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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
128/915

        弐


“影”から花杖を右手へと取り出し、結界の境界面に対して円錐状の光壁を造り突き刺す。

もし、歪曲されたままなら破壊するしかないが。


虚空に生じる波紋。

しかし、視界の先の景色に光壁の先端が出る。

その状態で位置を固定し、円錐の先端を展開する。

結界に穿たれた穴を拡げて道を造り出す。

ただ、言う程楽ではない。

結界を無理矢理に押し開く訳だから抵抗も強い。

非常に重く感じる。

だが、ゆっくりと拡がって光壁の先端が景色の中から消える。

それは境界面の結合に穴を穿った証拠。

同時に円錐の底面に当たる方向から見ると別の景色が視界に映る。


急がずに、慎重に、丁寧に光壁を展開し──終える。

直径2m程の円筒状の道。

奥行きは1mも無い。

直ぐ其処に在る筈の空間を結界が隔絶しているから、当然では有るが。

其処を通って中へと入る。


周囲を確認し、背後の道をゆっくりと閉じる。

単に消した場合、境界面の修復時に衝撃が生じ歪みや亀裂等の影響が結界に出る可能性が有る為。

万が一を考えてだ。



「さてと…」



改めて周囲を見回す。

同時に氣を広げ感知探索を開始する。


視界情報的には平凡な森が広がっているだけ。

まあ、結界の端っこだから無理もないか。



「…にしても、予想以上に“澱”の影響が無いな…」



障気が充満していると迄は言わないが、草木が枯れて土地が死んでいたとしても可笑しくはない。

空間を隔絶している点でも被害を内側だけに止める為だと考えていた。

だが、実際には意外な事に普通に自然が生きている。

草木は平均程度の状態で、大気にも汚染は無い。

土も腐敗したり、枯れたりしている様子は無い。

見上げれば日射しを感じ、吹き抜ける風も有る。

陽光や空気は外から入って来る仕組みの様だ。

…無駄に芸が細かいな。



「土地を死なせない為に、犠牲にしない為に施された仕組みだろうな…」



だとすれば、やはり龍族は世界の管理者──守護者と言う事だろう。

そうなると任の放棄の線は薄くなるか。

“澱”は人間に限った脅威ではなく世界規模の災厄。

無視する事は出来無い。

尤も、術者が龍族の場合の話では有るけれど。



「先ずは、結界の中心──封印の場所に行ってだな」



得られる情報がどの程度か現段階では不明。

ただ、収穫無しに終わる事だけは無いだろう。

運が良ければ色々と疑問に答えが見付かるとも思う。

過度ではないが、幾らかの期待を胸に足を進める。




探索をしながら進む途中、無造作に草影に有る動物の骨を見付けた。

既に肉も毛も朽ちているが骨格は粗原型を留めていた事も有り、直ぐに判別する事が出来た。

骨は猪の物。

生後二年以下の雌。

山中なので特に珍しい事は無い存在。

しかし、気になるのは骨の風化具合だろう。

結界内に閉じ込められて、死亡した可能性は低い。

恐らくは“澱”の解放時に死んだのだと思う。

そうすると二十年近く経過している筈なのだが…

骨の状態を見る限りでは、精々四〜五年程。

外の空間と四〜五倍の差が生じている事になる。

単純に時間の流れが遅いと考えるのが普通。

別の可能性として何らかの屍──亡骸が消失する事を防ぐ為、とか。



「…都合良過ぎか…」



そう呟いて、苦笑。

しかし、的外れな考えでもないだろうと思う。

単純な時流を遅くしているとしたら、結界内の全てに影響を及ぼす筈。

しかし、木々を見る限りは正常に成長している。

草も延び放題で端っことは見違える密林状態だし。


とすると特定の対象にのみ効果を及ぼす類いの仕様と考えられる。

例えば、亡骸──骨にのみ有効、とか。



「信じて、か…」



呟きながら思う。

軈て田躊の子供──華琳が必ず辿り着く。

そう信じていなければ何の意味も無い効果。

その亡骸が“誰か”を特定出来る要素が有る事が前提条件での施行。

