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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
132/915

        陸


現実へと戻ると後ろへ飛び右手で翼槍を引き抜く。

同時に“澱”の身体を地に押さえ付ける炎鎖は消失。

起きた“澱”の力の前では無意味に近い。

保って十秒が上限。

それなら、氣の無駄遣いは避けるべきだからな。


スッ…と薄目を開けながら“澱”が此方を見た。

六脚に、四肢に力を入れてゆっくりと立ち上がる。

雰囲気的には寝惚けているみたいだが、隠す気の無い殺気と敵意が肌を叩く様に放たれている。

先程までは“戯れ”の域を出ていなかった。

此処からが本番だ。

そう言わんばかりに。



「…ああ、判ってるって

そう焦る必要はない

この戦いの邪魔をする様な不粋な輩は居ない」



翼槍を振り回し、“澱”に鋒を向けて構える。

自然と口元に浮かぶ笑み。



「魂魄賭して、心逝くまで──さあ、死合おうっ!」



その声に同調する様に──否、事実同じ意思を持って“澱”は戦いを告げる様に天を仰ぎ大きく咆哮する。

ビリビリ、など生易しい。

ビシバシと強風や衝撃波を受けていると錯覚する程に強烈な闘気。

だが、怯む事は無い。

自分の方が強いから?──否、そんな事は関係無い。

答えは実に単純。

高揚する己自身が証拠。

この戦いを純粋に楽しみにしている。

ただ、それだけ。

今だけは余計な思考抜きで戦いに没頭する。


“澱”が顔を戻し、此方を見据えてくる。

互いに静かに見詰める。

それは一秒にも満たない程だったのだろう。

しかし、その二匹の獣には十分過ぎる時間だった。

互いの闘志を確かめ合い、狂喜と凶気に染まるには。


何方ら、という必要も無く同時に仕掛けた。

突進──と見せ掛けて低く頭を沈めると地面に双角を突き刺すと“澱”は一気に力任せに頭を振り上げる。

強引に剥ぎ取られる地面は宛ら“畳返し”の様に捲れ上がり“澱”の姿を隠し、同時に前への進路を塞ぐ。

一瞬に舞い上がった土塊が空中に有る中、敢えて前へ向かって踏み込む。

翼槍を両手で握って前方の土壁に突っ込んだ。


翼槍の鋒が壁面を貫いた。

その瞬間に感じ取る。

壁を隔てた先、反対側でも同様に叩き砕く様に双角を壁面に振り下ろし突き刺す“澱”の気配を。

向こうも感じている筈。

退く事、回避する事は十分可能では有る。

しかし、選択肢として頭に浮かぶ事は無い。


力と力の真っ向勝負。

小細工無しでの初撃。

此処で逃げる様では戦いを愉しむ事は出来無い。

故に、選び成すは唯一つ。

力で押し貫くのみだ。




土壁は輪郭は歪ではあるが厚さは2m近い。

自分達にとっては薄い紙と大差無い存在だが。


翼槍を中心にして壁面には亀裂が広がるのは鋒が壁に十分に入ってから。

正確には、刃は丸々土壁に埋没した辺りでの事。

速さと鋭さに壁面の反応が付いて来れなかった為。

武具と担い手。

二つが高い次元で調和した結果生まれる。


“神速”等と称される程の一つの武の高み。

人によっては、極致だとか奥義だとか“極み”的扱いでもしそうな領域。

尤も、そんな下らない概念自体を否定する者には何の慢心も生まれない。

ただただ、積み重ねる。

その結果でしかない。


身体が壁面に接触する──という所で、亀裂が大きく隆起し、壁面が割れる。

それに因って自分の前には進む為の道が開く。

