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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
136/915

       弐


冥琳と顔を見合わせ苦笑し互いに胸中を察し合う。

多分、冥琳も子和様からの“御誘い”には少なからず期待していただろうから。

まあ、子和様も判っていて遣っている事も有るので、意地悪ではあるけど。



「それで、子和様?

その我が儘というのは?」


「何、大した事じゃない

この皖県の都市計画の事でちょっと変更しようかなと思ってる事が有ってな」



爽やかな笑顔の子和様。

思わず見惚れてしまう──ではなく呆然としてまう。

隣の冥琳も同様。

ただ、私より多少経験値が多い分だけ立ち直りも少し早かった。

静かに、右手の人差し指で眼鏡を直す。



「…十二分に大した事だと私は思いますが?」


「大丈夫、大丈夫

本当にちょっとした部分の変更だからさ」



気楽な感じで言われるが、こういう時の子和様の事は良い意味で信用出来無い。

遣る事も、言われる事も、凄い事では有るけれど。

…正直、聞きたいのだけど聞きたくない。

そういう心境です。

そんな私達を子和様はただ黙って笑顔で見詰める。



「……その変更とは?」



逡巡と沈黙の後、諦めた様に冥琳が訊ねる。

ニッ…と子和様が笑む。

…いえ、ニヤッ…と言った方が適切だと思う。

戦場ではないのに窮地だと錯覚しそうな身震い。

ゾクッ…とする感覚は単に悪い意味だけではないとは思うのだけど。

まあ、軍師の戦場は普段の政務でも有るのよね。



「皖県は廬江の中で最大の農作地にする予定だろ?」


「はい、その為に都市化も農地を確保する方向で進め順調に行っています

随時、調整もしています

その為に今も桂花が視察に来ているのですから」



そう、私の視察も農地化を円滑に進める為の一環。

他と違って広大な農作地を設ける予定の皖県で一番の問題点は人口と都市機能の釣り合い。

“働き口”として雇用数は大きく期待出来る。

しかし、それにより街には多くの民が集約する。

その際、田舎の農村と同じ環境では民も不満を持ち、より栄えた街へ移住したい気持ちになる。

そうなれば人口は減って、同時に農業も停滞する。

それを防ぐ為にも街造りは重要になってくる。

此処で働きながら民が根を下ろせる程度には平均的な文化水準の確保が。



「…別の農地を?」


「いや、それは無い

廬江で最大の農作地にする予定に変わりはない」



“無い”とは思いつつも、確認しないと気が済まないのは職業柄仕方無い事。

ただ、その言葉には素直に安堵した。




しかし、そうなると変更は農作地としてではない事も判明してくる。

街造りの方は地域密着型が基本方針なのだけど…

其方らなのだろうか。


そう考えていたら子和様がフッ…と目を細めて笑む。

ああ、これは私──私達の考えが同じで当たっている時に見せられる笑顔だ。



「察しが付いている様だが変更するのは街造りだ」


「…ですが、子和様

既に基礎部分の構築は済み農地の整備もしている今、大きな変更は内外に混乱を生むだけでは?」


「私も冥琳と同じです

旧豫州の郡領に比べれば、旧揚州の二郡領は変更可能だとは思います

ですが、それでも二週間で大きく変わりました

此処での急な方針の転換は賛同仕兼ねます」



冥琳に続き、私も子和様に異論を唱える。

普通の所ならこれだけでも反逆者扱いされるが其処は曹家の気質だと言うべきか私達の意見に対し耳を傾け考慮して頂ける。

…まあ、子和様が相手だと最終的には此方が納得する為の質疑応答だけど。

私達も、子和様も理解した上での遣り取り。

だからと言って気を抜くと後が怖いのだけれど。



「お前達の指摘・懸念する所は尤もだな」



そう言われる子和様。

でも、経験から此処で話は終わらないと判る。

加えて、私達の言った事は飽く迄も可能性の一端。

その心配は無いと。



「だが、心配するな

