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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
137/915

32 天高く… 壱


廬江に行った翌日。

今度は魯郡へ。

今日は視察…と言うよりは見学と言った所だ。

何のかと言うと──



「右翼遅れてるぞっ!

乱れてたら陣形を敷いてる意味が無いんだっ!

力で抑えようとするなっ!

心で手綱を取れっ!」


「上体をぶらすなっ!

腕だけで引こうとはせずに振動を利用しろっ!

呼吸を合わせろっ!」



地鳴りの様な群踏が響き、怒号と指示が飛び交う。

群踏の正体は馬群。

大きく声を上げているのは孟起と妙才。

そう、騎馬隊の演習だ。

ただ、見学と言っても話はしていない。

つまりは抜き打ち。

こういうのは事前通達せず遣る方が本来の状態を見る事か出来るものだろう。

悪い意味ではその場凌ぎ、良い意味では緊張し過ぎで本来とは異なるからだ。

勿論、それは兵士達だけに限った事ではない。

だからこその抜き打ち。



「…しかし、思ってたより良い感じの仕上がりだな」



俺が言うのも何なんだが、合格ラインは高いからな。

尤も、高めに設定した分、鍛練も内容が厳しくなってしっかり育つ。

合格ラインに届かなくても近付いてるだけで必然的に高水準に至る様に、という意図が有っての事だ。

まあ、正直に言うと成果は予定ラインより高い。

将兵共に、だ。



「この感じなら、もう少し厳しくても大丈夫か?」



ボソッと呟いた次の瞬間、何故か視線の先に居た皆が身震いして辺りを見回す。

物理的に聞こえたという事ではないだろう。

所謂、悪寒という奴だ。


だが、頂けないな。

兵だけなら兎も角として、軍将の二人もとは…



「これは直々に少しばかり気合いを入れて遣る必要が有りそうだな…」



視線の先で必死に襲い来る悪寒を堪えつつ、兵士達に気付かれない様にと平静を装う二人を見詰める。


くつくつと漏れ出す笑いを噛み殺しながらゆっくりと近付いて行く。

当然、気配を絶ったまま。

感知もさせずに。



「整列っ!」



孟起の号令により兵士達が一糸乱れぬ動きで集合し、隊列を整える。

その一連の動作から基礎がしっかりと出来ている事が窺い知れる。

…もし、出来てなかったら“合宿”行きだがな。



『──っ!?』



再度の悪寒に視線が彷徨い兵士達はそわそわする。



「ほらっ、注目っ!」



その様子に孟起が手を叩き意識を向けさせる。

それに合わせ二人の死角へ入って、兵士達にだけ姿を見せる。

俺を見付け兵士達が一斉に姿勢を正す。

それを見て“勘違い”した二人に声を掛ける。



「よっ、お疲れさん」





 夏侯淵side──


言い知れぬ悪寒を感じつつ今演習の終了を告げる為に皆を集めた。

悪寒はするが命の危険性は感じられない。

翠も同じ様な感じだ。

一体何なんだろうか。


そう考えていると兵士達が妙にそわそわしているので翠が手を叩いて注目させて気を引き締め直した様子に満足した。

それが油断だった。

…いや、単純だが、巧妙に油断させられた。

その事を声を聞いた瞬間に理解した。



「し、子和様っ!?」



慌てて振り向き、姿を見て声を上げる翠。

その隣で私は比較的冷静で居られるのは彼女の性格上此方より反応が大きい分、客観視出来るからだ。

兵士達に待機姿勢を指示しゆっくりと振り向く。


子和様と目が合う。

“意外と冷静だな”とでも言われている様な視線。

多分、合っているだろう。

子和様が一瞬だけ翠を見て小さく首を傾けられたのは私の心中を察して。

相変わらずの鋭さだ。



「な、なん──こほんっ…どうして、此方に?」



思わず、普段の口調のまま言い掛けた翠だが、直ぐに兵士達の前だという状況を思い出して言葉を正す。

まあ、今更なのだが。

それは本人の精神安定上の為に黙って置く。

此処で取り乱されると私も余波を受けるのでな。



「何、大した事ではない

頑張っている事だろう皆の様子を見に来ただけだ」


「…見に来ただけって…」



しれっとした笑顔で言った子和様だが、その表情には若干の悪意が潜む。

十分に大した事ですが。

翠も気付いた様だ。

兵士達には聞こえない位の小声で愚痴る様に呟く。

兵士達には引き釣っている表情は見えないから良いがもう少しは気を付けるべきだと思うがな。


しかし、突然の視察。

目的としては本来の状態を把握する為、だろうか。

私達に報せなかった辺りは兵士達の内で誰か一人でも感付く可能性を考慮しての事だと考えられる。

ただ、一方で私達の指揮・指導の方も、だろうな。

子和様の性格ならば。


そうだとすれば演習を始め全てを観て居られた筈。

…先程の悪寒は其れか。

先程の──一度目の悪寒を感じた時の反応が拙いな。

あれは私達自身の気の緩みでしかない。

演習と言えど“常在戦場”を心掛けなければならない事は私達が一番知っている立場なのだから。

…覚悟をしておくか。



──side out



 馬超side──


今日の演習も無事終了〜、後は評価・反省・指導して鍛練場に戻って解散。

──となる筈だった。

つい、さっき迄は。



(何で子和様が此処に居て演習の見学してるんだよ!?

何も聞いてないって!?)



…意図的に言わなかったんだろうけどさ。

さっきの二度の悪寒の訳は子和様って事か。

…うわぁ…逃げたいな。

立場上そんな真似は出来る訳が無いし、する気も全く無いんだけどな。

抑、子和様相手に逃げ切る自信なんか微塵も無い。


さて、問題は現状だ。

どうやって凌ぐか。

下手な事は出来無い。

とてもじゃないが、私では子和様を説き伏せるなんて絶対に不可能。

それは宅の軍師陣にだって無理難題だろうし。

出来るのは華琳様位だ。

なら、今の私がすべき事は如何に場を平穏無事に切り抜けるかだろう。

…うん、無理っぽい。

チラッと秋蘭の顔を窺う。

──なあっ!?

外方向きやがったっ!

くっ…孤立無援か。

どうする、馬孟起っ!?



