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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
138/915

       弐


新たな気合いを入れた所で子和様と目が合う。

スッ…と目を細めた微笑にドキッ!と胸が高鳴る。

たったそれだけの仕草だが感じ取る事が出来た。

私が理解した事を察して、それを喜んでくれたと。



「さて、折角の機会だ

少し助言をして置こう

先ず、孟起・妙才の直属の隊士以外の者だが…

現時点では正式な配属先は未定では有るが、宅の軍の中では純粋な騎馬隊所属の者は全体の一割以下だ

選ばれた者、と言えば良く聞こえるだろう

だが、その分の質・評価は一人一人の影響が大きいと思っていい

一人の失態や不祥事等が、皆に拡大する

つまり、一人一人が責任と自覚を持った行動を心掛け気を引き締める必要が有る事を忘れずにな」



子和様の言葉に心身を引き締める様子が窺える。

勿論、これは私達や隊士に関しても言える事。

敢えて、全員に対してだと言わないのは子和様の持つ厳しさだろう。

私達や隊士は既に自覚して然るべき立場だ。

今更言われて始める様では駄目だという意味が言葉の裏に秘められている。

そして、誰一人も漏れずに察している。



「次に夏侯淵隊の隊士だが陸上で構えて射つのと違い色々と苦戦している様だが騎射の基本は通常の馬術と何も変わらない

如何に人馬の呼吸を合わせ体勢を作れるかだ

極端な言い方をすれば馬に動きを任せ、自分は弓術に集中するという事だな

騎射は信頼が無いと絶対に出来無い技術だ

その事をしっかりと理解し鍛練に励む様にな」



子和様が言った事は確かに正しいのだが、騎射の技は馬一族の歴史の中でだって使い手が数える程。

ただ、射つだけなら十分に出来るが、秋蘭や紫苑達の域までとは言わないまでも実戦で使える力量となると本当に稀少だ。

それを一部隊に修得させる事は至難の技。

それでも、子和様が言うと出来そうだから不思議だ。

感化されてるんだろうな。



「最後に馬超隊だが…

馬術に槍や剣は勿論として弓も主要ではないが十分に扱えている

個人個人として見る限りは今のまま高める事でも更に成長は期待出来る

ただ、孟起と隊列・陣形を組む際には、遅れやズレが見られたな

体形を作る時は位置取りを気にするより、一人一人が周囲との距離感を意識して動く様にしてみようか」



…成る程なぁ。

個々の技量を上げる事だけ意識し過ぎてたかもな。

全体の呼吸を合わせる上で距離感は大事だもんな。

本当、良く見てるよ。



──side out



 夏侯淵side──


自分が文武共に熟せる事は自覚しているし、その為の努力もしてきた。

だから、だろうか。

武官──軍将の中では事を見極められる程度には頭が回ると思っていた。

私の様な者を“小賢しい”と言うのだろうな。

そう、自嘲してしまう。


子和様が此処へと来られた目的を見抜いた気になって得意になっていた。

今の自分からして見れば、滑稽でしかない。


結局、私が読み取った事は表面上の一端に過ぎない。

その真意を、子和様が裏に隠された御心を理解してはいなかったのだから。


翠と子和様を両側から挟む形で話を聞いていた。

その言葉に秘められている意味を理解し、恥じ入る。

翠も気付いた。

いや、私達だけではなく、私達の隊士達もだ。

まだ配属の決まっていない騎馬兵士達は其方らの事は気付いていない。

まあ、立場を考えれば当然かもしれないがな。


子和様からの各々に向けた助言は私達も勉強になる。

指導をする内容によっても遣り方は様々なのだと。

頭では判っていても実際に指導し始めると自分の感覚中心に考えてしまう。

如何に客観的に捕らえて、相手の側の立場で考慮して指導するか。

その大切と難しさを改めて思い知らされた。


子和様の話が終わった後、翠の号令で隊列を組み街へ向けて出発した。