変更するのは作る農作物とその扱いに関してだ」



それを聞いて自然と小首を傾げてしまう。

作る農作物は判るのだけど扱いというのは…

どういう事なのだろう。



「農作物は判りますが…

扱い、というのは?」



やはり、と言うべきか。

冥琳が子和様に訊ねる。



「順に説明するな

先ず、当初は米──稲作が八割近い予定だったろ?」


「ええ、確かに」



皖県で作る農作物の割合は八割が米、残る二割が日常生活で用いる野菜。

その予定だった。



「それを三割まで下げる」


『──っ…』



期せずして冥琳と共に息を飲んでしまう。

それも無理はない。

抑、集束都市にする上での前提条件に自給自足が有り基本的に各郡内で全領民を養える事を想定している。

確かに八割は余剰分を含み削減は可能である。

しかし、三割は厳しい。

ギリギリと言えば、本当にギリギリだと思う。

少しでも不作になれば──或いは流入が多くなれば、想定値を下回るのだから。




私達の表情から察した様で子和様が苦笑する。



「まあ、ギリギリだと思うだろうけど…大丈夫だ」


「…それは他郡から回す、という事ですか?」



それが妥当な方法。

確かに他郡で出る余剰分を回しても十分だとは思う。

それ程に子和様の主導する当政策は将来的・長期的に見て効果の有る内容だ。

ただ、それをするのならば郡毎ではなく泱州全体での方向に切り替えた方が早いのではないだろうか。



「いや、違う

米を減らす代わりに小麦を四割程作るつもりだ」


「小麦…拉麺を主食に?」



毎食拉麺とか嫌過ぎる。

幾ら種類が有ってもだ。

──と言うより、子和様がそんな偏食生活を推奨するとは思えない。

恐らく拉麺は今まで同様の位置付けなのだろう。

そして別の何かが有る事も読み取れる。



「主食にするのは麺麭だ」


「…麺麭、ですか?」



麺麭は確かに小麦から作る料理の一つではある。

しかし、前漢以前に消えた料理でもあった筈。

理由としては、麺麭は硬く食べ難い事が筆頭。

味が単調で美味しくない。

また調理も面倒。

はっきり言って包子の方が美味しいし、食べ易い。

饅頭等の派生料理の台頭も追い打ちになった。

そんな感じで消えていった経緯を持つ料理だ。



「まあ、お前達の想像する麺麭は美味くないからな

疑問に思うのも判る」


「子和様は美味しい麺麭の作り方を御存知で?」


「まあ…一応、な」



若干、歯切れが悪い。

何か問題が有るのかと思う事は自然だろう。



「いや〜…その…なんだ…

実はまだ華琳に話を通してない上に、試食品を作って食べさせてないからな…」



そう言って苦笑される。

“ああ…成る程”と私達は容易に納得出来た。

華琳様は自他共に認める程料理には厳しい。

腕も、舌も良いので尚更に水準が高い。

曹家内では子和様を除いて流琉を筆頭に合格点に届く者は五〜六人。

…私は見習いの身よ。



「…はぁ〜…私達を共犯にするつもりですか?」


「いや、何方らかと言うと事後承諾組として華琳側で納得して欲しいな〜と…」


「この話を華琳様より先に聞かされた時点で断る事が困難な気もしますが?」



呆れた様に言う冥琳に対し子和様が子供っぽい表情で“お願い”する。

慣れの差、なのだろう。

ジト目で切り返す冥琳。



「礼はするから」


「約束しましたからね?」


「判ってる」



強かに、機を確約する辺り流石と言うべきか。

私も約束して貰えたので、感謝するけれどね。




その後、変更に際して行う作業等の指示を受けたり、段取りの確認をした。


話が一段落した所へ店員が注文した品を運んで来た。

見計らった様な間だったが実際に機を見計らっていたのだと思う。

良い仕事してるわ。


御茶は曹家で常用する物と比べると落ちるが、其処は気にしては駄目。

そんなには悪くない。

胡麻団子の方は出来立ての芳ばしさが食欲を刺激して期待を持たせる。


先ずは御茶を一口。

口を潤してから胡麻団子を口へと運ぶ。

カリカリとした表面の食感の後に、胡麻の風味が口の中でふんわりと広がる。

