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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
147/915

4 辿り着く地 壱


十一月二十二日。

氣の個別指導を始めてから十日以上経った日の朝。



「──という訳で、数日程留守にす──」


「判りませんからっ!?

ってか、二度目ですよね!?

またですかっ!?」



前回よりも早い切り返しを見せた公明に右手の親指を立てて見せ“上出来だ”と意思を伝える。

嬉しそうに同じ格好で返す公明と笑みを浮かべ合う。

因みに自主トレです。

打ち合わせもネタ合わせも一切していません。

ガチのアドリブです。



「…はぁ…で、今回は何?

というか、今は氣の鍛練が有るでしょ?

どうするつもりなの?」



呆れながら溜め息を吐き、現状で俺が離れる事に対し問題点を指摘する華琳。

だが、それは折り込み済みだったりする。



「それは大丈夫だ

というか、今日から数日は練氣と廻纏(かいてん)以外禁止するから」


「…その理由は?」



“貴男の都合で、だったら怒るわよ?”と視線が強く訴えてくる。

解って遣ってるから此方も反応に困るんだよな。

因みに廻纏は氣を勁道内で循環させたり身体の表面に纏い留める基礎技術。



「幾ら氣の基礎──下地が有るからと言っても、急な変化は負担が掛かる

まだ自覚は無いだろうが、それは出ていないだけだ

今は一歩手前辺り…

これから数日、刺激せずに練氣と廻纏だけにする事で回復させながら今の状態を常態化させる訳だ」


「…成る程ね

でも、それと貴男が此処を留守にする理由は別よ?」


「解ってるって…

まあ、簡単に言うと久々に“散歩”に出ようかと」



そう言うと華琳を含めて、約六割が溜め息を吐いた。

まあ、何か知らない者達は首を傾げているが。



「今回の予定は?」


「最大で一週間」


「…まあ、一応聞くけれど同行者は?」



華琳の言葉に目を輝かせる面子に胸中で苦笑。

悪いが期待しても駄目。

連れてはいけない。



「烈紅だけだな」


『子和様ぁ〜っ!!』



縋る様な、強請る様な声で抗議の意を込めて叫ぶ。

というか、お前達も無駄と学習したらどうだ。



『可能性が零では無いなら遣る価値は有ります!』


「何を言っても無駄

同行者は無し」



きっぱりと言うと渋々だが引き下がる。

義封や公明ならブーイングしてきても可笑しくないが──ああ、“お目付け役”が傍に居るからか。

流石に此処で駄々を捏ねて後から説教される流れにも馴れたらしい。

…寧ろ遅い位か。

そう思い密かに苦笑した。




 曹操side──


また、雷華の一人旅。

あの娘達も、その大多数が同行したいのでしょうね。

流石に軍師陣は立場という物を理解しているから自ら口にはしないけれど。

軍将の娘達は…ね。

まあ、叶うのなら私だって雷華と一緒に行きたいとは思うもの。

でも、少なくとも今はまだ私には無理な願い。

だって、これは私が望み、始めた“戦い”だから。

途中で投げ出す真似だけは絶対に出来無い。

…雷華なら“息抜き”だと言いそうだけど。



(…本当に私自身でも抑え切れなくなったら、ね…)



