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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
135/915

31 雨降り花 壱


田躊──義父の遺骨を持ち帰った翌日。


俺は華琳・御義母様と共に沛郡に有る曹家の別邸──いや、本宅と言っても良いかもしれないのだが──へ向かった。

理由は一つ。

義父・田躊を弔う為。

邸宅の裏手に曹家の墓地が有るからだ。

以前に一度、華琳の祖父母への挨拶として墓参りしたから知っていた。

最初に見た時は意外だった事は言うまでもない。

街中に墓を置いたりしない時代だからな。


まあ、邸宅の有る街は他と違い交易の要所という事はなかったりする。

その為、避暑地的雰囲気ののんびりした場所だ。

因みに、都市計画に於いて唯一の特例措置の場所。

平たく言えば非開発地区と思えば判り易いか。

行政的には同じだから街はある程度整えはするが。

曹家にとって特別な場所。

あまり大きな開発はせずに維持する予定だ。

曹家の関係者の保養地等に出来ればと思う。


で、話は戻るが葬儀の方は所謂“家族葬”に。

これは御義母様の判断。

流石に十九年近く前に既に墓を建てた者の葬儀を今更改めて遣るのも奇妙だし。

俺や華琳としても反対する理由は無い。

個人的な意見を言えば今は大事の前の仕込みの時期。

内外に余計な噂や疑惑等を持たせたくはない。

尤も、田躊の人柄等を聞く限りでは特に心配無いとは思うのだが。

飽く迄も、だ。

そんな訳で三人だけで行う運びになった。

遣る事は──と言っても、大した事は無い。

墓石を退かし、土を掘って予め浄炎で綺麗に灰化した遺骨を納めた骨壺を埋めて土を被せ、墓石を戻す。

後は墓参りと同じ。

御義母様は此方で一泊して帰る予定。

側に隠密衆を付けてるから問題無いだろう。



「華琳、雷華さん

早めに孫の顔を見せてね」



──と、別れ際に言うから華琳と顔を見合わせて苦笑してしまった。

華琳の頬と耳も赤かったが俺も似た様な物だろう。

それに実際に面と向かって言われると恥ずかしい事を実感した。

まあ、後二〜三年は待って貰う事でしょうが。

現状で華琳の妊娠・出産は影響が大き過ぎるし。

適当に話を誤魔化しながら御義母様に見送られて沛を後にした。



「…早く欲しい?」



照れながらも、胸中に有る罪悪感に申し訳無さそうな表情で訊ねる華琳。

そっと肩を抱き寄せる。



「今は成すべきを成す

それに子育てに集中出来る環境を整えるのが先だ」


「…そうね

ありがとう、雷華」



安心した様な、胸の痞えが取れたかの様にゆっくりと言葉を紡ぎ微笑んだ。




華琳を許昌に送り届けて、その足で廬江郡へ向かう。


その道中、今回の件で得た情報から推測してみる。

一応、重要点の一つだった“龍族”に関して得られた情報は多い方だ。

ただ、再封印の後に何かをしたかは不明。

召喚への関与も不明。

戦いの前に行った可能性も無くはない。

結局の所、俺の存在に対し直接関連する情報は皆無と言えるだろう。



(真実は未だに闇の中か)



それでも、手掛かりとなる情報は有った。

龍族の“聖地”に関しての話は複数の面で俺の仮説の検証に役立つだろう。

尤も、正確な場所の把握が絶対条件なのだが。

ただ、その手掛かりも既に自分の手中に有る。

伯約から譲り受けた木箱、遺跡で手に入れた黒い箱。

この二つの中身だ。

未だに開いてはいないが、期待値は大きい。

まあ、今はまだ開けるには時期尚早。

何が起きるか判らない以上取り敢えず、皆が任地から戻って曹家と泱州の態勢が整ってからだな。



(下手したら華琳にバレて説教されそうだしなぁ…)



つい、想像して苦笑。

想われているが故なので、無視出来無いし。

無視する気も無いけど。



(無視と言えば龍族だな)