「取り敢えず、見た限りの感想を言って置こうか」



子和様の声を聞いて直ぐに我に返って意識を戻す。

子和様相手に考え込むとか悪手も悪手だ。

周りが見えなくなったら、後手後手なんて生温い。

蜘蛛の糸に搦め捕られると言っても良い。



「お、御手柔らかに…」


「善処はしておこう」



引き釣る顔をどうにかして戻しながら言うと実に良い笑顔で返された。

…うん、無理だな。

兵士達は緊張の面持ちで、息と唾を飲み込む。



「先ずは、全体の馬上での動きからだが…

一先ずは合格点だ」



その一言に兵士達は一様に安堵の色を浮かべる。

だが、甘い。

子和様の性格上、上げたら必ず落としてくる。

勿論、慢心・過信等を防ぐ為では有るんだが。

これが的確で厳しい。



「だが、腕力のみで手綱を引こうとする点は課題だと言わざるを得ない」



ほら見ろ、やっぱりな。

子和様の言葉に再び緊張し同時に少し気落ちする。


此奴等もそれなりに演習と鍛練を積み重ねているが、それは中々に難しい。

どうしても手綱を引く時に腕力だけで捌こうとすると馬と喧嘩してしまう。

判っていても出来無いのが本人達にももどかしい事は私達にも理解出来る。

だから、あまり強い指摘は最中以外は避けてしまう。

本当なら、子和様の言葉は私達が言うべき事だ。

…ああ、そういう事か。

これは単に兵士達に対する指摘ではない。

私達に対して、甘さを正す為の言葉。

間接的な御説教だ。




意図を理解しさえすれば、余計な思考は消える。

姿勢を正し、子和様の声に全神経を傾ける。

一言も聞き逃さない様に、確と心身に刻む為に。



「さて、この特別演習中は騎馬達の世話は皆が順番にしている訳だが…

何故だか判るか?」



そう問い掛けながら全員を見回し、前列に並ぶ一人に視線を止めて発言を促す。

私達の隊士ではない男。

しかし、直に指導した以上無関係ではない。



「その…実際の戦場では、馬の世話は各々がするので慣れておく為…ですか?」


「間違いではないな」



子和様の事に一安心するが言葉は正しく聞こうな。

確かに間違いではない。

しかし、子和様は正解とは言っていない。

抑、騎馬隊にとって愛馬や他の馬の世話は必然。

今更とも言える常識だ。



「だが、皆に騎馬の世話をさせているのは馬達の事を知って貰う為だ」



大多数が首を傾げる。

それはある意味で当然。

本来は教えられて理解する事ではなく、自らが気付き自覚すべき事だからだ。



「騎馬は道具ではない

諸君等と同じ同胞であり、戦友であり、己が命を託す相棒──己が半身だ」



そう、決して間違えて良い事ではない。

この子達は私達と同じ様に一つの生命だ。

戦いや移動の為の道具などではない。



「各々、自身に置き換えて考えてみて貰いたい

自分を道具としかみないで無理矢理従わせようとする相手を信頼出来るか?

言う事を聞けるか?

共に戦う事が出来るか?」



言われれば何て事は無い。

そんな事は無理だ。

曹家の兵ならば何処よりもその事を理解している。

