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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
153/915

         弐


台所の扉を開けて中に──



『──華琳様っ!!』



入るよりも早く、私の立つ出入口へと押し掛けて来た面々に少しだけ呆れる。

城内は兎も角として私邸の氣の探知は禁止でしょ。

…そんな事をしなくても、判る位に神経を尖らせてただけでしょうけど。

まあ、流石に全員ではないだけ良しとしましょう。

冥琳に雪那、紫苑・斐羽の年長組は流石ね。

冷静に席に着いて待ってる──体だけみたいね。

此方を注視してるもの。



「取り敢えず、落ち着いて席に着きなさい」



まさか第一声が注意になるなんて…予想通りね。

慕われてるわね、雷華。


私の言葉に押し寄せていた面々は即座に席く。

“早く早くっ!!”と幻聴が聞こえてきそうね。

小さく苦笑しながら席へと向かう途中で気付く。



「流琉、料理中でしょ?」


「…え?──ああっ!?」




油裙を着けて、お玉杓子を両手で握り締めたままで、呆然としていたけど状況を思い出した様で慌てて立ち上がって竈の方へ。

折角の料理が焦げたりする前で良かったわね。



「流琉の料理が終わるまで待って話しましょう

その間に今日有った事──留守にしていた間の報告をしてくれるかしら?」


「それでは、私から──」



雪那が先陣を切って流れを作ってくれる。

流石に経験値が違うわね。

此方も助かるわ。


報告の内容としては大して変化は無く、大きな問題も無かったので一安心。

また報告をしている流れが全員に日常の平静さを思い出させる結果になった。

私は偶然だった訳だけど、雷華なら意図して遣ってる所でしょうね。


まあ、報告を聞いている間良い匂いに空腹が反応して鳴りそうだったのに困ってしまったけれど。

考えてみれば、朝食の前に雷華が戻ってこういう事になったから、結局は朝から何も食べてないのよね。

我ながら良く頑張ってたと今更に感心するわ。



「御待たせしました!」



──と、見計らった様に、流琉が料理を運んで来た。

同時に思春や葵・秋蘭達が取り皿の用意や配膳作業を手伝う為に席を立つ。

全員が動くと逆に混雑して邪魔になる為、三〜五人が手伝うだけだけど。

料理の内容や人数に因って変わるし、手伝わない事も有るしね。

この辺りの躾──ごほん…習慣も雷華の方針。


自分で出来る事は自分で。

頼る事と甘える事は別物で面倒だからと丸投げをする真似はしない様に。

勘違い・履き違えない様に戒める為の教育。




今日、唯一の食事。

“空腹は最高の調味料”と言うけれど…本当ね。

いつもよりも、何もかもが美味しく感じたわ。


お茶を一口飲んで、茶杯を卓に置いて思考を切り替え皆を見詰める。

食事中は一応、待っていたけれど表情や態度に緊張の色が窺える。

…まあ、仕方無い事よね。



「さて、先ずは雷華の今の状態だけど…

取り敢えず、小康状態だと思って良いわ」



そう言うと一様に安堵して大きく息を吐く。

まあ、気休めを私が言うと思わないでしょうしね。

私も言う気は無いし。

その辺りも雷華の影響ね。



「…あの、華琳様…

子和様のその…左腕は?」



躊躇い勝ちに其処を訊いて来たのは思春。

彼女にしては珍しい。

気にならない、という事は無いでしょうけど性格的に此方が言わない以上は気になっても訊かない筈。

これは…予め“代表者”を決めていたと考えてもいいのかしら。

人選の方法は…猜拳だとは考え難いわね。

“一人目”の家臣だから、という所が無難かしら。


まあ、それは置いておいて一番の問題は質問に対して“どう”答えるか。

質問を聞いて全員の態度に緊張が窺える。

有りの侭に“解らない”と言っても良いけれど不安を多少なりとも与える事には変わらない。

適当に誤魔化しても察するでしょうしね。



「…はっきりと言えば何も解らないわね

