3 移り行く日々
紀霊side──
子和様に各々の素質を視て頂き、個別に指導が始まり新しい事に新鮮さを感じ、同時に四苦八苦。
ただ、その苦労や困難さも楽しく思っている。
しかし、その一方で私には不安な事も有る。
私の身体に流れる涅邪族の血の事で有り、宿る稀少な能力──“龍瞳”の事。
現在は子和様の技法により封印されているのだけれど将来的には制御しなければならない。
それだけでも大変な事なのだけれど、その二つが私の氣に大きな影響を与えると子和様に言われた。
「まあ、悩むなと言う方が無理でしょうね…」
「そうですね…」
そう言うのは雪那と紫苑。
将師の中では年長組で有り歳が近い事も有って二人と居る事は多い。
子和様・華琳様を除く主な面子と一緒に居る時は私は教える立場。
“頼られる”側になる。
それは二人も同じ。
だから、三人で息抜き等と称して時々御茶をしたり、出掛けたりしている。
…まあ、酒が入ると愚痴の言い合いになるが。
私達も普通の人。
不満も有れば文句も有る。
普段は言えない事もだ。
共通する内容は、子和様の堅牢さ等な事は私達だけに限らない事だが。
「確か…涅邪族に関しては子和様が自ら南蛮に赴いて調査されたのでしたね?」
「ええ、そう聞いています
ですが、涅邪族の風習的に本や書物の類いを残さないらしく起源や由来・歴史は解らないそうです」
「何と言うか…
豪快な風習ですね…」
私の言葉に紫苑が苦笑。
声・言葉にこそしないが、その胸中は察せられる。
全く以て同意だ。
今時、一族の事を記さずに生き続けるなど、どういうつもりなのか…
いや、秘して辺境に暮らし生きてきたからこそ淘汰もされずに現存しているとも考えられるだろう。
一概には否定出来無いな。
そう考えて一息吐く。
ふと、何か考え込んでいる様に俯いていた雪那が顔を上げて此方を見た。
「…斐羽、一つ訊きたいのですが…」
「私に答えられる事なら」
少し、遠慮する様に訊ねる雪那に“心配しないで”と意味を込めて笑顔で返す。
雪那も理解し笑みを浮かべ頷き返した。
「貴女に説明をした際に、子和様は“全く解らない”と仰有いましたか?」
雪那の問いの意味を直ぐに察して思い返す。
…成る程。
確かに子和様は“全く”と言われてはいない。
それは確信を得ない故か、或いは言えない理由が有る為かだろう。
何方らにしても私自身では知り得ない事。
それならば、私ただ信じて待つだけ。
──side out
皆の適性を見極めて個別に指導を始めて早四日。
流石のチート娘さん達でも苦労している。
そう簡単に修得出来る事と違うから仕方無いけどな。
…べ、別に嫉妬したりとかしてないんだからねっ?!
「…ば…馬鹿な、事、を…遣って…ない、で…集中…しな、さい…」
息も絶え絶えになりながらでもツッコミを入れてくる根性には敬服するが。
「…っ…ぅ…」
グラッ…と身体が揺れると膝から崩れ落ちる。
それを直ぐ様抱き止める。
「余力も無い状態で無駄な体力使うからだ」
呼吸するのが精一杯な為、声も出せない。
しかし、生来の負けん気で頭を動かして此方を見上げ睨んでくる。
その視線が“誰の所為だと思ってるのよ?”と雄弁に語っている。
本当、負けず嫌いだな。
こんな時くらいは俺に寄り掛かっても良いのに。
…ああ、いや、だからか。
伴侶として、こういう時に弱音を吐きたくはない。
そういう事だろう。
「良い女だよ、華琳」
そう言いながら身を屈めて華琳を抱き上げる。
所謂、お姫様抱っこ。
いつもなら首に腕を回して抱き付いて来て揶揄ったり挑発したりしてくる所だが流石に無理らしい。
ただ、俺の言葉を喜んでる事だけは確か。
照れを隠す為、疲れた風を装って胸元へと頭を預けて来ているから。
華琳なりの甘え方。
華琳を抱き抱えて隅に有るベンチ──竹と木で出来た長椅子へと腰を下ろす。
現在、居る場所は私邸側の地下鍛練場。
え?、どうやって地下施設造ったのか?