道中、子和様の言葉を聞き兵士達も考えたのだろう。

自分の跨がる馬に対しての敬意や感謝の意思が行動に見受けられた。

劇的、とまでは言わないが演習中よりも、一人一人の騎馬との呼吸・意志疎通が良くなっていた。


たった一度の助言。

それだけで皆の心や意識を容易く変えてしまった。

その事に素直に感嘆する。

同時に、自分の至ら無さと不甲斐無さに憤る。

結局、子和様に余計な手を煩わせてしまった。

──などとは言わない。

そんな事を言えば──否、思う事自体が論外だ。

子和様への、教えた皆への侮辱・冒涜だ。


未熟ならば学び、改めて、成長すれば良い。

私達に子和様の代わりなど出来る筈も無い。

するつもりも無い。

子和様は子和様。

私達は私達。

違ってこそ然りだ。


今回の一件で子和様の行う指導が如何に素晴らしいかしっかりと理解出来た。

真似をする訳ではない。

其処から何を学び、盗み、己が血肉と出来るか。

そして、どう活かせるか。

全ては私達次第。

後悔も反省も、全ては前に進む為のものだ。

今後の成果・結果を以て、示すべき事。

だから、見ていて下さい。

私達の──私の事を。




街へ戻り、鍛練場に解散を言い渡して今日の全演習は終了した。


将師専用の更衣室に行って翠と一緒に軽く汗を拭き、身形を整える。

普段から着替えを用意する習慣が有って良かった。

お互いに何も言わなかった訳だが意識していない筈がなかった。

要は私達も只の一人の女だというだけの話なのだが。


身仕度を終えると翠と共に揃って更衣室を出た。

こういう時、抜け駆けして先んじたい所だが…

生憎と、暗黙の了解として禁則事項になっている。

まあ…皆、二人きりになる機会を窺ってはいるがな。



「御待たせしました」



鍛練場を出た所に佇まれる子和様に声を掛ける。

壁に背を預けて、物憂げな表情で曇天を見詰めていた姿は思わず息を飲む程に、不可思議な美しさと魅力を纏っていた。

正直、声を掛ける事さえも躊躇われた。

そのまま静かに姿を見詰め続けて居たいと思う程に。

しかし、それ以上に胸中の想いは欲深いらしい。

ただ見詰めているだけでは満足は出来無い。

だから、求めた。

より近くに、より強くに、より深くに、感じたくて。

傍に在りたいと。

直に触れ合いたいと。

私の全てが望み、求めて。



「なに、気にするな

大して待ってはいない」



そう言われながら子和様は壁から背を離して歩き出し私達は両隣へと並ぶ。

私は子和様の左──普段は華琳様の定位置。

つまり、より特別な場所に居る事になる。

翠とは事前に猜拳で勝負し予め何方ら側を取るのかを決めていた。

なので、問題は無い。

まあ、華琳様が一緒の時は出来はしないが。

それでも、今は特別。

子和様と二人きり、という訳ではないが、今は私達が“二人占め”している。

その事が素直に嬉しい。


スッ…と子和様の左腕へと自分の右腕を絡ませて抱き締める様にしながら身体を然り気無く寄せる。

本当ならば、このまま頭を子和様の肩に預けて甘えてしまいたい所だ。

まあ、この場所が場所──街中だけにしないが。


ただ、子和様はこうしても嫌がったり、拒絶したり、疎ましくされたりしない。

単に見せないだけ、という可能性は無い。

傍に居る事、懐に入る事を許されている。

そう、子和様の纏う優しく穏やかな雰囲気で解る。

私達の──私の抱く想いを知った上で、ちゃんと向き合い受け入れて下さる。

出来れば女としても…とは思うが焦りはしない。

今は、この幸せをゆっくり噛み締めたいから。



──side out



 馬超side──


子和様と私と秋蘭の三人で食事をする事になり衣装を着替えて鍛練場を出た。

待ってくれていた子和様を見て、改めて思う。

絶対に産まれてくる性別を間違っただろうって。

女の私よりも綺麗って一体何なんだよ。



(まあ、子和様が男だから夫婦に慣れるんだけどさ…って、何考えてんだ私!?)



