参
一通り調べ終えると奥側の街へと向かう。
此方も東側は壊滅的。
探索は西側が中心になる。
手前側──下段と言う方が判り易いか──の街中ではめぼしい発見は無かった。
日常生活が垣間見える位の生活用品は残っていたが、文化・知識・技術・歴史等に通じる書物の類いが全く見当たらなかった。
絵本や童話位なら有っても良さそうなのだが。
尤も、意図的に処分された可能性も捨て切れない。
その場合には田躊の一件に関わった龍族の女性による可能性が高いだろう。
何しろ最後の一人という話なのだから。
日常生活という点で言うと寺院や礼拝堂の様な建物は病院や学校・共同浴場等で宗教関連の施設は無い。
学校っぽいのに教科書等の教材も無かった。
黒板が有ったのになぁ。
病院の方は薬品等は一切が見当たらなかった。
持ち出したか移したのだと思われる。
で、上段側の街の建物へと入って見て判ったのは中の造りや家具の質が高い事。
しかし、普段から居住するというよりも仕事場と言う方がしっくり来るだろう。
そうして見ると居住区から南側に農作地が設けられ、北側に室内系の職場が有る形になっている様だ。
一つ一つ建物を調べて行きそれが間違いではない事を確信した。
北側のエリアには鍛冶屋や農作物の貯蔵庫や加工場、呉服屋や日用雑貨店らしき建物が有った。
ただ、龍族は金銭的概念が無かったのかもしれない。
お金らしき物も無く値段や帳簿の様な物も無い。
帳簿なんて滅んでしまえば秘匿しても無意味だ。
態々探し回収・処分したと考えるより最初から習慣が無いと考える方が自然。
それに外界と積極的に交流していた訳でも無い。
一部に契約したりした者が居たと言うだけだし。
「この様子だと何かが有るとしたら彼処だけか…」
この街の一番高い場所。
全てを見下ろす位置に有る城の様な建物を見詰める。
岩山の広場からだと視認が出来無い様にドーム形状の結界が有った。
だからこそ、その聳え立つ高さは下から見上げる事で実感出来る。
湖面を基準にして見てると標高は10000m近い。
どんな環境なんだか。
正面な生物は生息する事が出来無いだろうに。
その分、余計な被害を被る事は無いだろうけど。
「さて、密林探検と登山と行きますか」
態と声に出す事で気持ちを高めて盛り上げる。
此処までが期待外れだっただけに遣る気も萎え気味。
その為のリセット。
求める答えが有ると信じて未踏の地へと踏み込んだ。
踏み入って約一時間。
大森林の中は一言で言うと未知の植物の宝庫。
此処だけで一ヶ月位余裕で楽しめる自信が有る。
しかし、動物──昆虫さえ一匹も居ないという実態は不気味ではある。
本来なら自然の共生関係・食物連鎖である筈の存在が片方しか存在しないという異質さは正常な生き物なら忌避するだろう。
まあ、生憎と人間は欲望が勝る生き物。
その程度の異常は寧ろ逆に好奇心を刺激するだけだ。
「まあ、動物は植物無しで生存は粗不可能だろうが、植物は違うしな…」
この大森林──いや、この世界全体の現状も不思議な事ではない。
ただ、外界では自然下での実現は不可能に近い。
何者かに因って、意図的にそういう特異な環境を造り出されない限りは。
「…これも滅亡に関係した影響なんだろうな…」
大気も、水も、大地も清く澄んでいる。
それはもう余計な栄養素等“混ざり物”が無い位に。
「綺麗過ぎても普通は弱る場合が多いんだが…
此処の大地その物が肥沃な状態を保ってるからか…」
此処の大地は龍脈の直轄地みたいに肥沃だ。
栄養も過ぎれば毒になるが此処は非常に適度な塩梅。
恐らくは維持は何かしらの術か装置に因るのだろう。
でないと説明が付かない。
「…烈紅も待ってる事だしさっさと調べに行くか」
ゆっくり大森林を調べたい欲求は有るが我慢。
無秩序に生い茂った草木を掻き分けて進む。
…氣を使って空中を蹴って進めば早いだろうって?
そんな風情が無い真似とか失礼だと思わない?
