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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
129/915

        参


黒い晶石柱を前にして立ち先ずは周囲を再探索。

念の為の確認。

まあ、予想通り何も無い。

当然と言えば当然か。


右手を晶石柱へと伸ばして触ってみる。

先ずは氣は不使用。

ただ触れただけでどうにかなるとは思わないが。

やはり、と言うべきなのか見た目通りの質感。

ひんやりとして、滑らかな感触を掌に感じる。


そのままで氣を流し入れて調べてみると──有った。

晶石柱の中に対器の反応と──人骨の反応。

しかし、不思議な事も。

“澱”の反応は内側からは感じられない。

外側からは確かに“澱”と思しき気配がするのに。

どういう仕組みだろうか。


晶石柱や自分の周囲にも、常に気は配る。

即座に変化を感知しないと命取りになるからな。



「…まあ、単純に氣だけで解けるとは思わないが」



まだ封印に変化する様子は見られない。

これも予想の範疇。

取り敢えず不足する情報を集める事が最優先。

そのまま調べる事にする。




──約十分後。

一通り調べ終えると右手を晶石柱から離し、数歩だけ後ろへと下がる。


調べてみて判ったのは先ず氣は解放の鍵ではない事。

これは予想通り。

恐らくは、別の対器による攻撃か意図的な共鳴が鍵と考えられる。

戦える者、の条件としては必須事項だからな。


封印内の対器と人骨の事は少々意外だった。

何が、と言うと封印の要がその二つだったからだ。

ただ、それで納得出来た。

結界内の時流は封印の要が二十年足らずで失われない様にする為の物。

そして、その事から考えて意味する理由は一つ。



「我が子を信じ託した」



自分と最愛の女性との間に生まれ来る生命(きぼう)を疑う事無く信じて。

その意志を信じて。

この封印は為された。

ただ、そう考えると──



「…場違いな気が…」



若干、居心地が悪い。

此処に立っているべき者は自分ではなく華琳。

華琳こそが相応しい。



「とは言え、俺も妻を態々死地に送り出す気は無い

まあ、娘婿って事で此処は代打で勘弁してくれ」



そう言いながら右手を背に回して、柄を掴む。


自分の最初の対器であり、この世界で得た相棒。

最も長く戦って来た戦友。

我が意志を託す刃。



「さあ、始めよう──」



そう言いながら背から外し準備運動代わりにバトンの様に軽く振り回す。

そして、右側を前の半身で上段に構える。



「──最後の舞闘を」



開戦の言葉と共に真っ直ぐ降り下ろした。

朱き一閃が、黒を裂く。




翼槍の一閃が、真っ直ぐに晶石柱に刻まれる。


ッキッ…ピキッ…パキッ…徐々に大きくなる音と共に断面から広がって行くのは赤黒い亀裂。

晶石柱の表面に縦横無尽に走り──止まる。

ドクンッ…と、脈打つ様に鈍い輝きが瞬く。

刹那、硝子が罅割れる様な甲高い音を鳴り響かせて、晶石柱が砕け散る。


露になる対器と亡骸。

即座に“影”を伸ばし中へ回収すると同時に後方へと飛び退く。


砕け散った晶石柱の破片が塵に変わったかと思えば、黒い煙の様に成り渦巻いて柱が有った場所に向かって集束して行く。

黒い球体と成った瞬間──大気が、空間が震える。

球体が弾け、閃光を生む。

以前の“澱”の顕現と同じ衝撃波が起きる。


翼槍を構え、氣を与える。

炎の衣を生み纏わせ意識を集中させる。


衝撃波に因って舞い上がる堆積していた塵が丼鼠色の煙幕となって視界を塞ぐ。

しかし、そんな物は些細な事に過ぎない。

朦々と煙る塵の中で大きく胎動する禍々しい気配。



「──っ!」



瞬間、感じる力の拍動。

身構えて迎撃体勢を取る。

だが、予想は外れる。


──gwh…WHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!!!!!!!!