今まで無反応だった龍族。

既に一族は絶滅が濃厚。

運良く血筋が残っていても混血の可能性が高い。

加えて、混血になると力を極端に失っている可能性も高いと思われる。

過度な期待は禁物だろう。

純血で在ってこそ、真価を発揮出来る存在ならば特に顕著に出る筈だ。

受け継がれる可能性も全く無い訳ではない。

混じる種族は人間が中心と見ていいだろうし。



(まあ、結局は“聖地”に行ってみないと答えは何も判らないんだけどな…)



まだ、入り口の手掛かりを掴んだというだけ。

真実に手を掛けた等とは、御世辞にも言えない。

全て、これからだ。



(真実、か…)



九つの対器が全て揃った。

それに因り全ての“澱”が封印から解かれ、消滅した事が明白となった。

最後の一体が消滅したからなのだろう。

曾て、別の主と共に戦った記憶を見せられた。

その中で判った事が有る。

俺以外の担い手は“澱”の“核”となった存在諸共に消滅させていた事。

有る意味では仕方無い。

だが、俺という存在に触れ対器達は悔やんだ。

救えなかった事を。

今まで語らなかった理由も全てが終わるまではというけじめだったのだろう。


ただ、理解して欲しい。

お前達もまた被害者だと。

宿業に囚われた存在だと。

けれど、既に過去だと。

新たな道を、新たな時を、新たな主と共に歩む。

その事を。




 荀或side──


曹家に臣従してから今程に己の心に振り回される事は無かっただろう。

いや、曹家に臣従するより以前の私はただ自分勝手なだけだった。

その事を、子和様が教えて下さった。

本当に、どれ程感謝してもし足りない。


男嫌い──男性恐怖症。

未だに完全にとは言えないけれど改善された。

普段の生活の中でも滅多に出る事は無い。

当初は有った鬱憤が溜まる事も大分減った。

まあ、私の口調──毒舌の自覚は有る──に関しては少々悩んだけれど。

子和様に相談してみた所、元々は男を威嚇・忌避する為の手段だったのが年月を経た事で癖になっていると言われた。

正直、凹んだ。

子和様に提示された方法は意外な物だった。

将師との会話の際に限って今まで通りに話す様にと、疑問を懐く内容。

言われた通りにしていると次第に変化が現れた。

それは周囲にも有ったが、私自身にも言えた。


最初は将師の間だけだった筈が荀家の関係者だったり私の直属の部下に対しても同じ様に言う様になった。

その事を自覚した際に再び子和様に相談したら笑顔で良い傾向だと言われた。


私は自分の失態だと思う。

しかし、それを不満に思う者は出なかった。

“何故か?”、と子和様に問われて考えてみた。

…判らなかったけれど。


子和様が苦笑しながら私に教えて下さった。

厳しい言葉というのは単に罵倒や悪口では無い。

相手の事を真に思えばこそ厳しく言う物。

それが本当に自分を思って言われているのかどうかは自然と伝わる物だと。


しかし、私自身そんな都合良くは納得出来無い。

それを察した子和様は私に苦笑しながらも、手の内を教えて下さった。

将師相手にのみ言う事で、自然と私自身が厳しさとは何かを理解していると。

だから、自分の口調の事を自覚も出来たと。

加えて周囲から見ると私の口調が単なる叱責ではなく的を射た物だと理解出来る様になったのだと。

弱い者に対してだけでなく基本的に厳しいのだと。

その厳しさは自分を思って向けられるのだと思うから反感を懐かないと。


其処まで言われて気付く。

子和様の意図に。

私に自覚を促す事。

同時に無意識下での矯正。

悪癖は毒舌自体ではなくて単なる罵倒・悪口になる事なのだと。




以後、日常的に口調を意識しなくなった分、精神的な負担が格段に減った。

“こんな事なら最初から”なんて言いはしない。

今までの積み重ねが有って理解出来る事。

その積み重ねを無駄にする様な真似は出来無い。


ふと、見上げた空。

少し雲が出て来ている。



「…降るかしら?」



微妙な所。

私は空気の微細な変化まで判らないからもどかしい。

今は皖県での視察中。

この後、舒県まで戻る予定なので勘弁して欲しい。

ただでさえ最近は気持ちが滅入っているのに。


廬江郡の制圧──実際にはその二日前に実質的に完了したと言えるので、私達は一足早く統治作業に入り、別行動だった。

よって、約二週間。

子和様と離れている。

一応、定期報告をする際に此方へと来られるので全く会ってはいない訳でない。

でも、やっぱり違う。

傍に居たい。



(…矛盾してるって私自身解ってるわよ…)