こういうのは地道に進んで漸く辿り着くから達成感や醍醐味が有るんだよ。
……はい、すみません。
単に俺の好奇心です。
こんな時にも華琳の呆れた指摘が聴こえる…気がするなんてな。
「──とか、遣ってる間に到着したか…」
その直径1kmは有るだろう湖とも言える巨大な滝壺は水深も可笑しい。
軽く500m越える深さ。
まあ、無理も無いけど。
高さ凡そ6000m以上は有る断崖絶壁の上部から、中心的な一つに加えて大小十近い水流が豪快に溢れて落ちてきているのだから。
…明らかに汲み上げてるか何かしてるよな。
仮に湖とか有ってもだ。
じゃないと常に雨が降ってなかったら無理だろ。
毎秒何tの水が流れ落ちて来ているのか。
雨量・水量の少ない地域の皆さんが聞いたら怒るぞ。
水の無駄遣いだって。
さて、断崖絶壁の頂に有る神殿とも言える場所。
其処にはどうやって行けば良いのか。
その答えは──
「其処に山が有るからだ」
右手の指先を岩壁の僅かな凹凸に引っ掛け上へ身体を持ち上げる。
両手・両足の先に全神経を集中させる様にして絶壁を登って行く。
氣で吸着?、そんな無粋な真似はしません。
ええ、ガチで登ってます。
ちょっと前に烈紅の絶叫に似た嘶きが聞こえましたが気にしませんとも。
「俺の滾るパトスは誰にも止められないっ!」
………ひゅー…って風すら吹かないとツッコミの無い環境下だと虚しいなんて物じゃないな。
このまま落下したくなる。
フリーフォールなんてもう目じゃないよな。
「…さっさと進もう…」
意気消沈気味になり黙々と絶壁を登って行った。
結局はガチで登り切った。
だって、途中で氣を使うと負けた気になるだろ。
華琳程では無いにしても、俺も負けず嫌いだからな。
約四時間程を費やし絶壁を登り切って頂に立った。
日付が途中で変わったな。
頂上に着いて視界に映った景色に目を見開く。
建物の形だけが似ていると思っていた。
しかし、実際に来て見ると違っていた。
岩壁が外壁の様に取り囲みなみなみと水を湛えた湖が其処に有る。
大きさは直径は500m程だろうか。
美しいエメラルドグリーンに輝く湖は水が清澄な事を物語っている。
そして、その中央に佇んだ建物は“水の古城”と呼ぶ事が出来るだろう。
しかし、続く橋も無ければ浅瀬も無い。
桟橋も渡し舟も無い。
屈んで右手を水に浸す。
「…その足跡は刻まれど、残る事は無く…
心偽り無く、揺れる事無く歩む者に道は拓かれん…」
かつて、“神”と呼ばれた存在の領域にも似た感じの仕掛けが有った。
氣等の特別な力は不要。
必要なのは愚直な迄に単に己が意志を示すだけ。
「我、望むは唯一つ
抱きし問いに対し答えを」
そう口にして水面へ右足を踏み出して行く。
水面に触れた右足は波紋を生むが沈みはしない。
次いで左足を踏み出す。
波紋を生むが沈みはせずに前へと進む事が出来る。
余計な雑念を全て捨て去り一心に望みのままに。
無心ではなく、有るが侭の心を晒け出す。
偽りの無い真実を示す者をこの湖は城へと導く。
約五分程で城壁の一角から水中へと延びている階段に辿り着いた。
モン・サン・ミシェルとの違いは民家等の古城以外の建物が無い事だろう。
建築様式は兎も角としても外観は非常に似ている。
「異界だから良いんだが、彼方側に在ったら大問題になってるだろうな…」
“本物”が存在していたらという話でだが。
何方が先だ本家だの争いが目に浮かぶ様だ。
前庭を抜け正面の扉の前に着くと自動で扉が内側へと開いていった。
中に見えた巨大なホールは何処ぞの貴族の城なのかと言いたくなる豪華さ。
凄く無意味な気がする。
取り敢えず普通は書庫等が有りそうな地下へ向かう。
無骨な石の回廊──と思う此方の予想を外れて見事な壁画彫刻が施されている。
内容的に動植物だったり、農耕風景(女性像のみ)等。