「くっ…」



耳を擘く様な咆哮。

荒々しく、刺々しい敵意。

隠す気など微塵も無い、と曝け出す憤怒と憎悪。

何れも今までの“澱”とは一線を隔す。


咆哮によって巻き起こった小型の竜巻が塵を飲み込み吹き飛ばした。

遮る物の無くなった視界にその姿を捕らえる。


高さは約10m。

体長は3…40mにもなるだろうか。

大地を踏み締める六脚。

その先には鋭い五爪。

別の生き物の様に揺れ蠢く四つの尾。

身を包むは金色の体毛。

自分よりも更に深く、暗い赤墨の三つの瞳。

鈍く輝く歯牙が覗く犬科の様な長い巨顎。

長命な鹿を思わせる多岐に分かれた冠の様な双角。



「…まるで麒麟だな」



神々しい筈の金色の体毛は全身に纏う赤黒いオーラも相俟って実に禍々しい。

御世辞にも神獣や霊獣とは呼べない。

類時点も相違点も有るから一概には麒麟だとは呼べはしないが。

ただ、顔が龍ではなくて、狼なのが獰猛さを強調している様にも感じる。


濁った血の様な目は此方を──翼槍を睨み付ける。

自分に──“澱”にとって仇敵・天敵とも言える程の不倶戴天の存在。

当然の反応だろう。

静かに翼槍の鋒を“澱”の顔をへと向ける。




基本的に対器の能力が最も有効な事は確認済み。

しかし、今回はまだ対器の解析は終えていない。

というか、俺を自分の主と認めてくれるのかどうかも判らない。

何方らにしても戦いながら遣るしかないが。



「取り敢えず…一手目!」



翼槍の鋒に氣と炎を集束し炎弾を撃ち放つ。

現代知識──特に銃器類の知識は応用出来れば速度を飛躍的に向上させる。

互いの距離は約10m。

その間を秒速約400mで駆け抜け──着弾。


ボグォンッ!!、と音を立て“澱”の顔を炎が包む。

感知され難い様に練り込む氣の量を抑えてはいるが、直径5m程のクレーターを楽に造れる威力は有る。

驚呼する“澱”だが、寧ろ驚かされたのは此方だ。

静かに後方へと下がって、距離を取って見据える。


炎弾で狙った場所は額。

其処に有る三つ目の瞳だ。

だが、今炎上している所は其処から上にズレており、左の角の根元辺りだ。

つまり躱された事になる。



(…感付かれた?)



その可能性は有る。

しかし、予備動作を感知し躱されない様に予め翼槍に炎を纏わせ、態と鋒を向け視線を固定していた。

また動かない事で思考させ反応速度を遅れさせる様に仕向けてもいた。

それに弓が主体の時代。

氣の使い手も稀少。

初見の、それも不意打ちの亜音速の弾を躱されるとは正直考えていなかった。


だが、現実的に考える。

実際には躱された。

感知されたのなら仕方無い事だと納得も出来る。

危機回避本能に因る反射や経験に伴う直感でもだ。

しかし、もしこれが単純に認識した後の回避。

或いは、回避し損ねた結果だとしたら。



(…まだ上がる、か…)



今は起き抜けの状態。

身体が温まってくれば──戦闘への集中力が増せば、更に速く、鋭くなる。

そうなれば倍の速度で撃ち出しても躱される可能性が高いだろう。



(まあ、実際の銃器類とは違って上限的に上げる事は出来なくはないが…)