男性への偏見・差別意識は増しにはなった。

けれど、根本的な部分では未だに拒絶している。

それなのに、私は子和様の事を求めている。

自分でも解っている。

子和様は特別。

それは男性としてだけでの意味ではない。

人としても、主としても、師としてもである。

だから子和様に関してなら恋愛話も理解出来る。

皆との馴れ初め話だったり惚気話とかみたいに。

だけど、それ以外の男性が対象では理解出来無い。

何処が良いのか?、なんて質問以前の問題。

普通の──基本的な恋愛を理解していないと言ってもいいのかもしれない。



(それでも…構わないわ)



どの道、私は子和様以外を好きになる事は無い。

愛する事は無い。

誰かを好きになる事。

愛する事の意味は結果的に理解出来れば良いと思う。

一般的な恋愛観は本で得た知識程度で十分。

話も合わせる範囲でなら、可能だと思うし。


だから、今は気にしなくて良いのだと思う。

やっぱり、私が求めるのは唯一人だけだから。



「…子和様…」



自然と溢れる一言。

会いたくて、切ないのに。

想うだけで、満たされる。

この矛盾した感覚が。

良くも悪くも胸が高鳴り、心を揺らす想いが。

堪らなく愛しく、恋しい。



「──よく判ったな」


「──ぇ?」



浸っていた所への不意打ち気味な声に、ゆっくり振り向くと視線の先には驚いた表情の子和様が居た。




“何故、此処に?”──と声が出掛けた瞬間、鼻先にポツッ…と冷たい感触。

反射的に顔を上げ、右手の掌を上に向けた。


視界を染める曇天の中。

一つ、また一つと流れ行く銀の糸雫。

その速度は瞬く間に加速し街の喧騒を呑み込んだ。


私はと言えば──子和様に左手を引かれ、街の茶屋で雨宿りをする事に。



「じゃあ、この胡麻団子と御茶を三つずつで」


「畏まりました〜」



子和様の注文を受け店員が下がって行く。

さて、お気付きだろうか。

子和様の注文の数が何処か奇妙な事に。



「有っているだろう?」



そう笑顔で言うのは左隣に居る冥琳。

子和様と卓を挟んで対面に並んで座っている。



「…何で居るのよ?」



子和様に聞こえない様に…は無理だろうけど、小声で冥琳に訊く。

声色に不機嫌さが出るのも仕方無い事。

正直に言って邪魔。

折角の二人きりになれると思ってたのに。



「悪かったな」



言葉としては謝っているが表情は“残念だったな”と言外に言っている。

華琳様以外は誰だって機を窺っているのだから此れも当然と言えば当然か。

…納得出来無いけど。



「しかし、着いた早々から降り出すとはな…

まあ、降る前に文若と合流出来ただけ増しか」



そう言いながら、子和様は椅子に背を預けて背伸びをされている。

その言葉から察するに何か仕事で冥琳を連れて来られ私と合流するつもりだった事が判る。



「何か有りましたか?」



つい、状況の把握を始める辺りは軍師の性だろう。

隣で冥琳が苦笑している。



「問題が有ったとかじゃあ無いから安心しろ

今回は俺の我が儘で公瑾を拉致って来たからな

二人共気楽にしてくれ」



チラッ…と冥琳を見て目で確認すると首肯。

本当に予定外らしい。



「もう馴れてはいますが、せめて一言言って下さい」


「ははっ…悪い悪い

困らせる気はないんだが、思い付いたら動くのが癖になってるからなぁ〜

だから、本当に忙しい時は断ってくれて良いからな?

無理強いはしないから」



冥琳の愚痴というか注意に子和様が苦笑しながら言い返されるが…狡い。

ある意味、私達が断れない事を知っていての言葉だ。



「…はぁ…狡い方だ」



全く以て同感だわ。

…惚れた弱み、だから何も言い返せないけれど。




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