自分で自分に突っ込む。

軽く思考が混乱する一方で宛ら他人事の様に客観的に見ている冷静な私も居る。

その私に言わせると考えて当然の事だろう。

何故ならば、私は子和様を恋慕っているのだから。

望んで、求めて、その何が悪いと言うのか、と。



(…いや、別にそういう事じゃないんだけどなぁ…

まあ、いっか…)



冷静さに引っ張られる様に──と言うか、あまりにも尤も過ぎて落ち着く。


そんな私を他所に、秋蘭が子和様に声を掛けて街へと歩き出す。

然り気無く子和様の右側に並ぶ様に歩み寄る。

本当は左側が理想的だが、猜拳で負けた以上は文句は言えないんだけどさ。

やっぱり、子和様の左側は特別なんだよな。

華琳様の定位置だし。


そんな事を考えながらも、視線はチラチラと子和様を窺っている。

理由は子和様の右腕。

正直に言うとだ。

世の中の恋人みたいに腕を組んで歩きたい。

私の素直な願望の一つ。

でも、出来無い。

──何故か?

華琳様に対する遠慮?

子和様に対する配慮?

有るには有るが、それらは出来無い絶対的な理由には成り得ない。

では、何が理由なのか。

答えは実に単純。



(うぅ〜…やっぱ無理っ!

恥ずかし過ぎだあーっ!!)



純情可憐?、そんな言葉は恋心には無用だと思う。

だって邪魔なだけだ。

そりゃあまあ?、私だって雰囲気は良い方が良い。

でも、其処に女の方にだけ純情さとかを勝手に求めて欲しくないな。

それに男の方が純情だって良いんだろうし。

子和様は、もう少しこう…がっついても…なぁ。

そうすれば私達も嬉しいし幸せになれるんだけどな。

…ああ、でも違うか。

そんな風な子和様は子和様じゃない気がする。

仮にそういう一面を見せてくれるとしても、子和様と本当の意味での恋人に──夫婦に成った先だと思う。

だってさ、私達が──私が好きになった子和様って、そういう人なんだから。




結局の所──歩きながらも踏み出せず。

だからと言って諦める事も出来ずに居る。


ふと、反対──秋蘭へ目を向けてみる。



(──なあっ!?)



思わず口に出掛かった声をどうにか堪えた。

私が悩み躊躇ってる一方で秋蘭は迷う事無く子和様の左腕に右腕を絡めて身体を擦り寄せていた。

その動きは端から見れば、正に恋人のそれだろう。

外連味の無い自然な流れでそうしている秋蘭。

積極的だな、と思う反面で羨ましくも思う。

此方は羞恥心と緊張感とで心臓がバクバク鳴ってるというのに。

ただ、考えていても状況は何も変わらない。

現在の状況を変える為には行動有るのみ。



(…大丈夫、大丈夫だ!

子和様なら大丈夫っ!)



静かに、ゆっくりと大きく息を吸って覚悟を決める。

歩調と腕の振りを合わせて左腕を伸ばして、子和様の右腕の内側へと然り気無く滑り込ませる。

お互いの指先が触れそうになった瞬間に躊躇。

思わず指先を縮め、退いてしまった。


普段の私なら此処で諦めて自室に帰って寝台に寝転び後悔と反省と意気地の無い自分の不甲斐無さに両手で頭を抱えてのたうっている事だろう。

だが、今日は違った。

だってさあ、秋蘭が物凄く幸せそうな笑顔を浮かべて“勿体無い奴だ”って眼で見てるんだよ。

いや、私の自分勝手な被害妄想だと思うんだけどさ。

私の心の中の嫉妬や羨望がそう感じさせるんだろう。

秋蘭がそういう陰険な事はしないって知ってるし。


ただ、今だけはそんな事はどうでもいい。

その感情が私の背中を押し躊躇いを撥ね退ける。

一度、グッ…と握り締めた左手を開き、再挑戦。

子和様の腕の振りに合わせ重ねる様に寄り添わす。

──添わした所で硬直。

一番肝心な所で気後れしてしまった。



(アタシの馬鹿っ!

何遣ってんだよ…)



ギュッ…と目を瞑り胸中で自分を叱責する。

つい普段は気を付けている一人称も昔に戻る。

それ位に悔しかった。



「──っ!?」



でも、それは一瞬の事。

私の左手をしっかりと包む温もりに目を開く。

顔は向かず、言葉も無い。

だけど、確かに感じる。

“仕方が無いな”と微笑む子和様の優しさを。


手を繋いだだけ。

たったそれだけなのに。

私の心は温かく満たされて穏やかになる。

幸せだと、確かに感じて。




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