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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
139/915

       参


昼食の為に入った料理店は子和様には珍しく高級店。

普段は華琳様や一部面子が居ない限りは大衆的な店を好まれるのに。

因みに、私も大衆派だ。

秋蘭は美味しくて清潔なら何方らでも良いらしい。


理由は直ぐに察した。

子和様が個室を希望されたという事は何かしらの話が有るのだろう。

まあ、外で私達二人とだけだから大した事ではないと思うけどさ。


通された個室には円卓。

四つ有る椅子の一脚を隅へ避けて店員が一度下がる。

店員が下がったのは御茶を準備する為。

高級店の場合、御茶を出す店が多くなっている。

先ずは口の中を潤してから料理を、という事らしい。

また、御茶を出すまでの間注文品を考えられるという配慮も含んでいる。

これが実は曹家の影響だと巷では云われている。

真偽は不明だが、強ち嘘と思えないのも確かだ。


他愛無い会話をしながらも注文を決めて、戻って来た店員に告げる。

店員が退室した所で室内の空気が微妙に変わった様な気がした。

多分、子和様だろう。

何をしたかは判らないが。



「さて…お前達も察しては居るだろうが話が有る」



子和様の言葉に私も秋蘭も表情と姿勢を正す。

悪い内容では無い──とは思うのだが、如何せん全く予想が出来無いので緊張をせざるを得ない。

──が、そんな心情を察し子和様は苦笑される。



「そう固くなるな

お前達に少し訊きたい事が有るだけだから」



そう言われて思わず秋蘭と顔を見合わせた。

互いに拍子抜け…と言うと少し違うかもしれないが、気を張り過ぎたと理解して苦笑を浮かべ合う。

小さく息を吐き、肩の力も抜いて向き直る。



「それで、子和様…

私達に訊きたい事とは?」


「ああ、お前達の家系とか出自に関してだな」



秋蘭の問いに返る子和様の言葉は少し意外だった。

それが顔や態度に出た様で子和様が苦笑する。



「別に出自如何で降格するとかって話じゃない

俺にしても、華琳にしてもお前達を手離す気は無い

ただまあ、お前達が曹家を離れたいなら仕か──」


『有り得ません!!』



子和様の言葉を遮る様に、私達は断言する。

そんな可能性は微塵も無い事は判り切っている。


私達──私は子和様に逢い高みを知った。

恋を知った。

愛する事を知った。

他の誰か、など要らない。

私は子和様が欲しい。

子和様でなければ駄目だ。

だから、傍に、共に在ると決めている。

この命、尽きる時まで。




つい、反射的に言ったが、冷静になると恥ずかしくて取り乱し掛けた。

だけど、子和様の微笑みと“ありがとうな”の一言が心に染み入り、満たす。

それだけで私達は穏やかに落ち着きを取り戻した。



「でだ、簡単に言うとだな

今後──群雄割拠の時代にお前達の、延いては曹家の弱味にならない様にだ」


「“弱味”…ですか?」


「身内を人質に脅す、とか珍しくないだろ?」



そう言われて納得する。

確かに私達にも、曹家にも弱味になる。



「現状、身内──血縁者が曹家外部に居るのは子揚・仲達も同じだが…

子揚は父親以外とは無縁に近い環境だったし、仲達も異母弟達とは絶縁…

よって、お前達だけだ

妙才には訊いてなかったし孟起の方は馬岱──従妹が居る筈だな?」


「はい、たん…馬岱は私の三つ下の母方の従妹です」



つい、真名を言い掛けた。