但し、炎弾では厳しい。

氣で強化した物質でないと速度に耐えられない。

氷弾の方が向いているが、今は使えない。

此方の持つ手札を曝すにはまだ早い。

それに連射・乱射・散弾と当てる方法は幾つも有るが此処で使うのも拙い。

取り敢えずは現状のままでもう少し様子を見ながら、相手の情報を収集する事を優先しよう。

此方から仕掛ける場面ではまだないのだから。




顔を振り、炎を払い消した“澱”は此方を見付けると頭を低くし前傾姿勢で──地を蹴って突進。

迫る双角を翼槍を当て捌き往なす形で右へ避ける。



「──なっ!?」



しかし、其処へ待ち構えて居た様に伸ばされた左中脚の巨爪が襲い掛かる。

それは宛らプロレスラーのラリアット。

六脚だから出来る事だ。


翼槍の石突きで中指の爪を受け止め、力に逆らわずに利用する形で身体を浮かせ空中で一回転。

着地と同時に距離を取る為後方へと飛び退く。


“澱”もまた着地すると、両前脚の爪を地に打ち込み突進した勢いを利用して、その巨躯を空中に放り出し強引に方向転換。

その動きは犬科というより猫科を彷彿とさせる。



「恐ろしい身体能力だな

その巨体な分だけ助かった気がするよ…」



左後脚が接地すると同時に深く身体を沈め、右後脚が接地した瞬間に地を蹴って再び突進。

但し、今度は顔を上げ口を大きく開いて噛み付く様に飛び掛かって来た。



「鬼はぁーっ、外っ!」



翼槍を一振りして口の中に炎弾を撃ち込む。

爆発音を響かせ、炎が弾け“澱”の顔を包む。

しかし、怯む様子は無い。

それ所か口を閉じる。

炎を食みながら、両中脚で身体を支えて自由になった両前脚を使い引っ掻く様に攻撃してくる。



「器用な奴だっ!」



両脚を躱しながら前に踏み込み懐へと入る。

無防備な腹を一閃。

切り裂いた──と思いきや金色の体毛が刃を防ぐ。

ギギギンッ!、と金属質な音を立てている事から見て氣での強化ではなく、元々そういう性質なのだろう。


中・後脚での攻撃やボディプレスを受ける前に後方へ駆け抜ける。



「──チッ!」



だが、進行方向を塞ぐ様に四本の尾が待ち受ける。

内二本が鞭の如く撓り左右から交差する様に迫る。

先行する方の尾の先端側を翼槍で弾き、後ろ側の尾に当てて動きを殺す。

その隙に潜り抜け、地面を滑りながら減速し反転して追撃に備える。

予想通り、残る二本が撓り打ち付けて来る。



「──っ!?」



迎撃しようとしていたのを見透かした様に尾の先端が割れ、蛇頭を思わせる牙を持つ顎が噛み付いて来た。


瞬時に炎を生み纏わせるとそのまま長い炎刃を形成し近付く前に凪ぎ払う。

大して焦げもしない。

これまでの様子から見ても体毛を灼くには相当の量を練り込まないと不可能だと言わざるを得ないか。




再度、此方へと向き直った“澱”と睨み合う。

向こうも立て続けに攻撃を躱された事で多少なりとも警戒している様子。

此方にとっても情報整理と思考する時間が欲しいので丁度良いタイミングだ。


今回の“澱”だが、純粋に戦闘能力が高い。

あの運動能力のまま小型化出来たりしたら厄介としか言い様が無い所だ。

また、軍師レベルとまでは言わないが高い知性も有り簡単には行かないだろう。

しかも、加えて何かしらの特殊能力を持つ筈。

口からのブレス系攻撃か、体毛を針化し撃ち出すか、三つの瞳に魔眼的な効果が備わっているのか。

或いは、炎等を生む類いの能力なのか。

一つとも限らないし。

何れにしても、今までとは比べ物にならない程に戦い慣れしている印象だ。

簡単には見せない可能性も少なくないだろう。



「…鳴かぬなら、鳴かせて見せよう、時鳥」



先程の攻防で見せた事から予想出来る手札を隠し通す理由も利も無い。

なら、それを使って今度は此方が曝させてやろう。

遣られっ放しってのは性に合わないしな。


翼槍が纏う炎を鋒から細く長く蛇の様に伸ばす。

それは炎の鞭。

しかも、刃としての特性も兼ね備える。

翼槍を一振りすれば炎鞭が地面を叩き、斬り砕く。



「今度は…此方からだ!」



右足で地を蹴って疾駆。

正面から突っ込む──が、途中で左へ飛び、“澱”の視界から一瞬消える。

だが、即座に気付き此方へ顔を向ける。

その鼻面を目掛けて炎鞭を撓らせて放つ。

振り向き様に命中し軽快な音を立てる。

次の瞬間、“澱”は身悶えしながら距離を取った。


“澱”の姿は単に形だけの物ではない。

その個体のみの特徴であり個性・能力にも繋がる。

目が有れば動く物を追い、鼻が有れば臭いを嗅ぐ。

口が有れば呼吸もする。

生物としての備わる機能を必ず有している。

それは如何に外れた存在と言っても無視出来無い。

人が造るキメラ等とは違い生まれながらに定められた必然性だからだ。


故に“澱”は敏感な鼻面に攻撃を受けて痛がる。

金色の体毛も覆い隠せずに剥き出しの弱点を攻撃され本能的に怯んだ。



「逃がしはしない」



此処は好機。

慎重且つ大胆に攻める事で此方に流れを作れる。

この機を見逃す様では今後華琳達に偉そうな事は何も言えなくなるしな。




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