でも、現状で視る限りでは特に悪影響等を与えている様子は無いわ」



最初は不安な表情をするが悪影響が無いと判って息を吐いて緊張を解いた。

実際は何一つとして問題は解決していない。

飽く迄も“現状”の話。

今後どうなるかは不明。

私自身も雷華が目覚めるか全く予想出来無い。

…本人の性格的に一ヶ月を超える事は先ずは無いとは思うのだけど。



「…子和様の身に“何か”起きたのは確かだと私達も理解しています

その事に関して今後此方に影響が及ぶ可能性は有るのでしょうか?」



冷静に先を見据えた内容の質問をしたのは泉里。

私に一番近い感性を持った稀代の才媛。

恐らくは“異形”の存在に薄々気付いているのかも。

まあ、泉里は“其方ら”の存在は否定派だから俄には信じられないでしょうね。



「少なくとも今回の一件に関しては大丈夫よ

そんな中途半端な対応を、雷華がする筈ないでしょ

心配しなくて良いわ」



ちょっとだけ厄介な真実が混じっているけど、其処は御愛嬌という事で。

笑顔で誤魔化しておいた。



──side out



 甘寧side──


朝練を終えた所へ子和様が戻って来られた。

“らしい”登場の仕方だと最初は思った。

しかし、烈紅の背から擦り落ちてゆく姿には一瞬だが“有り得ない事”だと頭の何処かで否定していた。

それが、現実なのだと理解出来たのは華琳様の上げた焦燥の声でだった。

それは私だけではなくて、華琳様以外全員が同じ様に受け入れ難い事だった。


その後、子和様は華琳様に一言だけ言い残して意識を失われた。

その時、私は華琳様だけが子和様と心を通わせている事に羨望と──嫉妬を胸に抱いていた。

我ながら不謹慎な事だ。

多分、私だけではないとは思うのだが。


子和様を抱き抱えて私達に指示を出される華琳様には素直に感心する。

私達──私なら取り乱して冷静には出来無い。

あたふたしているだけだと容易に想像出来る。



(…やはり、“妻”だからなのだろうな…)



妻としての自負と誇りが、それを可能にさせるのだと見ていて感じた。

そして、いつか必ず自分も出来る様になりたいと。

心から思った。



「子和様、大丈夫かな?」



そう訊いて来たのは珀花。

午前中の仕事──調練等を終えて稟と斗詩を交えての昼食の最中。

勿論、回りに部外者は全く居ない状況だから子和様の話も出来ている。

そうでなければ皆に無用な不安や心配を与えるだけと私達も判っているからな。

態度や言動にも注意して、今日は過ごす事だろう。

華琳様からの御話が有れば気持ち的に整理出来るから明日以降は大丈夫な筈。



「…華琳様が付き添われて居られますからね

大丈夫だと思いますよ」


「そうですね…

華琳様も子和様は対処法を用意されていたと仰有ってましたからね」



そう稟と斗詩が答える。

だが、肝心な部分には誰も触れ様とはしない。

子和様の──左腕には。

その最たる理由としては、臆測・推測さえも出来無い分野だからだ。

氣に関係している事だとは私だけでなく、全員が思う所では有るだろう。

しかし、それだけ。

それ以上は判らない。



「今は各々の仕事に集中し華琳様を待とう」


「…まあ、そうだよね」



華琳様なら何かしらは判るかもしれない。

過度な期待は事が事だけに華琳様でも絶対に判るとは言い難いだろう。

兎に角、子和様が無事なら私はそれで十分だ。



──side out



 司馬懿side──


一日の仕事を終え、今日は全員が曹家の私邸の方へと集まっている。

普段は城の方に有る私室で寝起きする者も少なくないのですが…当然でしょう。

皆、子和様が気になって、落ち着かないのですから。


ただ、私個人としてですが華琳様の事も心配です。

現状、華琳様御一人で事の全てを背負っています。

結様に“ああ”は仰有って居られましたが、華琳様も無理され勝ちです。



(今、華琳様にまで何かが有れば曹家は大混乱…

仮に其処まで行かなくても指揮系統には大きな乱れが生じる事でしょうね…)



