を心より歓迎致します」


「有り難う御座います

因みに──真っ先に接触し声を掛けて来たのは判別と監視の為、ですね?」



そう訊くと甘舟さんは先程同様の人懐っこい笑顔で、しっかりと頷いた。




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