一瞬だが、昔の事を脳裏に思い浮かべたからだろう。

まあ、仮に言っても二人は聞かなかった事にしてると思うけどさ。


馬岱は、母・馬騰の妹──正確には異母妹の一人娘で私とは従姉妹になる。

私の事を“お姉様”と呼び慕ってくれている事も有り実姉妹の様に仲が良い。

今頃は西涼で槍の鍛練でもしているだろうか。

…いや、昼食時だったな。

彼奴も昼食中か。


因みにだが、従兄弟になる馬休・馬鉄兄弟は母さんのもう一人の異母妹の息子。

何方らも亡くなったが。

祖父の馬平には、母さんの母──私の祖母になる正室以外にも二人の側室が居り異母妹二人以外にも兄弟が二人ずつ。

子供は七人居た。

馬岱と馬休達兄弟の母親も異母姉妹になる。

まあ、私と同じ代の子供を残したのは姉妹三人だけで兄達は早くに他界、弟達も未婚・未子のままで戦いで亡くなったんだけどな。



「その馬岱なんだがな…

隠密衆に所在の確認をして貰っていたんだが…」



其処で言葉を切る子和様。

嫌な予感──はするのだが何故か悪い予感ではない。

多分、生死に直結する様な事ではないと思う。

飽く迄も、勘だけど。



「丁度此方が“大掃除”を開始した頃、お前を追って旅に出たらしい

ただ、意図的に避けたのか偶然なのか足取りは途中で途絶えててな…」


「あの馬鹿…」



子和様の言葉を聞き思わず右手で顔を覆って俯く。

性格的に遣りそうだから、信憑性は高いだろう。

抑、隠密衆の情報だし。

頭痛がしそうだ。

多分、子和様は迎える気で居てくれただろうし。

本当に申し訳無い。




顔を上げる時、秋蘭の顔が目に入った。

同情する様な、憐れむ様な複雑そうな表情。

…頼む、頼むから今は何も言わないでくれ。

そう視線に込めると秋蘭は理解して苦笑する。



「その…すみません…」


「ああ、気にするな

お前も心配だとは思うが、考え過ぎない様にな?

隠密衆の方にも情報収集は継続して貰ってるから何か判れば直ぐに教える」


「子和様…はいっ!

ありがとうございます!」



謝る私の頭を撫でながら、子和様は笑顔で言う。

幾ら弱味になると言っても部外者の為に態々隠密衆を動かしてくれるなんて…

本当、普通は考えられない事を平然と遣ってくれる。

何より、私の事を気遣ってくれている事が嬉しい。

本当なら家臣として駄目な事なんだろうけどさ。

一人の女としては嬉しい。

大切に想われている。

そう実感出来るから。



(仕方無いよなぁ…)



相反する思考。

けれど、迷わず女としての自分を選択する。

昔の私では考えられない。



(何時からだろうな…)



自覚したのは結婚式の前。

丁度、彩音達と結婚とかに付いて何気無く話していた事が有った後の事。

その理由が嫉妬だったのは少し複雑ではあるが。

ただ、その時点で既に私は子和様の事が好きだったと証明出来る話でもある。


子和様を好きに。


改めて、そう考えてみると理由は幾つも有る。

私自身が助けられた。

紫燕が助けられた。

母さんの愛槍の持ち主。

類い稀な実力の持ち主。

細かく言えばまだまだ出て来るだろう。

でも、そんな事じゃないと私の本能が言ってる。


私は五歳の時に父・王平を流行り病で無くした。

父さんは母さんとは真逆の文官型の人間。

とは言っても、海千山千の軍師って人でもない。

何方らかと言えば温厚で、笑顔の絶えない人だった。

母さんは、父さんの笑顔が好きだったらしい。

だから、父さんは最後まで笑って逝った。

その事は子供ながらに強く印象に残っている。



(──ああ、そっか…)



