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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
154/915

         参


──十一月二十七日。


あれから三日が経ち私達も少なからず落ち着きを取り戻していた。

まあ、雷華が側に居るのに居ないという状況も有ってもどかしさは有るけれど。

其処は我慢して頂戴ね。


で、その雷華はと言えば、状態は平行線。

例の高熱は昨日の朝方には40℃近くまで下がった。

それでも高いのだけれど。


特に異常が見られない事に一つの仮説を立てた。

以前、雷華に毒や疫病──病原菌等の氣での対処法を聞いた事が有る。

雷華の話では体内の異物を氣で浄化・消滅させるとの事だったけれど、その際に肉体が高熱を帯びる場合が有るらしい。

勿論、一時的な現象だし、心身への悪影響・後遺症を齎す可能性は無いとの事。

その事から考えると左腕の齎す影響に対し雷華の氣が裡で反応・対処しており、その結果として身が高熱を帯びているのではないかと推測している。

そして、その推測が正しいのだとしたら、身体の熱が下がった事実は当初よりも雷華の状態が良くなったと言える証拠になる。



「このまま順調に平熱まで下がれば恐らくは…」



雷華は目を覚ます筈。

そう思ってはいても口には出来無いでいる。

可能性というのは良い事に限らない。

“最悪”の可能性も十分に存在しているのだから。

油断は出来無い。

気休めの言葉も皆に言ってしまう事は愚行。

絶対的な確証が無い限りは気は抜けない。



「…まあ、雷華の性格的に無いでしょうけど…」



私を、あの娘達を残して、目覚めないなんて事は先ず有り得ない。

私達も負けず嫌いだけど、雷華も大概だもの。

それに何より──あの時、私達は辛酸を嘗めた。

“世界”と言う人の身では抗えぬ摂理に因って私達は一度は引き裂かれた。

打ち込んだ楔も本の僅かな可能性に懸けて。


確かに今、私達は共に在り触れ合い、感じ合える。

けれど、それは私達の手で意志で実現した事ではなく“何か”が干渉した結果に過ぎない。

だからこそ、私も、雷華も“二度”は敗けない。


互いを求める想いは、欲は際限無く湧き起こる。

長く引き離されていた分、抑圧されていた分。

求める事も求められる事も互いが居てこそ叶う。

だからこそ決して奪う事を赦しはしない。

もう二度と。



「…もし遣れるものなら、遣ってみなさい

“何が”相手でも、私達は絶対に退く事は無いわ」



窓から見上げた蒼天へ向けはっきりと口にする。

あらゆる戦いを受けて立つという宣戦布告。

視線の先に見据える蒼。

“世界”にとて負ける気は微塵も無い。




机上に広げられた書簡へと視線を戻し、筆を取る。


日常の生活・仕事を普通にしている自分が不思議にも感じてしまう。

雷華があんな状態の中でも冷静で居られるのは夫婦の既成事実のお陰なのか。

或いは、単に雷華の意志を信じているからか。

…多分、明確な答えを出す事は出来無い。

だって、その全てに対して是と言えるのだから。



「…それにしても泉里には驚かされたわね」



思い出すのは初日の夜。

台所に集まっていた皆へと雷華の事を説明した時。

性格的にも雷華への心酔・依存度的にも一番取り乱す可能性が有ったのが泉里。

しかし、実際の所は泉里が最も冷静だった。

現状──雷華自身の事より曹家全体に影響が及ぶ事に意識と思考が向いていた。

勿論、雷華の事は心配では有ったでしょうけれど。

私の話を聞いてからなのか聞く前からなのかは私には判らない事だけど、泉里が考え導き出した可能性──疑問は正しい物だった。

雷華にだけ意識を取られてしまっていては見落としていたでしょうね。

現に他の娘達は年長組さえ至っていなかったもの。



「…成長した、と言っても良いのかしら…」



雷華の指導は確かに技術・知識に加え、思想・性格・価値観にも影響を与える。

ただ、その反面で依存度がどうしても高くなる。