茶摘みっぽいレリーフには懐かしさを感じた。
ただ歩いているだけだが、美術館に居るみたいだ。
しかし、龍族の慣習や歴史だと感じる物は無い。
それは外部からの来訪者、或いは“侵入者”を想定し意図的に省いているのだと言えるだろう。
「徹底してるよなぁ…」
此処まで来ると単に秘しているだけの話ではない。
自分の存在の露見その物を忌避している。
まるで世間に知られれば、それだけで破滅──とでも言う様に過剰な対応。
確かに龍族の技術等が世に広まれば凄惨な状況になる可能性は高いが。
ただ、それだけの理由とは思えない。
“何か”が有る。
──筈だったんだが。
着いた地下に有った物は、この異界の維持装置。
いつぞやの遺跡の物と同じ天体型立体魔法陣。
それも発展型。
惑星体の周囲を多重積層型結界壁で覆い、隔離すると同時に術式ごと圧縮。
僅か、直径5m程の規模に纏め上げていた。
その高い技術力には素直に感心してしまう。
しかし、下手に触りたくも無いのも事実。
高圧縮されたエネルギーが解放されたらどうなるのか想像したくもない。
この術式装置は、擬似的な龍脈の役割を担う。
穢れの無い肥沃な大地も、滾滾と湧く清澄な水流も、濁りも無い爽涼な大気も、その恩恵の一端。
擬似的とは言え龍脈を創造しているとはな。
何故、此処まで徹底したか理解する事が出来た。
人造龍脈なんて代物が世に出れば…なぁ。
世界大戦なんて規模の話に留まらない。
文字通り、破滅へ向かって突き進む事になる。
人間の欲望とは、何よりも罪深く、御し難い。
例えそれが自らの手に余る代物でも欲し。
他者に渡したくなくて。
無意味に殺し合う。
“歴史”が証明した性だ。
地下を後にして一階部分を探索してみた。
しかし、有ったのは食堂や寝室・風呂場・洗濯室等の日常生活の施設。
物品に関しても各用途から外れなかった。
気を取り直して二階部分へ向かって行くと──漸く。
期待に応えてくれる場所に辿り着いた。
封印術の施された白い扉が目の前に有る。
「さて、どうするか…」
取り敢えず調べてみるのも一つの手では有る。
しかし、遺跡の様な前例が有る以上は慎重になる。
万が一にも機密保持の為に自爆なんてされたら堪ったものではない。
とは言え、現状では取れる方法は他に二つだけ。
一度は“影”へと仕舞ったモノクルを取り出し着けて扉を見てみる。
すると、扉に先程まで全く見えなかった装飾が浮かび上がって来た。
その装飾──彫刻と言える見事な絵柄はパッと見だと“ロミオとジュリエット”の1シーンにも見える。
…両方共に女性だが。
「これは…譲渡か?」
左側は塔の窓から身を乗り出し、下へ向かって右手を伸ばしている女性。
右側は樹の枝の上に立って上に向かって右手を伸ばす女性が刻まれている。
手を繋ごうとしている様に見えなくもない。
しかし、二人の視線を辿り延ばしてみると交わらない事に気付いた。
視線は丁度、扉の中心部に位置している陰陽図の上で重なっている。
表か裏か、正か否か。
全ては二つに一つ。
チャンスは一度きり。
そう暗示している。
「さて、何方らが託し手になるのか…」
首飾りを外し右手に持つ。
これが扉の鍵だろう。
そして、左右の二人の掌に重ねる事で開く仕掛けだと推測している。
理由は単純。
この首飾りは託された物。
龍族から人間へと。
だから、この扉の女性達は事実に基づく物だろう。
問題は何方らが人間かだ。
そのままの意で考えるなら左の女性が天上の存在で、右の女性が地上の存在だと受け取れる。
しかし、そんなストレートだとは思えない。
──のだが、この古城への道の事も有る。
裏の裏、というか真っ正直だったりするかもしれないから油断出来無い。
残る要素としては女性達が居る場所だろうか。
「…塔と樹、か…」
ふと、思い浮かんだ。
その直感を信じて首飾りを“彼女”の掌に重ねた。