兵士達が一様に休憩をする馬達へと顔を向けた。

其処に浮かぶのは後悔。

申し訳無さだ。



「彼等と言葉を交わす事は確かに出来無い…

しかし、意志は交わせる

本来ならば日々を共にする中で気付いて欲しかったが敢えて言わせて貰った

何故だか判るか?」



兵士達が再び子和様へ顔を向けて言葉に聞き入る。

子和様も皆を見回すけれど一人を指しはしない。

ゆっくりとした沈黙。

その間も皆は考える。

子和様の言葉の意味を。

考えて、考えて、心に深く刻み込んでいく。



「生命の重さを知らぬ者に生命を守る事の真の意味は解らない…

人間は特別ではない

生命は等しく生命だ

その事を決して忘れずに、己を磨いて欲しい」


『はいっ!!』





…敵わないな。

役者が違う、という程度の話ではない。

子和様の言葉は皆の心中に確かに刻まれた。


その一方で私達も子和様の言葉に思い知らされた。

私達は子和様の提示された合格点まで兵士達を鍛えて一人前にすれば良い。

そう考えていた。

だが、それでは駄目だ。

それは子和様の言った様に道具と見ている事と大差の無い考えだからだ。

私達が指導する上で重要視していたのは技術や知識。

勿論、心構えも。

けれど、その前提条件から間違っていた。

教え導く者というのは時に“憎まれ役”も伴う。

だから、円滑な人間関係を優先していると無意識下で遠慮してしまう。

いや、躊躇うと言った方が正しいだろうな。

相手の心に踏み込む覚悟が鈍ってしまうのだから。



(ああーっ、もうっ!

何遣ってんだよ私はっ!)



馬鹿な自分に腹が立つ。

私達は子和様が私達に対し示し教えてくれていた事を何故失念していたのか。

二州に渡る“大掃除”が、泱州の新設が、順調に──あっさり過ぎる程呆気なく終了した事は一因。

事が簡単に行き過ぎた為、気が緩んでいたんだろう。

しかし、それ以上に教わる事が当たり前に成り過ぎていたんだと思う。

子和様という指導者に対し頼り過ぎていた。

無意識に考えが甘えていた事に他ならない。



(──っ、そうか…

だから子和様は私達を…)



その事に気付いた時、今の自分達の任の裏に隠された子和様の真意が解った。

子和様が私達を各地に配し各々任務を課しているのは表向きには各地の統治。

そして私達に様々な経験を積ませる為。

でも、本当は私達に将師の責任と自覚を再認識させる為なのだろう。

慣れてくると必ず何処かで“この程度なら…”という妥協を持ってしまう。

全てが全て悪い訳では無いのだろうけど。

今の私達は妥協をして良い立場でも、実力でもない。

まだまだ未熟。

まだまだ途上。



(…よしっ!)



気を引き締め直す。

抑、華琳様ですら今も尚、その背中を追い続ける身で有る事を思い出す。

更なる高みを目指さないと全ては、夢のまた夢。

矛槍に認められる事も。

母さんを追い越す事も。

子和様の隣に立つ事も。

全て夢のままで終わらせる気は無いのだから。




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