年長組は様々な経験が有る分だけ増しではあるけれど全く無い訳ではない。

思春や葵・結・桂花辺りは動揺が本当に大きかった。

表に出してはいなかったが私に詰め寄って来た時に、はっきり感じ取れた。


その一方で茫然自失するか失意に襲われると見ていた泉里はしっかりしていた。



「…結婚式の時、あの娘を案内役にして良かったわ」



自然と浮かぶ笑み。

まだ“妻”としては十分と言えないけれど、泉里には“自覚”が芽生えた。

それが心を安定させていて彼女本来の能力を遺憾無く発揮させられる状態を生み的確な思考を可能にした。


雷華だけではない。

私もまた彼女達に何かしら良い影響を齎す事が出来て本当に嬉しいと思う。

…決して、雷華に対しての対抗意識からではないわ。

純粋に皆を想ってよ。



「でもまあ…早く“此処”まで辿り着きなさい」



自分の居る“領域”に。

あの娘達が至って来る事を楽しみに思い、笑む。

競い合い、分かち合える。

その時を思い描いて。



──side out



 満寵side──


明花様に引き取られてから自分に出来る事を一生懸命遣って来た。

同時に様々な事を経験し、学び、身に付けて来た。


子和様に出逢い、曹家へと招かれてからは私の生活は一変した。

良い意味で、多くの刺激が日々を彩っている。


その中でも異色だと言える事は恋愛だろうか。

曹家の臣下──中核を成す私達の内粗全員が子和様に懸想している。

それも、ある意味仕方無い事なのかもしれない。

何しろ私以外は皆子和様に命や窮地を救われている。

見た目のままに“同性”で有ったのなら純粋に主従の関係に留まっていた筈。

…“百合百合しい”方向に行かなければ、だけど。

現実には子和様は男性で、しかも妻である華琳様には側室が公認されている。

子和様を慕う者からしたらこれ程に良い状況は無い。

華琳様の懐の広さには実に感心させられる。

子和様の身持ちの堅さには別の意味で驚くけど。


ただ、これまでは他人事。

私には関係の無い事だった筈だった。

子和様のあの姿を目にする時までは。



「…子和様…」



たった一言。

その名を口にしただけで、胸の、身体の、魂の奥から溢れ出す想い。

今でも、あの時を思い出す度に胸が締め付けられて、握り潰されそうに痛む。


主従の関係から来る感情がそうさせるのだろうか?

──否、そうではない。

自分でも既に判っている。

これは思慕の想い。


私は──子和様が好き。


主従として、師弟として、尊敬している。

でも、今は──これからはそれだけでは無い。

一人の女性として。

子和様を一人の男性として慕い──求めている。

私の事を子和様に女として見て欲しい。

私の事を子和様に女として求めて貰いたい。

私の全てを子和様で染め、溺れる程に求めたい。



「…〜〜っ…」



しかし、感情や欲求に反し心と身体は羞恥心に敗け、“無理”だと訴える。

…当然と言えば当然。

だって、私は恋愛の経験は無いのだから。

勿論、皆が皆同じだなんて思いはしない。

中には“初恋”だとしても積極的に行く人だって居る事だろうし。

ほら、宅の皆とか。



「…初恋、ですよね…」



初めての筈。

なのに、その胸の温かさは何処か懐かしい様な…

ずっと前から知っている。

そんな風に感じる。


でもそれは、もしかしたらもっと前から私は子和様に恋をしていたからなのかもしれない。

気付いていなかっただけで本当は──きっと私も。



──side out



 劉曄side──


子和様が御倒れになられて既に四日目。

心配でない訳は無いけれど平静を保てる程には私達は落ち着いています。



「早く目覚めないかな…」


「そうだな…

私はまだ子和様との子供を授かってはいないからな

一刻も早く目覚めて抱いて頂きたいものだ」


「め、冥琳?

今のは違うのでは?

…私もして欲しいけど…」



翠さんの呟きに冥琳さんが願望を口にされ蓮華さんが吃驚しながら注意をされています。

──最後に本音が漏れてはいましたが。

と言いますか、冥琳さん?

雰囲気を柔らかくする為の御冗談ですよね?