それを行った時点で対器の特性を知っている可能性が非常に高い事も判る。



「来たのは代理だけどな」



小さく苦笑して呟いた。


猪の骨を土に埋めてやり、密林を掻き分けながら先へ進む事、凡そ五分。

目的地に到着する。


開けた場所──と言うのは意味が違うだろう。

此処までの道中の景色とは明らかに異なる。

異常とさえ言える。

しかし、此処でならば寧ろ目の前の光景こそが正常と言ってもいい。


広がる荒野。

枯れた大地と散らばる岩。

周囲100m程の範囲には草一本見当たらない。

死の大地と言える。

中腹にも関わらず山頂だと勘違いしそうな程に大きく隆起した地形。

宛ら火山の火口だ。

しかし、外側の盛り上がり具合よりも、凡そ30mは有るだろう内側の高低差の方が目を引く。

直径100m程の大きさで深く抉れた傷跡。

曾て此処で行われた戦いで造り出されたクレーター。

その激しさが判る。




斜面をクレーターの底へと向かって下る。


足元はただの土ではなく、灰が積もった感じ。

実際には枯れた──死んだ大地が風化し、塵となって堆積したのだろう。

踏み込むと数cm程沈み込みくっきりと足跡を残す。

また、踏ん張ろうとすると力が分散・吸収される様に足を取られる。

戦場の状態としては中々に遣り辛い。

普通ならば、だが。

特に隠す必要も無い以上、氣を遠慮無く使える。

大した問題にはならない。

まあ、長期戦になった時は消耗の差が明暗を分けるし考慮する必要は有るが。

その辺りは臨機応変に。

可能なら情報収集もしたい所だしな。


視線の先──中心点には、黒耀石の石柱の様な存在が鎮座している。

パッと見だと縦長の隕石が突き刺さって出来た様にも見えなくもない。

現代の科学者を連れて来て見せてみたい。

主にどんなリアクションをするのかを、だが。


底に着き、直に目にすると異様さがよく判る。

禍々しい、深い憎悪に似た暗く、重苦しい気配。

その気配から見て、これが封印だろう。

地面から約3m程の高さで大雑把な円錐形。

綺麗に整えられた形状ではなくて、粗く削り取ったと言う感じだ。

底面は直径80cm程。

地中には殆ど反応が無い。

僅かに埋没している部分は堆積した塵が原因か。

周囲には他に目立つ物体は見当たらない。

一応足元や周囲の氣を探り確認してみるが、該当する物も他には無い。



「術式も無し、か…」



氣を用いる以上は龍脈等の要素も考えたが──無し。

魔法陣等を用いる様な形の封印ではないのだろう。

という事は、不測の事態に咄嗟に施した封印。

対器の担い手に──田躊に何かが遇ったか。

或いは、想像以上に相手が力を有していたか。

そんな所だろうか。



「……田躊の亡骸は?」



目的の物が無い。

てっきり、中心部に有ると思っていんだが…どうやら宛が外れた様だ。

此処までの道中、及び結界範囲内の凡そ三分の一には人骨の反応は無かった。

となれば、自然と残るのは範囲内になる。

優先順位は回収が上。

封印をどうこうする前に、回収しないと消失する事も考えられる。

主に戦闘の余波で。



「…仕方無い、探すか」



万が一が有るので広範囲の探索は避けている為、足で地道に探す事になる。

まあ、物の十五分程だが。


気持ちと思考を切り替えて田躊の亡骸を探しに斜面を登って、再び密林へ。





「………何故だ…」



探索開始から既に一時間が経過していた。

だが、未だに田躊の亡骸は見付かっていない。


残った範囲を探索し終えて見付からない事を不可解に思いながらも、見落とした可能性を考えて人骨のみに絞り込んで全域の再探索。

しかし、見付からない。


もしかしたら地中深くに、という可能性も考えた。

だが、それは無い。

探索中は地中の反応も常に拾っている。

結界内の土中に掘り返した痕跡は見られなかった。

例え、年月が経っていても此方の感知外に成る程深い場所なら地層的なズレ等が何処かに現れる。

それが無かった以上地中の線はかなり低くなる。



「…一体何処に…」



先ずクレーターより外には存在していない。

…実は結界の外とか?