其処を突かれる心配は先ず低いとは思いますが。


──曹家・隠密衆。

その存在が有る以上後手に回る事態になる事は少ないですからね。

今も、私達の知らない所で警戒が引き上げられている事でしょうから。

子和様ならばこういう事も想定した指示や対応を予め伝えられている筈です。

華琳様の仰有っていた様に本当に“抜け目”の無い方ですからね。


一旦、思考を止めて周囲の状況へと意識を向ける。

室内には流琉の包丁の音が静かに響いている。

既に聞き慣れた小気味好い一定間隔の音色。

しかし、いつもとは違うと聞き慣れているからこそ、気付く事が出来る。

不安と焦燥の混じる音色は彼女の心情を嘘偽り無く、反映している。

ただ、これでも料理をして気を紛らわしている分だけ増しなのでしょうけれど。


灯璃や珀花・翠・桂花等は性格的にも態度や言動等に現れています。

来てからずっと、そわそわして視線が彷徨っているし落ち着きが有りません。

…まあ、彼女達は普段から落ち着きは無い方ですが。


他の面々は冷静さを保って落ち着いている様に見えて実際には必死に感情を抑え堪えている状態です。

…私も同じですから。

こうして何かしら別の事を考えていなくては心が押し潰されてしまいそうです。

最悪の事態という不安に。


だから、私は一つの提案を皆にしました。

子和様の左腕に起きた事を華琳様に訪ねようと。

言い出した私が訊くべきと思っていたのですが、皆の意見や見解も色々と有り、最終的には思春が訊く事に決定した。

…まさかとは思いますが、子和様の案内役をした事の妬みではないですよね?

それだと私にも責任が有り悩む所なのですが…

深くは考えない方が良いのかもしれませんね。

兎に角、今はただ華琳様を待ちましょう。



──side out



 曹操side──


皆への説明と明日の昼から政務に復帰する旨を伝えてから寝室へと戻って来ると真っ直ぐ雷華の様子を見に寝台へと近寄る。


寝室を出た時とは変わった様子は見られない。

穏やかな表情で眠っている姿からは、あの時の弱った印象は窺えない。

呼吸は稍細めだが安定し、顔色も普段と大差無い。

見る限り発汗も無い。

掛け布団越しに右手を胸に置いて氣を流して診る。

勁道の流れは正常。



「…取り敢えず一安心ね」



ほっ…と一息吐く。

この状態のままなら雷華が目覚めるまで大丈夫な筈。

右手を胸から退け、寝台の端に腰を下ろし雷華の顔を見下ろす様に見詰めながら右手を頬へと伸ばす。



「──っ!?」



触れた右手に伝わる体温。

その異常な熱さに反射的に掛け布団を捲った。

雷華の寝衣の胸元を開き、直接肌に触れて確認する。

頬と同様に熱を帯びている胸から首筋・脇腹・背中と両手を使い確かめる。

一ヶ所だけ、特定箇所だけという訳でなはい。

身体全体が高い熱を帯びた状態になっている。



「…どういう事なの…」



正直、信じられない。

訳が判らない。

雷華から温度の基準値──“摂氏”の事は聞いていて人の基礎体温は約35℃〜37℃以下だった筈。

個人差は有るけれど。

37℃を越えると発熱。

また40℃を超える発熱は命の危険に繋がる可能性も有ると聞いている。

そして氣による測定方法と温度の判断基礎はしっかり教わり、覚えている。

それらを加味して考えても今の雷華の体温は低くても凡そ50℃は有る。

しかし、発汗も無ければ、臓器にも氣にも異常な所は見当たらない。

普通では有り得ない事だが氣の可能性は有る。

しかし、其方ら側も異常が無いとなると…私の手には余る事態だ。



「とは言え、何もしないでこのまま放置してる訳にもいかないわよね…」



今の様に悪影響が無いなら無闇に手を出さないでおく方が無難ね。

暫く様子を見ながら経過が安定しているなら大丈夫と思って良いでしょうし。



「今夜は徹夜ね…」



全く…仕方の無い人ね。

──なんて思いながらも、私が雷華の世話を焼く事は滅多と無いから少しだけど嬉しくも感じるのよね。

不謹慎だけど。

まあ、それ位は思ってても良いでしょ。




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