意外な程、呆気ない感じでストンッ…と心に填まる。


私が子和様を好きになった一番の理由は笑顔。

子和様だけじゃない。

私だけじゃない。

子和様の、私の回りに居る皆が笑顔だから。

曹家の全ての民が見せる、その笑顔が本物だから。


だから、私は望む。

この人と、この男性と──子和様と共に笑顔が溢れる家庭を築きたいと。



──side out



 夏侯淵side──


翠の従妹の話を聞きながら私は唯一である肉親の事を脳裏に思い浮かべる。

己が半身にして同じ血肉を親より授かりし者を。



「さて、次は妙才だな

一応確認するが無理強いはしないからな?」


「はい、大丈夫です」



子和様の言葉に我に返って笑顔で答える。

然り気無い気配りが出来る男性というのはどうしても下心を勘繰ってしまうが、子和様に限っては有る方が嬉しいのだけれど。

まあ、そんな人だったなら惹かれはしないか。



「私の家──夏侯家は沛に起源を持つ家です

私も生まれは沛です

私が幼少時、母・夏侯恩が兌州・済北郡・盧県の県令に任じられた事で移り住み育ちました

血縁は子和様と出逢うより二ヶ月前に亡くなった母と双子の姉だけです

姉の名は夏侯惇…

長い黒髪に、赤紫色の瞳、剣の腕は確かです

母の死後、別々に旅に出て現在は何処に居るのかすら判りませんが…

あと、父親に関しては母は何も言わなかったので…

正直、何も判りません」



大雑把では有るが一通りの事を言い終える。

最後の一件は言わなくても良かったのだが…

子和様に聞いて欲しかっただけかもしれないな。



「知りたいとは思うか?」


「…どうでしょうね

母が何も言わなかったのは無意味だから──と昔から思っていますので…

知っても知らなくても結局父は父ですから

私達姉妹にはそれ以上でもそれ以下でも無いかと…」



真剣な面持ちの子和様だが私は何処か、他人事の様な感じで答えた。

軽薄に見える事だろう。

だが、仕方が無い。

私も、姉者も気にしない。

気にする事も無かった。

居ても居なくても。

必要と思った事も無い。

求めた事も無い。

それは多分、母は父を愛し続けていたから。

そして、父の分まで私達を愛してくれる母が私達には居たからだろう。



「そうか…」


「…まあ、私は父親の事をしっかり教えて行きたいと思っていますが」



しんみりとした雰囲気では気が滅入るので、私なりの“冗談”を言ってみた。

本音でも有るのだが。

子和様は一瞬驚かれるが、直ぐに意味を理解されると苦笑を浮かべられる。

こういった場面で言うのもどうかとは思うが子和様の予測を外す対応が出来て、“一本”取れた。

その事が素直に嬉しい。




私と子和様の雰囲気を察し翠が少し拗ねていた。

そういう反応をされると、私としても揶揄いたくなるから困るな。



「所で妙才、お前達は何故別々に旅をしようと?

仲が悪かったのか?」


「いえ、仲は良いです

別々の旅は母の遺言に従い行っていた事です」


「…母親の?」


「はい」



私が肯定すると、子和様は何処か思う所が有ったのか考え込まれる。


私達は各々に子和様と縁が有って今に至る。

主従としても、女としても各々の繋がりが有って。

私は一目惚れ。

その武に、主としての器に惹かれたのは確か。

しかし、今になって思えば女としてもだったと思う。

自覚したのは曹家に入って日々を過ごす内にだが。



「…今なら大丈夫か

妙才、お前は母親の遺言の真意を知りたいか?」



不意に告げられた子和様の言葉は思い掛け無い物で、思わず声を失う。

ただ、知りたいという心が私を動かし、頷かせた。



「以前言ったと思うが…

お前の動きは“後衛”型で援護・補佐の色が強かった

それは双子の姉の存在が、双子故の繋がりが必然的にそうさせたんだろう

ただ、その為お前の本来の才能・素質が潰れていた

お前達の母親は、その事を理解していたからこそ引き離し、別れさせた…

各々がより成長する為には互いの存在が邪魔になると判断しての事だろう」



確かに以前、子和様に同じ事を言われて姉者の存在を意識していた事に気付き、以後は改善に努めた。

自分も前に出る事を意識し幅が広がった。

見えなかった物が見える様にもなった。

意図せずに、子和様は母と同じ事を教えてくれていた事実には驚くしかない。



「それに…離れていても、道が違っても姉妹は姉妹だ

その絆が本物だからこそ、敢えてお前を遠ざける事も出来たんだろう

良い母親を持ったな」


「…はいっ…」



そんな穏やかな笑顔で言うのは卑怯です、子和様。

思わず、泣きそうになってしまうでは有りませんか。

でも、胸の奥は温かい。

それは女としての幸せでも有るけれど、もう一つ。

家族としての幸せ。

私もいつかは母親になる。

その時は私も母の様に。

母に負けない様に子供達を愛し、導いて行こう。


そして、姉者。

何処に居ようと変わらずに元気だとは思う。

だが、私は先に行く。

次に会う時は高みでだ。

楽しみにしているぞ。



──side out。



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