地上で造って“影”に入れ地下の土とかと入れ替えて出来上がり、てね。
俺も大概だよ。
因みに城の地下にも同様に鍛練場を造った。
規模は城の方が約三倍。
ただし、私邸の方は氣への耐久性が約三倍。
城の方は主要以外の者達も使える場所だからな。
派手な事は禁止です。
で、此処で何をしているのかと言うと、華琳の鍛練。
他の者と素質値が倍な上に放出系が最大ときた。
加えて氣の総量も有る。
そして何より、華琳自身の才能と適応・応用力だ。
以上の事から生じる結果は──司氣の顕現。
しかし、あまりにも早くに到達し過ぎて制御不可能な状態に陥ってしまった。
よって、他に被害を出さず制御する為の鍛練中。
龍族の結界関連の術の中に時流を操作する物が有って助かった。
お陰で日常の公務に支障を出さずに済むからな。
華琳の性格的に見て仕事を他に回しはしないだろうし無理するのは目に見える。
その結果、身体を壊したら元も子も無いしな。
曹操side──
司氣──放出系の最高峰と言っても良い。
氣炎・氣氷、そして司天。
理由は不明のままだけど、私は放出系が10。
強化・操作が共に5。
合計素質値は20だった。
まあ、雷華の域に近付ける可能性が有るから、大して気にはしないけれど。
氣炎も氣氷も司天でさえも意外な程にあっさりと顕現させる事が出来た。
──但し、私邸の庭を少々壊してしまったけれど。
……………嘘です。
雷華が間一髪で抑えたからその程度の被害で収まっただけです。
一歩間違えば私邸の全焼を免れなかった大惨事。
皆が顔を引き釣らせていた事は忘れられないわ。
結果、朝の鍛練は基本的な各系統の技術の修得に当て別枠にて司氣の制御訓練を行う事になった。
私と同じ様に司氣を使える素質が有る筈の雪那と稟は顕現出来無かった。
雷華曰く“普通は基礎から段階を経て至る”との事。
つまり、私は基礎を無視で至った為に制御不可能。
…基礎は大事ね。
そんな訳で私邸の鍛練場、雷華の展開した結界の中で“全力”を飼い慣らす為に悪戦苦闘。
そして、今日も力尽きた。
雷華の腕に抱かれて胸元に顔を預け瞼を閉じて休む。
皆には絶対に見せられない姿だが今は気にしない。
私達二人だけだから。
何かをしようにも声を出す事すらも億劫になる位まで心身共に疲弊している。
雷華が私の氣に同調させて分け与えてくれながら氣で疲労を癒してくれる。
改めて器用だと思うわ。
実際に氣の高度な運用法を学ぶ様になって判る。
一つの運用・技法だけでも大変なのに全く性質の違う事を同時に遣る。
それが如何に至難か。
(“下地”が有るからでは説明出来無いでしょ…)
元々“術者”だから。
そう雷華は言うのだけれど簡単な事ではない。
抑、“彼方”では氣の事は想像上の物だったらしく、術者として使っていた力は“此方”では存在しない。
本人は“似ているから”と言うし、例え話も頷ける。
でも、それだけでは無理。
雷華は直ぐ否定するけれど彼は天才──いえ、鬼才。
その才能に甘える事無く、努力して研鑽を積み上げて至っている。
だからこそ、信じられる。
雷華の示す高みへ至る事が必ず出来ると。
この道の先に、私の目指す頂きが確かに在ると。
故に、迷わず進める。
未知に包まれた道でも。
──side out
典韋side──
午前中の分の仕事を終えて城の裏庭に有る東屋に来て一休みする。
椅子に座り大理石製の卓に両腕を枕の代わりにして、俯せになる。
ひんやりとした卓の感触が夏の暑さと身体の熱が残る肌には心地好い。
衣嚢から時計を取り出して時間を確認すると昼食──正午には少し早い。
それに基本的に公務の時は料理を禁止されている。
料理人さん達の仕事を取る真似は出来無いから。
朝食・夕食、休日は作って構わないのだけれど。
昔からの習慣なので多少は寂しい気はする。
(…昔から、かぁ…)
瞼を閉じると脳裏に蘇る。