モチモチした皮に包まれた品の良い甘さの餡が程好く味覚を染めてゆく。



「食べながらで良いんだがお前達に訊きたい」



子和様の言葉に冥琳と顔を見合わせる。

この際、口の中に有る事は見逃して欲しい。



「何でしょうか?」



承諾の意、として子和様に冥琳が訊ねる。

子和様は茶杯を右手に持ちゆっくり口に運んで会話を一拍置いた。



「…お前達から見て仲謀の資質をどう思う?」



そう訊かれる子和様の顔は先程までと違って真面目な雰囲気を纏う。


此処で言う資質というのは武術等の向き不向きの事を指してはいない。

それは私達よりも子和様の方が詳しいだろう。

ならば、これは軍師として訊かれていると考えた方が自然だと言える。

子和様の性格からして先に明確にはされない筈。

これは私達に会話の中から意図を探らせて、答えへと至らせる為の流れだ。


どう思うか、との部分から印象的な事だろうと予測し幾つかの候補に絞る。

その中で子和様が訊ねると思える内容は二つ。

一つは軍将として。

彼女の性格・才能・思想を見る限りでは十分だろう。

将来性という点で見ても、彼女の直向きさは好ましく素直に評価出来る。

多少、不器用というか根が真面目過ぎる所も有るけど他にも似た質の者は居るし大した問題ではない。

ただ、それは子和様も理解していると思う。

となれば、もう一つの方。



「…それは主としての器、という事でしょうか?」



思い切って言ってみた。

別に、外れたからと言って何か有る訳ではないけれど妙に緊張してしまう。

ジッ…と見詰め合う中で、子和様の表情が和らぐ。

合っていた様で一安心。




孫仲謀──母に孫堅という一時代を築いた女傑を持つ江東の姫君。

将来的に孫家の御家騒動に巻き込まれる可能性も全く無いとは言えないだろう。

彼女が曹家に忠誠を誓えど血筋は変えられない。

特に、民が望めば。



「あー…なんだ…

その心配は無いからな?」


「どうしてですか?」


「仲謀が曹家──俺と共に来る事になった経緯は?」


「……あ…」



訊かれて思い出す。

一応、聞いてはいたけれど他人の惚気なんて面白い話ではないから。

仕方無いと思う。



「で、どうかな?」


「そうですね…

私としては場数を踏めば、でしょうか」


「私も冥琳と同様に素養は有ると思います

ですが、子和様?

どうしてそんな事を?」



一度訊いたら気が楽になり私は疑問を素直に口にして子和様に訊ねる。



「俺個人の評価だが…

仲謀は主君の器だ

但し、治世の王者…

王道を行く者としてだ」


「…それはつまり、乱世に於いては埋もれる、と?」


「覇者ではないからな

だが、逆に言えば乱世さえ生き抜けば…化ける」



ニィ…と獰猛に笑む。

…まさか、子和様は蓮華を独立させようと?

…いえ、有り得ないわ。

曹家を内部分裂させる事をされる訳が無い。

そんな私の思考を察してか子和様が頷く。



「一言で言えば抑止力だ」


「抑止力?」


「まあ、万が一、だが…

俺や華琳が不在の時に和が乱れたら、纏め上げるのは仲謀しかいない

それは生来の資質が有って出来る事だからな

それに──」


「それに?」



冥琳が訊き返すと子和様は無邪気な子供の様に笑う。

思わず見惚れてしまう様な純粋さと──残酷さを持つ魔性の微笑みで。



「彼奴は江東の虎の娘…

覇者の血を宿す虎児だ

巣立ちを迎え、狩りをし、血を覚えれば──目覚める

虎の遺した最高傑作…

華琳と双璧を成せるだろう母をも越える才気…

もう一人の覇王としてな

その時が楽しみだ…」



楽しそうな子和様に対して私は畏怖を覚える。

隣の冥琳は小さく苦笑。

多分、私がまだ子和様達の本気の戦いを知らないからなのだろう。

ただ、これだけは判る。

“二人”の覇王。

何方らも導き至らせるのは目の前に居る御方だと。

故に思う。

相応しく成りたいと。

必ず並び立つと。



──side out。



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