故に、翼槍の勢いが大きく殺がれる事は無く、前へと突き進む。


両側から攻撃された土壁は打つかり合う衝撃によって衝突点を中心に弾ける様に砕け散った。

2m近い土壁を、粗一瞬で貫き砕いた先で視界の中に映るのは“澱”の顔。

距離は約3mか。

赤墨色の三瞳がしっかりと此方を見据えている。

体勢の関係上、見下す様に見えるのは仕方無い事だが多少の苛立ちを覚えるのは止むを得ないだろう。


刺突と降り下ろし。

翼槍と双角が激突する。

力負けするとは思わない。

但し、通常下──地に足が着いていれば、だが。

空中で、しかも相手の方は六脚で踏ん張っての上段。

重力・自重の影響も含めて必然的に力の流れる方向は下となる。

双角での一撃──頭突きに押し込まれる格好で土壁の分だけ抉れた窪みへ落下。

そのまま押し潰す様にして迫る双角を翼槍が真正面で受け止める。

接地した両足が脆い地面を踏み砕いて僅かに沈む。

しかし、そのお陰で柔土の足場が踏み固まった事で、踏ん張りが利く様になる。

真っ直ぐに睨み合いながら翼槍と双角が拮抗する。


氣を──炎を生み纏わせて切れ味を上げれば押し斬る事は可能だろう。

だが、それでは意味が無く面白くも無い。

力で捩じ伏せてこそ価値が有る戦いになる。


互いに理解している。

“戯れ”ならば二日位なら完徹して殺り合う事も悪く無いだろう。

しかし、その選択肢は既に互いに無い。

短期決戦。

互いに本気での殺し合いを望んでいる。

その結果、短い間になったとしても構わない。

だから、真っ向から戦って濃密にしたいのだ。

二度と無い、逢瀬を。




翼槍を握る両手に力を込め両足で地を踏み締めると、グッ…と肩を入れて重心と腰を落とす。



「…すぅ…っ…哈あっ!!」



深呼吸から声と同時に短く息を吐いて押す。

グググッ…と拮抗する──かに見えたのも僅か。

“澱”の六脚が後ろに擦り下がって行く。

“澱”は穴を覗き込む様に頭を、身を乗り出す格好で押し合う。

一見すれば有利だろう。

だがそれは、平地で有れば問題無いという話。

或いは一撃・遠距離攻撃の地形的優位に限る事。

また体格──サイズの差も要因の一つ。

大き過ぎるが故に、上から覗き込む体勢では十分には力を伝え切れない。

逆に此方は、上に向かって力を余す所無く一点集中し伝えられる。

それが、この結果だ。



「雄おぉおーっ!!」



低くして体重をしっかりと乗せた翼槍が対する双角を押し切った。

首を押し込まれる事を嫌い“澱”は頭を右に向けつつ身体を左へと傾け、双角で受け逸らす様にして此方を往なして回避。

此方は穴から出て着地し、“澱”を正面に捉える様に身体を回転させ体勢を整え翼槍を構える。


結果は真っ向勝負故に判る単純な力負け。

多少は地形の影響は有るが初撃の事を考えてみれば、お互い様だろう。

決めきれなかった時点で、優位を失ったのは“澱”の自己責任でしかない。

言い訳にはならない。

そして、それが判っているからこそ“澱”の三瞳には悔しさが浮かぶ。

歯牙を剥き出しにして強く噛み締め、低く唸る。

それは警戒行動ではない。

純粋に屈辱から来る自身を叱咤する苛立ちから。

だが、だからと言って尚も真っ向からの力勝負をする馬鹿さは無い。

敗北を認め、受け入れる。

だが、次は負けない。

次は勝つ。

そう、意志が闘気を介して伝わってくる。



「…不思議な奴だな」



“澱”としての本質は確と有している。

なのに、対峙していると、人間の様に感じる。

本当に世界を害する存在か疑いそうになる。



(純粋悪か…)