雷華を拉致しての逃避行。

追い掛けて来る皆。

見知らぬ大地へと駆け出し気儘に飛び回る。


そんな情景を想像して見て“悪くない”と感じながら小さく笑みを浮かべた。



「楽しそうだな?」



話し掛けてきたのは雷華。

他の娘達への指示や注意は済んだみたいで、既に皆も各々の仕事に向かい解散を始めている。

…ちょっと気を抜き過ぎていたみたいね。



「想像は自由だもの」


「確かに…」



“現実とは違い”と言外に込めた意思を感じ取って、雷華が苦笑する。

儘ならないものよね。

誰かさんの恋愛事情とか。



「それは言うな…」


「言ってはいないわよ」



“目は口程に物を言う”と聞いた事が有るけれど。

“ああ言えば、こう言う”とでも言う様な視線だけど表情に浮かぶ苦笑が怒っていない事を物語るから私も気にしない。


──と、雷華が首を動かし移動を促す。

此処では“言えない事”と直ぐに察して頷く。


移動をして着いた先は──私達の寝室。



「…まだ朝よ?」


「それは催促か?」



なんて切り返しをするから思わず脛を蹴り付ける。

…どうせ、全く効かないのでしょうけどね。



「…はぁ…それで?」


「今回は、ちょっとばかり危険性が有りそうなんで、念の為に“保険”を掛けて置こうかと思ってな…」



雷華の言葉に素直に驚く。

用意周到な雷華が私に対し“手札”を渡す。

それは意外でしかない。

しかし、それ程に危険だと理解出来る。



「…何をするつもり?」


「俺が“此処”に喚ばれた理由の探求…

到達出来るかは現時点では何とも言えないけどな」



避けては通れぬ道。

私にはどうしようも無い。

それでも失いたくないから雷華に抱き付く。



「…大丈夫、なのよね?」


「俺の“居場所”は華琳の隣しか無いんだが?」


「…ええ、そうよ

貴男の居場所は私の隣…」



それは私も同じ。

だから、私は信じて待つ。

貴男の帰る場所として。



──side out



烈紅に跨がり許昌を発って既に三時間近く。

のんびりとした旅路。



「…反応無いなぁ…」



例のモノクルを右目に付け地図に従って移動する中、胸元で揺れている首飾りに変化は見られない。

それは近くには“聖地”や“龍族”絡みの存在は無い事を示している。

何故、そう断言出来るかと言えば入手した龍族絡みの物を使って試したから。

まあ、本当に“試しに…”だったから全く反応しない可能性も有った。

遣ってみる物だよね。

因みに“対器”には無反応だった。


ただ、一つだけ意外な──否、必然とも言える反応を示した存在が有った。



「…“涅邪族”とは無関係じゃなかったって事か…」



反応したのは伯道。

これは、こっそりと試した事も有り知られていない。

仮に、言っても現時点では何も説明が出来無い。

何しろ龍族に関する情報があまりにも無さ過ぎる。

龍族とは何か。

問われるであろう事に対し答えられる解が無い。

これ程に拙く、いい加減な説明はしたくない。

無意味に不安や疑問を与え苦悩させるだけだ。



「…とは言え、既に龍族が絶えてるとしたら現実的に生態情報は得られない…」



恐らく、だが涅邪族の祖は“混血”の可能性が高い。

それは龍族が人間との間に異種間交配が可能だという事にもなる。

涅邪族が有り混じったのか混じった後出来たのか。

それは定かではないが。


しかし、その割には龍族の存在が知られていないし、他に龍族の影を感じさせる一族や家系・血筋が居ない事にも疑問が残る。

涅邪族だけに交配が出来た要因が有るのか。

或いは龍族の側か。



(元々、龍族の事は人型で有っても精霊に近い存在で異種間の交配は不可能だと考えていたが…)