昔から、と言えば昔から。
だからずっと、そういう物なのだと思っていた。
似た娘──幼馴染みが居た事も理由だと思う。
だから私は抱く“不安”を心の深奥へと押し込めて、固く、固く…蓋をした。
外に出ない様に。
奇異な視線を向けられない様にする為に。
でも、子和様に氣の素質を視て頂いて判明した。
私の抱えた“異常”は単に力の片鱗だったんだと。
その際に、つい気が緩んでしまい涙が溢れた。
慌てる私の頭を、子和様は優しく撫でながら、そっと抱き締めてくれた。
…本当に狡い間で。
固く閉じ、錆び付いていた心の蓋は簡単に開く。
…いいえ、壊されたと言うべきですよね。
一度罅割れた水瓶は直した様に見えても長くは保たず孰れ必ず漏れ出し壊れる。
そして、長い間暗く光すら当たらない場所に有っては濁り澱んでしまう。
それは多分、人の心もまた一緒なのだと思う。
だから、子和様は私の蓋を壊してくれた。
心の深奥に押し込めていて“濁り”が私の心を侵してしまわない為に。
華琳様や皆も居る前なのに私は大泣きしていた。
押し込めていた感情。
不安・悲哀・恐怖・憤怒・困惑・嫉妬・憎悪──
一つ一つは大した事も無く誰しもが抱く程度。
けれど、それは何れも良い感情ではない。
ただ、少しずつ、少しずつ心に降り積もり、私を呑み込んでいた闇色の雪。
でも、止まない雨は無い。
溶けない雪も無い。
終わらない冬も無い。
私の心に“太陽”が輝いて、その時を告げる。
春の訪れを。
瞼を開ければ、ほら。
世界が輝きを纏う。
満開の笑顔が咲く、季の始まりに。
──side out
復活──回復した華琳から軽い文句を言われてから、昼食を取って別れた。
“貴男の馬鹿を放置したら場が緩み過ぎるのよ”ってそんな訳無いだろ。
寧ろ引き締まるぞ。
“寒さ”に因ってな。
……何か、悲しい。
「し、子和様っ!?」
急に沈んだからだろう。
右隣を歩いていた仲達が、顔と両手をあわあわさせて慌てている。
…着痩せするタイプなのに衣服の上からでもはっきり判る“揺れ”には男ならば目が行ってしまう筈。
絶対に気付かれない様にはするけどね。
軽蔑?、違う違う。
下手したら“責任取って”とかの流れだからね。
華琳達が言うみたいに楽に割り切れたら良いんだろうとは思うけどな。
無理な物は無理。
取り敢えず、時間と流れに任せるしかない。
…え?、逃げてるだろ?、はっはっはっ。
君子危うきに近寄らず。
三十六計逃げるに如かず。
触らぬ“女神”に祟り無しだって事ですよ。
四面楚歌・背水に成るまで俺は戦いません。
さっさと見切りを付けて、撤退しますよ。
誰が好き好んで“負け戦”なんてするもんか。
…孰れは負けるんだろうと思いますよ。
彼女達の想いが本物なのは重々承知ですから。
「…あの…し、子和様?」
戸惑う様な、でも嬉し気な仲達の声に気が付いたら、右手が仲達の頭を撫でてるじゃあないですか。
…何でかね。
あれかな、もう癖か。
興覇なら“撫で率”トップだろうな。
“此方”に来て一番長いし高さが丁度良いから。
華琳は人前で出来無い分、ちょっと減るしな。
そんな事を考えながら手を止めるタイミングを探す。
だって、仔犬みたいな顔で嬉しそうにされてたらさ…止め難いでしょ。
此方もちょっと嬉しいし、可愛らしいと──はっ!?
ピタッ!と手を止めたり、ザッ…と後退りたい所だが露骨に遣ったら敗けだ。
然り気無く切り返さないと後々改良され兼ねない。
「時に、仲達」
「何でしょうかぁ…」
…えらい、蕩けてる様だが演技…なんだよな?
気にしないでおこう。
「このままこうしてるのと仕事後の甘味──」
「子和様、参りましょう
時間は有限ですから」
「…そうだな」
そう言って歩き出す仲達。
鼻唄混じりなのは気のせいではないな。
宙に浮いた右手を引っ込めながら深読みし過ぎた事に苦笑した。