当事者に善悪は無い。

ただ、本能の侭、欲の侭、己が意志の侭に。

ただ、それだけの事。

だが、それが他者に取って無害とは限らない。

己が利は、他の害。

その逆も然り。

他の三体とて生まれながら備わった本能に従っただけなのだろう。


結局の所、悪は人間。

人間が“澱”を生み出し、人間の勝手な都合で忌み、人間を害すると決めた。

それだけの事だ。




理不尽な対立。

しかし、今更退く理由など有りはしない。

この世界に“澱”は存在をしていてはならない。

其は陰陽の理からも外れ、行き場を無くした亡者。

ただ、無尽蔵に貪り続ける事でしか存在出来無い。

軈ては全てを喰らい尽くす純粋なる破滅の権化。

故に、終わらせる。



「人間の詭弁だろう…」



滅びこそが救い。

死こそが安らぎ。

何をどう言っても遣る事に変わりはない。

人間の都合で滅する。

ただ、それだけ。



「だから、せめて俺の糧と成って“意味”を生せ」



“影”から対器の細剣──宝剣・倚天青紅を取り出し左手で柄を握る。

瞬間──対器の“記憶”が己の中へと流れ込む。


十九年前の戦い。

先代の担い手の意志。

二人の戦友の遺志。

一人の男の想い。

一人の父の願い。

対器の持つ能力。

対器の秘めたる真意。


その全てを一瞬で受け取り己が魂魄へと刻む。



「…ったく、重いねぇ…」



そして、何となくだが俺は“浄皇”という存在が何か解った気がした。

何故、俺を“そう”認識し納得するのか。

何故、俺の元に対器が全て集まって来たのか。

それは解放者。

歪み、捩じ曲げられた命を正しき姿へ導く者。

この世に在らざるべき命を在るべきへと還す。

それは正しく退魔師の担う使命と同じだ。


勿論、俺が召喚された事を確定する理由ではない。

しかし、納得は出来る。

“前世界”に居たかどうか定かではないが、現世には先ず居ないだろう。

故に喚ばれた。

そう考える事が出来る。



「…本当、複雑だよ…」



見ず知らずの俺に色んな物任せ過ぎだろ。

まあ、そのお陰で華琳とは再会出来た訳だが。

…いや、何方が最初なのか明確には判らない。

鶏と卵、何方が先か。

その問いと同じ様に。

答えは必ず有るだろうが、知り得ないだけで。



「だがまあ、遣る事は一つ

さあ、けりを着けようか」



鞘を全部は出さず“影”で固定する様にして抜く。

露になったのは白銀の刃。

鉄の、鋼の銀色とは違う。

それは宛ら月下の雪原。

一点の曇りも穢れも無い、清廉なる冷艶。



「出し惜しみは無しだ」



氣を翼槍と細剣に与える。

炎を纏う翼槍は朱の輝きを更に増す。

一方の細剣はバチバチッと音を立て、紫電を纏う。

白銀の刃が淡く紫に染まり美しさと妖しさを兼備する神秘的な輝きを放つ。




細剣を見て“澱”は前回を思い出したのか警戒する。

だが、それは封印されると考えてではない。

本能的に察したのだ。

自らの終焉──死を。


僅かに身構えた“澱”へと無拍子からの肉薄。

受け身になった事で反応が遅れていた。

その間に仕掛ける。

浄炎を収束した炎刃を纏う翼槍で脚を一閃。

両前脚と左中脚を両断。

加えて、引火して灼く。


悲鳴を上げながらも残った三脚で身体を支え、四尾と全身の体毛を蛇の様にして攻撃してくる。

それを右足の裏から放った氣を使い、冷気を生み出し近付く全てを凍らす。

絡み合う様に攻撃した為に密集して凍り付くと巨大な鎖の様になって巨躯を縛り動きを封じる。

切断された脚の炎を使って溶かそうとするが、浄炎は“澱”の本体だけを灼き、凍った尾や毛には無反応。


即座に無駄だと悟ったのか天を仰ぐ様に顔を上げて、大きく息を吸い込む。

その喉元へと迫るが双角が四尾等と同じ生き物の様に伸びて邪魔をする。

炎刃で断つが硬度が高い分僅かに時間を要した。

その間に準備を終えて頭を此方へ振り下ろす。

同時に開いた巨顎から吐き出される紫黒の煙。

一瞬で周囲の100m程を多い尽くす。

1m先すら見えない濃さが視界を奪うが、それは副次効果でしかない。

全てを蝕む瘴気が正体。

また氣の感知感覚を狂わし位置や動きを隠す。

刹那、赤墨色の閃光が身を包み込んだ。


自分の周囲の煙が遠ざかりヌゥ…と、三瞳を輝かせる“澱”が顔を出す。

その瞬間──“石化”した氷膜を浄炎で灼き払って、細剣と翼槍で三瞳を斬る。

“絳鷹”が無かったら正直終わっていた。

瘴気も石化も無意味だが、敢えて氷膜を張って囮にし油断を誘った。



「チェックメイト」



細剣で首を斬り落として、収束した浄炎を解放。

“澱”を飲み込む。

同時に張られていた結界が消えるのを感じる。

瘴気の煙が晴れて、決着を証明する様に現れた笑顔の姉弟を見る。

彼女の容姿は似ていないがどうしても重ねてしまう。



「忘れない」



そう言うと“ありがとう”と口が動き、微笑む。

二人の掌から生じた光が、五つの塊となる。

鈍色の牙か爪が六つ。

赤墨色の三つの瞳玉。

深緑の鹿角、金色の毛皮、濃紺の粘土っぽい塊が各々一つずつ。

それらを遺して姉弟は光の粒となって消えて逝った。




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