いや、それなら既に誰かが見付けているか。

と言うより、あの猪の骨の説明が付かなくなる。

田躊の亡骸は結界内に必ず存在している筈だ。



「だとすると──っ…」



思い当たった可能性。

その瞬間、幾つかの仮説が脳裏を過った。

ツー…と冷たい汗が首筋を伝って落ちる。



「…最悪だろ?」



誰に言うでも無い。

ただ、思わず愚痴った。

それだけの事。


浮かんだ仮説。

その中心に有るのは同じ。

黒い円錐形の晶石柱。


高さ・幅ともに十分。

平均的な成人男性一人分を包み込むには。



「…はぁ〜…厄介だな…」



頭に浮かぶのは経験。

即ち、過去の記憶。

最初に対峙した大蜘蛛型と一番直近の妖樹型の二体。

大蜘蛛は漢升を糸で操り、妖樹は周囲の木々に同化をしていた。


もし仮に、田躊が“澱”に寄生・憑依されていたり、取り込まれていたなら。

そして、それにより討伐が不可能となり封印した。

話としては有り得る。

だが、その可能性は正直に言って考えたくない。



「何の因果かねぇ…」



華琳の父親を自分の手で。

笑えない可能性だ。

低いとは言っても。



「…まあ、幾ら担い手でも所詮は人間…

“澱”に取り込まれたら、事実上の死を免れる事など出来はしないだろうが…」



精神も、心も、魂さえも、消滅しているだろう。

尤も、それは俺でも同じ。

“絳鷹”が在るから無事で居られるに過ぎない。

故に、田躊にしても運良く残っていて空っぽの器たる亡骸のみ。

生きたままで、なんて事は先ず有り得ない。

ただ、頭では判っていても心中は複雑だ。





「……ん?、待てよ…

それも可笑しくないか?」



自分で立てた仮説に一度は納得し掛けたが、矛盾する点に気付く。

龍族が封印や結界を施した可能性は高い。

だとすれば、どうあの猪の事を説明するのか。

封印の内に田躊が在るなら結界内の時流を限定的でも操作する必要性は無い。

封印が破れた場合を考えてというのも少々無理が有る仮説だろう。


では、時流の事を前提とし考えられる可能性は?



「…田躊の死後、憑依され封印──は結局同じか

時流の効果を施した後で、封印時に田躊の亡骸も中に封印してしまった…」



…間抜けな術者だよな。

これは有り得ないな。


ただ、時流の効果は後付けだとは考え難い。

時流の方は死亡した田躊の亡骸を守る為に、封印より前に施してあった。

そう考えた方が順序的には道筋が通るか。



「…龍族だけになった為、封印した

これは可能性的に高い…

逆に龍族無しで封印や結界の施行なんて田躊だけでは無理だとは思うし…」



しかし、封印に至るまでの経緯が見えない。

結界自体は戦闘前に張れば維持出来るだろうし。

時流の効果を付け加えてる事から見ても先だ。



「…一旦、相討ちの格好で倒した──かに見えたが、実はまだ存在していた

そして、龍族の方を狙う」



取り込まれない様に抵抗をしながら封印を施す。

…ちょっと無理か。

龍族が複数ならば可能な事かもしれない。

尤も、龍族の正確な力量を知ってる訳でもないが。



「何か足りない様な…」



何かを見落としている。

そんな気がしてならない。

飽く迄も感覚的に、だが。

こういう勘は大概当たるし無視出来無い。



「──あ…」



不意に気付く。

重大な要素の欠落。

何故、今まで失念していたのだろうか。



「…感情の所為、だとしか言えないよな…」



右手で顔を覆い俯きながら大きく溜め息を吐く。


華琳の父親。

その一つの要因に無意識に思考が偏っていた。

無意識だけに阻害になった事にも気付かない。

ただ、積み重ねた経験から違和感を感じていた。

それが無ければ気付けずに居ただろう。



「まだ確認してないな」



此処に在るべき存在。

曹家の宝剣・倚天青紅。

つまりは対器を。


気付いた以上遣るべき事は一つだけ。

後回しにした黒い晶石柱を調べる為にクレーターへと向かって走る。




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