伯道──涅邪族の存在から可能性は有ると考えを改め新たに仮説に加えた。

そして、伯道に反応をした首飾りの存在が仮説だった物に輪郭を与えた。

だが、見えそうで見えない実態に困惑する。



「まるで“逃げ水”だな」



手掛かりの無い状況。

道無き道を進む様。

それは砂漠を彷徨う旅人を想像させる。



「でも、お前が居る」



そう言って首筋を撫でると一鳴きして肯定する烈紅。


“砂の民”の守護者。

“紅き獣”が共に有るなら砂漠で迷いはしない。




許昌を発って約七時間。

現在地は冀州は常山国。

その名の象徴である常山の山中に居る。


常山と聞き思い浮かぶのはやはり“趙雲”だろう。

まあ、此処では女性という事を奉孝から聞いた。

一緒に旅をした仲だとか。

隠密衆にも確認して貰い、所在は掴んでいる。

現在は公孫賛の元に客将で仕えている様子。

…いっその事、口説くか。

…いや、下手な干渉は今は止めておこう。

何より、縁が有れば孰れは出逢うだろうし。

無かったら、無かっただ。

無理に口説く必要は無い。

もし引き抜き過ぎて他国が成立しなかったら大前提が崩壊するしな。

そうなったら、華琳に何を言われるか判らない。

…小言じゃ済まないか。



「──っと…」



小さく溜め息を吐いた時、烈紅が脚を止めて僅かだが身体が前のめりになる。

顔を上げて正面を見れば、其処には草木が生い茂って行く手を塞いでいる。

ただ、この程度なら烈紅は気にもせず進める。

しかし、今は立ち止まって動こうとはしない。



「結界か…」



胸元の首飾りを見てみれば朱い紋様が輝いている。

龍族の施した物だな。

地図の進路は真っ直ぐ。

でも、烈紅は進め無い。

人──いや、動物払いか。

俺の氣で保護されている為此処まで近付けているが、本来ならもっと手前の所で意識が誘導されている。

如何に烈紅が優秀な馬でも例外ではない。

だから、これ以上進めずに立ち止まっている訳だ。


烈紅にしろ絶影達にしろ、自分にはどうしようも無い事だと判断出来る辺りが、この子達の凄い所だな。



「さて、どうするか…」



改めて結界を探る。

別段、罠は無さそうだが…まだ内部状況が判らない。

なら、迂闊に結界を破って外部に影響を与える真似は愚策だろう。

無難に“穴”を開けて中に入る方が安全だな。

万が一にも邪魔が入っても困るしな。


“影”から花杖を取り出し右手に持ち、結界の一部に生み出した光壁を使い道を作り出す。

すると、初めての経験にも関わらず、烈紅は躊躇無くその道へと進む。

頼りになる相棒だな。


結界を潜り抜けて更に先に進みながら期待は高まり、自然と口元が緩む。

結界を張るだけの理由が、待っているのだから。


良い意味か、悪い意味か。

そんな懸念は些細な事。

其処に有る存在は龍族へと繋がっている。

それだけで十分だ。




立ち込める青白い煙。

視界を奪い、動きを妨げ、後手に回される。

だが、この程度の状況など幾度も経験している。



「──遅い」



ガギィンッ!、と背面へと回した右手に持った翼槍が背後から襲い掛かって来た“爪”を受け止める。

同時に右足を軸に回転し、左足を振り抜く。

空宙に浮いたままの僅かな隙を突き、無防備な脇腹へ左足が入る。

青白い煙の中にトンネルを作って飛んで行く。

その後を逃がさずに追い、着地を許さず炎を生み纏う翼槍で一刀両断。

両手足に鋭い黒爪を持った薄灰色のゴリラ風の怪物が血飛沫を上げながら浄炎に呑み込まれる。


しかし、煙は消えない。

それも当然。

生み出したのは別の存在。

左手に持つ大太刀の黒刃を地面へと突き立てる。

音波と衝撃波が地中を駆け地面を砕く。

大太刀の能力の余波で煙が散り散りに分裂し、視界の大部分が戻る。

罅割れて隆起する地面から放り出される様に出て来た青白い体毛の土竜。

此奴が煙の発生源。

翼槍を振り、土竜を討つ。


──その瞬間に感じ取った敵意と力の集束。

離れた崖の上で四脚で地を掴み、巨顎を開けて口内に鉛色をした球塊を作り出し狙撃主の様に狙っている。

それはクワガタの様な牙を持った黒と紫の斑鱗の鰐。

隙を突いたつもりだろうが甘かったな。

背後が隙だらけだ。


鰐の背後から現れた紅──烈紅が鰐を両後ろ脚を使い此方へ蹴り飛ばす。



「ナイスパス」



翼槍が土竜を切り裂いたと同時に大太刀を引き抜いて身体を捻って飛来した鰐を頭から真っ二つに斬る。

鰐は燃える土竜に向かって突っ込み、共に塵と化す。


土竜が滅んだ事で煙は消え辺りの視界が戻る。

仕方無いとは言え、中々に派手に痕跡が残っていた。

烈紅が崖を軽やかに駆けて降りてくる。

周囲を見回して確認。



「…取り敢えず対象存在は片付いたみたいだな」



辿り着いた先に有ったのは封印の楔らしき石柱。

それも一つ二つではなくて合計で十二も。

パッと見だと西洋風神殿の後に見えたが、質が悪い。

効力が弱まっていた。

此方の気配に反応したのか封印が破れて戦闘開始。

烈紅が一緒の状況だから、少しだけ焦った。

尤も、逃げるなら兎も角、自ら戦闘参加したがるとは思わなかったが。

実に頼もしい限りだ。




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