…私だって子和様に…ってだから今は違いますから。



「まあ、何にしても兎に角今は、子和様の御目覚めを待つしか有りませんね」


「そう、ですね…」



冷静に御話を落ち着かせた斐羽さんに流琉さんが同意されますが、その声色には戸惑いが隠せません。

彼女は私達の中で螢さんと共に年少組。

精神的にまだ未熟。

私も一歳しか違わないので未熟な点は同じですけれど出自の違いが精神の面での耐性を生んでいると思っています。

私の場合、命を失っていた可能性も高いですし結婚や恋愛の自由も無い立場故に子和様と全てを伴にすると心に決めています。



「…大丈夫、あの子和様が目覚めない訳が無いです」


「…まあ、そうだよな

子和様だもんな」



彩音さんの言葉に翠さんが同意して笑みを浮かべると沈み掛けた雰囲気が明るく変わっていく。

別に事態が好転した訳でも子和様が目覚めたという事でもないのに。

私の──私達の心と表情は自然と穏やかになる。


“子和様だから”──


その一言が心に、魂に刻み込まれた記憶と想いを呼び起こして思い出させます。


私達の知っている姿の──愛する子和様は大胆不敵。

泰然自若で自由奔放。

如何なる困難・苦難にでも笑みを絶やさず立ち向かう正真正銘の英雄。

子和様は否定されるのかもしれませんけれど。



「…そうよね

子和様が華琳様を、私達を置いて逝くなんて事は絶対有り得ないものね…」


「責任感と言うと可笑しいかもしれませんが…

そういう方ですからね」



蓮華さん冥琳さんの言葉に私を含めた皆が頷きながら小さく苦笑を浮かべます。

出来れば、“男の責任”も取って頂きたいですね。



──side out



 孔融side──


昼食を摂りに城内の食堂へ向かうと奥の卓に集まった面々を見付け、向かう。

時間的には第三陣。

勤務時間や内容などにより食べに来る人の流れは大体三つに分けられる。

午前11時頃、正午の頃、午後1時頃の三つ。

一番多いのは当然第二陣。

よって、今は食堂内は人は少ない方。



「──だからね、看病って事で許可を取って──」


「──既成事実さえ作れば後からどうとでも──」


「──でも、本当に遣って大丈夫なの?」


「──大丈夫ですよ

飽く迄も、一緒に寝ていたというだけですから──」



此方に気付いていないのか桂花・秋蘭・灯璃・葵らが顔を突き合わせて聞き捨てならない話をしているではありませんか。

曹家の重鎮である貴女達が何をしているのですか。

同席の螢が真っ赤になって俯いてるでしょう。



「あらあら♪」


「笑っている場合ではないでしょう、紫苑?」



四人の悪巧みを楽しそうに同席して聞いていた紫苑に呆れながら声を掛ける。

すると、漸く私に気付いてビクンッ!、と四人が肩を震わせて身を固くする。

ゆっくりと錆び付いた扉を開ける時のギギギ…という音が聞こえて来そうな様に揃って顔を向くて来たので笑顔を浮かべて上げます。



「中々に興味深い話をしていたみたいですね?」


『──ひぃっ!?』



灯璃と葵が悲鳴を上げると隣同士だった事も有って、互いに抱き付き合う。

秋蘭は静かに目を閉じると覚悟を決めて、沙汰を待つ様に姿勢を正した。



「せ、雪那さんも御一緒に如何ですか?」


「あら、私も?」



顔を引き釣らせて、普段はしない“さん”付けをして取り繕う桂花。

少し乗り気な表情をすると僅かに緊張を緩めた。



「──などと言う訳が有る筈ないでしょう

五人共其処に座りなさい」



そう言うと四人と──螢が席を立って座っていた。

素直過ぎて毒気や怒気さえ殺がれてしまいますね。



「螢は違いますよ

紫苑?、私は貴女に言ったつもりなのですが?」


「まあまあ、話をしていただけですから怒らなくても良いと思いますよ?」


「話をしていたかどうかの問題では有りません

私達は──」



御説教をした所為で昼食が遅れたのは余談です。



──side out。



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